Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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それから三日。メリアからのあらゆる意味で衝撃的な告白によって、揺れに揺れていた精神は、未だ落ち着かずにいた。

(少しでいいので、なんて……無茶を言う…)

僕のことを考えて下さい───その言葉の通り、この三日間、メリアのことばかり考えてしまっていた。
仕事中は絶対的に顔を合わせる為、考えるなという方が無理で、屋敷に帰ってからは、その日一日のメリアの様子を思い出し、悶々とする。
挙げ句、夢でまで告白された場面を見てしまい、寝ても醒めてもメリアのことを考えている始末だ。
おかげで集中力はボロボロで、仕事でもミスが続き、しょぼくれる毎日だった。



あの日、告白をした後のメリアは、こちらが狼狽えるほどいつも通りだった。
残っていた紅茶を飲み終え、二人で馬車乗り場まで向かい、メリアに見送ってもらう…一点、いつもと違う所があったとすれば、ほとんど会話が無かったところだろう。というより、自分がそれどころではなかった。
まともにメリアを見ることができず、ずっと心臓がドキドキとしていて、逃げるように馬車へ乗り込もうとした。その瞬間、メリアの手が伸びてきて、手の平を強く掴まれた。

『ッ…!』
『お返事は急ぎません。例え、良いお返事を頂けなくても、きちんと受け止めます。…ベルナール様のお心の負担になるようなことはしないと誓いますので、僕を恋愛対象として見れなければ、どうか情けはかけず、断って下さいませ』

普段と変わらぬ穏やかな口調は、だがどこか泣きそうな響きが混じり、胸が痛いほど締め付けられた。
するりと解けた手は、その感触を残して離れ、その余韻を断ち切るように、馬車の扉が閉められた。
走り出した馬車の中、茫然としながら椅子に座り込み、メリアから告げられた言葉や、熱の籠った眼差し、初めて浴びたGlareを思い出し、一人悶絶した。

生まれて初めて向けられた熱烈な好意と強烈な愛の告白は、恋愛未経験者にはあまりにも刺激が強すぎて、まるで甘い毒に全身を浸けるように、自分という個体を丸ごと飲み込んだ。



(……嬉しくない訳じゃない)

メリアの気持ちを、迷惑だとは思っていない。…嬉しいとは思っている。
だがただ『嬉しい』と感じるには戸惑いが大きく、なにより自分の気持ちがまるで分からなかった。

(……十四歳も年下の子に、どうすれば…)

メリアも成人した大人とはいえ、十四という歳の差は大きい。
年若く、将来も有望であろう子の貴重な時間を、自分が無駄にしていいのだろうか、という負い目にも似た感情が真っ先に浮かび、どうしても前向きに受け取ることができないでいた。

なにより、『なぜ自分?』という気持ちもあった。
家柄は確かに良い。客観的に見て、容姿が整っているという自覚もある。だが威圧感のある見た目は人によっては怖がられ、見目麗しい者が多い高位貴族の中では、埋没する程度の容姿だ。
勉強はできたが、特別能力が高い訳でもないし、素晴らしい技術を持っている訳でも、特技がある訳でもない。
唯一あるとすれば、六年前の華々しい記録だろうが、それも過去のものであり、なにより自分一人の功績でもない。
考えれば考えるほど、家の爵位が低い以外、どの方面に対しても自分よりもよほど魅力に溢れているメリアに好かれる意味が分からず、ほんの少しだけ、胸が苦しくなった。

(…それに、分からないこともある)

いつSubだとバレたのだろう?
ずっと好きだったと言ったが、一目惚れしたというのはいつの話だろう?
職場に配属されたあの日が間違いなく初対面だったはずだが、自分が忘れているのだろうか?
…もし、もしも恋仲になったとして、自分にSubとしての役割が果たせるのだろうか?

(……分からない)

三日間、悶々と考え込んでいる疑問の答えは、メリアしか知らない。と、そこでふと数ヶ月前、メリアの想い人について聞いたことを思い出し、もしやアレは自分のことを言っていたのだろうか、と今更なことに気づく。
薄れかけた記憶をなんとか手繰り寄せ、朧げな記憶に残る彼の想い人の特徴を思い出すも、どうにも自分とは別人な気がして、余計に頭が混乱した。

(年上で家格が上というのは合ってる…勤め始めてから交流を得たというのも間違いなさそうだが……高嶺の花…? は違うような…)

多くの好意を向けられている、という点に関しても、心当たりがない。確かに縁談の話は多かったし、学生時代にはそういった情を向けられることもあったが、恋文一つもらったことは無い。
告白されたのも、正真正銘、メリアが初めてだ。

(それに、すごく素敵な人だと言っていたし…)

それこそ自分とは思えず、ぐぅ…と唸ってしまいそうになる。
強くて、かっこよくて、可愛い───想い人について、愛しげに言葉を紡いだメリアの横顔を思い出し、なぜか少しだけ気持ちが沈んだ。

(……いっそ嘘でしたと言ってくれた方が、まだ信じられそうだ…)

勿論、メリアがそのように軽率に、人を揶揄うような子でないことは分かっている。だから困るのだ。

(可愛いなんて言われる要素、一つも───)


『そんなお可愛らしい顔をしないで下さいませ』


「…っ」

否定しようとした瞬間、あの日、うっとりとした表情で呟いたメリアを思い出してしまい、カッと頬が熱くなった。
吐く息すら熱く、恍惚と煌めいていた黄金の瞳は眩暈がするほどの激情を帯びていて、それを思い出すだけで、ゾクリとしたものが背中を走った。

(ああ…本当に、どうしたら…)


Subとしての本能はおろか、恋愛経験ゼロで、『恋』がどんなものかも知らない。
色恋に対して赤子同然の己には、泣いてしまいたくなるほど、メリアへの『返答』を考えるのは難しい問題だった。
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