天使様の愛し子

東雲

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フォルセの果実

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ルカーシュカと赤ん坊達の仲が戻ってから、数週間が過ぎた。
あの日から、イヴァニエとルカーシュカと過ごす時間には赤ん坊達も加わり、彼らが出入りする為の小窓は常に開け放したままになった。

赤子達は、二人と話している間は遊べないということをきちんと理解している様で、膝の上や隣に座り、一緒になって二人との会話を聞いていた。
いつもは元気良くはしゃいでいる赤子達も、この時間だけは大人しく、イヴァニエやルカーシュカと過ごす時間が、自分にとっては大事な時間であるということを理解してくれている様だった。

あの日以降も、ルカーシュカは自分の隣に座り、手を繋いだまま過ごしてくれた。
というのも、あの日、あの場にいた赤ん坊以外の子も、ルカーシュカとの確執については知っているらしく、たびたび様子を確認される様になってしまったのだ。
「大丈夫だよ」「今は仲直りしたんだよ」と、繋いだ手を見せて、言葉を交わす姿を見て、ようやく赤子達のお許しがもらえる…というのが、お決まりの流れになってしまい、ルカーシュカも苦笑気味だった。

「あの、いつも…大変で、ごめんなさい…」
「いや、プティ達もそれだけお前が心配なんだろう。これくらい可愛いものだ」

軽い口ぶりで笑ってくれるルカーシュカの表情は明るく、その雰囲気に助けられた。
あの夜、二人で話した時から、ルカーシュカの纏う雰囲気や表情は劇的に変化した。
変化の乏しかった表情は柔らかくなり、目が合えば笑みを返してくれる様になった。
固かった口調も、同じ言い方でも角が取れた様に丸くなり、声音は明るくなった。
手を繋ぎながら話すことにも慣れ、赤ん坊達と話している間、不意に腰を抱き寄せられることにも、少しだけ驚かなくなった。
とはいえ、体が密着することには未だに慣れず、心臓がドクドクと忙しなく鼓動するのは抑えられなかったが…

イヴァニエの丁寧な口調と柔和な表情も変わらず、穏やかに言葉を交わす日々が続いていた。
温かな陽だまりが差し込む部屋の中、赤子達の愛らしい笑い声を聞きながら、イヴァニエとルカーシュカ、エルダと共に過ごす時間は、いつしかとても大切な時間へと変わっていた。
そんな日々が幾日か過ぎた頃、ふとあることに気づいた。

エルダの様子が、いつもと少しだけ、違うように見えたのだ。


ある日の昼過ぎのことだった。
赤ん坊達と遊んだ後、遊び疲れた赤子達は、柔らかな絨毯の上に転がって寝息を立てていた。
自分も一緒に寝ていたのだが、ふと目が覚めてしまい、横になったまま視線を動かせば、窓際に佇むエルダが窓の外をジッと見つめている姿が目に映った。

たったそれだけ。たったそれだけのことだったが、モヤモヤと気になっていたものの表面に触れた様な感覚に、ハッと息を呑んだ。

───エルダの元気がない気がする。

それは本当に些細な、変化とも呼べないような小さな違和感だった。
エルダの行動が変わった訳ではない。交わす言葉も優しく、柔らかな微笑みも同じだ。だが少しだけ、何かが違うと思ってしまったのだ。
その『何か』を見極めようと、注意深く観察していたのだが、外を眺めるエルダの横顔に少し…ほんの少しだけ、憂いがある様に見えた。
違和感、というよりも、もはや「そんな気がする」という感覚でしかなかったが、それでも大きく外れているとも思えなかった。

(……どうしよう)

いつからそうだったのかは分からない。この時にはもう、どれほどか時間が経った後だったのかもしれない。
エルダの変化に気づけなかったことも悔やまれるが、なによりその違和感に気づいた今、自分はどうするべきなのか、その答えの出し方が分からずに悩んだ。

(いきなり、どうしたのって聞いたら…びっくりするかな…)

頭を悩ませるが、かと言ってまずは切り出さないことには始まらない。
エルダの様子を見るに、それを隠したくて、エルダは今までと変わらずに振る舞ってくれているのだろう。
ということはつまり、元気がない理由を、エルダ本人が自ら切り出すつもりはないということだ。

(…聞かれたくないことなら、無理やり聞かない方がいい…けど…)

言いたくないことを、無理に言わせようという気は無い。
ただせめて、聞いてもいいことなのか否か、それだけでも知っておきたかった。

(エルダのこと、だもの…)

いつも側にいてくれる彼のことを、いつも世話をしてもらっている自分が気に掛けても、悪いことではない…はずだ。
よし! と軽く握り拳を作ると、どのように話しを切り出そうか、寝たふりをしながら、悶々と考えに没頭した。



それから数日経ったある日、考えを実行すべく、朝から一人意気込んでいた。
行動に移すのは夕刻、赤ん坊達が部屋を去った後と決めていた。
空が赤く染まり始める頃、「また明日ね」と小さな手を振る姿を見送れば、エルダが赤ん坊達の飛び去っていった後の小窓をパタリと閉めた。

(よし…!)

今なら、部屋にはエルダと自分しかいない。
陽が完全に沈む頃にはエルダもいなくなってしまう為、あまり時間はないが、少し話しをするだけと考えれば、充分な時間があった。

「エルダ…!」
「はい。…いかがなさいました?」

普段と違う空気に気づいたのだろう。小首を傾げるエルダを見つめながら、自身が座っているソファーの隣をポスポスと軽く叩いてみせた。

「ここ…座って?」
「……え」

直後、その場で固まってしまったエルダに首を傾げた。

「…? エルダ…?」
「……いえ、その…」

言葉を濁したまま、視線を逸らされてしまい、少なからずショックを受けた。

(あれ…? ダメなことだった…け…)

意気込んでいた出鼻を挫かれ、動揺しながらもショックで回らない頭を必死に動かした。

(だ、だって…前は…ルカーシュカ様達とお話ししてる時は…隣に座って…)

そうしてずっと、手を繋いでくれていた───そこまで考え、はたとあることに気づいた。

(あれ…? 最近…エルダと…手、繋いでない…?)

いつから、とはハッキリと覚えていない。
ただ、従者と主が同席するのはあまり良いことではない、と言われた辺りからだろうか。極端にエルダとの接触が減っていたことに気づいた。

(……もしかして、もうダメって、ことなのかな…?)

イヴァニエやルカーシュカの前では、控えなければいけないのだろう…そう思っていたのだが、もしかしたら、彼らがいようがいまいが関係なく、『そうあるべき』という枠組みの中で行動しなければいけないのかもしれない…という考えに、ようやく思い至る。
きちんと理解していなかった自分が悪いのだが、それでも唐突に突き付けられた現実に、気持ちは沈んだ。
それを寂しいと感じるのは、我が儘なことなのだろうか…予想していなかった事態に、話しを切り出す前の段階で躓いてしまった。

「あの……えっと…」
「…アドニス様、よろしければ、お隣にお席を頂いてもよろしいでしょうか?」
「…っ、う、うん…!」

…気を遣わせてしまった。
困惑する自分を見兼ねてそう言ってくれたのは明白で、もしやそれすらもエルダの負担になっているのではないかという考えに、ズシリと気持ちは重くなる。

(…ちょ…ちょっとだけ…今だけ、だから…)

後でちゃんと謝ろうと思いながら、ゆっくりと隣に腰を下ろすエルダを待った。
正直、この時点で今から自分がしようと思っていたことは『ダメなこと』なのではないだろうかとひしひしと感じていたが、今更変更する気にもなれず、あとで全部まとめて謝ろうと腹を括った。
エルダが腰を下ろすのを待ってから一呼吸置くと、スッと立ち上がった。

「…アドニス様?」

不安気なエルダの声を申し訳なく思いつつ、エルダと向き合うように体の向きを変えると、そのまま柔らかな絨毯の上に膝をついた。

「…っ!? アドニス様! お止めください!」

焦った声で慌てて立ち上がろうとするエルダ。予想していた通りの反応に申し訳なさが募るが、それでも立ちあがろうとしたエルダの腕を掴み、待ったを掛けた。

「ま、まって! まって、エルダ……ごめんね。今だけ…少しだけでいいから…このままお話ししたい…」
「しかし…っ」
「…少しだけ、だから…」

渋るエルダに「ああ、やっぱり」と頭の片隅で思う。
エルダと話しをしようと思った時、自分の話しを懸命に聞いてくれたエルダがそうしてくれたように、自分も同じことをしたいと思ったのだ。
ずっと前、泣くだけで何もできなかった自分に、一生懸命話し掛けてくれたエルダ。あの時の彼は、こうして床に膝をつき、ずっと手を握ってくれていた。
あの時のエルダと同じことがしたい…そう思っての行動だったのだが、エルダの狼狽える様子から、やはり自分がしてはいけない行動だったのだと悟る。

(絨毯の上なら…大丈夫かなって、思ったんだけどな…)

床に直接膝をつくのはダメでも、絨毯の上なら…と考えて行動したつもりだったのだが、あまり関係ない様だ。
それでももう膝をついてしまったし、立ち上がろうとするエルダの腕を離すつもりもなかった。

「後で、いっぱい怒っていいから…今だけ、このまま…お話しさせて…?」

懇願するように翠色の瞳を見つめれば、その瞳は揺らぎ、彷徨い…少しの沈黙が流れた後、掴んだ腕からゆるゆると力が抜けた。

「…お隣に、お座りになってお話しするのでは、ダメなのですか?」
「ん…と…、私が…こう、したい…な、て…」
「………畏まりました。…今回だけですよ?」
「う、うん…! ありがとう…っ、…ごめんね…?」
「いいえ、アドニス様がなされたいことをなされるのが、一番大事なことですから」

呆れてしまってもおかしくないのに、それでも笑ってくれる優しさに感謝しつつ、エルダが浮かせた腰を再度落ち着かせたところを見計らって、膝の上に置かれた細い手を、自身の手で包み込んだ。

「…アドニス様?」
「えっと…その…エルダに、聞きたいことがあって…」
「はい」
「あの、お、おかしいこと…聞いちゃうのかも、しれないんだけど…」
「なんでも仰って下さいませ」
「あ…ち、違うの…、その…エ、エルダの…ことで…」
「…私のこと、ですか?」

困惑が混じった声に尻込みしながら、深く息を吸い込み、エルダの瞳を見つめ返した。

「最近…元気がないのは、どうして?」

「………え…」

エルダの大きな瞳が、僅かに見開かれた。

「私の…勘違いだったら、ごめんね…? でも…エルダが…元気じゃない、気がして…」
「………」
「もし、違うなら…いいの。…でも、もし、何か悩んでるなら…元気がない理由が、私にあるなら…教えてほしいなって…」
「………」
「……エルダ?」

押し黙ってしまったエルダの顔を覗き込むように見上げれば、ついと視線を逸らされてしまった。

「…ご心配をおかけして、申し訳ございません。その、私事でございますので───」
「…じゃあ、本当になにか、悩んでるの…?」
「…ッ」

何も無い、とは言わなかったことに、少しだけ身を乗り出した。

「エルダ、あの…なんでも話して…とは、言わない、けど…私に…私のことで、何かあるなら、言って…?」
「…いいえ、アドニス様のことでは…」
「じゃ、じゃあ…違くても、いいから……もし…もし、話せる、ことなら…お話しして…? い、言いたくない、ことなら…もう聞かない……けど、もし…お話し、できることなら…教えて…?」
「アドニス様…」
「…私に、なにかできること…ある?」
「………」

沈黙が流れた。
手の内にすっぽりと収まったエルダの手は、固く握り締められており、その拳から彼の緊張が伝わってくる。
あまり見つめたままでは、彼も答え辛いだろう───そう思い、エルダの膝の上に置いた自身の手に、そっと額を寄せるように顔を伏せた。
瞳を閉じたまま、細い手を包む手の平にギュッと力を込めると、そのままエルダの答えを待った。

無理に話してもらおうとは思っていない。
無理に聞き出そうとも思わない。
だからここでエルダが「大丈夫」「なんでもない」と言葉にする様なら、それ以上は聞かないと決めていた。
…それでも、話してくれたなら嬉しいと、そう期待してしまう気持ちは止められなかった。

とれほど時間が経った頃だろう。
とても長く感じた静寂を破るように、少し乾いたエルダの小さな声が、頭上から降ってきた。

「……アドニス様…」
「…うん」

ゆっくりと顔を上げれば、思い詰めたようなエルダの顔が目に映った。

「…その……このようなことを、考えてしまうのは…良くないことと、理解しているのですが…」
「うん」
「…その…、…」
「…いいよ。言って…?」
「…っ」
「エルダ…言っていいよ?」

また少しの沈黙が流れる。
その間にもエルダの瞳は揺れ、僅かに泳ぎ、何度か唇が開きかけては閉じてを繰り返して───そうしてようやく、小さく口が開かれた。


「………ルカーシュカ様を、…少し……羨んで、しまいました…」


絞り出されるように発せられた、消えそうなほどか細い声に、僅かに目を見開いた。

「…羨ましい…?」

未だに瞳を逸らしたまま、こちらを見ようとはしてくれないエルダのその瞳を、ジッと見つめた。

「……このようなことを考えてしまうのは、間違っていると、分かっています。…でも……」
「…うん」
「その……」
「…エルダ、大丈夫だから…」
「…、…あ、の…」
「うん」
「……ず、ずっと…アドニス様のお隣に……い、たかったと…思ってしまいました…」
「……隣…」

言い切るか否かのところで顔を伏せてしまったエルダに目を丸くする。
その頬が、耳が、真っ赤に染まっていることに、きゅうっと胸が締め付けられるも、不思議と苦しくはない胸の鼓動に、エルダの手を包む手に力が籠った。

(お隣って……お話しをしてる時のこと、だよね…?)

自分の隣にはいつも、エルダが居た。
そこに今はルカーシュカが居ることを、エルダは言っているのだろう。
そうしていつしか、自分の隣に座ることも、手を繋がなくなってしまったことも───…

「……なら、隣にいて?」
「…ッ!」

エルダがパッと顔を上げた。
その顔は淡く朱色に染まったままで、エルダが悩んでいる状況だというのに「エルダは肌が白いから赤くなるとすぐ分かるんだなぁ」と、暢気なことを思考の端で思っていた。

「隣にいて…手、繋いで…またお話ししよう?」
「ですが…っ」
「…私も、そうしたい」
「…っ」
「ルカーシュカ様と、お話しできるのも…仲良くなれたことも、とても嬉しいよ? 手を繋いで下さることも…嬉しいと思ってる。…でも、エルダが隣に座って、くれなくなっちゃったことも、手を繋いで、くれなくなっちゃったことも…同じくらい、寂しい」
「アドニス様…」
「さっきも…もう、隣に座ってもらえないのかなって、考えたら…悲しくなった」
「…! 申し訳───」
「あっ、ち、ちがうの…! その…、せ、責めてるんじゃ、なくて…!」

サッと顔色を変えたエルダに、慌てて握る手を自身の胸元に引き寄せた。

「ご、ごめんね…そうじゃ、なくて……えっと、も、もし…もう…隣に座ったり、手を繋いだり…そういうことが、ダメなことなら…悲しいなって、思った…」
「………」
「でも、そうじゃないなら…あ、えっと…も、もし…本当はダメって、言われてることでも…エルダが、望んでくれるなら……自分と、同じように、考えてくれてる…なら、…また、隣に座って、お話ししよう?」
「………」
「…私の、我が儘のせいに、していいよ…?」
「ッ…、アドニス様! それはなりません!」
「…うん。でも、エルダが苦しいなら…」
「……いいえ。いいえ、それでも…これは、私の我が儘です」
「…じゃあ…二人の、我が儘にしよう? 二人でいる時だけの…秘密にしよう?」
「───」
「イヴァニエ様や…ルカーシュカ様といる時は、お二人とお話しする、時間も大切にする。…でも、エルダとお話しする時間も…今までみたいに、隣に座って、手を繋いで、お話しする時間も…あったら嬉しいな」
「…アドニス様…」

微かに震えたエルダの声。その瞳は僅かに潤んでいて、この子のこんな表情を見るのも、声を聞くのも初めてで───それだけエルダが本気で、心から望んでくれている願いなのだと、改めて気づかされた。

「…ね? …お願い」
「……ッ」
「…私が、したいこと…したいって言っても…いいのでしょう?」
「あ…」
「…お願い、聞いてくれたら…嬉しいな」

狡い言い方だと思う。
それでも、自分自身、そう在りたいと思ったし、エルダもそれを願ってくれるなら、怒られてしまうようなことでも、望みたいと思った。

「…アドニス様……その、言い方は…」
「…我が儘言って、ごめんね」
「いえ! …いいえ、そうではなくて……その…」
「うん」
「………その、…あ、甘えて…しまいます…っ」
「…うん?」

再び頬を染めたエルダに、パチリと目を瞬いた。

「…甘えていいよ?」
「…っ、アド───」
「ずっと…エルダに、甘えっぱなしで…甘えるだけで…なんにも、できなかったけど…もし、ちょっとでも…お返し、できるなら…エルダに、甘えてもらえる、自分になれたなら…嬉しいから…」
「………」
「いいよ…? 甘えて、くれたら…嬉しいよ?」
「………」
「…エルダ?」

(……真っ赤だ)

俯き黙ってしまったエルダを覗き込むように見上げれば、目元から耳まで真っ赤に染まった顔が見えた。
自分はずっとエルダの優しさに甘えていた。ずっと助けられていた。甘えるばかりで、与えられるばかりで、何も返せなかった。

『隣にいたかった』

それがエルダの願いなら、エルダがそれを『甘え』だと言うのなら───いくらでも甘えてくれていいと思ったのだ。

「アドニス様…」
「うん」
「あまり……その、そういうことを仰っては、いけませんよ…」
「…? 言っちゃダメ?」
「えぇと…その……見境なく、仰っては…」
「…エルダだから、言ったよ?」
「…ぅ…」

小さな唸り声を上げ、視線を逸らしてしまったエルダの姿はとても新鮮で、同時にエルダが次の言葉を選んでいる様な気がして、視線を繋いだ手元に向けたまま、黙って待っていた。

「……アドニス様」
「うん」
「……望んでも、よろしいのでしょうか?」
「うん」
「…あ、まえても…よろしいので、しょうか…?」
「うん、いいよ」
「……私、は……私も…アドニス様のお隣に…いたいです」
「うん。私も、エルダに、隣にいてほしい。だから…二人でいる時は、今までみたいに、お話ししようね?」
「…はい」
「…隣に、座ってくれる?」
「……はい」
「手も、繋ごうね?」
「…はい。仰せのままに」
「うん…!」
「……アドニス様」
「なぁに?」
「…ありがとう、ございます」
「私も、ありがとう…エルダ」

話しをしている間、ずっと困惑と動揺を混ぜたような表情をしていたエルダが、頬を染めたまま、はにかむように微笑んでくれた。

(ちゃんと、話せて良かった…)

エルダの変化に気づけて良かった。知らぬまま過ごすことにならなくて良かった。
胸のつかえが取れたような、モヤモヤとした悩みが晴れたことに、安堵の溜め息が零れ、つられるようにエルダに笑みを返した。



その夜、陽が沈んだ部屋の中で、エルダとささやかなお喋りをした。
この世界の知識はたくさん学んだ。たくさん教えてもらった。
だから、まだよく知らないままだったエルダ自身のことを教えてほしいと伝えた。
好きな食べ物でも、好きなことでも、なんでもいい。エルダのことを、もっと知りたかった。


そう彼に伝えれば、エルダはエメラルド色の瞳を宝石の様に煌めかせ───白い肌を淡く染めながら、笑ってくれた。
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