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ルノーと結ばれた翌朝、どこか浮き足立つような、ぽわぽわとした気分で目が覚めた。
妙に体が温かいような、それでいて軽くなったような感覚に、生まれて初めてSub性の欲求を満たされたことによる体調の変化を感じ、僅かに目を見張った。
(Sub性の欲求不満の類は、自分には無いと思っていたのに……)
そうであれと思い込んでいただけなのか、それともルノーとの接触がキッカケとなり、突然開花したのか。学ばずとも自ずと分かった自身の体の変化に、どこか感心した気持ちになりながら、ベッドから起き上がった。
昨日、ルノーと口づけを交わした後は、ゆっくりと今後のことについて話し合った。
ルノー曰く、自分はダイナミクス性の知識に乏しいらしく、まずはそこから学んでいきましょうと言われた。それと同時に、恋人であり、『パートナー』になりたいと言われた。
「叶うならば、僕は生涯ベルと共に生きていきたいと思っています」
結ばれたばかりで告げられた告白は、信じられないほど嬉しくて、だが同時に、どうしようもないほどの寂しさを生んだ。
同性婚が認められている我が国だが、貴族としての柵までは無視できない。
自分は現侯爵で、ルノーは男爵家の嫡男。行く行くは、ルノーもメリア家の当主だ。
互いに当主となれば、結婚することは不可能であり、仮にその柵が無かったとしても、互いの家族からの理解が得られなければ、『伴侶』となることは難しいだろう。
自分はまだいい。跡継ぎ問題は既に解決しているし、父も、弟も、恐らくは許してくれるだろう。だが、ルノーはそういう訳にいかないはずだ。
未来の当主をメリア家から奪うつもりは無い。なにより、自分は彼より十四歳も年上なのだ。年若い彼を誑かしたのだろうと、下手をすればルノーの家族から侮蔑の眼差しを向けられる可能性さえある。
そうでなくとも、爵位の差がありすぎた。仮に侯爵である自分が望めば、メリア家が断ることなど不可能だ。
運良く結ばれたとしても、きっと周囲は『爵位を盾に交際を迫ったのだろう』と口さがないことばかり吹聴し、ルノーにも、メリア家にも、父や弟にも迷惑をかけることになる。
きっとルノーもそれを理解していて『パートナー』という言葉を出したのだろう。
『パートナー』とは、婚姻関係外で、DomとSubが結ばれている状態だ。恋人以上の関係であり、多くは生涯を共にする者を指す。
自分達のように、なんらかの問題があり婚姻を結ぶことが難しい者同士や、結婚できない立場の者は、相手を『パートナー』と定めることで、互いの結び付きを強くするのだ。
「ベル、僕のパートナーになってくれますか?」
まだ話し合いもする前なのに、最初に望まれた言葉に、嬉しさと寂しさを込めて返事をした。
「……喜んで」
本当は不安もあった。彼はまだ十八歳だ。きっとこれからも、多くの出会いがあり、その中でもっと素敵な人と巡り会うかもしれない。なにより、男爵家の当主として望ましい結婚を求められるはずだ。
それでも、「共に生きていきたい」と、目の前にいる彼が望んでくれただけで嬉しくて、例えいつかそれが叶わぬ願いになったとしても、こんな自分でも愛してくれた人がいたのだと思うだけで幸せだった。
その後、彼の家の馬車で侯爵邸まで送ってもらい、どこか夢見心地のままベッドに潜った。
(こんなに違うものなんだな……)
そして今、朝の鍛錬をこなしながら、体の軽さに驚いていた。
別に今までが不調だったという訳ではない。ただ、眠っていた細胞が目覚めたような、今まで機能していなかった何かが活発に動いているような、不思議な感覚を味わった。
恐らくは、胸の内にずっと溜めていた苦しみを、全て吐き出せたことも関係しているのだろう。
母に対する蟠りに対し、「悲しんでいい」「恨んでいい」と肯定してもらえたことで、それまでの胸の重さが嘘のように消えていた。
(もしかしたら、私はずっと、誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれないな……)
負の感情を抱いてもいいのだと、許してもらえたことで、母に対する負い目と共に、辛かった過去の悲しみも、緩やかに溶けていくような気がした。
ルノーと結ばれたことで、こんなにも気持ちや思考が変わるのかと思うと驚くばかりだった。
(当分は、この関係も内緒だけれど……)
同じ職場であること、周囲にとやかく言われるのを避ける為、パートナーとして互いに落ち着くまでは、内緒の関係でいようと話し合って決めたのだ。
秘密の関係というのは、どこか背徳感があり、初めてのことについソワソワしてしまうが、それ以上に胸を占めるのは喜びだった。
(父上とマルクには、なるべく早く話しておきたいな……)
自分の性別のことで、ずっと迷惑を掛けていた父と弟。
同性であり、なにより年の離れたパートナーという存在は、余計に二人の心労になってしまうかもしれないが、黙っている訳にもいかない。
早めに交際について伝えておきたいが、生憎と父が旅から帰ってくるのは、もう四ヶ月ほど先になる。どうせなら、二人が揃っている場できちんと話したかった。
(……それまでに、メリアくんから色々教わろう)
DomとSubとの繋がり方を、彼から正しく学ぶのだ──半ば勉強をするつもりでいたこの考えが既に甘く、ルノーの言う『学び』が『躾』であると気づいたのは、数日後のことだった。
「ベルナール様、来週の会議に使う資料をお待ちしました」
「ありがとう、メリアくん。助かるよ」
恋仲になっても、仕事中は今までと何も変わることなく過ごしていた。内緒の関係なのだから、当然と言えば当然なのだが、ルノーの態度が本当に今までとこれっぽっちも変わらないことで、自分も落ち着いて対応することができた。
(メリアくんはすごいな)
自分だけだったら、確実におかしな反応をしていたはずだ。だが恋仲になった翌日も彼の態度は非常に落ち着いていて、拍子抜けするほどだった。
もしかしたら、あの日以降、王城外で二人きりになることもなく、恋人らしいことを何もしていないからこそ、落ち着いていられるのかもしれないが……
(そういえば、明日は休みだが、何かあったりするのだろうか?)
特に約束はしていないが、普段が内緒の関係ということは、裏を返せば休日は唯一恋人らしく過ごせる日ということになる。
どのように考えていればいいのか、ルノーに聞いておくべきだろうか……と思考を逸らしていると、資料の束と共に、宛名の書かれていない封筒を渡された。
「……!」
ハッとして顔を上げれば、ルノーが目を細めて微笑んでいた。
「明日、楽しみにしていますね」
囁くような声で紡がれた言葉に、トクリと胸が鳴る。
コクンと小さく頷き、席に戻る彼の背を見つめながら、机の下に隠した封筒をこっそりと開いた。
『明日、十一時にお屋敷までお迎えに上がります』
手紙の上、綺麗な字で書かれたその文字に、そわりと胸が踊った。
パッと顔を上げ、ルノーを見れば、こちらを見ていた彼と目が合い、途端に込み上げた恥ずかしさからまた手元に視線を落とした。
(これは……デートの、お誘いなんだろうか?)
生まれて初めての誘いにドキドキしながら、手紙を丁寧に封筒の中にしまうと、ふやけてしまいそうになる表情を必死に抑えた。なんとも言えない高揚感から、その日は一日ドキドキしていたが、なんとか平静を装って過ごした。
帰り際、「また明日」と言って見送るルノーの言葉に更に緊張は増し、夜はなかなか寝付けないまま、気づけば朝を迎えていた。
妙に体が温かいような、それでいて軽くなったような感覚に、生まれて初めてSub性の欲求を満たされたことによる体調の変化を感じ、僅かに目を見張った。
(Sub性の欲求不満の類は、自分には無いと思っていたのに……)
そうであれと思い込んでいただけなのか、それともルノーとの接触がキッカケとなり、突然開花したのか。学ばずとも自ずと分かった自身の体の変化に、どこか感心した気持ちになりながら、ベッドから起き上がった。
昨日、ルノーと口づけを交わした後は、ゆっくりと今後のことについて話し合った。
ルノー曰く、自分はダイナミクス性の知識に乏しいらしく、まずはそこから学んでいきましょうと言われた。それと同時に、恋人であり、『パートナー』になりたいと言われた。
「叶うならば、僕は生涯ベルと共に生きていきたいと思っています」
結ばれたばかりで告げられた告白は、信じられないほど嬉しくて、だが同時に、どうしようもないほどの寂しさを生んだ。
同性婚が認められている我が国だが、貴族としての柵までは無視できない。
自分は現侯爵で、ルノーは男爵家の嫡男。行く行くは、ルノーもメリア家の当主だ。
互いに当主となれば、結婚することは不可能であり、仮にその柵が無かったとしても、互いの家族からの理解が得られなければ、『伴侶』となることは難しいだろう。
自分はまだいい。跡継ぎ問題は既に解決しているし、父も、弟も、恐らくは許してくれるだろう。だが、ルノーはそういう訳にいかないはずだ。
未来の当主をメリア家から奪うつもりは無い。なにより、自分は彼より十四歳も年上なのだ。年若い彼を誑かしたのだろうと、下手をすればルノーの家族から侮蔑の眼差しを向けられる可能性さえある。
そうでなくとも、爵位の差がありすぎた。仮に侯爵である自分が望めば、メリア家が断ることなど不可能だ。
運良く結ばれたとしても、きっと周囲は『爵位を盾に交際を迫ったのだろう』と口さがないことばかり吹聴し、ルノーにも、メリア家にも、父や弟にも迷惑をかけることになる。
きっとルノーもそれを理解していて『パートナー』という言葉を出したのだろう。
『パートナー』とは、婚姻関係外で、DomとSubが結ばれている状態だ。恋人以上の関係であり、多くは生涯を共にする者を指す。
自分達のように、なんらかの問題があり婚姻を結ぶことが難しい者同士や、結婚できない立場の者は、相手を『パートナー』と定めることで、互いの結び付きを強くするのだ。
「ベル、僕のパートナーになってくれますか?」
まだ話し合いもする前なのに、最初に望まれた言葉に、嬉しさと寂しさを込めて返事をした。
「……喜んで」
本当は不安もあった。彼はまだ十八歳だ。きっとこれからも、多くの出会いがあり、その中でもっと素敵な人と巡り会うかもしれない。なにより、男爵家の当主として望ましい結婚を求められるはずだ。
それでも、「共に生きていきたい」と、目の前にいる彼が望んでくれただけで嬉しくて、例えいつかそれが叶わぬ願いになったとしても、こんな自分でも愛してくれた人がいたのだと思うだけで幸せだった。
その後、彼の家の馬車で侯爵邸まで送ってもらい、どこか夢見心地のままベッドに潜った。
(こんなに違うものなんだな……)
そして今、朝の鍛錬をこなしながら、体の軽さに驚いていた。
別に今までが不調だったという訳ではない。ただ、眠っていた細胞が目覚めたような、今まで機能していなかった何かが活発に動いているような、不思議な感覚を味わった。
恐らくは、胸の内にずっと溜めていた苦しみを、全て吐き出せたことも関係しているのだろう。
母に対する蟠りに対し、「悲しんでいい」「恨んでいい」と肯定してもらえたことで、それまでの胸の重さが嘘のように消えていた。
(もしかしたら、私はずっと、誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれないな……)
負の感情を抱いてもいいのだと、許してもらえたことで、母に対する負い目と共に、辛かった過去の悲しみも、緩やかに溶けていくような気がした。
ルノーと結ばれたことで、こんなにも気持ちや思考が変わるのかと思うと驚くばかりだった。
(当分は、この関係も内緒だけれど……)
同じ職場であること、周囲にとやかく言われるのを避ける為、パートナーとして互いに落ち着くまでは、内緒の関係でいようと話し合って決めたのだ。
秘密の関係というのは、どこか背徳感があり、初めてのことについソワソワしてしまうが、それ以上に胸を占めるのは喜びだった。
(父上とマルクには、なるべく早く話しておきたいな……)
自分の性別のことで、ずっと迷惑を掛けていた父と弟。
同性であり、なにより年の離れたパートナーという存在は、余計に二人の心労になってしまうかもしれないが、黙っている訳にもいかない。
早めに交際について伝えておきたいが、生憎と父が旅から帰ってくるのは、もう四ヶ月ほど先になる。どうせなら、二人が揃っている場できちんと話したかった。
(……それまでに、メリアくんから色々教わろう)
DomとSubとの繋がり方を、彼から正しく学ぶのだ──半ば勉強をするつもりでいたこの考えが既に甘く、ルノーの言う『学び』が『躾』であると気づいたのは、数日後のことだった。
「ベルナール様、来週の会議に使う資料をお待ちしました」
「ありがとう、メリアくん。助かるよ」
恋仲になっても、仕事中は今までと何も変わることなく過ごしていた。内緒の関係なのだから、当然と言えば当然なのだが、ルノーの態度が本当に今までとこれっぽっちも変わらないことで、自分も落ち着いて対応することができた。
(メリアくんはすごいな)
自分だけだったら、確実におかしな反応をしていたはずだ。だが恋仲になった翌日も彼の態度は非常に落ち着いていて、拍子抜けするほどだった。
もしかしたら、あの日以降、王城外で二人きりになることもなく、恋人らしいことを何もしていないからこそ、落ち着いていられるのかもしれないが……
(そういえば、明日は休みだが、何かあったりするのだろうか?)
特に約束はしていないが、普段が内緒の関係ということは、裏を返せば休日は唯一恋人らしく過ごせる日ということになる。
どのように考えていればいいのか、ルノーに聞いておくべきだろうか……と思考を逸らしていると、資料の束と共に、宛名の書かれていない封筒を渡された。
「……!」
ハッとして顔を上げれば、ルノーが目を細めて微笑んでいた。
「明日、楽しみにしていますね」
囁くような声で紡がれた言葉に、トクリと胸が鳴る。
コクンと小さく頷き、席に戻る彼の背を見つめながら、机の下に隠した封筒をこっそりと開いた。
『明日、十一時にお屋敷までお迎えに上がります』
手紙の上、綺麗な字で書かれたその文字に、そわりと胸が踊った。
パッと顔を上げ、ルノーを見れば、こちらを見ていた彼と目が合い、途端に込み上げた恥ずかしさからまた手元に視線を落とした。
(これは……デートの、お誘いなんだろうか?)
生まれて初めての誘いにドキドキしながら、手紙を丁寧に封筒の中にしまうと、ふやけてしまいそうになる表情を必死に抑えた。なんとも言えない高揚感から、その日は一日ドキドキしていたが、なんとか平静を装って過ごした。
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