12 / 68
9
しおりを挟む
「ルノー・メリアと申します。若輩者ではございますが、精一杯尽力して参ります。皆様ご指導のほど、何卒よろしくお願い致します」
昼休憩を挟み、皆が揃ったところで新人の紹介があった。
多くの者が居並ぶ中、堂々と、だが実に柔らかな表情でほわりと微笑む姿に、誰かが「ほぅ……」と感嘆の溜め息を零した。
(……可愛らしい子だな)
ルノー・メリア──彼に抱いた第一印象はそれだった。
見るからに柔らかそうなミルクティー色の髪の毛と、明るい月を思わせるような金色の瞳は、それだけで甘やかな印象を受けた。
ぱっちりと大きな瞳を縁取る睫毛は長く、柔和に微笑む唇は瑞々しく、整った顔立ちと色白の肌も相まって、まるで愛くるしい人形のようだった。
とはいえ骨格は男性のそれで、決して少女のような可憐さはないのだが、それでも真っ先に『可愛らしい』という感想を抱いた。
成人男性相手に失礼かもしれないが、チラリと周りを見渡せば、恐らく皆も似たような感想を抱いているのだろうことが手に取るように分かった。
「よろしくね、メリアくん」
「よろしくお願い致します、フラメル財務長」
傍らで和やかに挨拶を交わす二人を見ていると、彼が体ごと向きを変え、こちらを向いた。
「よろしくお願い致します、アルマンディン様」
「……ああ、よろしく」
身長差がある分、自然とこちらは彼を見下ろし、彼は自分を見上げる形になるのだが、微笑む金色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、少しばかり狼狽えた。
(……ちゃんと、目を見て話す子なんだな)
驚きのような感情に、心臓がトクトクと鳴っている間に、フラメルの朗らかな声が響き渡った。
「メリアくんは今年学園を卒業したばかりの新人くんだ。初仕事で戸惑うこともあるだろう。皆には自分が成人したばかりの頃を思い出して、若い芽を伸ばす為の手助けをしてほしい。年の離れた弟や息子の成長を見守る気持ちで、色々教えてあげておくれ」
ニコニコといつもと変わらぬ様子でフラメルが語りかければ、皆口々に了承の返事を返し、メリアの挨拶は終わった。
「それじゃあ、午後の仕事を始めようか。ベルナールくん、後はお願いね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「いってきま~す」
軽やかな足取りで部屋を出て行くフラメルの背を見送ると、傍らに佇むメリアに向き直った。
「メリアくん、まずは一通り部署の中や棟内を案内して、それから仕事の説明をしたいと思うんだが、いいかな?」
「はい」
「うん、それじゃあ行こうか」
「……アルマンディン様が、ご案内してくださるのですか?」
キョトリとした表情の彼に目を細めつつ、コクリと頷いた。
「新人の初日の案内は、財務長がする決まりなんだ。今日はフラメル様がいらっしゃらないから、私が代役だけどね」
流石に日々の教育や指導は他の者に任せるしかないが、だからこそ初日の案内だけは、新人との交流を深めるための一環として、父の前の代から長の仕事として決まったのだそうだ。
各部署の長や副長が新人の案内をするなど、なかなか無いことなのだろうな、とメリアの驚いた表情を見て察した。
「フラメル様のように上手くできないと思うんだが……分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ふんわりと微笑むメリアにホッと肩の力を抜くと、部屋の中から案内すべく、並んで歩き出した。
「こっちが資料室で、手前から奥に向かうほど年号が古い。持ち出す時はこちらに記帳して──」
それなりの広さがある部署を端から端まで周りつつ、所々で説明を挟んでいく。
メリアは真剣な表情で相槌を打ちながら、時たま質問を投げかけてくれた。黙って聞いてるだけということもできただろうに、あえて質問をしてくるのは、上司である自分の顔を立ててくれているのだろうと思うと、居た堪れない気持ちになった。
(気を遣わせてしまっているな……)
筋肉質で上背のある体は百九十cm近くある。隣を歩くメリアの頭が肩より少し上にあることを考えても、見下ろされた時の威圧感はそれなりにあるだろう。
流石に財務部のメンバーはもう慣れたもので、怖がられることもないが、初対面となれば話は別だ。マルクに「黙っていると怖い」と言われた顔も健在で、その気がなくとも相手を萎縮させてしまう。
メリアもさぞ居心地が悪いだろう、と説明はなるべく簡潔に済ませ、早く案内を終わらせようとしたのだが……
「アルマンディン様、あちらに置いてある書籍はなんでしょう?」
「こちらのお部屋はなんですか?」
「アルマンディン様、大変申し訳ございません。少しだけ歩くペースを落として頂いてもよろしいでしょうか?」
要所要所の説明だけに留めるつもりが、メリアからの質問は細かく、そのたびに足を止めた。
その分、気持ちが急いて、無意識の内に歩みが速くなれば、申し訳なさそうにメリアに指摘されハッとした。
「……すまない。言いにくいことを言わせてしまったな」
「いいえ、どうしても歩幅が合いませんから……失礼致しました」
「いや、言ってくれてありがとう」
……まさか、歩幅の違いではないとは言えない。
観念してゆったりとした歩みに切り替えれば、メリアがホッと表情を和らげた後、僅かに眉を下げた。
「お忙しい中、時間を割いてくださり、ありがとうございます。……もし、お急ぎのようであれば、気にせず仰ってくださいませ。分からないことがあれば、改めてどなたかに伺いますので……」
「いや、私のことは気にしなくていい。君の案内役を務めるのが、今の私の仕事だ。何か気になることがあれば、なんでも聞いてくれ」
一瞬「案内役を他の者に代わってほしいのだろうか」という邪推が過ったが、まるで本当に惜しむようなメリアの表情に、気づけば思ったままを口にしていた。
「……ありがとうございます。嬉しいです、アルマンディン様」
嬉しいです──その言葉の意味がよく分からず、目を丸くするも、金色の瞳を輝かせて微笑むメリアは本当に嬉しそうで、その表情に少しばかりドキリとした。
(……本当に、可愛らしい子だ)
年上ばかりの部署で、きっと皆に可愛がられることだろう──そんなことをぼんやりと考えながら、案内を再開すべく、二人並んでゆっくりと歩き出した。
昼休憩を挟み、皆が揃ったところで新人の紹介があった。
多くの者が居並ぶ中、堂々と、だが実に柔らかな表情でほわりと微笑む姿に、誰かが「ほぅ……」と感嘆の溜め息を零した。
(……可愛らしい子だな)
ルノー・メリア──彼に抱いた第一印象はそれだった。
見るからに柔らかそうなミルクティー色の髪の毛と、明るい月を思わせるような金色の瞳は、それだけで甘やかな印象を受けた。
ぱっちりと大きな瞳を縁取る睫毛は長く、柔和に微笑む唇は瑞々しく、整った顔立ちと色白の肌も相まって、まるで愛くるしい人形のようだった。
とはいえ骨格は男性のそれで、決して少女のような可憐さはないのだが、それでも真っ先に『可愛らしい』という感想を抱いた。
成人男性相手に失礼かもしれないが、チラリと周りを見渡せば、恐らく皆も似たような感想を抱いているのだろうことが手に取るように分かった。
「よろしくね、メリアくん」
「よろしくお願い致します、フラメル財務長」
傍らで和やかに挨拶を交わす二人を見ていると、彼が体ごと向きを変え、こちらを向いた。
「よろしくお願い致します、アルマンディン様」
「……ああ、よろしく」
身長差がある分、自然とこちらは彼を見下ろし、彼は自分を見上げる形になるのだが、微笑む金色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、少しばかり狼狽えた。
(……ちゃんと、目を見て話す子なんだな)
驚きのような感情に、心臓がトクトクと鳴っている間に、フラメルの朗らかな声が響き渡った。
「メリアくんは今年学園を卒業したばかりの新人くんだ。初仕事で戸惑うこともあるだろう。皆には自分が成人したばかりの頃を思い出して、若い芽を伸ばす為の手助けをしてほしい。年の離れた弟や息子の成長を見守る気持ちで、色々教えてあげておくれ」
ニコニコといつもと変わらぬ様子でフラメルが語りかければ、皆口々に了承の返事を返し、メリアの挨拶は終わった。
「それじゃあ、午後の仕事を始めようか。ベルナールくん、後はお願いね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「いってきま~す」
軽やかな足取りで部屋を出て行くフラメルの背を見送ると、傍らに佇むメリアに向き直った。
「メリアくん、まずは一通り部署の中や棟内を案内して、それから仕事の説明をしたいと思うんだが、いいかな?」
「はい」
「うん、それじゃあ行こうか」
「……アルマンディン様が、ご案内してくださるのですか?」
キョトリとした表情の彼に目を細めつつ、コクリと頷いた。
「新人の初日の案内は、財務長がする決まりなんだ。今日はフラメル様がいらっしゃらないから、私が代役だけどね」
流石に日々の教育や指導は他の者に任せるしかないが、だからこそ初日の案内だけは、新人との交流を深めるための一環として、父の前の代から長の仕事として決まったのだそうだ。
各部署の長や副長が新人の案内をするなど、なかなか無いことなのだろうな、とメリアの驚いた表情を見て察した。
「フラメル様のように上手くできないと思うんだが……分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ふんわりと微笑むメリアにホッと肩の力を抜くと、部屋の中から案内すべく、並んで歩き出した。
「こっちが資料室で、手前から奥に向かうほど年号が古い。持ち出す時はこちらに記帳して──」
それなりの広さがある部署を端から端まで周りつつ、所々で説明を挟んでいく。
メリアは真剣な表情で相槌を打ちながら、時たま質問を投げかけてくれた。黙って聞いてるだけということもできただろうに、あえて質問をしてくるのは、上司である自分の顔を立ててくれているのだろうと思うと、居た堪れない気持ちになった。
(気を遣わせてしまっているな……)
筋肉質で上背のある体は百九十cm近くある。隣を歩くメリアの頭が肩より少し上にあることを考えても、見下ろされた時の威圧感はそれなりにあるだろう。
流石に財務部のメンバーはもう慣れたもので、怖がられることもないが、初対面となれば話は別だ。マルクに「黙っていると怖い」と言われた顔も健在で、その気がなくとも相手を萎縮させてしまう。
メリアもさぞ居心地が悪いだろう、と説明はなるべく簡潔に済ませ、早く案内を終わらせようとしたのだが……
「アルマンディン様、あちらに置いてある書籍はなんでしょう?」
「こちらのお部屋はなんですか?」
「アルマンディン様、大変申し訳ございません。少しだけ歩くペースを落として頂いてもよろしいでしょうか?」
要所要所の説明だけに留めるつもりが、メリアからの質問は細かく、そのたびに足を止めた。
その分、気持ちが急いて、無意識の内に歩みが速くなれば、申し訳なさそうにメリアに指摘されハッとした。
「……すまない。言いにくいことを言わせてしまったな」
「いいえ、どうしても歩幅が合いませんから……失礼致しました」
「いや、言ってくれてありがとう」
……まさか、歩幅の違いではないとは言えない。
観念してゆったりとした歩みに切り替えれば、メリアがホッと表情を和らげた後、僅かに眉を下げた。
「お忙しい中、時間を割いてくださり、ありがとうございます。……もし、お急ぎのようであれば、気にせず仰ってくださいませ。分からないことがあれば、改めてどなたかに伺いますので……」
「いや、私のことは気にしなくていい。君の案内役を務めるのが、今の私の仕事だ。何か気になることがあれば、なんでも聞いてくれ」
一瞬「案内役を他の者に代わってほしいのだろうか」という邪推が過ったが、まるで本当に惜しむようなメリアの表情に、気づけば思ったままを口にしていた。
「……ありがとうございます。嬉しいです、アルマンディン様」
嬉しいです──その言葉の意味がよく分からず、目を丸くするも、金色の瞳を輝かせて微笑むメリアは本当に嬉しそうで、その表情に少しばかりドキリとした。
(……本当に、可愛らしい子だ)
年上ばかりの部署で、きっと皆に可愛がられることだろう──そんなことをぼんやりと考えながら、案内を再開すべく、二人並んでゆっくりと歩き出した。
67
お気に入りに追加
1,464
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
孤狼のSubは王に愛され跪く
ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない
Dom/Subユニバース設定のお話です。
氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる