Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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メリアに請われるまま、自身の過去に関する一切を話した。
いつかオードリックにも語った幼少期から続いた母との確執や、誰かを愛することを恐れた思春期、Sub性への戸惑い…それらに加え、父や弟の負担になってしまったことへの後悔や、皆の中で膨れ上がった英雄像への恐怖も、全て曝け出した。

Subという性別だけで、自分を厭い、否定した母が、ほんの少しだけ恨めしかった。
Domに勘違いされるような容姿が疎ましくて、真逆の性である自分が恥ずかしかった。
皆の英雄像からかけ離れた自分を、見られたくなかった。
Subというだけで拒絶されるのも、勝手に落胆されるのも、そのせいで傷つくのも、もう嫌だった。
傷つくくらいなら、嗤われるくらいなら、この先もずっと、独りで生きていこう───そう思っていた胸の内も、全て話した。

話している途中、言葉に詰まり、何度も涙が流れてなかなか話が進まなかったが、メリアは辛抱強く耳を傾けてくれた。
優しい相槌と、そっと背中を押してくれるような手の温もりに、隠していた本音と弱音を零すたび、不思議と安心感は増していった。



話し始めてからどれほど時間が経ったか、ようやく全てを話し終えた頃には、涙も止まっていた。

(これで全部だ…)

胸に残ったのは、達成感のような軽やかさと、自分の恥となる部分を全部見せたことによる諦観にも似た清々しさだった。
こんな面倒な性格をした自分に、メリアもさぞ幻滅したことだろう。そう思うも、悲しみは薄く、それよりもこんな自分を好きでいてくれた感謝の念が勝った。

「…楽しくない話を聞かせて、すまなかったね。聞いてくれて、ありがとう」
「私が望んだことです、ベルナール様。お話しして下さり、ありがとうございました」
「……うん」

長々と愚痴のような話を聞かせた後だというのに、態度の変わらないメリアに、そっと瞳を伏せると、深く息を吸い込み、彼に向き直った。

優しい彼に、心苦しいことを言わせるつもりはない。
ただ自分が彼から離れれば、始まる前に何もかもが終わる。
聞かせてしまった身の上話については、忘れてくれることを願おう…そう祈りながら、口を開いた。

「メリアくん、私は───」
「ベルナール様のことを全部知れて、とても嬉しいです」
「………え?」

言葉を遮るように発せられたメリアの声に、一瞬呆けるも、それと同時に絡んだ指先に、驚愕から目を見開いた。

「メ、リア、くん…」
「ちゃんとお話しできて、偉かったですね。ベルナール様」
「っ…!!」

まるで言いつけを守れたことを褒めるような声の響きに、背中にゾクリとしたものが走った。
見つめ返した瞳に宿っていたのは、変わらぬ熱を孕んだ情で、僅かな迷いも、戸惑いも、一欠片も混じってはいなかった。

「ど…して……」
「どうしても何も、ベルナール様を丸ごと全部、僕にください、と申しましたでしょう?」
「そ、うだけど……だって、私は…」
「ええ、ベルナール様はとても繊細で、儚くて、大層お可愛らしい方ですね」
「…!」

思ってもみなかった言葉に息を呑む。
幻滅された、愛想が尽きてもおかしくない…そう思っていたのに、メリアから向けられる情はほんの少しの揺らぎもない。…それが堪らなく嬉しいと思ってしまった。

「ベルナール様」
「ひぅっ」

握られたままの片手が彼の手に引かれ、メリアの滑らかな頬に添えられた。

「愛しています」
「───」
「ベルナール様のことを全部知って、愛しさが増すことはあっても、減るだなんてことあり得ません」
「で、でも…」
「……ベルナール様は、僕のことがお嫌いですか?」
「う、うぅ…!」

思考を読んだようなメリアに驚きつつ、咄嗟の質問に必死になって首を振った。
嫌いじゃない。嫌いな訳がない。
好きだから、大好きだから、彼の為に…好きな人に嫌われてしまう前に、離れたかったのだ。

「嫌いじゃないですか?」
「ん…!」
「じゃあ、好き?」
「ッ…」

優しく問いかける声に合わせ、メリアの頬に添えられた片手に彼が擦り寄る。
甘えるようなその仕草が愛らしくて、込み上げる感情から激しく脈打つ胸が痛くて、苦しくて───堪えきれずに、想いは溢れ出た。


「す、好き、だけど……好きだから…っ、嫌われる、前に……離れたい…」


どうしようもない本音に、俯くことしかできなかった。
ああ、本当に、自分で自分が嫌になる。性懲りもなく溢れた涙が、ほとほとと流れ落ちるも、それを拭う気力もなかった。
縮こまり、メリアの頬に触れていた手を引こうとするが、それを咎めるように手の平を強く握り締められ、肩が跳ねた。

「嫌うだなんて、悲しくなることを仰らないで下さい」
「…!」

手を握る強さに、一瞬怒らせてしまったかと震えたが、その声も表情も、酷く穏やかだった。

「ベルナール様の秘密を教えて下さったことは、僕にとって喜びです。身内の方ですら知らない貴方を知れたことが、嬉しくて堪りません」

言葉と共に、彼の頬に添えた手の平に唇が触れた。

「持って生まれた性別を否定されて、悲しくなるのは当然です。拒絶されて、恨めしく思うのも当然です。そのせいで怖がりになってしまうのも、世間の認識との乖離に苦しむ御心も分かります。…本当のベルナール様は、こんなに儚げで、臆病で、とても愛らしい方なのですから」

ふわりと微笑むメリアから、彼が本心でそう思っているのだろう気持ちが伝わり、口づけを受けた部分からじわじわと熱が広がった。
同時に、幼い頃から溜め込んでいた負の感情を肯定してもらえたことで、心がふっと軽くなった。

「僕は貴方が隠していた本音や弱音ごと、ベルナール様を愛しております。他の者が何を言おうと、何と思おうと、貴方を愛しています。それでは、足りませんか?」
「…!」

真っ直ぐ見つめられながらの熱烈な告白に、ブンブンと首を振る。
『僕以外はいらないでしょう?』
そう言いたげなメリアの言に、心臓がバクバクと騒ぎ出す。

「…こ、こんな、面倒、なのに…」
「そこが愛らしいのですよ」
「メリアくんより、ずっと、年上だし…」
「年の差など些事です」
「れ…恋愛の…知識も、経験も…無いし…」
「素敵ですね。これから二人で少しずつ、経験を重ねていきましょう」

揺るぎなく返ってくる返答に、じわじわと周りを固められていく。
こちらを見つめる瞳から目を逸らすこともできず、上がる心拍数と体温に唇を喰みながら、最後の蟠りを吐き出した。

「……私は、Subだ…」
「はい」
「…私は、Subとして…その、どうしたら、Domに喜んでもらえるのか…そういうことも、知らない…分からないんだ。ちゃんと…メリアくんの、望むような……その…」
「…ご安心下さい、ベルナール様。Domを喜ばせる方法なんて、知らなくていいんです」
「え…?」

明るい声にメリアを見遣れば、満月色の瞳がゆるりと弧を描いた。


「僕の悦ばせ方だけ、これから覚えていけばいいんです」


ゾッとするほど美しい微笑みに、全身が粟立ち、ふるりと身が震えた。

「他のDomのことなど考える必要はありません。僕だけでいいんです。僕の為に、僕のSubとして、何が必要か、それだけ教えてあげます。僕もベルナール様がどうしたら悦んで下さるのか、これから覚えていきます。…互いにどんな躾を望むのか、二人で少しずつ、ゆっくり学んでいきましょう?」

うっとりと微笑むメリアに目が釘付けになったまま、言葉が出てこなかった。
『躾』という単語も、メリアに所有されるような口振りも、これっぽっちも耳に慣れない。それなのに、心は『嬉しい』と、歓喜に震えていた。

「ぁ……」

メリアを好きだと想う恋情に、Subの本能が混じり合い、体の中を駆け上がるような電流が走った。
愛しい、恋しいと想った、初めての人。
その彼に求められたことで、『このDomに支配されたい』という本能と欲が、堰を切ったように溢れ出した。

「愛しています、ベルナール様。これまでも、これから先も、僕が求めるのは貴方だけです」
「あ……ぅ…」
「ベルナール様は?」
「……私、は…」

改めて問われ、心臓が馬鹿みたいに激しく鼓動する。
愛しい者に愛される喜びと、求められる嬉しさ、メリアへの膨れ上がる好意…それらが混ざり合い、ぐるぐる頭と体の中を巡れば、感情が溢れ出すように、言葉が漏れていた。

「…好き、だ…メリアくんが、好きだ」
「……好きなだけですか?」
「ッ…」

そう言って楽しげに微笑むメリアに、唇が戦慄く。
優しくあやすような声音に滲んだ『きちんと言えたら褒めてあげる』という、Dom特有の圧力。
それを向けられることに、未だに戸惑いが先立ってしまうものの、そこに怯えは無く、代わりに芽生えたのは、言葉にし難いほどの『悦び』だった。


「好き…だ、好きだから……だから…、メリアくんの、Subにしてほしい…っ」


これがメリアの望む答えなのかは分からない。
ただ羞恥を堪え、自分にできる精一杯で彼への告白を告げれば、蕩けそうなほど甘い笑顔が返ってきた。

good boy良い子。上手に言えましたね」
「…!」

褒めてもらえた───それまで触れたことのない悦びは、どこか擽ったくて、恥ずかして、でも嬉しくて…照れを隠すように、へにゃりと笑えば、メリアの瞳が真ん丸になった。

「ああもう…っ、本当にお可愛らしいのですから…! ……大好きです。愛しています、ベルナール様。貴方のDomとして、これから僕好みのSubになるように、ゆっくり躾けて差し上げますからね」


嬉しそうな笑顔を浮かべ、頬を染めるメリアに見つめられ、自然と頬が綻んだ。
ああ、自分はこの愛らしくも美しいDomのSubものになったのだ───そう実感すれば、喜びと愛しさで全身が満たされた。
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