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「ああ、久しぶりの自由だ」
「…!?」
突然響いた自分のものではない声に、ビクリと体が揺れた。
(…アイツ……なんで、外に…)
声のした方に視線を向ければ、そこにはつい先ほどまで眠っていたであろう美しい魔物が立っていた。
透明な壁は薄い氷のように足元に崩れ、その意味を無くしていた。
真白くゆったりとした衣服に身を包み、2本の足で立つ姿は人間と同じ形で、遠目には人間と見分けがつかないだろう。
だがその美しい顔も、異様な輝きを放つ瞳も、足首近くまで伸びた長い髪も───人間のそれとはまったく違う、別の生き物にしか見えなかった。
(コレもコイツの仕業か…!)
反射的に自身の体に絡みつく蔦も、目の前の魔物のせいなのだと理解する。
そうこうしている間に、得体の知れない生き物がゆったりと近づいてくる。その顔には、何故か淡い笑みが浮かんでいて、見惚れるはずのその美しさが今は不気味すぎて、動けないと分かっていても腰が引けた。
「…離せよ」
怯えを悟られてはいけない。
目の前に立った魔物を睨み、低く言葉を吐くが、その微笑みが崩れることはなかった。
「ふむ、久方ぶりの捧げ物だが、今回はなかなかに変わった毛色の者を寄越したな」
「は…?」
(捧げ物…?)
聞き捨てならない単語が聞こえたが、それどころではない。
「…人違いだ。俺は捧げ物でもなんでもねーよ」
「うん?そうなのか?…確かに眠る前に、もう供物は寄越せないと言われたような気がしたが…ならばなぜワタシを起こした?」
「知らねーよ。ただの偶然だ。アンタを起こすつもりはなかった」
話の背景が見えないが、自分の言葉に嘘はない。
「ルナカテクトリ」
「は?」
探るように返事をする最中、唐突に呪文のようなものを唱えられ、思わず素の声が漏れた。
「ルナカテクトリ。ワタシの名だ」
「…ああ、そう」
なぜ急に名乗ったのか分からない。興味もない。忌々しげに息を吐くと、魔物は「おや?」という顔をした。
「これはまた、随分と躾のなってない捧げ物だ」
「違ぇって言ってんだろ!いいから離せ!」
「そうか。だが残念だが、人違いだろうがなんだろうが解放するつもりはないぞ」
「…なに?」
「久しぶりの捧げ物だ。ワタシも腹が減った。神への畏怖も敬意も足りん愚か者だが、今は我慢しよう」
「……は?」
(神だ?)
どう見ても…いや、確かに見目は神か天使かと見紛うほどに麗しいが、放つ雰囲気も気も、完全に魔物のそれだ。何を言ってるんだという感情は、そのまま声になって出ていた。
「なんだ?魔物のくせに、神様ごっこか?」
「おや。なんだ、分かっていたか」
くつくつと笑う顔に焦りの色はなく、むしろ楽しげだ。
「何も知らずに魔物を神と崇めるような、愚かな人間ばかりと思っていたが、そうではないらしいな」
「はぁ?そんな馬鹿な奴がどこに───」
そこまで言いかけ、はたと気づく。
長く放置されていたかのように、木々が生い茂った洞窟の入り口。ここに辿り着くまで、人が踏み入ったような形跡は一切無かった。
魔物の言う『久しぶり』がどれほど久しぶりかは知らないが、酒場で聞いた数百年という単語と、長く放置されていたことが分かるこの場所───もしや、もしかしたら、数百年前に生きていた人間には、目の前の魔物を、魔物と判断することができなかったのではないだろうか?
神の如き美貌と、魔物が放つ独特の威圧───それを畏怖と捉えても、なんらおかしいことはない。
そして『神への供物』として、人身御供のような儀式があったとしても、おかしいことではなく…
「…っ!」
浮かんだ考えに、途端に血の気が引いていく。
確かに魔物は、『捧げ物』と言った。それはつまり───そういうことなのだろう。
「…っ、離せ!!俺は関係ない!!」
必死に身を捩り、蔦の拘束を解こうとするが、締め付ける強さが緩むことはなかった。
「どうした、突然暴れ出して。…ああ、捧げ物の意味に気づいたか?そんなに怖がらなくてもいいぞ。腹が減ったとはいえ、本当に食べる訳ではないからな」
「だとしても俺には関係な───」
「それこそ、ワタシには関係ない。餌が自分から寄ってきたのに、みすみす逃すと思うか?」
「ぐっ…」
『餌』…そう言われ、嫌でも恐怖は増していく。
「とはいえ、清めが足りんな。ワタシも力が足りん」
「…清め?」
「お前が浴びているソレだ。ワタシへの捧げ物は、純度の高い清水で身を清めてから、その身を差し出したものだが…その術式はまだ生きている様だな」
「はっ!?おい…っ、ガボッ…!」
宙に浮いたままの体がそのまま移動し、咄嗟に手足をバタつかせたが、抵抗とすら呼べないそれに意味はなく、再び降り注いだ水に咽せて咳き込んだ。
「ゲホッ、えほっ…!テメ…くそっ!なにしや…っ」
「ああ、美味い水だ」
「…っ!?」
大量に降り注いだ水が、自身の体を濡らしながら床を水浸しにする。そのまま床に染み込むように水は消え、それに比例するように、体に巻きつく蔦が膨張し始めた。
「まだまだ足りんな。お前も、服を着たままでは清めにならん。どれ、脱がせてやろう」
「…ッ!?ゲホッ、ふざけんじゃ…っ、グボッ…!」
「ああ、腹の中も水で満たしておけ。でないと枯れるぞ」
「ゴボッ…ッ、お"ぇ…っ!」
まるで魔物の意識に呼応するように、後から後から水が降り注ぐ。
頭上から大量に降り注ぐそれに、息苦しさから口を開けば、口の中に水が流れ込み、反射的に飲み込んでしまう。
「…ゴボ…ッ、…!?ガボッ…!」
意識が逸れている間に蔦が体中を這い回り、裂くように服を剥ぎ始めた。
身に纏っていた防具は留め具部分を破壊され、武器は投げ捨てられ、ガチャガチャと足元に落ちていく。柔らかな布は無理やり裂かれ、破かれ、原型を留めぬボロ切れとなっていった。
(ふざけんじゃ…っ!)
抗議の言葉は、だが大量の水に遮られ、音になることは無い。それどころか、口を開いた拍子に更に水を飲み込んでしまい、激しく咽せた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ…!おぇっ…」
息苦しさと、窒息してしまうのではという恐怖に生理的な涙が出るが、それも水に洗い流されていく。
瞬く間に破かれていく服に構っている余裕もなく、ただ無我夢中で体を捩るが、拘束が緩むことはなかった。
そこでふと、体に絡みついている蔦が、その姿を変えていることに気づいた。木の枝のようだったそれは、まるで水気を含んだかのように瑞々しく、すべらかな何かに形を変え、体に纏わりついていた。
(なん…だ…これ……触手…?)
弾力のあるその表面が、僅かなぬめりと光沢を放っているのは、水を被っているからだけではないだろう。
「ぁえ…っ、ゲホッ!ハァ…ハァ……ッ」
長かった水責めが終わる頃には、すべての服は剥ぎ取られ、全身丸裸にされていた。
全身水に濡れ、体力を奪われた体は重く、大量に飲んでしまった水と酸素不足で息が苦しい。
全裸であることを恥じる余裕もないまま、脱力した手足を投げ出していると、触手と思しきそれがぬとりと肌に纏わりついた。
「ッ…!」
それ自体は柔らかく、痛みはないが、少し動くだけで濡れた生き物が這うような感覚が肌に伝わり、ぞわりと全身が粟立った。
「クソが…!なにしやが───」
「おっと、口が悪いぞ」
「んごっ!?お、ぇ"…っ」
口を開いた瞬間、一本の触手を咥内に突っ込まれ、思わず嘔吐く。
(気持ち悪ぃ…っ!)
意外にも無味無臭ではあるが、それでも魔物の体の一部を口の中に含んでしまった気持ち悪さに、反射的に歯を立てようとした。…が、それは既の所で止められた。
「噛むなよ。少しでも歯を立てたら、そのまま喉奥まで突っ込んで、腹の中から壊すぞ」
「…っ!」
低い声で言われた言葉を、脅しと考えることは出来なかった。
恐らくだが、やろうと思えば本当にやれるのであろうことが、魔物の声からも察せられ、想像したくもない『もしも』を想像し、カタリと唇が震えた。
「ふ…っ」
「そのまま大人しくしていろ。なに、大丈夫だ。別に生きたまま苦痛を与えようという訳じゃない」
見れば、心なしか元気そうに笑う魔物が距離を縮め、身動きの取れない体を指先でそっと撫でた。
「ワタシが欲しいのは生気…早い話が、人間達が淫交の際に撒き散らす、淫靡な汁が欲しいのだ」
「!?」
単刀直入に言われた言葉に、目を見開く。
「ワタシを産んだ母は淫魔でな。ワタシにもその性質が受け継がれている。持って生まれた能力故か、森を豊かにすることも出来るが、その代わり、力を得る為に必要なものは、人間達の欲にまみれた生気だ。ずっと前にワタシに傅いていた人間達は、森の実りを得る代償に、供物となる人間を寄越していたのだが…ああなに、心配しなくていいぞ。人間の身体を弄るのは好きだ。どこをどう弄れば良く鳴くか、善がって精を撒き散らすかも心得ているからな。出す物が無くなるまで、泣いて喚いて、それでも無様に善がり続けるのだから、哀れで可愛いものよ」
艶やかな笑みで紡がれた言葉の恐ろしさにゾッとする。
(…まて……まて、まてまて。まさか…それを俺にする気じゃ…)
この魔物は、自分のことを『捧げ物』と言った───途端にドクンと跳ねた心臓に体を捩るが、ぬめる触手が肌の上を這うだけだった。
「うっ…、うぅ…っ!」
全身を巡る恐怖にフルフルと首を振るが、魔物の目は細められたままだった。
「安心しろ。死にはしないし、殺しもしない。…ただまぁ、どの供物も最後は狂って、廃人になってしまったがな」
苦痛も何も理解できなくなってから、肉を好む獣に食わせてやったから安心しろ───そんな絶望しかない言葉をにこやかに吐く美しい魔物に、喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
「…!?」
突然響いた自分のものではない声に、ビクリと体が揺れた。
(…アイツ……なんで、外に…)
声のした方に視線を向ければ、そこにはつい先ほどまで眠っていたであろう美しい魔物が立っていた。
透明な壁は薄い氷のように足元に崩れ、その意味を無くしていた。
真白くゆったりとした衣服に身を包み、2本の足で立つ姿は人間と同じ形で、遠目には人間と見分けがつかないだろう。
だがその美しい顔も、異様な輝きを放つ瞳も、足首近くまで伸びた長い髪も───人間のそれとはまったく違う、別の生き物にしか見えなかった。
(コレもコイツの仕業か…!)
反射的に自身の体に絡みつく蔦も、目の前の魔物のせいなのだと理解する。
そうこうしている間に、得体の知れない生き物がゆったりと近づいてくる。その顔には、何故か淡い笑みが浮かんでいて、見惚れるはずのその美しさが今は不気味すぎて、動けないと分かっていても腰が引けた。
「…離せよ」
怯えを悟られてはいけない。
目の前に立った魔物を睨み、低く言葉を吐くが、その微笑みが崩れることはなかった。
「ふむ、久方ぶりの捧げ物だが、今回はなかなかに変わった毛色の者を寄越したな」
「は…?」
(捧げ物…?)
聞き捨てならない単語が聞こえたが、それどころではない。
「…人違いだ。俺は捧げ物でもなんでもねーよ」
「うん?そうなのか?…確かに眠る前に、もう供物は寄越せないと言われたような気がしたが…ならばなぜワタシを起こした?」
「知らねーよ。ただの偶然だ。アンタを起こすつもりはなかった」
話の背景が見えないが、自分の言葉に嘘はない。
「ルナカテクトリ」
「は?」
探るように返事をする最中、唐突に呪文のようなものを唱えられ、思わず素の声が漏れた。
「ルナカテクトリ。ワタシの名だ」
「…ああ、そう」
なぜ急に名乗ったのか分からない。興味もない。忌々しげに息を吐くと、魔物は「おや?」という顔をした。
「これはまた、随分と躾のなってない捧げ物だ」
「違ぇって言ってんだろ!いいから離せ!」
「そうか。だが残念だが、人違いだろうがなんだろうが解放するつもりはないぞ」
「…なに?」
「久しぶりの捧げ物だ。ワタシも腹が減った。神への畏怖も敬意も足りん愚か者だが、今は我慢しよう」
「……は?」
(神だ?)
どう見ても…いや、確かに見目は神か天使かと見紛うほどに麗しいが、放つ雰囲気も気も、完全に魔物のそれだ。何を言ってるんだという感情は、そのまま声になって出ていた。
「なんだ?魔物のくせに、神様ごっこか?」
「おや。なんだ、分かっていたか」
くつくつと笑う顔に焦りの色はなく、むしろ楽しげだ。
「何も知らずに魔物を神と崇めるような、愚かな人間ばかりと思っていたが、そうではないらしいな」
「はぁ?そんな馬鹿な奴がどこに───」
そこまで言いかけ、はたと気づく。
長く放置されていたかのように、木々が生い茂った洞窟の入り口。ここに辿り着くまで、人が踏み入ったような形跡は一切無かった。
魔物の言う『久しぶり』がどれほど久しぶりかは知らないが、酒場で聞いた数百年という単語と、長く放置されていたことが分かるこの場所───もしや、もしかしたら、数百年前に生きていた人間には、目の前の魔物を、魔物と判断することができなかったのではないだろうか?
神の如き美貌と、魔物が放つ独特の威圧───それを畏怖と捉えても、なんらおかしいことはない。
そして『神への供物』として、人身御供のような儀式があったとしても、おかしいことではなく…
「…っ!」
浮かんだ考えに、途端に血の気が引いていく。
確かに魔物は、『捧げ物』と言った。それはつまり───そういうことなのだろう。
「…っ、離せ!!俺は関係ない!!」
必死に身を捩り、蔦の拘束を解こうとするが、締め付ける強さが緩むことはなかった。
「どうした、突然暴れ出して。…ああ、捧げ物の意味に気づいたか?そんなに怖がらなくてもいいぞ。腹が減ったとはいえ、本当に食べる訳ではないからな」
「だとしても俺には関係な───」
「それこそ、ワタシには関係ない。餌が自分から寄ってきたのに、みすみす逃すと思うか?」
「ぐっ…」
『餌』…そう言われ、嫌でも恐怖は増していく。
「とはいえ、清めが足りんな。ワタシも力が足りん」
「…清め?」
「お前が浴びているソレだ。ワタシへの捧げ物は、純度の高い清水で身を清めてから、その身を差し出したものだが…その術式はまだ生きている様だな」
「はっ!?おい…っ、ガボッ…!」
宙に浮いたままの体がそのまま移動し、咄嗟に手足をバタつかせたが、抵抗とすら呼べないそれに意味はなく、再び降り注いだ水に咽せて咳き込んだ。
「ゲホッ、えほっ…!テメ…くそっ!なにしや…っ」
「ああ、美味い水だ」
「…っ!?」
大量に降り注いだ水が、自身の体を濡らしながら床を水浸しにする。そのまま床に染み込むように水は消え、それに比例するように、体に巻きつく蔦が膨張し始めた。
「まだまだ足りんな。お前も、服を着たままでは清めにならん。どれ、脱がせてやろう」
「…ッ!?ゲホッ、ふざけんじゃ…っ、グボッ…!」
「ああ、腹の中も水で満たしておけ。でないと枯れるぞ」
「ゴボッ…ッ、お"ぇ…っ!」
まるで魔物の意識に呼応するように、後から後から水が降り注ぐ。
頭上から大量に降り注ぐそれに、息苦しさから口を開けば、口の中に水が流れ込み、反射的に飲み込んでしまう。
「…ゴボ…ッ、…!?ガボッ…!」
意識が逸れている間に蔦が体中を這い回り、裂くように服を剥ぎ始めた。
身に纏っていた防具は留め具部分を破壊され、武器は投げ捨てられ、ガチャガチャと足元に落ちていく。柔らかな布は無理やり裂かれ、破かれ、原型を留めぬボロ切れとなっていった。
(ふざけんじゃ…っ!)
抗議の言葉は、だが大量の水に遮られ、音になることは無い。それどころか、口を開いた拍子に更に水を飲み込んでしまい、激しく咽せた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ…!おぇっ…」
息苦しさと、窒息してしまうのではという恐怖に生理的な涙が出るが、それも水に洗い流されていく。
瞬く間に破かれていく服に構っている余裕もなく、ただ無我夢中で体を捩るが、拘束が緩むことはなかった。
そこでふと、体に絡みついている蔦が、その姿を変えていることに気づいた。木の枝のようだったそれは、まるで水気を含んだかのように瑞々しく、すべらかな何かに形を変え、体に纏わりついていた。
(なん…だ…これ……触手…?)
弾力のあるその表面が、僅かなぬめりと光沢を放っているのは、水を被っているからだけではないだろう。
「ぁえ…っ、ゲホッ!ハァ…ハァ……ッ」
長かった水責めが終わる頃には、すべての服は剥ぎ取られ、全身丸裸にされていた。
全身水に濡れ、体力を奪われた体は重く、大量に飲んでしまった水と酸素不足で息が苦しい。
全裸であることを恥じる余裕もないまま、脱力した手足を投げ出していると、触手と思しきそれがぬとりと肌に纏わりついた。
「ッ…!」
それ自体は柔らかく、痛みはないが、少し動くだけで濡れた生き物が這うような感覚が肌に伝わり、ぞわりと全身が粟立った。
「クソが…!なにしやが───」
「おっと、口が悪いぞ」
「んごっ!?お、ぇ"…っ」
口を開いた瞬間、一本の触手を咥内に突っ込まれ、思わず嘔吐く。
(気持ち悪ぃ…っ!)
意外にも無味無臭ではあるが、それでも魔物の体の一部を口の中に含んでしまった気持ち悪さに、反射的に歯を立てようとした。…が、それは既の所で止められた。
「噛むなよ。少しでも歯を立てたら、そのまま喉奥まで突っ込んで、腹の中から壊すぞ」
「…っ!」
低い声で言われた言葉を、脅しと考えることは出来なかった。
恐らくだが、やろうと思えば本当にやれるのであろうことが、魔物の声からも察せられ、想像したくもない『もしも』を想像し、カタリと唇が震えた。
「ふ…っ」
「そのまま大人しくしていろ。なに、大丈夫だ。別に生きたまま苦痛を与えようという訳じゃない」
見れば、心なしか元気そうに笑う魔物が距離を縮め、身動きの取れない体を指先でそっと撫でた。
「ワタシが欲しいのは生気…早い話が、人間達が淫交の際に撒き散らす、淫靡な汁が欲しいのだ」
「!?」
単刀直入に言われた言葉に、目を見開く。
「ワタシを産んだ母は淫魔でな。ワタシにもその性質が受け継がれている。持って生まれた能力故か、森を豊かにすることも出来るが、その代わり、力を得る為に必要なものは、人間達の欲にまみれた生気だ。ずっと前にワタシに傅いていた人間達は、森の実りを得る代償に、供物となる人間を寄越していたのだが…ああなに、心配しなくていいぞ。人間の身体を弄るのは好きだ。どこをどう弄れば良く鳴くか、善がって精を撒き散らすかも心得ているからな。出す物が無くなるまで、泣いて喚いて、それでも無様に善がり続けるのだから、哀れで可愛いものよ」
艶やかな笑みで紡がれた言葉の恐ろしさにゾッとする。
(…まて……まて、まてまて。まさか…それを俺にする気じゃ…)
この魔物は、自分のことを『捧げ物』と言った───途端にドクンと跳ねた心臓に体を捩るが、ぬめる触手が肌の上を這うだけだった。
「うっ…、うぅ…っ!」
全身を巡る恐怖にフルフルと首を振るが、魔物の目は細められたままだった。
「安心しろ。死にはしないし、殺しもしない。…ただまぁ、どの供物も最後は狂って、廃人になってしまったがな」
苦痛も何も理解できなくなってから、肉を好む獣に食わせてやったから安心しろ───そんな絶望しかない言葉をにこやかに吐く美しい魔物に、喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
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