Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「気になる方でもできれば、気持ちが変わることもあるのでしょうけどね……ああ、体に不調もありませんか?」
「ええ、大丈夫です」

Sub性のことも、結婚や色恋に対する自分の気持ちも、家の事情も、全てを知っているメルヴィルは、胸の内を明かせる貴重な相談相手であり、こうして顔を合わせた時は、ダイナミクスから来る肉体の不調についても気遣ってくれた。

ダイナミクス性を持つ者は、多かれ少なかれ『支配したい』『支配されたい』という欲求を秘めている。この欲求が満たされることで、肉体的にも精神的にも安定し、幸福感を得るのだ。
逆にこの欲求が満たされないと、体に不調が出る。その程度や方向性は人それぞれで、ほとんど何も感じない者もいれば、塞ぎ込み、精神を病む者までいたりと、それぞれの性質や性格に左右された。

特にSubは欲求不満からくる体調不良になりやすく、生涯のパートナーを必須とする者が多い。
ただ自分は、幸運にもこの欲求不満や不調を感じたことがなく、恐らくSubとしての性質が薄いのだろうと予想していた。
同じように、ダイナミクス性を持ちながら性的欲求が少ない者は少なからずいて、そういった者は第二性に関係なく婚姻を結んでいるのだ。
だから私も…と父に政略結婚でもなんでも受け入れると伝えたのだが、父は頑なにそれを良しとはしなかった。
いつか、互いに愛し愛される、最愛の人が現れるかもしれないから───と。

侯爵家の当主としてでなく、父親として子の幸せを願ってくれた父には感謝するばかりで、同時にその願いも虚しく、恋人どころか想い人すらいない我が身が情けなかった。
若い頃のように、頑なに誰かを好きになることを恐れている訳ではない。誰も好きにならないと、意固地になっている訳でもない。
年を重ね、他者と関わることで、その考えの角は取れ、縁談の話も少なくなってきたことで、恋愛やダイナミクス性に対して過敏に反応することも無くなった。
そうした上で、それでも恋愛事への関心が薄く、そういった相手を求める欲求が無いのだ。
これはもう、そういう性格なのではないか…と、いつ頃からか考えるようになった。

「…私に、恋愛は難しいようです」
「決めつけるのは良くないですよ。そう思っているだけで、キッカケさえあれば、恋しくて堪らないと想える相手が現れるかもしれません。…ベルナールくんはうぶですからね。悪い虫が付かないか心配です」
「ふふ、何を仰ってるんですか」

まるで年頃の娘を持つ親のようなメルヴィルの発言に、くすくすと笑いが漏れる。
確かに初といえば初なのだろうが、自分のように逞しい三十代の男には、あまりにも似つかわしくない表現で、妙におかしくて笑ってしまった。

「冗談のつもりはないのですが……気になる相手とまでは言いませんが、可愛いな、かっこいいな、と思うような方はいないのですか? それがキッカケになるかもしれませんよ?」

呆れ顔で告げられたメルヴィルの言葉に、ふっとある人物の姿が頭を過り、ピタリと笑いが止まった。

(……可愛い…)

脳裏に浮かんだのは、甘い蜂蜜を溶かしたミルクティーのような男の子。
初対面で『可愛らしい』と思った。
慕ってくれる姿が愛らしくて、微笑ましかった。
笑ってくれると嬉しくて、悲しむ顔を見ると切なくて───でもこれはきっと、年の離れた弟に対するような愛しさだと思っていた。

(十四歳も年下なんだ。可愛らしいと思うのは自然だろう)

「おや? 気になる相手がいるのですか?」
「いいえ、違います。少し…」

驚いたような表情で目を丸くするメルヴィルに、ゆるりと首を振ると、彼の言葉を否定した。
少し、思い出した子がいただけ───それが“気になる相手”という意味に繋がることに、疎い自分はまるで気づいていなかった。




「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったですよ」

食事を終え、店を出ると、お互いそれぞれの馬車に乗り込む前に、別れの挨拶を交わした。と言っても、そこからまたダラダラと話し込んでしまうのはいつものことで、夜風に当たりながらの会話は、酒でほんのりと火照った頬を冷ますのにちょうどよかった。

「次に会えるのは、また二ヶ月ほど先でしょうか?」
「メルヴィル様はお忙しいですからね。私は特別予定もありませんし、またいつでもお誘い下さいませ」
「…ベルナールくんは仕事ばかりでなく、もう少し社交も頑張りなさいね」
「……善処します」

食事の前、メリアの一件で反省していたことを思い出し、グッと言葉に詰まる。
本当に教師のようなことを言うメルヴィルから、そっと視線を逸らせば、青空色の瞳が弧を描くように笑った。

「ベルナールくん」
「は───」

「い」と続くはずだった言葉は音にならず、呑んだ息で呼吸が止まった。

「もしも、今後体に不調が出るようなことがあれば、私を頼りなさい」

そう言ってメルヴィルの真白い指先が、つ…と頬を撫でた。瞬間、驚きで体は硬直し、肌はザワリと粟立った。

(…な……に…? どういう……)

メルヴィルの言葉の意味も、触れられた意味も分からず、目を見開いたまま固まっていると、綺麗なかんばせがニコリと微笑んだ。

「君はもう少し、自分の魅力を自覚すべきですよ」
「っ…」

顎先を擽るように撫でながら、メルヴィルの手が離れていく。
なんと返事をすべきかも分からず、はくりと息を喰んでいる間に、彼は自身の馬車に乗り込んだ。

「次に会える日を、楽しみにしていますね」

妖艶に微笑み、手を振りながら去っていくメルヴィルに何も言えないまま、どんどんと離れていく馬車を茫然と見つめる。
酔いなどすっかり醒めてしまった頭は、たった今起こった出来事を理解するのを拒み、火照っていた体は、嘘のように冷えていた。
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