27 / 62
23
しおりを挟む
それから三日。メリアからのあらゆる意味で衝撃的な告白によって、揺れに揺れていた精神は、未だ落ち着かずにいた。
(少しでいいので、なんて……無茶を言う)
僕のことを考えてください──その言葉の通り、この三日間、メリアのことばかり考えてしまっていた。
仕事中は絶対的に顔を合わせる為、考えるなという方が無理で、屋敷に帰ってからは、その日一日のメリアの様子を思い出し、悶々とする。
挙げ句、夢でまで告白された場面を見てしまい、寝ても醒めてもメリアのことを考えている始末だ。
おかげで集中力はボロボロで、仕事でもミスが続き、しょぼくれる毎日だった。
あの日、告白をした後のメリアは、こちらが狼狽えるほどいつも通りだった。
残っていた紅茶を飲み終え、二人で馬車乗り場まで向かい、メリアに見送ってもらう……一点、いつもと違う所があったとすれば、ほとんど会話が無かったところだろう。というより、自分がそれどころではなかった。
まともにメリアを見ることができず、ずっと心臓がドキドキとしていて、逃げるように馬車へ乗り込もうとした。その瞬間、メリアの手が伸びてきて、手の平を強く掴まれた。
『ッ……!』
『お返事は急ぎません。例え、良いお返事をいただけなくても、きちんと受け止めます。……ベルナール様のお心の負担になるようなことはしないと誓いますので、僕を恋愛対象として見れなければ、どうか情けはかけず、断ってくださいませ』
普段と変わらぬ穏やかな口調は、だがどこか泣きそうな響きが混じり、胸が痛いほど締め付けられた。
するりと解けた手は、その感触を残して離れ、その余韻を断ち切るように、馬車の扉が閉められた。
走り出した馬車の中、茫然としながら椅子に座り込み、メリアから告げられた言葉や、熱の籠った眼差し、初めて浴びたGlareを思い出し、一人悶絶した。
生まれて初めて向けられた熱烈な好意と強烈な愛の告白は、恋愛未経験者にはあまりにも刺激が強すぎて、まるで甘い毒に全身を浸けるように、自分という個体を丸ごと飲み込んだ。
(……嬉しくない訳じゃない)
メリアの気持ちを、迷惑だとは思っていない。嬉しいと思っている。だが、ただ『嬉しい』と感じるには戸惑いが大きく、なにより自分の気持ちがまるで分からなかった。
(十四歳も年下の子に、どうすれば……)
メリアも成人した大人とはいえ、十四という歳の差は大きい。
年若く、将来も有望であろう子の貴重な時間を、自分が無駄にしていいのだろうか、という負い目にも似た感情が真っ先に浮かび、どうしても前向きに受け取ることができないでいた。
なにより、『なぜ自分?』という気持ちもあった。
家柄は確かに良い。客観的に見て、容姿が整っているという自覚もある。だが威圧感のある見た目は人によっては怖がられ、見目麗しい者が多い高位貴族の中では、埋没する程度の容姿だ。
勉強はできたが、特別能力が高い訳でもないし、素晴らしい技術を持っている訳でも、特技がある訳でもない。
唯一あるとすれば、六年前の華々しい記録だろうが、それも過去のものであり、なにより自分一人の功績でもない。
考えれば考えるほど、家の爵位が低い以外、どの方面に対しても自分よりもよほど魅力に溢れているメリアに好かれる意味が分からず、ほんの少しだけ、胸が苦しくなった。
(……それに、分からないこともある)
いつSubだとバレたのだろう?
ずっと好きだったと言ったが、一目惚れしたというのはいつの話だろう?
職場に配属されたあの日が間違いなく初対面だったはずだが、自分が忘れているのだろうか?
もし、もしも恋仲になったとして、自分にSubとしての役割が果たせるのだろうか?
(……分からない)
三日間、悶々と考え込んでいる疑問の答えは、メリアしか知らない。と、そこでふと数ヶ月前、メリアの想い人について聞いたことを思い出し、もしやアレは自分のことを言っていたのだろうか、と今更なことに気づく。
薄れかけた記憶をなんとか手繰り寄せ、朧げな記憶に残る彼の想い人の特徴を思い出すも、どうにも自分とは別人な気がして、余計に頭が混乱した。
(年上で家格が上というのは合ってる。勤め始めてから交流を得たというのも間違いなさそうだが……高嶺の花……? は違うような……)
多くの好意を向けられている、という点に関しても、心当たりがない。確かに縁談の話は多かったし、学生時代にはそういった情を向けられることもあったが、恋文一つもらったことは無い。
告白されたのも、正真正銘、メリアが初めてだ。
(それに、すごく素敵な人だと言っていたし……)
それこそ自分とは思えず、思わず唸ってしまいそうになる。
強くて、かっこよくて、可愛い──想い人について、愛しげに言葉を紡いだメリアの横顔を思い出し、なぜか少しだけ気持ちが沈んだ。
(……いっそ嘘でしたと言ってくれた方が、まだ信じられそうだ)
勿論、メリアがそのように軽率に、人を揶揄うような子でないことは分かっている。だから困るのだ。
(可愛いなんて言われる要素、一つも……)
『そんなお可愛らしい顔をしないで下さいませ』
「……っ」
否定しようとした瞬間、あの日、うっとりとした表情で呟いたメリアを思い出してしまい、カッと頬が熱くなった。
吐く息すら熱く、恍惚と煌めいていた黄金の瞳は眩暈がするほどの激情を帯びていて、それを思い出すだけで、ゾクリとしたものが背中を走った。
(ああ、本当にどうしたら……)
Subとしての本能はおろか、恋愛経験ゼロで、『恋』がどんなものかも知らない。
色恋に対して赤子同然の己には、泣いてしまいたくなるほど、メリアへの『返答』を考えるのは難しい問題だった。
(少しでいいので、なんて……無茶を言う)
僕のことを考えてください──その言葉の通り、この三日間、メリアのことばかり考えてしまっていた。
仕事中は絶対的に顔を合わせる為、考えるなという方が無理で、屋敷に帰ってからは、その日一日のメリアの様子を思い出し、悶々とする。
挙げ句、夢でまで告白された場面を見てしまい、寝ても醒めてもメリアのことを考えている始末だ。
おかげで集中力はボロボロで、仕事でもミスが続き、しょぼくれる毎日だった。
あの日、告白をした後のメリアは、こちらが狼狽えるほどいつも通りだった。
残っていた紅茶を飲み終え、二人で馬車乗り場まで向かい、メリアに見送ってもらう……一点、いつもと違う所があったとすれば、ほとんど会話が無かったところだろう。というより、自分がそれどころではなかった。
まともにメリアを見ることができず、ずっと心臓がドキドキとしていて、逃げるように馬車へ乗り込もうとした。その瞬間、メリアの手が伸びてきて、手の平を強く掴まれた。
『ッ……!』
『お返事は急ぎません。例え、良いお返事をいただけなくても、きちんと受け止めます。……ベルナール様のお心の負担になるようなことはしないと誓いますので、僕を恋愛対象として見れなければ、どうか情けはかけず、断ってくださいませ』
普段と変わらぬ穏やかな口調は、だがどこか泣きそうな響きが混じり、胸が痛いほど締め付けられた。
するりと解けた手は、その感触を残して離れ、その余韻を断ち切るように、馬車の扉が閉められた。
走り出した馬車の中、茫然としながら椅子に座り込み、メリアから告げられた言葉や、熱の籠った眼差し、初めて浴びたGlareを思い出し、一人悶絶した。
生まれて初めて向けられた熱烈な好意と強烈な愛の告白は、恋愛未経験者にはあまりにも刺激が強すぎて、まるで甘い毒に全身を浸けるように、自分という個体を丸ごと飲み込んだ。
(……嬉しくない訳じゃない)
メリアの気持ちを、迷惑だとは思っていない。嬉しいと思っている。だが、ただ『嬉しい』と感じるには戸惑いが大きく、なにより自分の気持ちがまるで分からなかった。
(十四歳も年下の子に、どうすれば……)
メリアも成人した大人とはいえ、十四という歳の差は大きい。
年若く、将来も有望であろう子の貴重な時間を、自分が無駄にしていいのだろうか、という負い目にも似た感情が真っ先に浮かび、どうしても前向きに受け取ることができないでいた。
なにより、『なぜ自分?』という気持ちもあった。
家柄は確かに良い。客観的に見て、容姿が整っているという自覚もある。だが威圧感のある見た目は人によっては怖がられ、見目麗しい者が多い高位貴族の中では、埋没する程度の容姿だ。
勉強はできたが、特別能力が高い訳でもないし、素晴らしい技術を持っている訳でも、特技がある訳でもない。
唯一あるとすれば、六年前の華々しい記録だろうが、それも過去のものであり、なにより自分一人の功績でもない。
考えれば考えるほど、家の爵位が低い以外、どの方面に対しても自分よりもよほど魅力に溢れているメリアに好かれる意味が分からず、ほんの少しだけ、胸が苦しくなった。
(……それに、分からないこともある)
いつSubだとバレたのだろう?
ずっと好きだったと言ったが、一目惚れしたというのはいつの話だろう?
職場に配属されたあの日が間違いなく初対面だったはずだが、自分が忘れているのだろうか?
もし、もしも恋仲になったとして、自分にSubとしての役割が果たせるのだろうか?
(……分からない)
三日間、悶々と考え込んでいる疑問の答えは、メリアしか知らない。と、そこでふと数ヶ月前、メリアの想い人について聞いたことを思い出し、もしやアレは自分のことを言っていたのだろうか、と今更なことに気づく。
薄れかけた記憶をなんとか手繰り寄せ、朧げな記憶に残る彼の想い人の特徴を思い出すも、どうにも自分とは別人な気がして、余計に頭が混乱した。
(年上で家格が上というのは合ってる。勤め始めてから交流を得たというのも間違いなさそうだが……高嶺の花……? は違うような……)
多くの好意を向けられている、という点に関しても、心当たりがない。確かに縁談の話は多かったし、学生時代にはそういった情を向けられることもあったが、恋文一つもらったことは無い。
告白されたのも、正真正銘、メリアが初めてだ。
(それに、すごく素敵な人だと言っていたし……)
それこそ自分とは思えず、思わず唸ってしまいそうになる。
強くて、かっこよくて、可愛い──想い人について、愛しげに言葉を紡いだメリアの横顔を思い出し、なぜか少しだけ気持ちが沈んだ。
(……いっそ嘘でしたと言ってくれた方が、まだ信じられそうだ)
勿論、メリアがそのように軽率に、人を揶揄うような子でないことは分かっている。だから困るのだ。
(可愛いなんて言われる要素、一つも……)
『そんなお可愛らしい顔をしないで下さいませ』
「……っ」
否定しようとした瞬間、あの日、うっとりとした表情で呟いたメリアを思い出してしまい、カッと頬が熱くなった。
吐く息すら熱く、恍惚と煌めいていた黄金の瞳は眩暈がするほどの激情を帯びていて、それを思い出すだけで、ゾクリとしたものが背中を走った。
(ああ、本当にどうしたら……)
Subとしての本能はおろか、恋愛経験ゼロで、『恋』がどんなものかも知らない。
色恋に対して赤子同然の己には、泣いてしまいたくなるほど、メリアへの『返答』を考えるのは難しい問題だった。
55
お気に入りに追加
1,449
あなたにおすすめの小説
不器用なきみの手をひいて
みづき(藤吉めぐみ)
BL
高齢化の進むちいさな町で、父の跡を継ぎ歯科医をしている深琴。
ある日、自転車屋の息子だという銀次に助けられた深琴は、銀次が高校の後輩ということもあり、少しずつ仲良くなっていく。
明るくて楽しい銀次は深琴と違いたくさんの知り合いや友達がいて、自分とは違うと感じて戸惑う深琴に、銀次は構うことなく近づいていく。けれどそんな銀次にも、この町に戻って来た理由があってーー?
戸惑いながらも銀次に惹かれ、それでも自分を変えられなくて逡巡する深琴と、そんな深琴を優しく見守りながらそれでも気持ちを傾け続ける銀次の、ゆっくりスローペースな恋の話です。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
絶対服従執事養成所〜君に届けたいCommand〜
ひきこ
BL
少数のDomが社会を支配する世界。
Subと診断された者にはDomに仕える執事となるため英才教育が施され、衣食住が保証され幸せに暮らす……と言われているのは表向きで、その実態は特殊な措置によりDomに尽くすべき存在に作り変えられる。
Subの少年ルカも執事になるほかなかったが、当然そこには人権など存在しなかった。
やがてボロボロに使い捨てられたルカと、彼のことをずっと気にかけていた青年との初恋と溺愛とすれ違い(ハッピーエンド)。
◆Dom/Subユニバース設定の世界観をお借りしたほぼ独自設定のため、あまり詳しくなくても雰囲気で読んでいただけるかと思います。ハードなSM的描写はありません。
◆直接的な描写はありませんが、受け・攻め どちらも過去にメイン相手以外との関係があります。
◆他サイト掲載作に全話加筆修正しています。
※サブタイトルは試験的に付けており、変更の可能性があります
※表紙画像はフリー素材サイトぴよたそ様よりお借りしています
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
孤狼のSubは王に愛され跪く
ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない
Dom/Subユニバース設定のお話です。
氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる