天使様の愛し子

東雲

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フォルセの果実

閑話 エルダの小噺

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本編をかなり遡りまして、40話のエルダくん視点&42話に入れられなかった小噺です。


◇◇◇◇◇◇

ルカーシュカ様から贈られた蜂蜜の花。
目の前に置かれた金色の花を、アドニス様はスプーンを掲げてまじまじと見つめられていた。

お二人から預かった贈り物は、アドニス様にお渡しする前に一度目を通したのだが、お二人とも大変手の込んだ物をご用意して下さったのだと一目で分かった。

(喜んで頂けると良いのだが…)

そう思いながら見遣った先では、アドニス様が蜂蜜のような金の瞳を輝かせ、精巧にかたどられた蜜の花を楽し気に見つめていた。
瞳を煌めかせているそのお姿が見れただけでも充分だったが、ミルクに溶けた蜜の花が、今度はミルクの花に変わった後のアドニス様は、表情がくるくると変わり、とてもお可愛らしかった。

テーブルの縁に掴まり、アドニス様と一緒に器の中を覗いていたプティ達のはしゃぐ声に混じり、「わぁ…」と小さく零れた感嘆は、心なしか弾んでいるように聞こえて、自分も嬉しくなる。
目で楽しみ、食べて楽しむ。
ミルクの花を口に含んだアドニス様は、大変驚いている様子だったが、同時にとても楽しそうだった。

言葉の端が少々乱暴に聞こえるルカーシュカ様だが、基本的には穏やかな性格の方だ。
静かに味わいながら楽しむという工夫が成された贈り物は、普段の物静かなルカーシュカ様のお人柄にとてもよく似ていた。

楽しそうにミルクの花を召し上がるアドニス様に、しみじみと喜びを噛み締めていると、不意に花を摘んだアドニスの指先がこちらに向いた。

「…はい」
「………アドニス様…?」
「エルダも、食べて?」

ふにゃりと微笑むアドニス様のお言葉に、喜びも一瞬飛んでしまった。

自覚したばかりの恋慕に、その行為はあまりにも強烈だった。

咄嗟に、従者であるべきという、その枠組みからはみ出た行動を取りたくないという意識が働き、お断りしてしまったが、目に見えて落ち込んでしまったアドニス様に後悔の念が押し寄せた。

(受け取るべきだったか…? …いや、アドニス様にそれが普通だと思われてしまっても、今後に差し支えが…)

どの選択を取るべきだったのか悩んでる間に、プティ達がアドニス様にミルクを強請り始める。普段はアドニス様のお食事を欲しがることはしないのだが、今のやりとりを見て、欲しくなったのだろう。

オロオロしながらも、プティ達に分け与えることの許可を求めるアドニス様に、今ほどの罪悪感も手伝って、つい許してしまったが、それでアドニス様の表情がパァッと明るくなったのだから、これで正解だったのだ。

(ルカーシュカ様も、アドニス様がプティ達と一緒に召し上がることを前提に考えていた様だし…大丈夫だろう)

一つだけならばお許し頂けるだろう…と、スプーンひと匙大の白い花にナイフを入れれば、サクリと小気味良い音と共に、小さくなった花がコロリと転がった。
それをアドニス様にお渡しすれば、自分にして下さったのと同じように、指の先に摘んだ小さな花をプティ達の口に近づけ、手ずから食べさし、お喜びになっていた。

(…一緒に食べたかったのだろうな)

反省しつつ、代わりにプティ達がその役目を担ってくれたことに安堵していると、チラチラと視線だけでこちらの様子を窺うアドニス様と目が合った。

「…エルダ、これ…これだけなら…ダメ?」

先ほどよりもずっと小さくなった白い花をこちらに差し出されるアドニス様に、今度こそどうしていいのか分からず言葉に詰まった。

(……どうする…?)

頂いたそのお気持ちに、応えられるのであれば応えたい。応えたいのだが───…

(…私のこの思考は…仕えるものとして正しいものか…?)

従者として主を想っての行動か?
抱いた恋慕に引き寄せられた下心ではないのか?

自分の行動の、その根底にある感情が掴めず狼狽えた。
手ずから食べさせて頂く訳にはいかない。
まして、その指先に、自身の唇が触れることなどあってはならない。

考え込んでいる間に、アドニス様が何かに気づかれたように、慌てた様子で器の横に置かれていたスプーンに手を伸ばし、その上にコロリと花を転がした。
そうしてまた、それをこちらに差し出されるのだ。

「は…はい…!」

懸命に『食べて』と訴えてくる金色の瞳───それを断る術など、自分は持っていない。

悩み、葛藤し、思考を巡らせながら、湧き上がる羞恥が顔に出ぬ様、必死に感情を押し込めると意を決して口を開いた。

「………では、その…戴きます」
「…っ、うん!」

瞬間、嬉しそうに破顔されたアドニス様に、喜びよりも気恥ずかしさが勝ってしまい、逃げるように目を伏せた。

(…スプーンごと受け取るのは、無粋なのだろうな…)

きっとこれは、アドニス様の御手から食べさせて頂くのが正確なのだ…そう自分に言い聞かせながら、スプーンの先に転がった白い花を食んだ。
それを口に含むと、即座に姿勢を正す。その間に、しゅわりと蕩けるように花が口の中で解け、ミルクに姿を変えた。

(…これは…また…)

アドニス様が楽しげに目を細めていらっしゃったお気持ちが分かる。
その気持ちを正直にお伝えすれば、柔かにアドニス様が微笑んだ。

「一緒に…同じ物、食べられて嬉しい」

ニコニコと、嬉しそうに笑うアドニス様。
そのお顔が見れただけで嬉しくて、幸せで───同時に、淡く浮かんだ恋心に、耳が熱くなるのを感じた。

(…嬉しいが、困ったな…)

皆で同じ物を食べれたことで満足されたのか、アドニス様は口元を綻ばせたまま、ミルクの花を静かに味わい始めた。

(…欲張ってしまいそうだ)

アドニス様が与えて下さる情が嬉しくて、きっと自分が何も言わなければ、それこそ際限無く与えて下さるであろうお気持ちが嬉しくて…己の領分を超えて、与えられるまま望んでしまうのではないかという考えに、ゆるりと頭を降った。

(……しっかりしろ)

抱いた恋心に浮かれて、本分を忘れてはならない。

アドニス様の従者として、お側にいたいのだ。
その願いのため、戒めるように姿勢を正すと、深く呼吸を吸い込み、静かに息を吐き出した。


口の中に広がった甘い味は、その日一日、消えることはなかった。
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