Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「アルマンディン様」
「…メリアくん?」

仕事を終え、人気の無くなった王城の廊下を歩いていると、背後から不意に声を掛けられ、足を止めた。

「まだ帰っていなかったのか?」
「はい。…その、アルマンディン様をお待ちしておりました」

帰ったとばかり思っていたメリアの登場に、素朴な疑問を口にすれば、思ってもいなかった返事が返ってきて、反射的に肩が揺れた。

「待ち伏せのような真似をして、申し訳ございません。お帰りの馬車まで、ご一緒してもよろしいですか?」
「…ああ」

それは「歩きながら話せませんか?」という誘いだった。
断る理由もなく、若干の緊張を含んだまま、いつかのように並んでゆっくりと歩き出せば、メリアが困ったように微笑んだ。

「ごめんなさい。こうしないと、なかなかお話をする機会がなくて…」
「…私に、何か用事かな?」

わざわざ待ち伏せてまで話したいこととはなんだろう?
内心不安に思いながらも、努めて冷静に問い掛ければ、メリアがチラリとこちらを見上げた。

「僕の思い過ごしであればいいのですが、アルマンディン様から、何かお話ししたいことがあるのではないかと思いまして…」
「え…」

胸の内を読まれたかのようなメリアの言葉に、ドキリと心臓が跳ね、歩みが止まりそうになった。
一瞬鈍くなった足取りは、なんとか誤魔化すことができたものの、胸の動悸は治らず、コクリと息を呑んだ。

「……どうして、そう思ったんだ?」

この聞き方では、肯定しているようなものだ。
ほんの少しだけ掠れてしまった声に、気まずさから、コホンと小さく咳をした。

「僕の勘違いだったら申し訳ありません。…たまに、何か仰りたそうに、こちらを見ていらしたので、皆さんの前では注意しにくいことでもしてしまったのだろうかと思ったのですが…」

そう言って眉を下げるメリアに、罪悪感と羞恥が同時に込み上げ、感情を抑えるように拳を握り締めた。
不安にさせてしまった申し訳なさもさることながら、チラチラと様子を窺っていた自分の不自然な視線に、他でもないメリア本人が気づいていたことに、恥ずかしさで頬が熱くなった。

(そんなに、分かりやすかっただろうか?)

あからさまに見ていたつもりはないのだが…と思いながら、メリアの不安げな視線に気づき、ハッとして表情を取り繕った。

「ち、違うんだ。その…注意とかではないから、安心してくれ。メリアくんは、とてもよくやってくれているよ」
「…! ありがとうございます。アルマンディン様にそう言って頂けて、とても嬉しいです」

不安げな表情を消し、ほわりと微笑んだメリアにホッとしながら、胸に秘めていた燻りについて白状した。

「すまない。個人的な謝罪がしたくて、話す機会を探っていたんだ」
「? 謝って頂くようなことは、何も無かったかと思うのですが…」
「…そうだな。そうかもしれないんだが……」

コテリと首を傾げるメリアに、謝罪が必要だと思った自身の発言についてと、その流れを掻い摘んで説明すれば、彼は瞳を細めて柔らかに微笑んだ。

「気に掛けて下さり、ありがとうございます。…確かに、縁談のお話はいくつか頂いておりますが、どれも私の意思でお断りしています。でもそれは、アルマンディン様がご心配されるような理由からではございませんから、ご安心下さい」
「…何か、理由があって断ってるのか?」
「……好きな人がいるんです」
「───」

大切な宝物が入った箱をゆっくりと開くように、殊更愛しげに呟かれたその一言に、なぜかザワリと肌が粟立った。

「……好きな方がいるから…縁談を断っているのか?」
「はい。その人以外は好きになれないと思っているので」

キッパリと言い切られた言葉に、妙に落ち着かない気分になりながら、慎重に返す言葉を選んだ。

「その……その方に、縁談を申し入れることは、しないのかい?」
「これまで僕が一方的に存じ上げていただけの方なんです。王城勤務になって、ようやく名前を覚えて頂いたような関係で……家格も合いませんし、今までなんの交流もありませんでした。年も離れていますし、縁談のお申し入れをするのは無謀な、高嶺の花のような方なんです」
「……そうか」

淡々と語るメリアに、なんと声を掛ければいいのか分からず言葉に詰まっていると、ふっと笑う声が聞こえた。

「大丈夫です。無謀ですが、それでも好きだという気持ちを手離すつもりはありません。…その方が、もしもご結婚されるようなことがあれば、諦めますが、その方が独身でいらっしゃる限りは、諦めたくありませんから」
「……そう、か」

(…すごいな)

それほどまでに想う相手がいることが、自分には未知の世界すぎて、共感するのはなかなか難しい。それでも、彼が『その人』を強く想っている気持ちは伝わってきて、感心すると同時に、自然と応援したくなる気持ちにさせた。

「その方には、名前を覚えてもらっただけなのか? 会話はないのかい?」
「…はい。もっとお話しができるかと思っていたのですが、そうでもなくて…なかなか話す機会がないんです」
「メリアくんから話し掛けてみたらどうかな?」
「お仕事のお邪魔になるかもしれませんから…」
「メリアくんはよく周りを見ていて、きちんと相手の状況が読める子だ。邪魔になるような話し掛け方はしないはずだよ。せっかく関わりが持てたのに、話すこともできないなんて、悲しいだろう?」
「……そうですね」

正直、恋愛経験ゼロで、恋愛相談に乗ったことすらない者の助言力などたかが知れているだろう。
それでも、こんなにも相手を想っているのに「話すこともできない」ではあまりにも切ないではないか。
メリアの一途さと可愛らしさに、ついつい言葉が続いてしまった。

「年が離れているということは、年上かな? その方にも、婚約者もいないのか?」
「ええ、いらっしゃらないようです」
「何か理由があるんだろうか?」
「…それについては、存じ上げません。異性からも同性からも、とてもおモテになられる方なんですが……ご本人は向けられる好意に対して、少々鈍いようで、分かりやすい好意に対しても、気づかず受け取っていらっしゃるので、見ていてとてもハラハラします」
「それは、なんというか…危うい方なんだな」
「ええ、とても」

無自覚、無防備ということだろうか?
それはさぞヤキモキすることだろう…と、苦笑するメリアに頷きながら思考を巡らす。

(財務部の誰かだろうか? ……そんな人いたかな?)

まぁ部署内の者とは限らないだろうし、詮索するのは止めておこう…そう思いつつ、つい好奇心が勝ってしまった。

「…メリアくんの好きな人は、どんな人なんだい?」
「……お強くて、かっこよくて、でも笑ったお顔が可愛らしくて、とても魅力的な方です。思い遣りのある方で、相手のことを想って、お心を痛めてくれるような、お優しい方です」
「…素敵な方だね」
「はい。とっても」

同性とも異性とも取れる表現に、ますます候補の幅が広がる。
返ってきた満面の笑みとストレートな好意に、胸が温まるのを感じながら、最後にそっと背中を押した。

「メリアくんも、とても素敵で、魅力的な子だよ。恋が実るよう、私も応援するよ」
「……ありがとうございます。年が離れているせいか、子どものように思われているみたいなので、もっと意識してもらえるように、頑張りたいです」
「まだ成人したばかりなのだから、そう背伸びをしなくてもいいんじゃないか? 年上相手なら、少し甘えてみせた方が、愛らしいと思…いや、失礼だったな。すまない」

ついメリアの容姿から口が滑ってしまい、慌てて謝罪をするも、彼は少しだけ驚いたように目を見開き、パチリと目を瞬いた後、嬉しそうに破顔した。

「いえ、貴重なご意見をありがとうございます。…上手く甘えられるように、これから頑張りますね」
「あ、ああ、…頑張って」

(…なんだ?)

最後の言葉に含まれた響きに、なぜかドキリと心臓が鳴った。
まるでその一言に、妙にドキドキとしている内に、気づけば馬車の近くまで辿り着いていた。

「個人的な話をたくさん聞いて下さり、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、色々話してくれてありがとう。話せて嬉しかったよ」
「…私も、とても嬉しゅうございました」

最後に「また明日」と言葉を交わし、馬車に乗り込むと、メリアと別れた。

(思いがけず、たくさん話せたな)

よもやメリアの想い人について聞くことになるとは思わず、なんだか気分は落ち着かなかった。

(内緒にするよって、明日ちゃんと言っておこう)

恋愛経験ゼロ。生まれて初めての恋話に、どこか浮かれた気持ちになりながら、馬車に揺られ、帰路についた。










「…ずっとずっと、好きでした」

走り出した馬車を見つめ、ポツリと呟かれた掠れた声。その告白が、耳に届くことはなかった。
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