私だけの吸血鬼

東雲

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5.二人きりⅢ

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「生きてはいますよ。ただ、もう家族として会うことはないというか……」

それからポツリ、ポツリと、テオドールは自身の身の上について語った。

テオドールは、しがない男爵家の三男として生まれた。
母は娘が欲しかったらしく、三人目こそはと意気込んでいたようだが、生まれてきたのはまた男で、非常にがっかりしたらしい。
そんなこともあってか、テオドールは両親からあまり可愛がられた記憶もなく、幼少期を過ごした。
特別な財もなく、かろうじて貴族籍の端っこに引っ掛かっていたような男爵家だが、父親は何かと見栄を張るタイプだった。周囲から見える所には金を掛け、見えない所はおざなり。煌びやかな服を纏いながら、貧しい食事をとるという歪んだ生活を送ってきた。
それでも、衣食住のある生活は保たれ、父親の見栄もあって貴族学校にも通えた。
親子関係は希薄だったが兄弟仲は良く、兄達は末子のテオドールを可愛がってくれた。そのおかげで、寂しいと思うことも、愛情に飢えることもなく、育ててもらえたことを感謝できる程度には、家族への情もあった。
だがそれも、父親が借金を返せなくなるまでの話だった。

身の丈に合わない買い物や、貴族仲間の付き合いで増えた借金は、領地も持たぬ男爵家ではとても返済できない額にまで膨れ上がっていた。
結局、無駄に高価だった家具や装飾品、絵画の類を全て売り払い、屋敷を手放し、それでも足りなかった分は父が強制労働で返済することになった。勿論、爵位は返上することとなり、男爵家はあっさりと無くなった。
父と母は離縁し、父は王都から離れた街の商家で働きながら借金を返済することになり、母は実家に戻った。
長男と次男は当時既に成人していたため、それぞれが職に就き、自立した。当時、家族の中で唯一未成年だった自分は、貴族学校の寮に入っており、卒業間近だったこともあって、かろうじて卒業式を迎えると、元より就職予定だった家で騎士として仕え始めた。
そうして成人すると同時に、一人で生きていくことを余儀なくされた。

しがない男爵家とはいえ、次期当主としての未来が決まっていた長兄や、貴族男子として社交界に出入りしていた次兄に比べれば、まだ苦労も少なかったと思う。
それでも、卒業までの数日間は「没落した家の子」と同級生達に影で笑われ、卒業式の日に両親が姿を見せることもなく、皆が華々しく笑い合う中を独り惨めに過ごした。
帰る家も無く、最後に会った両親からは、卒業祝いの言葉すら言われぬまま「私達がしてやれることは何もない。これからはお前の好きなように生きなさい」と、呆気なく放り出された。
幸いだったのは、兄達は成人と同時に自立することを余儀なくされたテオドールを不憫に思い、自分達も大変だろうに、僅かな金銭と共に、慰めの言葉と抱擁を贈ってくれたことだ。

『ごめんな……っ、何もしてやれなくて、ごめん! どうか元気で……!』

ああ、これでもうお別れなのか──その言葉で初めて、帰る家も、家族も、全てを失ってしまったのだと実感し、喪失感から涙が零れた。


「……それが、六年前の話です。父は、今はもうどこで何をしているのかも分かりません。母は、数年前にどこかの貴族と再婚したと風の噂で聞きました。長兄は国を出て、他国で家庭を持ったと次兄が手紙で報せてくれて、次兄は王都にある飲食店の婿養子になったと聞いています。……私にはもう、家族と呼べる者はいないんです」

皆、生きてはいる。だがもう『家族』と呼べないほど遠く離れてしまった。
学校を卒業し、十八歳の成人を迎えたあの日、兄の抱擁を最後に、自分は家ごと家族を失ったのだ。
もう子どもでもないのだ。悲しいとも、寂しいとも思っていない。皆がどこかで新たな家庭を築き、家族と共に幸せに暮らしてくれているなら、それでいいと思っている。
それでも、こうして過去を思い出すたびに胸が苦しくなるのは、いつまで経っても慣れなかった。
重くなった胸を誤魔化すように、深く息を吐き出すと、努めて明るい声で最後の一言を告げた。

「なので、アルバート様がご心配されるようなことは何も──アルバート様!?」

語るうちに下がっていた視線をアルバートに向ければ、目元を真っ赤に染め、静かに涙を流す彼の姿が目に映った。

「ご、ごめんね……、言いたくないこと、言わせちゃった……っ」
「アルバート様、違います。言いたくなかった訳では……」
「でも、テオドール……寂しい顔してた……っ」
「っ……」

その一言に、ドキリとする。
この話をしたのは、アルバートが初めてだった。これまで、誰に話すでもなく、胸の内に秘めてきた。
そこにあったのは、羞恥でも、悔しさでもない。
ずっと目を背けてきた、家族を失った寂しさと、向き合う勇気がなかったのだ。
「寂しい」という本音を吐くこともできなかった──アルバートの一言は、記憶の中に取り残された自分の気持ちを掬い取り、共に悲しんでくれているようで、それだけで気持ちがふっと軽くなった。

「……大丈夫ですよ、アルバート様。今はもう、寂しくありません。泣いてくださって、ありがとうございます」

真っ赤な瞳を更に赤くに潤ませ、ぐしぐしと目元を擦るアルバート。その手をそっと押さえると、濡れる頬を指先で拭った。

「私は自分の意思で、ここにいます。私がアルバート様のお側にいたいから、離れないのです。どうか、ご心配なさらないでくださいませ」
「っ……」

誰より辛いのはアルバートだろうに、自分のために、他人が辛い思いをしているのではないかと心配する心優しい子。
そんな子を安心させるべく表情を和らげれば、アルバートの顔が淡い色に染まった。

「……本当に?」
「はい。本当です」
「寂しくない?」
「アルバート様と一緒ですから、寂しくないですよ」
「……へへ。僕も、テオドールと一緒だから、寂しくないよ」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。……お話が長くなってしまいましたね。さぁ、そろそろお休みになりましょう」
「うん」

愛らしい顔でふにゃりと笑うアルバートにつられ、頬が緩む。
それまでの湿っぽさが嘘のように温かくなった空気の中、ベッドに寝転んだアルバートが、布団で顔を隠しながらポソポソと呟いた。

「……テオドール、本当に、恋人もいないの?」
「ええ、残念ながら」
「……こんなに優しくて、かっこいいのに?」
「はは、褒めるのがお上手ですね」
「本当だよ! 本当に、テオドールは優しいし、かっこいいし、料理も上手だし……!」
「ありがとうございます。でも、本当に恋人もいませんよ」

なぜか必死に褒めてくれるアルバートに苦笑しつつ、落ち着かせるようにポンポンと布団を叩く。

「……いないんだ」
「? 何か仰いましたか?」
「うぅん。……ねぇ、テオドール」
「はい」
「僕が、テオドールの家族になっちゃダメ?」
「──」

思ってもみなかった言葉に、布団を叩いていた手が止まった。
最初に胸に湧いたのは、アルバートの優しさに対する喜び。それに続いて、戸惑いと困惑が広がった。

(どう答えよう……)

アルバートの言葉はとても嬉しい。だが自分とアルバートの関係は、あくまで『護衛対象』と『護衛騎士』だ。どんなに形が変わろうとも、アルバートが侯爵家の子である限りは、この事実は変わらない。
勿論、アルバートにそんな夢の無いことを言うつもりはない。だからと言って、彼の将来を考えた時に、重荷になってしまうような返答もしたくなかった。

「……アルバート様のような可愛らしい弟がいたら、きっと兄馬鹿になってしまうでしょうね」

子どもの戯れ言と流すことも、安易に答えることもできず、悩みに悩んで、“そうであったなら”という願望を込めて、素直な気持ちを伝えた。実際、本当にアルバートが弟だったなら、全力で可愛がるだろう自信があった。

「弟……」
「あの、もしもというお話しで……」
「……うん。分かってる。……今日は、テオドールのことたくさん教えてくれて、ありがとう。色々お話ししてくれて、すごく嬉しかった」
「……私のほうこそ、ご心配してくださって、ありがとうございました」
「また明日ね。おやすみなさい、テオドール」
「……おやすみなさいませ、アルバート様」

拍子抜けするほどあっさりと話を切り上げ、布団に潜ってしまったアルバートに、じわりと焦燥感が募る。とはいえ、それ以上会話を続けることもできず、サイドテーブルのランプを消すと、そわそわとした気持ちのまま、アルバートの部屋を出た。

(……あの答え方は、やはり良くなかったかな)

廊下に出ると、部屋の扉を背にしたまま、今し方の発言を振り返り、反省する。だが正直なところ、是とも否とも答えられない状況だったのだ。
恐らく、いや確実に、アルバートは成人と同時に侯爵家から籍を抜かれる。
子を育てるのは親の義務というのがこの国の常識であり、それは平民も貴族も変わらない。特に貴族は、どんな問題児でも家で面倒をみれなければ、子ども一人養うこともできない財の無い家として見下されるため、どのような子でも最低限の生活が保証されるのが常だ。
但し、それは未成年の間だけの話であり、多くは成人と共に貴族籍から抜かれ、平民となる。
令嬢であれば、無理やりどこかの家に嫁がされることもあるようだが、アルバートは男児だ。成人するまで領地の離れに閉じ込め、時が来たら、身一つで追い出すつもりだろう。
そうして平民になったアルバートは、侯爵家の人間でなくなり、自分も侯爵家の騎士でなくなる。
なんの肩書きも無くなったアルバートとテオドールになった時、二人の関係にどんな名前を付けられるか……今の自分には、想像することもできなかった。

(でも……)

もしも数年後、成人したアルバートが、今と変わらず自分のことを『家族』にと望んでくれたなら──それはきっと、とても幸せなことだと思えた。

(父や、兄の代わりになるつもりはないと思っていたけれど……)

ほんの少しだけ、未来に期待してもいいだろうか……アルバートとの絆を再認識できた喜びから、自然と口角が上がる。
浮き立つ気持ちのまま、扉の前を離れると、月夜の明かりが照らす静かな廊下を、軽い足取りで歩き出した。

扉の向こう側で、緋色の瞳を輝かせたアルバートが、大きな決意を胸に抱いたことも知らずに──……
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