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フォルセの果実
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「「アドニスッ!!」」
「…ッ!」
力強く羽ばたく翼の音と耳に馴染んだ声に、心臓が竦んだ。
見上げれば、眩いほどに煌めく純白の翼を背に携えた、イヴァニエとルカーシュカの姿が目に映った。
「ぁ……」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
つい今ほどまで、現実をどこか遠くへ置いてきてしまったような、夢見心地の中を彷徨っていた。
初めて見る風景、初めて見るもの、初めて触れるもの…たくさんの『初めて』に心を奪われ、脳が麻痺していたのだろう。
穏やかな夢から、一瞬で現実に引き戻されたような緊張感に、心臓が信じられないほど大きく鼓動した。
怖い訳ではないのに、体が震える。
自分勝手な行動のせいで、周りに迷惑を掛けてしまった───その現実を忘れていた訳ではないのに、いざ目の前に突き付けられれば、動揺と焦りから、ぶわりと嫌な汗が流れた。
逃げ腰になる気持ちから、つい後退ってしまいそうになる足を叱咤すると、なんとかその場に踏み止まった。
痛いほど脈打つ心臓を押さえるように、腕に抱いたエルダの体を強く抱き締めると、詰めていた息を吐き出す。
勝手に部屋からいなくなったこと
今日という大事な日からも、自分自身からも逃げ出したこと
イヴァニエとルカーシュカの思いやりも優しさも、拒んでしまったこと…
分かり切っていた自己嫌悪と罪悪感に唇を噛みながら、それでも俯いてしまわない様、顔だけは前を向いた。
(泣くな…!)
そうしている間にも、空を飛んでいた二人との距離は縮まり、気持ちが整わぬ間に、イヴァニエとルカーシュカが揃って目の前に着地した。
ザッと勢いよく降り立った二人の背にあった翼は、地に足が着く寸前にふわりと消えた。
「ぁ…あの…っ」
二人が体制を戻すか否かのところで、思い切って声を発した。
正直、何を言えばいいのか、何から謝ればいいのかすら分からない。それでも、まずは自分から…そう思い口を開いた。
声を発するとほぼ同時に、真正面から二人と目が合い、ビクリと肩が跳ねた。
眉根に皺を寄せ、真っ直ぐこちらを見つめる青と黒の双眸に怯み、体は竦んだ。
───瞬間、二人が駆け出すような勢いでこちらに向かってきた。
「ぁ……ぅ…」
たった数歩、その数歩分を一瞬で詰めるような勢いに、無意識の内に片足が半歩後ろに下がった。
「「アドニス…ッ!」」
「っ…」
叫ぶように名を呼ばれ、身を固くする。
息をすることも忘れ、狂ったように鼓動する心臓の音をどこか遠くに聞きながら、それでも瞳だけは彼らから逸らさなかった。…逸らせなかった。
「ご、ごめん…なさ…」
申し訳ないほど震えた謝罪の言葉は、言い切る前に途切れた。
向かってきたイヴァニエとルカーシュカの勢いは止まらず、二人の体が自身の体にぶつかり───グラリと視界が揺れた。
「───」
「良かった…っ、間に合った…!」
「ああ…っ、アドニス…! 本当に良かった…っ」
脳を揺さぶられるような衝撃と、キツく体を締め付ける感覚。
それと同時、熱いと感じるほどの自分以外の体温に包まれ、息を呑んだ。
(………あ…)
拘束するような体の締め付けと、全身を包む体温。
肩口で感じる二人分の吐息───抱き締められているのだと、脳が理解した瞬間、カクリと膝から力が抜けた。
立っていられない体を支えるように、二人の腕に込められていた力が強まった。
痛いほどの締め付けに、名も知らぬ感情が胸の底で弾けるように膨れ、溢れた。
「ご……ごめ…なさ…」
喜びと呼ぶには切なくて、嬉しいと呼ぶには苦しくて、これ以上ないほどの安心感と温もりに溢れた感情は、そのまま涙になって瞳から零れた。
「ごめ…、ごめん、なさい…っ」
泣くまいと思っていたのに、ボタボタと勝手に溢れる涙は止まらず、喉が引き攣った。
「ごめ…、なさい…っ」
耳元で響く、乱れたままの呼吸から、二人がどれだけ急いで駆けつけてくれたのかが伝わった。
密着した体は熱く、ドクドクと脈打っている鼓動の音が、自分のそれとは違うものだと分かり、更に涙が溢れた。
「ごめんなさ…、ごめんなさい…!」
どれほど、心配させたのだろう。
どれほど、心配してくれたのだろう。
分かっていたことなのに、身動き一つ取れないほど強く抱き締められた体温から、言葉にできないほどの安堵が伝わってきて、後から後から涙が溢れた。
いけないことをした。悪いことをした。
叱ってもらうべきことなのに、今こうして、彼らが迎えに来てくれたことを、案じてもらえたことを、嬉しいと思ってしまう自分がいた。
「…っ、ごめん、なさい…っ!」
心配させてしまった申し訳なさと、嬉しいと泣く心で胸がいっぱいになり、いよいよ立っていられず、その場に崩れ落ちた。
それでも、自身を抱き締める腕が解けることはなく、イヴァニエとルカーシュカも身を屈め、地に膝を着いた。
「…ごめん。ずっと、不安だったよな」
「ッ…!」
「ごめんなさい。本当に…独りで不安にさせて、ごめんなさい、アドニス」
「ゃ…な、なんで…っ」
それまで黙っていた二人が、ようやく発した声。
掠れた声で紡がれた言葉に、心臓がきゅうっと締め付けられた。
「ごめんな。もっとちゃんと…お前の気持ちを考えるべきだった」
「ちがう! ちがいます…っ、自分が…っ、勝手に…」
「そうさせてしまったのは、私達のせいで───」
「や、やだ…、やだ…! 謝らないで…っ!」
「アドニス…」
「やだ…っ! ごめんなさいっ…、ごめんなさい…! 謝らないで、くださぃ…っ」
居た堪れなさと心苦しさから、それまでとは違う涙が頬を流れ落ちた。
「ごめ…、じゃなくて……ああ、そんなに泣かないでくれ」
「アドニス……あなたも、そんなに謝らないで下さい。…悲しくなってしまいます」
「っ…、…ご、ごめ……ぁ…うぅ…っ」
「ああ、ほら…もう泣かないで」
抱き締められていた力が緩み、密着していた互いの体の間に隙間が出来る。
涙で濡れた目元をルカーシュカの指先が拭い、頬をイヴァニエの手が撫でる───と、胸元に抱いていた熱がもぞりと動いた。
「ぷあっ!」
「あっ…」
…エルダのことを、ずっと抱き締めていたのを忘れていた。
二人に抱き締められている間も、一緒くたにされていたせいだろう。顔を真っ赤にし、ふすふすと鼻を鳴らす姿に、思わず涙も止まった。
「ご、ごめんね…、苦しかったね」
「んん~っ」
赤くなった顔もそのままに、小さな手を伸ばしたエルダが、流れる涙を拭うように頬に触れた。
「あぅ」
「……ありがとう」
「…ん」
小さな手でペタペタと頬を撫でると、腕の中から抜け出たエルダが膝の上に座り、腹部に抱き着いた。
その姿が愛しくて、滑らかな背と丸い頭を包むように撫でれば、ふっと体から力が抜けた。
「…!」
「…良かった。アドニス…本当に、良かった」
「ええ、本当に…本当に、間に合って良かったです」
僅かに和らいだ緊張の中、再びイヴァニエとルカーシュカに抱き締められた。
少しだけ緩くなった腕の拘束は、それでも力強くて、腰や背に回された手から伝わる温もりに、トクリと胸が鳴った。
密着した体の温かさも、体を締め付けるような感覚も、頬と頬が触れてしまいそうなほど近くに感じる熱も、堪らないほどの安堵と安心感に満ちていた。
(……ダメだ。ちゃんと…謝らなきゃ…)
とはいえ、まだ何も話せていない。
トクトクと鳴る心臓を抑えると、大きく息を吸い込んだ。
「あの…!」
「アドニス」
「…っ、は、はい…」
自分の声とルカーシュカの声が重なり、思わず返事をする。
「お前は……このまま、還りたいのか?」
「え…?」
「命の湖に、還りたいか?」
静かな声で問うルカーシュカの表情は硬く、一瞬だけ身構えたが、今までのような不安や戸惑いが顔を出すことはなく、小さく首を横に振ると、憂いに揺れる黒い瞳を見つめ返した。
「……今は…違います」
「…今は?」
「……ずっと…怖くて……苦しくて…逃げたい…て、思ってて…」
「…うん」
「でも……ちゃんと、自分のことも…知らなきゃ、て……知ってからでも…遅く…ないのかな…て…」
「…アドニス、それは…」
「ルカーシュカ。もう少しゆっくり、少しずつ話しましょう? …時間はあるのですから」
「…そうだな」
ふっとルカーシュカが息を吐いたのと同時に、抱き締める二人の腕に力が籠った。
(…もっと…ちゃんとお話ししなきゃ…)
ただ「ごめんなさい」と言うだけではダメなのだ。
言葉にするだけではなく、気持ちを伝えて、その上で謝らなければ、きっと心配してくれた彼らに対して失礼だ。
「アドニス」
不意に名を呼ばれ、イヴァニエに視線を移した。
「…こんなことを言うのは、きっと良くないことだと分かっています。それでも、私達の気持ちも知っていて下さい」
「…?」
こちらを見つめ、少しだけ悲し気に微笑むイヴァニエの瞳を見つめ返した。
「私達は……私は、まだあなたと一緒にいたいです」
「───」
突然の言葉に、心臓がきゅうっと切なく鳴いた。
「もっと一緒にいたいです。叶うならばずっと、この先もずっと、共に在りたい。……ねぇ、アドニス」
「……は、い」
「好きですよ」
『好き』───耳に届いた音の響きに、大きく目を見開いた。
「好きですよ、アドニス」
「ぁ……ぇ…」
優しく、優しく、鼓膜を溶かすような淡い熱を帯びた声に、体が硬直し、声が出なかった。
「……先に言われたな」
「…ッ」
ポツリと呟くようなルカーシュカの声に、細く息を呑む。
「アドニス、これは俺の……俺だけの気持ちだ」
まだ上手く回らない頭で視線を動かせば、初めて見る表情で笑うルカーシュカと目が合った。
「俺はもう、お前に悲しい思いをさせたくない。独りで泣いてほしくない。お前がもっと笑っていられるように、好きものをたくさん増やせるように、あの日誓った言葉を守るから……だから、これからもずっと、傍にいてくれないか?」
「好きだよ、アドニス」
ほんのりと頬を染めたルカーシュカに、薄く開いた唇からは、はくりと空気を喰むような音が漏れた。
『一緒にいたい』
『傍にいて』
『好きだよ』
「……っ」
ずっと…きっとずっと、我慢していた。
『離れたくない』
『一緒にいたい』
『もう、嫌われたくない』
言いたくても言えなくて、言ったら何かが崩れてしまいそうで、不安で、怖くて、泣いて泣いて泣いて、叶わず傷つくことを恐れて、祈るように願った望み。
その願いを、同じ願いを、彼らも望んでくれた。
同じ想いを抱いていた喜びと、想うことを許され、もう我慢をしなくてもいいのだという安堵から、止まっていたはずの涙が、ほたりと流れ落ちた。
「ふ…、ぅ…っ」
「…また泣かせたな」
「うぅ~…っ」
ふるふると首を振るも、零れる雫は止まらず、殺した嗚咽に喉が痛んだ。
「アドニス……まだ、私達と一緒にいてくれますか?」
「…っ、う…、う…っ!」
コクコクと頷くのが精一杯で、声が出ない。
背を撫でるように回された手が温かくて泣いて、腕に抱いた小さな温もりが愛しくて、また泣いた。
「は…っ、…っ、わた…、わたし、も…っ」
「…はい」
しゃくり上げ、息が上手く吸えない。
それでも、引き攣る喉を堪え、何度も何度も痞えながら、振り絞るように言葉を紡いだ。
「自分も…、…い、いっしょに…っ、ぃた…、…っ一緒に、いたい…です…っ」
「…ええ。一緒に…私達の傍に、いて下さい」
「ぅ…っ、あぁぁ…っ」
優しく宥めるような声に、堪らず泣き声が溢れた。
本当に願いが叶うのかなんて、まだ分からない。
それでも、ただ望んでもらえたことが嬉しくて、望みを口にしても許されるのが嬉しくて、体を包み込む温もりに安心しきった体は、涙が枯れるまで泣き続けた。
「好きだよ、アドニス」
「好きですよ、アドニス」
「ん…っ、…、んぅ…っ」
自分も彼らが大好きだ───そう思うのに、胸がいっぱいで声にならず、ただひたすらに想いが伝わるようにと、何度も何度も、頷き返した。
サラサラと、風に揺れる葉の音が耳に届く。
涙が止まり、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた頭は、徐々に周囲の音を拾えるだけの余裕を取り戻し始めた。
「大丈夫ですか?」
「…はい…」
自身の体を包んでいた二人の腕の力がふっと緩み、おずおずと顔を上げた。
(……恥ずかしい…)
じわじわと込み上げる羞恥から、顔に熱が集まる。熱を誤魔化すように、手の甲で涙の跡を拭えば、その手をそっと取られた。
「たくさん泣いたな」
「ん…」
ルカーシュカが柔らかな布で頬を撫で、涙を拭ってくれる感触に目を細めた。
「…ありがとう、ございます」
「どういたしまして。…立てるか? 少し場所を変えよう」
「…はい」
先にルカーシュカとイヴァニエが立ち上がり、目の前に二人の手を差し出された。
「あ…」
それに合わせ、立ち上がろうとして、ふと自身の両腕に視線を落とした。
自分の両腕は、既に塞がっている…そう思った一瞬、こちらを見上げる翠の瞳とパチリと目が合い、同時に小さな体が腕の中からふわりと浮いた。
「……ありがとう」
「ん」
何も言わずとも、エルダは察してくれたらしい。
一晩中抱いていた温もりが消えてしまったことに寂しさを覚えつつ、イヴァニエとルカーシュカの手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう、ございます…」
「いいえ。…ところで、その子はずっと一緒にいたのですか?」
「え?」
『その子』と言うイヴァニエの視線の先には、傍らでふわふわと浮いているエルダがいて、目を瞬いた。
「ああ、ずっとくっついてたな。…そういえば、エルダはどうした? 一緒じゃないのか?」
「え……と…」
(…誰でも、赤ちゃんになれる訳じゃないんだ)
他の者も赤ん坊になれるのか、はたまたエルダだけの特別な能力なのか、どちらか判断ができずにいたのだが、二人の反応を見る限り、どうやら後者の様だ。
繋いだばかりの手をやんわりと離し、エルダに向けて手を広げれば、小さな体が再び腕の中に収まった。
「…言って、いいの、かな?」
「……う」
コクリと頷く様子を確認すると、イヴァニエとルカーシュカに向き直った。
「えっと……エルダ、です」
「え?」
「は?」
キョトンとした二人に自分も困惑するが、この赤ん坊がエルダなのは間違いない。
「あの、この子がエルダ…です。…エルダだよね?」
「ん」
コクンと頷くと、腕の中からエルダの体が離れた。
パタパタと、小さな羽を動かしながら宙を飛び、少し離れた所で止まったエルダ。…と、その背にあった薄く小さな翼が、一瞬で立派な翼へと変わった。
「わっ…」
ぶわっと大きく広がった両翼。その翼が、赤子の体を隠すように包み込み、花の蕾のように閉じた。
───直後、蕾が開花するように、ふわりと開いた翼の中から、少年の姿に戻ったエルダが現れた。
「エルダ!」
「「………」」
目を見開いて驚くイヴァニエとルカーシュカを横目に、見慣れた少年の姿へと戻ったエルダにホッと息を吐く。
赤ん坊のエルダも愛らしく、可愛らしかったが、元の姿の戻ったエルダに対する安心感は別物だった。
「アドニス様…」
随分と久しぶりに聞いた気がする、エルダの声。
戸惑いか、恥じらいか、僅かに眉を下げ、瞳を揺らすエルダは、その場から動こうとしなかった。
(……あ…)
そこで、はたと気づく。元の姿に戻ったエルダと対峙するのは、昨夜エルダの制止を拒んで以来だ。
思い出した記憶にハッとすると、衝動的に体は動いていた。
「エルダ…!」
駆けるような勢いでエルダとの距離を縮めると、赤ん坊のそれとは違う華奢な体躯を抱き締めた。
「っ、アドニス様…!?」
「ごめんね…! いっぱい、心配してくれたのに…酷いこと言って…ごめんね…っ」
「…ッ」
あまりにも一方的だった行動に、後悔が募る。謝罪の言葉を告げれば、腕の中で固まっていた体がピクリと揺れた。
「ごめんなさい…!」
「…アドニス様、大丈夫です。私はもう、大丈夫ですから」
「でも…」
「…昨夜の出来事があって、だからこそ、私は私の望みを叶えることができました。一晩中、ずっとアドニス様のお側にいられました。本当にとても……幸せでした」
恥じらいを含んだような声に、腕の力を緩めれば、目元を赤く染めたエルダと目が合った。
「今もこうして、まだお側にいられることが、私はなにより嬉しいです。…アドニス様、どうかこれからも…これから先もずっと、お側において下さいませ」
「…私も、エルダと一緒がいい。一緒に…側に、いてほしい…」
「はい…!」
望むまま同じ想いを伝えれば、弾む声と、花が綻ぶような愛らしい笑顔が返ってきて、堪らずもう一度、エルダの体を抱き締めた。
「ありがとう…ずっと…ずっと一緒にいてくれて、ありがとう、エルダ…ッ」
「…私も、ありがとうございます。アドニス様」
腕の中、抱き寄せた体が、そっと寄り添ってくれた。その感覚が愛しくて、抱き締める腕にぎゅうっと力を込めた。
「……よろしいですか?」
「わっ!?」
直後、背後から突然声を掛けられ、咄嗟に抱き締めていたエルダの体を離した。
パッと振り返れば、すぐ真後ろにイヴァニエとルカーシュカが立っていた。
「あ…ご、ごめんなさい…」
エルダに集中するあまり、二人のことをすっかり置き去りにしていた。
「あ、あの…えっと、エ、エルダ、です」
「……うん、そうだな。しかし……いや、これは後でいいか」
「…?」
困り顔で笑うルカーシュカに首を傾げる。その横で、イヴァニエがなんとも言えない表情でエルダを見つめていた。
「……エルダ」
「はい」
「…あなたにはまた後ほど、色々と聞きたいことがあります」
「…承知しております」
何故かほんの少しだけ、不穏な空気が流れる。
落ち着かない気持ちからオロオロと二人を交互に見ていると、そっと指先を握られた。
「あれは気にするな」
「で、でも…」
「エルダのことは分かったから、それでいい。それより、少し休もう。…疲れてるだろう?」
「……ん」
そう言われ、ようやく自身の体に積もった疲労感を思い出す。思えばほぼ一晩中、歩き通しだったのだ。
「エルダ、話は後でいい。休む場所を整えてくれ」
「畏まりました」
返事をしたエルダが、普段と変わらぬ様子で動き始める。
湖から少し離れた木々の間に、どんどんと敷物やクッションが並べられ、日除けのように薄絹の大きな布が枝から垂らされる。
急な展開に、ポカンとしながらその光景を見つめていると、ハッとあることを思い出し、ルカーシュカを振り返った。
「あ、あの…、ルカーシュカ様…!」
「どうした?」
「あ……えっと…か、帰らなくて…いいんですか…?」
自分が言えたことではないが、こんなにのんびりしていていいのかという疑問に、急に不安が押し寄せた。
「ああ、大丈夫だよ」
「で、でも……今日は、だって…大天使様、達が…みんな、集まるって…ルカーシュカ様も、イヴァニエ様も…い、いないと、ダメなんじゃ…」
「大丈夫ですから、安心なさい」
そっと側に寄ったイヴァニエが、ルカーシュカとは反対側の手を握った。
「バルドル様からの許可も頂いています。帰る頃合いについては報せがありますから、それまでは此処で、ゆっくり過ごしましょう?」
「……はい」
(…いいのかな?)
不安は残るが、微笑む二人に慌てた様子は無い。
そうこうしている間にエルダの準備が終わったのか、緩く手を引かれた。
両手を繋ぐイヴァニエとルカーシュカの体温は心地良く、安心感と、こうしてまた触れられる喜びから、じわじわと瞳が潤んだ。
「心配しなくていいから、今は少し休もう」
「ええ、休みながら、少しずつ、お話しをしましょう」
「…はい」
柔らかに笑む二人が向かう先で、エルダも優しい微笑みを浮かべている。
暖かく美しい風景の中、彼らと共にいる───それがとても不思議で、嬉しくて、少しだけ顔を覗かせた不安は姿を消し、口元は自然と緩んでいた。
木から垂れた薄絹がそよ風に揺れ、暖かな陽射しが柔らかに降り注ぐ。
その真下、ふかふかとした敷物の上、大きなクッションを背凭れに、イヴァニエとルカーシュカと並んで座った。
二人の間、ルカーシュカとは手を繋ぎ、イヴァニエには腰を抱かれ、互いにぴったりと体を寄せ合った。
最初は密着した体や、二人の髪の毛が触れる感触が落ち着かず、緊張から体が強張っていたが、時間が経つにつれ、体からはゆるゆると力が抜け、とろりと温かな体温に身を任せた。
傍らに控えたエルダに笑みを返しながら、気を抜けば眠ってしまいそうな空気の中、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そうしながら、ポツリ、ポツリと、自身の胸の内を明かした。
自分自身のことを知るのが怖かった。
部屋を出た後の自分を想像することが出来なくて、不安だった。
また嫌われてしまうかもしれないことが怖くて、嫌われることをしてしまう自分になるのが怖くて、そうなる前に…と、命の湖に還りたいと口にした。
それが三人の優しさを無駄にしてしまったようで、そんな自分が堪らなく嫌で、あれも嫌、これも嫌と、全部が怖くなって、悲しくなって、苦しくなって、逃げ出した───…
上手く話せなくて、言葉を見つけられなくて、同じような内容を何度も繰り返し、順番がごちゃごちゃになりながら、それでも全部話した。
話しながら謝罪を繰り返す間、一度抱いた胸の苦しさを思い出しては泣いて、そのたびにイヴァニエとルカーシュカが涙を拭ってくれた。
途中でエルダが赤ん坊の姿に変わり、驚く暇もなく、膝の上に座ると小さな体で抱き締めてくれた。
それと同時に、左右に感じていた熱がより深く寄り添ってくれて、その温かさにまた泣いた。
静かに相槌をしてくれる声は優しく、甘く温かなミルクを飲み込んだ時のような心地良さに、沈みそうになる気持ちは何度も救われた。
どれほどか時間が過ぎ、ようやく話し終えた頃、体は泣き疲れていたが、気持ちを全部吐き出せたおかげか、気分は随分と落ち着いていた。
「………私も、怖かったです」
「え…?」
半分夢の世界に浸かったような、ふわふわとした意識の中に、イヴァニエの声が届いた。
「もし…もしも、あなたを失ったら…いなくなってしまったらと思うと、怖くて堪らなかった」
…それは、どちらの意味だろう。
ふと浮かんだ疑問は、寂しげに瞳を細めるイヴァニエを前に、すぐに霧散した。
「アドニス。俺達も、不安で、怖くて……臆病になってたんだ。でも目を背け続けるのはもっと怖くて……お前の気持ちを、なにより大事なことを、一番に考えてやれなかった」
「ルカーシュカ様…」
「ごめんな。不安だったのも、怖かったのも、全部お前だったのに、分かってやれなくて……苦しませて、ごめん」
「…っ、なんで…、ぁ、あやまら…」
「『謝らないで』は無しだ。お前にばかり苦しい思いをさせたのは……俺達の罪だ」
「…っ」
泣いているような声で、眉を下げて微笑むルカーシュカの『罪』という言葉に、涙がまた一粒、ぽたりと零れ落ちた。
「ち、ちが…」
「違くないよ。お前が、自分が悪いことをしたと思っているのと同じように、俺も自分が悪いことをしたと思ってる。…自分が悪いと思ったら謝るのは、おかしいことじゃないだろう?」
「ぅ…」
彼らが自分の為に手を尽くし、たくさん情を注いでくれたことを知っている。
だからこそ、その優しさを怖がり、逃げ出した自分が悪いのに、幼な子に言い聞かせるような優しい声音に何も言えず、言葉を飲み込んだ。
「アドニス」
名を呼ばれ、イヴァニエに向き直れば、その指先がそっと雫を拭ってくれた。
「ずっと、怖かったですよね。たくさん不安にさせて、本当にごめんなさい。……ねぇ、アドニス。もしも、嫌われるような自分になってしまったらと、あなたは言いましたが……それを嫌だと言って泣くあなたを、私達は嫌いになんてなりませんよ」
真剣な表情でこちらを見つめる澄んだ瞳と、ハッキリと告げられた言葉に、心臓がドクリと大きく鼓動した。
一呼吸置いて表情を緩めたイヴァニエに、知らず詰めていた息を吐いた。
「今こうして泣いているあなたを悲しませ、傷つけるなら…そんな『あなた』に憤ることはあっても、あなたを嫌いになることなんてありません」
(……自分を、悲しませる…自分…?)
まるで、自分が二人いるかのような言い方にキョトリとすれば、ふっとイヴァニエが笑った。
「え、と…」
「よく分からなくなってしまいましたね。…でも、これが私の正直な気持ちです。…アドニス」
「…はい」
「好きですよ」
「ッ!」
改めて面と向かって言われ、ドキリと心臓が跳ねた。
「あなたが好きです。一緒にいたい。側にいたい。この気持ちは本物ですし、変わりません」
顔を寄せ、至近距離で紡がれる言葉は真摯で、目を逸らすことも出来ずに固まった。
安堵と安心感に「好き」という言葉が混じり、急激体が火照った。
「アドニス?」
「う…っ」
ルカーシュカの呼び掛けに、ふるりと首を振りながら、激しく鼓動する心臓を押さえた。
「ぁ…あの、…お話し、聞いて、くれて…ありがとう、ございました…!」
「こちらこそ、たくさん話してくれて、ありがとう。……アドニス」
「…はい」
「好きだよ」
「んぅ…」
「好き」と言われるたび、鼓動が速くなる。
嬉しくて、でも少しだけ恥ずかしくて…トクトクと鳴る胸に小さく唸れば、イヴァニエとルカーシュカが隣で笑う気配がした。
それから暫く、湖の畔で、全てが輝いて見える風景を眺めながら、緩やかに過ぎる時間を過ごした。
互いの体温を共有するように、静かに寄り添い、呼吸をする…そんな時間が堪らなく愛しかった。
そんな中、ふと視界の中で、母提樹が揺れ動いた気がした。
見上げた先では、大きな花の蕾が今にも開花しようとしていた。
見つめること数秒、閉じていた蕾が一際大きく膨らみ、真白い花弁がふわりと花開いた。
「……あ…」
見事な大輪の花が咲いた中央、幾重にも重なった花弁の中から現れた赤子の姿に、目は釘付けになった。
(本当に……花から、生まれてくるんだ…)
不思議と一目で『生まれてきた』と認識できた赤ん坊は、柔らかな花弁の中、小さく伸びをすると、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
そのままキョロキョロと辺りを見回すと、花の中からパッと飛び出し、宙を舞った。
「っ……」
瞳を輝かせながら、生まれたばかりとは思えない軽やかさで、パタパタと空を飛んでいく赤子…その姿に、どうしてか少しだけ寂しさを覚えた。
(……自分も…あんな風に…)
生まれてこれたなら───羨望と寂しさを混ぜたような感情に、胸が苦しくなり、遠く忘れていた記憶が蘇った。
自分が生まれた瞬間、最初に感じたのは痛みだった。
痛くて、怖くて、悲しくて…冷たい床の感触と、充満する血の匂いにまみれた、どこまでも苦痛に満ちた『生』だった。
暖かな陽射しに包まれ、優しく柔らかな花のベッドで目覚める誕生はとても美しく、自分が知っているそれとの違いに、驚きよりも悲しみが勝り、瞳を伏せた。
(……でも…今の自分じゃなかったらきっと…三人とこんな風に、過ごせることなんてなかった…)
感情に飲み込まれる寸前で、今という時間を思い出す。
皆と違うからこそ、これまでの過去があるからこそ、彼らと出会えた今がある。
そう思えば、胸に湧いた悲しみは、すぅっと消えていった。
「……アドニス?」
「…ん…なんでも、ないです」
気づけば、ルカーシュカが心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫」という意味を込めて笑みを返せば、彼の眉根に薄く皺が寄った。
だがそれ以上、何か言われることはなく、指先を絡ませるように手を繋ぎ直すと、ルカーシュカの頭がコテリと肩に乗った。
それと同時に、イヴァニエに強く腰を引き寄せられ、長い髪がサラリと頬を撫でた。
「ッ…」
途端に心臓の鼓動は速くなったが、より近くなった二人との距離に安心感は増し、僅かに残っていた寂しさもどこかへ行ってしまった。
「ん…!」
腹部に感じた締め付けに下を向けば、エルダが小さな腕を伸ばし、体を抱き締めてくれていた。
しがみついているような姿が可愛らしくて、丸い頭をそっと撫でれば、ゆるゆると体から力が抜けていくのが分かった。
(ああ……なんて…)
───幸せな時間だろう。
どこまでも安心できる温もりは、蕩けてしまいそうなほど心地良く、泣いてしまいそうなほど幸せで、滲む視界から雫が零れ落ちないように、そっと瞼を閉じた。
空の色が徐々に変わり始めた頃、そよ風の音に混じって、軽やかな鳥の鳴き声が聞こえた。
「ピピッ」
「!」
互いの体の境い目すら曖昧に感じるような、揺蕩う空気の中、その鳴き声にハッと意識が醒めた。
見れば、鮮やかな空色の小鳥が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
(…綺麗な鳥…)
そう考えている間に、イヴァニエが差し出した指先に、小鳥が留まった。
『イヴァニエ様、ルカーシュカ様』
「!?」
突如、小鳥の嘴から人の声が聞こえ、驚きのあまり体が跳ねた。
『皆様、お帰りになられました。アドニス様と共に、どうかお戻り下さい。バルドル様がお帰りをお待ちです』
それだけ言い終えると、また一声だけ囀り、小鳥はイヴァニエの指から飛び立った。
飛んでいく小鳥をポカンとしたまま見送りながら、首を傾げる。
(……鳥って…喋る…?)
魚も空を泳いでいたし、あり得るのかも…そんなことを考えていると、隣で小さく笑う声がした。
「あの鳥が特別なだけで、他の動物は喋りませんよ?」
「…!」
頭の中を見透かすような言葉に、パッとそちらを向けば、イヴァニエがおかしそうに笑っていた。
「う……じゃ、じゃあ…今の子は…?」
「そのお話しは、また後で。…帰ってからしましょうね」
イヴァニエと、それに続くようにルカーシュカが立ち上がり、手を差し伸べてくれた。
「帰ろう、アドニス」
「…っ」
その言葉に、ジンと胸が滲んだ。
「帰ろう」と言ってくれる人がいて、帰りを待っていてくれる人がいて、帰れる場所がある…胸を満たす喜びを噛み締めながら、短く返事をした。
「はい…!」
二人の手を取るのと同時に、膝の上から離れたエルダは少年の姿に戻り、テキパキと敷物などを片していく。
その様子を見つめながら、頭の片隅でどうやって宮廷まで戻るのだろうと考えた。
(歩いて帰ったら、また夜になっちゃうし…)
どうしようか…と思考を逸らしていたその時、イヴァニエの手が肩に回されたのが分かった。
「え? あっ、わ…!」
グイッと抱き寄せられる感覚に驚いた瞬間、グラリと視界が大きく揺れ、足の裏が地面から離れた。
「やっ…、…あ……え?」
あまりにも突然のことに、咄嗟に手足をバタつかせてしまった。が、完全に浮いた体と、それを支えるイヴァニエの両腕に、一拍遅れて抱き上げられていることに気づき、目を丸くした。
「え……?」
「歩いて帰らせる訳にはいきませんからね。このまま帰りますよ」
「え…で、でも…」
至近距離でニコリと微笑む顔に、急激に恥ずかしさが込み上げる。が、逃れようにも抱き寄せる腕の力は強く、身じろぎすら取れそうになかった。
「…俺もいるんだがな」
「おや、残念でしたね」
楽しそうに笑うイヴァニエに、肩を竦めるルカーシュカ。
そんな二人に交互に視線を送れば、傍らに立ったルカーシュカが、ウロウロと彷徨わせていた自身の手を取り、指先にそっと唇を寄せた。
「!?」
「なっ…」
「落ちないように、ちゃんと掴まってるんだぞ」
「落としませ…っ、……いえ、そうですね。危ないですから、ちゃんと掴まっていて下さいね」
「え……え…?」
指先に残る唇の感触に、思考が追いつく間もなく、ルカーシュカの手は離れ、イヴァニエの背にはバサリと翼が広がった。
「怖かったら遠慮せず、しがみついて下さい」
「あ…わ…っ!」
直後、共にふわりと浮いた体に、反射的にイヴァニエの体に抱きついた。視界の端では、ルカーシュカとエルダも翼を広げ、皆の体がどんどんと高く昇っていくのが分かった。
「ぅ…っ」
「…決して離しませんから、安心して下さい。どうしても怖かったら、目を瞑ってていいですからね」
「ん…」
耳元で囁く声に肩を竦めつつ、ソロソロと薄目で周りを見回し───飛び込んできた光景に、目を見開いた。
「わ、ぁ…」
視界いっぱいに広がるのは、見渡す限りの広大な白い大地と、淡く色づく木々や草花。
赤みを帯び始めた澄み渡る空の下、遠くに見える山の麓まで見渡せる高さは少しだけ怖かったが、それ以上に高揚感があった。
「行きますよ」
「ん…!」
スゥッと進み始めた速度は速すぎず、遅すぎず、不思議と強い風も揺れも感じない腕の中、眼下を流れていく景色を見つめ続けた。
(すごい…)
高い木々の上を滑るように飛んでいく三つの影。
夜通し歩いた景色を上から眺めるのは新鮮で、飛ぶという初めての感覚と相まって、ドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えられなかった。
(……地面が、空に浮いてる…)
高い高い空に視線を向ければ、遥か遠くに、ポツリ、ポツリと大きな大地が浮いているのが見えた。
部屋の中からは見えなかった世界。
夜の間は見えなかった世界。
どこまでも遠く、広く、美しく、見たことのない世界。
「───…」
自分の知らなかった世界は、こんなにも広いのかと、サァッと目が醒めるような感覚に、心は軽く、晴れ渡っていった。
流れるように変わっていく景色の中、ずっと遠くに宮廷が見えた。
その向こう側、別の建物らしきものがいくつも広がっているのが見え、ずっとあそこにいたはずなのに、知らないことばかりだと改めて気づかされる。
(……もっと…色んなものを、見てみたい)
もっともっと、自分が生まれたこの世界のことを知りたい…自然と抱いた感情に、柔く唇を噛んだ。
(みんなと、もっとずっと…一緒にいられるように……)
───生きてみたい。
初めて望んだ『生』への渇望は、ほんの少しの苦しさと、彼らと共に在りたいという切望で満ちていた。
「着きましたよ」
「あ、ありがとう、ございます…」
命の湖を飛び立ってから、あっという間に辿り着いた宮廷の端、見慣れたバルコニーの上に降り立った。
イヴァニエの腕から降りると、浮遊感から解放された体はふわふわと揺れ、足元がフラついた。
「アドニス様、大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫」
すぐさま駆け寄ってくれたエルダの手を取り、ホッと息を吐く。
(……もう、着いちゃった)
くるりと向き直り、命の湖があった方角を見つめる。半日歩いてようやく辿り着いた場所は遠く、それでも彼らの翼なら、すぐに帰ってこられる距離だったことに茫然とした。
(…確かに、遠くもないし、近くもない…のかな?)
赤子達の反応を思い返しながら、自分にとっては遠い距離だったが、皆とってはそうでもない距離だったことに、妙に納得する。
「アドニス」
ぼんやりと遠くを眺めていると、背後から名を呼ばれ、振り返った。
見れば、イヴァニエとルカーシュカが、部屋へと続く大きな窓を開いて待っていてくれた。
手招きをされているような感覚に、誘われるまま歩み寄れば、二人が優しく微笑んでくれた。
「おかえり、アドニス」
「おかえりなさいませ、アドニス様」
こちらを見つめるイヴァニエとルカーシュカ、エルダの眼差しの温かさに、目の奥が熱くなる。
緩みそうになる涙腺を堪え、大きく息を吸い込むと、彼らの笑みに返事をするように、精一杯笑ってみせた。
「ただいま…っ」
ああ、彼らのいるこの場所が、自分の帰る場所なんだ───そう思えたことが嬉しくて、幸せで、溢れた感情から、堪えきれなかった涙の雫が、一粒零れ落ちた。
「…ッ!」
力強く羽ばたく翼の音と耳に馴染んだ声に、心臓が竦んだ。
見上げれば、眩いほどに煌めく純白の翼を背に携えた、イヴァニエとルカーシュカの姿が目に映った。
「ぁ……」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
つい今ほどまで、現実をどこか遠くへ置いてきてしまったような、夢見心地の中を彷徨っていた。
初めて見る風景、初めて見るもの、初めて触れるもの…たくさんの『初めて』に心を奪われ、脳が麻痺していたのだろう。
穏やかな夢から、一瞬で現実に引き戻されたような緊張感に、心臓が信じられないほど大きく鼓動した。
怖い訳ではないのに、体が震える。
自分勝手な行動のせいで、周りに迷惑を掛けてしまった───その現実を忘れていた訳ではないのに、いざ目の前に突き付けられれば、動揺と焦りから、ぶわりと嫌な汗が流れた。
逃げ腰になる気持ちから、つい後退ってしまいそうになる足を叱咤すると、なんとかその場に踏み止まった。
痛いほど脈打つ心臓を押さえるように、腕に抱いたエルダの体を強く抱き締めると、詰めていた息を吐き出す。
勝手に部屋からいなくなったこと
今日という大事な日からも、自分自身からも逃げ出したこと
イヴァニエとルカーシュカの思いやりも優しさも、拒んでしまったこと…
分かり切っていた自己嫌悪と罪悪感に唇を噛みながら、それでも俯いてしまわない様、顔だけは前を向いた。
(泣くな…!)
そうしている間にも、空を飛んでいた二人との距離は縮まり、気持ちが整わぬ間に、イヴァニエとルカーシュカが揃って目の前に着地した。
ザッと勢いよく降り立った二人の背にあった翼は、地に足が着く寸前にふわりと消えた。
「ぁ…あの…っ」
二人が体制を戻すか否かのところで、思い切って声を発した。
正直、何を言えばいいのか、何から謝ればいいのかすら分からない。それでも、まずは自分から…そう思い口を開いた。
声を発するとほぼ同時に、真正面から二人と目が合い、ビクリと肩が跳ねた。
眉根に皺を寄せ、真っ直ぐこちらを見つめる青と黒の双眸に怯み、体は竦んだ。
───瞬間、二人が駆け出すような勢いでこちらに向かってきた。
「ぁ……ぅ…」
たった数歩、その数歩分を一瞬で詰めるような勢いに、無意識の内に片足が半歩後ろに下がった。
「「アドニス…ッ!」」
「っ…」
叫ぶように名を呼ばれ、身を固くする。
息をすることも忘れ、狂ったように鼓動する心臓の音をどこか遠くに聞きながら、それでも瞳だけは彼らから逸らさなかった。…逸らせなかった。
「ご、ごめん…なさ…」
申し訳ないほど震えた謝罪の言葉は、言い切る前に途切れた。
向かってきたイヴァニエとルカーシュカの勢いは止まらず、二人の体が自身の体にぶつかり───グラリと視界が揺れた。
「───」
「良かった…っ、間に合った…!」
「ああ…っ、アドニス…! 本当に良かった…っ」
脳を揺さぶられるような衝撃と、キツく体を締め付ける感覚。
それと同時、熱いと感じるほどの自分以外の体温に包まれ、息を呑んだ。
(………あ…)
拘束するような体の締め付けと、全身を包む体温。
肩口で感じる二人分の吐息───抱き締められているのだと、脳が理解した瞬間、カクリと膝から力が抜けた。
立っていられない体を支えるように、二人の腕に込められていた力が強まった。
痛いほどの締め付けに、名も知らぬ感情が胸の底で弾けるように膨れ、溢れた。
「ご……ごめ…なさ…」
喜びと呼ぶには切なくて、嬉しいと呼ぶには苦しくて、これ以上ないほどの安心感と温もりに溢れた感情は、そのまま涙になって瞳から零れた。
「ごめ…、ごめん、なさい…っ」
泣くまいと思っていたのに、ボタボタと勝手に溢れる涙は止まらず、喉が引き攣った。
「ごめ…、なさい…っ」
耳元で響く、乱れたままの呼吸から、二人がどれだけ急いで駆けつけてくれたのかが伝わった。
密着した体は熱く、ドクドクと脈打っている鼓動の音が、自分のそれとは違うものだと分かり、更に涙が溢れた。
「ごめんなさ…、ごめんなさい…!」
どれほど、心配させたのだろう。
どれほど、心配してくれたのだろう。
分かっていたことなのに、身動き一つ取れないほど強く抱き締められた体温から、言葉にできないほどの安堵が伝わってきて、後から後から涙が溢れた。
いけないことをした。悪いことをした。
叱ってもらうべきことなのに、今こうして、彼らが迎えに来てくれたことを、案じてもらえたことを、嬉しいと思ってしまう自分がいた。
「…っ、ごめん、なさい…っ!」
心配させてしまった申し訳なさと、嬉しいと泣く心で胸がいっぱいになり、いよいよ立っていられず、その場に崩れ落ちた。
それでも、自身を抱き締める腕が解けることはなく、イヴァニエとルカーシュカも身を屈め、地に膝を着いた。
「…ごめん。ずっと、不安だったよな」
「ッ…!」
「ごめんなさい。本当に…独りで不安にさせて、ごめんなさい、アドニス」
「ゃ…な、なんで…っ」
それまで黙っていた二人が、ようやく発した声。
掠れた声で紡がれた言葉に、心臓がきゅうっと締め付けられた。
「ごめんな。もっとちゃんと…お前の気持ちを考えるべきだった」
「ちがう! ちがいます…っ、自分が…っ、勝手に…」
「そうさせてしまったのは、私達のせいで───」
「や、やだ…、やだ…! 謝らないで…っ!」
「アドニス…」
「やだ…っ! ごめんなさいっ…、ごめんなさい…! 謝らないで、くださぃ…っ」
居た堪れなさと心苦しさから、それまでとは違う涙が頬を流れ落ちた。
「ごめ…、じゃなくて……ああ、そんなに泣かないでくれ」
「アドニス……あなたも、そんなに謝らないで下さい。…悲しくなってしまいます」
「っ…、…ご、ごめ……ぁ…うぅ…っ」
「ああ、ほら…もう泣かないで」
抱き締められていた力が緩み、密着していた互いの体の間に隙間が出来る。
涙で濡れた目元をルカーシュカの指先が拭い、頬をイヴァニエの手が撫でる───と、胸元に抱いていた熱がもぞりと動いた。
「ぷあっ!」
「あっ…」
…エルダのことを、ずっと抱き締めていたのを忘れていた。
二人に抱き締められている間も、一緒くたにされていたせいだろう。顔を真っ赤にし、ふすふすと鼻を鳴らす姿に、思わず涙も止まった。
「ご、ごめんね…、苦しかったね」
「んん~っ」
赤くなった顔もそのままに、小さな手を伸ばしたエルダが、流れる涙を拭うように頬に触れた。
「あぅ」
「……ありがとう」
「…ん」
小さな手でペタペタと頬を撫でると、腕の中から抜け出たエルダが膝の上に座り、腹部に抱き着いた。
その姿が愛しくて、滑らかな背と丸い頭を包むように撫でれば、ふっと体から力が抜けた。
「…!」
「…良かった。アドニス…本当に、良かった」
「ええ、本当に…本当に、間に合って良かったです」
僅かに和らいだ緊張の中、再びイヴァニエとルカーシュカに抱き締められた。
少しだけ緩くなった腕の拘束は、それでも力強くて、腰や背に回された手から伝わる温もりに、トクリと胸が鳴った。
密着した体の温かさも、体を締め付けるような感覚も、頬と頬が触れてしまいそうなほど近くに感じる熱も、堪らないほどの安堵と安心感に満ちていた。
(……ダメだ。ちゃんと…謝らなきゃ…)
とはいえ、まだ何も話せていない。
トクトクと鳴る心臓を抑えると、大きく息を吸い込んだ。
「あの…!」
「アドニス」
「…っ、は、はい…」
自分の声とルカーシュカの声が重なり、思わず返事をする。
「お前は……このまま、還りたいのか?」
「え…?」
「命の湖に、還りたいか?」
静かな声で問うルカーシュカの表情は硬く、一瞬だけ身構えたが、今までのような不安や戸惑いが顔を出すことはなく、小さく首を横に振ると、憂いに揺れる黒い瞳を見つめ返した。
「……今は…違います」
「…今は?」
「……ずっと…怖くて……苦しくて…逃げたい…て、思ってて…」
「…うん」
「でも……ちゃんと、自分のことも…知らなきゃ、て……知ってからでも…遅く…ないのかな…て…」
「…アドニス、それは…」
「ルカーシュカ。もう少しゆっくり、少しずつ話しましょう? …時間はあるのですから」
「…そうだな」
ふっとルカーシュカが息を吐いたのと同時に、抱き締める二人の腕に力が籠った。
(…もっと…ちゃんとお話ししなきゃ…)
ただ「ごめんなさい」と言うだけではダメなのだ。
言葉にするだけではなく、気持ちを伝えて、その上で謝らなければ、きっと心配してくれた彼らに対して失礼だ。
「アドニス」
不意に名を呼ばれ、イヴァニエに視線を移した。
「…こんなことを言うのは、きっと良くないことだと分かっています。それでも、私達の気持ちも知っていて下さい」
「…?」
こちらを見つめ、少しだけ悲し気に微笑むイヴァニエの瞳を見つめ返した。
「私達は……私は、まだあなたと一緒にいたいです」
「───」
突然の言葉に、心臓がきゅうっと切なく鳴いた。
「もっと一緒にいたいです。叶うならばずっと、この先もずっと、共に在りたい。……ねぇ、アドニス」
「……は、い」
「好きですよ」
『好き』───耳に届いた音の響きに、大きく目を見開いた。
「好きですよ、アドニス」
「ぁ……ぇ…」
優しく、優しく、鼓膜を溶かすような淡い熱を帯びた声に、体が硬直し、声が出なかった。
「……先に言われたな」
「…ッ」
ポツリと呟くようなルカーシュカの声に、細く息を呑む。
「アドニス、これは俺の……俺だけの気持ちだ」
まだ上手く回らない頭で視線を動かせば、初めて見る表情で笑うルカーシュカと目が合った。
「俺はもう、お前に悲しい思いをさせたくない。独りで泣いてほしくない。お前がもっと笑っていられるように、好きものをたくさん増やせるように、あの日誓った言葉を守るから……だから、これからもずっと、傍にいてくれないか?」
「好きだよ、アドニス」
ほんのりと頬を染めたルカーシュカに、薄く開いた唇からは、はくりと空気を喰むような音が漏れた。
『一緒にいたい』
『傍にいて』
『好きだよ』
「……っ」
ずっと…きっとずっと、我慢していた。
『離れたくない』
『一緒にいたい』
『もう、嫌われたくない』
言いたくても言えなくて、言ったら何かが崩れてしまいそうで、不安で、怖くて、泣いて泣いて泣いて、叶わず傷つくことを恐れて、祈るように願った望み。
その願いを、同じ願いを、彼らも望んでくれた。
同じ想いを抱いていた喜びと、想うことを許され、もう我慢をしなくてもいいのだという安堵から、止まっていたはずの涙が、ほたりと流れ落ちた。
「ふ…、ぅ…っ」
「…また泣かせたな」
「うぅ~…っ」
ふるふると首を振るも、零れる雫は止まらず、殺した嗚咽に喉が痛んだ。
「アドニス……まだ、私達と一緒にいてくれますか?」
「…っ、う…、う…っ!」
コクコクと頷くのが精一杯で、声が出ない。
背を撫でるように回された手が温かくて泣いて、腕に抱いた小さな温もりが愛しくて、また泣いた。
「は…っ、…っ、わた…、わたし、も…っ」
「…はい」
しゃくり上げ、息が上手く吸えない。
それでも、引き攣る喉を堪え、何度も何度も痞えながら、振り絞るように言葉を紡いだ。
「自分も…、…い、いっしょに…っ、ぃた…、…っ一緒に、いたい…です…っ」
「…ええ。一緒に…私達の傍に、いて下さい」
「ぅ…っ、あぁぁ…っ」
優しく宥めるような声に、堪らず泣き声が溢れた。
本当に願いが叶うのかなんて、まだ分からない。
それでも、ただ望んでもらえたことが嬉しくて、望みを口にしても許されるのが嬉しくて、体を包み込む温もりに安心しきった体は、涙が枯れるまで泣き続けた。
「好きだよ、アドニス」
「好きですよ、アドニス」
「ん…っ、…、んぅ…っ」
自分も彼らが大好きだ───そう思うのに、胸がいっぱいで声にならず、ただひたすらに想いが伝わるようにと、何度も何度も、頷き返した。
サラサラと、風に揺れる葉の音が耳に届く。
涙が止まり、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた頭は、徐々に周囲の音を拾えるだけの余裕を取り戻し始めた。
「大丈夫ですか?」
「…はい…」
自身の体を包んでいた二人の腕の力がふっと緩み、おずおずと顔を上げた。
(……恥ずかしい…)
じわじわと込み上げる羞恥から、顔に熱が集まる。熱を誤魔化すように、手の甲で涙の跡を拭えば、その手をそっと取られた。
「たくさん泣いたな」
「ん…」
ルカーシュカが柔らかな布で頬を撫で、涙を拭ってくれる感触に目を細めた。
「…ありがとう、ございます」
「どういたしまして。…立てるか? 少し場所を変えよう」
「…はい」
先にルカーシュカとイヴァニエが立ち上がり、目の前に二人の手を差し出された。
「あ…」
それに合わせ、立ち上がろうとして、ふと自身の両腕に視線を落とした。
自分の両腕は、既に塞がっている…そう思った一瞬、こちらを見上げる翠の瞳とパチリと目が合い、同時に小さな体が腕の中からふわりと浮いた。
「……ありがとう」
「ん」
何も言わずとも、エルダは察してくれたらしい。
一晩中抱いていた温もりが消えてしまったことに寂しさを覚えつつ、イヴァニエとルカーシュカの手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう、ございます…」
「いいえ。…ところで、その子はずっと一緒にいたのですか?」
「え?」
『その子』と言うイヴァニエの視線の先には、傍らでふわふわと浮いているエルダがいて、目を瞬いた。
「ああ、ずっとくっついてたな。…そういえば、エルダはどうした? 一緒じゃないのか?」
「え……と…」
(…誰でも、赤ちゃんになれる訳じゃないんだ)
他の者も赤ん坊になれるのか、はたまたエルダだけの特別な能力なのか、どちらか判断ができずにいたのだが、二人の反応を見る限り、どうやら後者の様だ。
繋いだばかりの手をやんわりと離し、エルダに向けて手を広げれば、小さな体が再び腕の中に収まった。
「…言って、いいの、かな?」
「……う」
コクリと頷く様子を確認すると、イヴァニエとルカーシュカに向き直った。
「えっと……エルダ、です」
「え?」
「は?」
キョトンとした二人に自分も困惑するが、この赤ん坊がエルダなのは間違いない。
「あの、この子がエルダ…です。…エルダだよね?」
「ん」
コクンと頷くと、腕の中からエルダの体が離れた。
パタパタと、小さな羽を動かしながら宙を飛び、少し離れた所で止まったエルダ。…と、その背にあった薄く小さな翼が、一瞬で立派な翼へと変わった。
「わっ…」
ぶわっと大きく広がった両翼。その翼が、赤子の体を隠すように包み込み、花の蕾のように閉じた。
───直後、蕾が開花するように、ふわりと開いた翼の中から、少年の姿に戻ったエルダが現れた。
「エルダ!」
「「………」」
目を見開いて驚くイヴァニエとルカーシュカを横目に、見慣れた少年の姿へと戻ったエルダにホッと息を吐く。
赤ん坊のエルダも愛らしく、可愛らしかったが、元の姿の戻ったエルダに対する安心感は別物だった。
「アドニス様…」
随分と久しぶりに聞いた気がする、エルダの声。
戸惑いか、恥じらいか、僅かに眉を下げ、瞳を揺らすエルダは、その場から動こうとしなかった。
(……あ…)
そこで、はたと気づく。元の姿に戻ったエルダと対峙するのは、昨夜エルダの制止を拒んで以来だ。
思い出した記憶にハッとすると、衝動的に体は動いていた。
「エルダ…!」
駆けるような勢いでエルダとの距離を縮めると、赤ん坊のそれとは違う華奢な体躯を抱き締めた。
「っ、アドニス様…!?」
「ごめんね…! いっぱい、心配してくれたのに…酷いこと言って…ごめんね…っ」
「…ッ」
あまりにも一方的だった行動に、後悔が募る。謝罪の言葉を告げれば、腕の中で固まっていた体がピクリと揺れた。
「ごめんなさい…!」
「…アドニス様、大丈夫です。私はもう、大丈夫ですから」
「でも…」
「…昨夜の出来事があって、だからこそ、私は私の望みを叶えることができました。一晩中、ずっとアドニス様のお側にいられました。本当にとても……幸せでした」
恥じらいを含んだような声に、腕の力を緩めれば、目元を赤く染めたエルダと目が合った。
「今もこうして、まだお側にいられることが、私はなにより嬉しいです。…アドニス様、どうかこれからも…これから先もずっと、お側において下さいませ」
「…私も、エルダと一緒がいい。一緒に…側に、いてほしい…」
「はい…!」
望むまま同じ想いを伝えれば、弾む声と、花が綻ぶような愛らしい笑顔が返ってきて、堪らずもう一度、エルダの体を抱き締めた。
「ありがとう…ずっと…ずっと一緒にいてくれて、ありがとう、エルダ…ッ」
「…私も、ありがとうございます。アドニス様」
腕の中、抱き寄せた体が、そっと寄り添ってくれた。その感覚が愛しくて、抱き締める腕にぎゅうっと力を込めた。
「……よろしいですか?」
「わっ!?」
直後、背後から突然声を掛けられ、咄嗟に抱き締めていたエルダの体を離した。
パッと振り返れば、すぐ真後ろにイヴァニエとルカーシュカが立っていた。
「あ…ご、ごめんなさい…」
エルダに集中するあまり、二人のことをすっかり置き去りにしていた。
「あ、あの…えっと、エ、エルダ、です」
「……うん、そうだな。しかし……いや、これは後でいいか」
「…?」
困り顔で笑うルカーシュカに首を傾げる。その横で、イヴァニエがなんとも言えない表情でエルダを見つめていた。
「……エルダ」
「はい」
「…あなたにはまた後ほど、色々と聞きたいことがあります」
「…承知しております」
何故かほんの少しだけ、不穏な空気が流れる。
落ち着かない気持ちからオロオロと二人を交互に見ていると、そっと指先を握られた。
「あれは気にするな」
「で、でも…」
「エルダのことは分かったから、それでいい。それより、少し休もう。…疲れてるだろう?」
「……ん」
そう言われ、ようやく自身の体に積もった疲労感を思い出す。思えばほぼ一晩中、歩き通しだったのだ。
「エルダ、話は後でいい。休む場所を整えてくれ」
「畏まりました」
返事をしたエルダが、普段と変わらぬ様子で動き始める。
湖から少し離れた木々の間に、どんどんと敷物やクッションが並べられ、日除けのように薄絹の大きな布が枝から垂らされる。
急な展開に、ポカンとしながらその光景を見つめていると、ハッとあることを思い出し、ルカーシュカを振り返った。
「あ、あの…、ルカーシュカ様…!」
「どうした?」
「あ……えっと…か、帰らなくて…いいんですか…?」
自分が言えたことではないが、こんなにのんびりしていていいのかという疑問に、急に不安が押し寄せた。
「ああ、大丈夫だよ」
「で、でも……今日は、だって…大天使様、達が…みんな、集まるって…ルカーシュカ様も、イヴァニエ様も…い、いないと、ダメなんじゃ…」
「大丈夫ですから、安心なさい」
そっと側に寄ったイヴァニエが、ルカーシュカとは反対側の手を握った。
「バルドル様からの許可も頂いています。帰る頃合いについては報せがありますから、それまでは此処で、ゆっくり過ごしましょう?」
「……はい」
(…いいのかな?)
不安は残るが、微笑む二人に慌てた様子は無い。
そうこうしている間にエルダの準備が終わったのか、緩く手を引かれた。
両手を繋ぐイヴァニエとルカーシュカの体温は心地良く、安心感と、こうしてまた触れられる喜びから、じわじわと瞳が潤んだ。
「心配しなくていいから、今は少し休もう」
「ええ、休みながら、少しずつ、お話しをしましょう」
「…はい」
柔らかに笑む二人が向かう先で、エルダも優しい微笑みを浮かべている。
暖かく美しい風景の中、彼らと共にいる───それがとても不思議で、嬉しくて、少しだけ顔を覗かせた不安は姿を消し、口元は自然と緩んでいた。
木から垂れた薄絹がそよ風に揺れ、暖かな陽射しが柔らかに降り注ぐ。
その真下、ふかふかとした敷物の上、大きなクッションを背凭れに、イヴァニエとルカーシュカと並んで座った。
二人の間、ルカーシュカとは手を繋ぎ、イヴァニエには腰を抱かれ、互いにぴったりと体を寄せ合った。
最初は密着した体や、二人の髪の毛が触れる感触が落ち着かず、緊張から体が強張っていたが、時間が経つにつれ、体からはゆるゆると力が抜け、とろりと温かな体温に身を任せた。
傍らに控えたエルダに笑みを返しながら、気を抜けば眠ってしまいそうな空気の中、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そうしながら、ポツリ、ポツリと、自身の胸の内を明かした。
自分自身のことを知るのが怖かった。
部屋を出た後の自分を想像することが出来なくて、不安だった。
また嫌われてしまうかもしれないことが怖くて、嫌われることをしてしまう自分になるのが怖くて、そうなる前に…と、命の湖に還りたいと口にした。
それが三人の優しさを無駄にしてしまったようで、そんな自分が堪らなく嫌で、あれも嫌、これも嫌と、全部が怖くなって、悲しくなって、苦しくなって、逃げ出した───…
上手く話せなくて、言葉を見つけられなくて、同じような内容を何度も繰り返し、順番がごちゃごちゃになりながら、それでも全部話した。
話しながら謝罪を繰り返す間、一度抱いた胸の苦しさを思い出しては泣いて、そのたびにイヴァニエとルカーシュカが涙を拭ってくれた。
途中でエルダが赤ん坊の姿に変わり、驚く暇もなく、膝の上に座ると小さな体で抱き締めてくれた。
それと同時に、左右に感じていた熱がより深く寄り添ってくれて、その温かさにまた泣いた。
静かに相槌をしてくれる声は優しく、甘く温かなミルクを飲み込んだ時のような心地良さに、沈みそうになる気持ちは何度も救われた。
どれほどか時間が過ぎ、ようやく話し終えた頃、体は泣き疲れていたが、気持ちを全部吐き出せたおかげか、気分は随分と落ち着いていた。
「………私も、怖かったです」
「え…?」
半分夢の世界に浸かったような、ふわふわとした意識の中に、イヴァニエの声が届いた。
「もし…もしも、あなたを失ったら…いなくなってしまったらと思うと、怖くて堪らなかった」
…それは、どちらの意味だろう。
ふと浮かんだ疑問は、寂しげに瞳を細めるイヴァニエを前に、すぐに霧散した。
「アドニス。俺達も、不安で、怖くて……臆病になってたんだ。でも目を背け続けるのはもっと怖くて……お前の気持ちを、なにより大事なことを、一番に考えてやれなかった」
「ルカーシュカ様…」
「ごめんな。不安だったのも、怖かったのも、全部お前だったのに、分かってやれなくて……苦しませて、ごめん」
「…っ、なんで…、ぁ、あやまら…」
「『謝らないで』は無しだ。お前にばかり苦しい思いをさせたのは……俺達の罪だ」
「…っ」
泣いているような声で、眉を下げて微笑むルカーシュカの『罪』という言葉に、涙がまた一粒、ぽたりと零れ落ちた。
「ち、ちが…」
「違くないよ。お前が、自分が悪いことをしたと思っているのと同じように、俺も自分が悪いことをしたと思ってる。…自分が悪いと思ったら謝るのは、おかしいことじゃないだろう?」
「ぅ…」
彼らが自分の為に手を尽くし、たくさん情を注いでくれたことを知っている。
だからこそ、その優しさを怖がり、逃げ出した自分が悪いのに、幼な子に言い聞かせるような優しい声音に何も言えず、言葉を飲み込んだ。
「アドニス」
名を呼ばれ、イヴァニエに向き直れば、その指先がそっと雫を拭ってくれた。
「ずっと、怖かったですよね。たくさん不安にさせて、本当にごめんなさい。……ねぇ、アドニス。もしも、嫌われるような自分になってしまったらと、あなたは言いましたが……それを嫌だと言って泣くあなたを、私達は嫌いになんてなりませんよ」
真剣な表情でこちらを見つめる澄んだ瞳と、ハッキリと告げられた言葉に、心臓がドクリと大きく鼓動した。
一呼吸置いて表情を緩めたイヴァニエに、知らず詰めていた息を吐いた。
「今こうして泣いているあなたを悲しませ、傷つけるなら…そんな『あなた』に憤ることはあっても、あなたを嫌いになることなんてありません」
(……自分を、悲しませる…自分…?)
まるで、自分が二人いるかのような言い方にキョトリとすれば、ふっとイヴァニエが笑った。
「え、と…」
「よく分からなくなってしまいましたね。…でも、これが私の正直な気持ちです。…アドニス」
「…はい」
「好きですよ」
「ッ!」
改めて面と向かって言われ、ドキリと心臓が跳ねた。
「あなたが好きです。一緒にいたい。側にいたい。この気持ちは本物ですし、変わりません」
顔を寄せ、至近距離で紡がれる言葉は真摯で、目を逸らすことも出来ずに固まった。
安堵と安心感に「好き」という言葉が混じり、急激体が火照った。
「アドニス?」
「う…っ」
ルカーシュカの呼び掛けに、ふるりと首を振りながら、激しく鼓動する心臓を押さえた。
「ぁ…あの、…お話し、聞いて、くれて…ありがとう、ございました…!」
「こちらこそ、たくさん話してくれて、ありがとう。……アドニス」
「…はい」
「好きだよ」
「んぅ…」
「好き」と言われるたび、鼓動が速くなる。
嬉しくて、でも少しだけ恥ずかしくて…トクトクと鳴る胸に小さく唸れば、イヴァニエとルカーシュカが隣で笑う気配がした。
それから暫く、湖の畔で、全てが輝いて見える風景を眺めながら、緩やかに過ぎる時間を過ごした。
互いの体温を共有するように、静かに寄り添い、呼吸をする…そんな時間が堪らなく愛しかった。
そんな中、ふと視界の中で、母提樹が揺れ動いた気がした。
見上げた先では、大きな花の蕾が今にも開花しようとしていた。
見つめること数秒、閉じていた蕾が一際大きく膨らみ、真白い花弁がふわりと花開いた。
「……あ…」
見事な大輪の花が咲いた中央、幾重にも重なった花弁の中から現れた赤子の姿に、目は釘付けになった。
(本当に……花から、生まれてくるんだ…)
不思議と一目で『生まれてきた』と認識できた赤ん坊は、柔らかな花弁の中、小さく伸びをすると、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
そのままキョロキョロと辺りを見回すと、花の中からパッと飛び出し、宙を舞った。
「っ……」
瞳を輝かせながら、生まれたばかりとは思えない軽やかさで、パタパタと空を飛んでいく赤子…その姿に、どうしてか少しだけ寂しさを覚えた。
(……自分も…あんな風に…)
生まれてこれたなら───羨望と寂しさを混ぜたような感情に、胸が苦しくなり、遠く忘れていた記憶が蘇った。
自分が生まれた瞬間、最初に感じたのは痛みだった。
痛くて、怖くて、悲しくて…冷たい床の感触と、充満する血の匂いにまみれた、どこまでも苦痛に満ちた『生』だった。
暖かな陽射しに包まれ、優しく柔らかな花のベッドで目覚める誕生はとても美しく、自分が知っているそれとの違いに、驚きよりも悲しみが勝り、瞳を伏せた。
(……でも…今の自分じゃなかったらきっと…三人とこんな風に、過ごせることなんてなかった…)
感情に飲み込まれる寸前で、今という時間を思い出す。
皆と違うからこそ、これまでの過去があるからこそ、彼らと出会えた今がある。
そう思えば、胸に湧いた悲しみは、すぅっと消えていった。
「……アドニス?」
「…ん…なんでも、ないです」
気づけば、ルカーシュカが心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫」という意味を込めて笑みを返せば、彼の眉根に薄く皺が寄った。
だがそれ以上、何か言われることはなく、指先を絡ませるように手を繋ぎ直すと、ルカーシュカの頭がコテリと肩に乗った。
それと同時に、イヴァニエに強く腰を引き寄せられ、長い髪がサラリと頬を撫でた。
「ッ…」
途端に心臓の鼓動は速くなったが、より近くなった二人との距離に安心感は増し、僅かに残っていた寂しさもどこかへ行ってしまった。
「ん…!」
腹部に感じた締め付けに下を向けば、エルダが小さな腕を伸ばし、体を抱き締めてくれていた。
しがみついているような姿が可愛らしくて、丸い頭をそっと撫でれば、ゆるゆると体から力が抜けていくのが分かった。
(ああ……なんて…)
───幸せな時間だろう。
どこまでも安心できる温もりは、蕩けてしまいそうなほど心地良く、泣いてしまいそうなほど幸せで、滲む視界から雫が零れ落ちないように、そっと瞼を閉じた。
空の色が徐々に変わり始めた頃、そよ風の音に混じって、軽やかな鳥の鳴き声が聞こえた。
「ピピッ」
「!」
互いの体の境い目すら曖昧に感じるような、揺蕩う空気の中、その鳴き声にハッと意識が醒めた。
見れば、鮮やかな空色の小鳥が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
(…綺麗な鳥…)
そう考えている間に、イヴァニエが差し出した指先に、小鳥が留まった。
『イヴァニエ様、ルカーシュカ様』
「!?」
突如、小鳥の嘴から人の声が聞こえ、驚きのあまり体が跳ねた。
『皆様、お帰りになられました。アドニス様と共に、どうかお戻り下さい。バルドル様がお帰りをお待ちです』
それだけ言い終えると、また一声だけ囀り、小鳥はイヴァニエの指から飛び立った。
飛んでいく小鳥をポカンとしたまま見送りながら、首を傾げる。
(……鳥って…喋る…?)
魚も空を泳いでいたし、あり得るのかも…そんなことを考えていると、隣で小さく笑う声がした。
「あの鳥が特別なだけで、他の動物は喋りませんよ?」
「…!」
頭の中を見透かすような言葉に、パッとそちらを向けば、イヴァニエがおかしそうに笑っていた。
「う……じゃ、じゃあ…今の子は…?」
「そのお話しは、また後で。…帰ってからしましょうね」
イヴァニエと、それに続くようにルカーシュカが立ち上がり、手を差し伸べてくれた。
「帰ろう、アドニス」
「…っ」
その言葉に、ジンと胸が滲んだ。
「帰ろう」と言ってくれる人がいて、帰りを待っていてくれる人がいて、帰れる場所がある…胸を満たす喜びを噛み締めながら、短く返事をした。
「はい…!」
二人の手を取るのと同時に、膝の上から離れたエルダは少年の姿に戻り、テキパキと敷物などを片していく。
その様子を見つめながら、頭の片隅でどうやって宮廷まで戻るのだろうと考えた。
(歩いて帰ったら、また夜になっちゃうし…)
どうしようか…と思考を逸らしていたその時、イヴァニエの手が肩に回されたのが分かった。
「え? あっ、わ…!」
グイッと抱き寄せられる感覚に驚いた瞬間、グラリと視界が大きく揺れ、足の裏が地面から離れた。
「やっ…、…あ……え?」
あまりにも突然のことに、咄嗟に手足をバタつかせてしまった。が、完全に浮いた体と、それを支えるイヴァニエの両腕に、一拍遅れて抱き上げられていることに気づき、目を丸くした。
「え……?」
「歩いて帰らせる訳にはいきませんからね。このまま帰りますよ」
「え…で、でも…」
至近距離でニコリと微笑む顔に、急激に恥ずかしさが込み上げる。が、逃れようにも抱き寄せる腕の力は強く、身じろぎすら取れそうになかった。
「…俺もいるんだがな」
「おや、残念でしたね」
楽しそうに笑うイヴァニエに、肩を竦めるルカーシュカ。
そんな二人に交互に視線を送れば、傍らに立ったルカーシュカが、ウロウロと彷徨わせていた自身の手を取り、指先にそっと唇を寄せた。
「!?」
「なっ…」
「落ちないように、ちゃんと掴まってるんだぞ」
「落としませ…っ、……いえ、そうですね。危ないですから、ちゃんと掴まっていて下さいね」
「え……え…?」
指先に残る唇の感触に、思考が追いつく間もなく、ルカーシュカの手は離れ、イヴァニエの背にはバサリと翼が広がった。
「怖かったら遠慮せず、しがみついて下さい」
「あ…わ…っ!」
直後、共にふわりと浮いた体に、反射的にイヴァニエの体に抱きついた。視界の端では、ルカーシュカとエルダも翼を広げ、皆の体がどんどんと高く昇っていくのが分かった。
「ぅ…っ」
「…決して離しませんから、安心して下さい。どうしても怖かったら、目を瞑ってていいですからね」
「ん…」
耳元で囁く声に肩を竦めつつ、ソロソロと薄目で周りを見回し───飛び込んできた光景に、目を見開いた。
「わ、ぁ…」
視界いっぱいに広がるのは、見渡す限りの広大な白い大地と、淡く色づく木々や草花。
赤みを帯び始めた澄み渡る空の下、遠くに見える山の麓まで見渡せる高さは少しだけ怖かったが、それ以上に高揚感があった。
「行きますよ」
「ん…!」
スゥッと進み始めた速度は速すぎず、遅すぎず、不思議と強い風も揺れも感じない腕の中、眼下を流れていく景色を見つめ続けた。
(すごい…)
高い木々の上を滑るように飛んでいく三つの影。
夜通し歩いた景色を上から眺めるのは新鮮で、飛ぶという初めての感覚と相まって、ドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えられなかった。
(……地面が、空に浮いてる…)
高い高い空に視線を向ければ、遥か遠くに、ポツリ、ポツリと大きな大地が浮いているのが見えた。
部屋の中からは見えなかった世界。
夜の間は見えなかった世界。
どこまでも遠く、広く、美しく、見たことのない世界。
「───…」
自分の知らなかった世界は、こんなにも広いのかと、サァッと目が醒めるような感覚に、心は軽く、晴れ渡っていった。
流れるように変わっていく景色の中、ずっと遠くに宮廷が見えた。
その向こう側、別の建物らしきものがいくつも広がっているのが見え、ずっとあそこにいたはずなのに、知らないことばかりだと改めて気づかされる。
(……もっと…色んなものを、見てみたい)
もっともっと、自分が生まれたこの世界のことを知りたい…自然と抱いた感情に、柔く唇を噛んだ。
(みんなと、もっとずっと…一緒にいられるように……)
───生きてみたい。
初めて望んだ『生』への渇望は、ほんの少しの苦しさと、彼らと共に在りたいという切望で満ちていた。
「着きましたよ」
「あ、ありがとう、ございます…」
命の湖を飛び立ってから、あっという間に辿り着いた宮廷の端、見慣れたバルコニーの上に降り立った。
イヴァニエの腕から降りると、浮遊感から解放された体はふわふわと揺れ、足元がフラついた。
「アドニス様、大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫」
すぐさま駆け寄ってくれたエルダの手を取り、ホッと息を吐く。
(……もう、着いちゃった)
くるりと向き直り、命の湖があった方角を見つめる。半日歩いてようやく辿り着いた場所は遠く、それでも彼らの翼なら、すぐに帰ってこられる距離だったことに茫然とした。
(…確かに、遠くもないし、近くもない…のかな?)
赤子達の反応を思い返しながら、自分にとっては遠い距離だったが、皆とってはそうでもない距離だったことに、妙に納得する。
「アドニス」
ぼんやりと遠くを眺めていると、背後から名を呼ばれ、振り返った。
見れば、イヴァニエとルカーシュカが、部屋へと続く大きな窓を開いて待っていてくれた。
手招きをされているような感覚に、誘われるまま歩み寄れば、二人が優しく微笑んでくれた。
「おかえり、アドニス」
「おかえりなさいませ、アドニス様」
こちらを見つめるイヴァニエとルカーシュカ、エルダの眼差しの温かさに、目の奥が熱くなる。
緩みそうになる涙腺を堪え、大きく息を吸い込むと、彼らの笑みに返事をするように、精一杯笑ってみせた。
「ただいま…っ」
ああ、彼らのいるこの場所が、自分の帰る場所なんだ───そう思えたことが嬉しくて、幸せで、溢れた感情から、堪えきれなかった涙の雫が、一粒零れ落ちた。
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