天使様の愛し子

東雲

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フォルセの果実

50. Snowflake dear Obsidian(後)(2023/11/25改稿)

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その夜、一面に咲くヴェラの花を見渡しながら、さざめく胸を宥めるように、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

昼間、アドニスの部屋であった出来事については、イヴァニエにもエルダにも「自身の責任だから」と多くは語らずに話しを終えた。
今からしようとしていることは全て事後報告になり、最終的には二人に後のこと…アドニスのことを任せてしまう形になるが、エルダは勿論、イヴァニエも問題ないだろう、と思えたからこその決断だった。

(…なんて言われるかな)

自分がアドニスの側にいるからプティは怒り、嫌がるのだ。
ならば、自分はアドニスから離れよう…とても単純で、簡単なことだった。

それが根本的な解決にならないことは分かっていた。だが現状ではそれが一番手っ取り早く、最短で問題を解消する方法だった。
可愛らしい赤子達に嫌われたまま、というのは少々こたえるが、その原因を作ったのは他でもない自分だ。
それよりも、ようやく気を許し始めたアドニスが、これをキッカケにまた精神を乱し、崩れてしまうことの方がよほど問題があったのだ。

アドニスのことは、バルドル神からも任されたことだ。
自身の目的とは別に、成すべきことを忘れた訳でもなければ、与えられた役目を投げ出すつもりもなく、関わりそのものを断とうという気はなかった。
その為にも、自分はアドニスと距離を置き、イヴァニエやエルダの後方支援に回ろうと思ったのだ。
やるべきことも目的も変わらない。在り方が少し変わるだけ…

アドニスにとって、プティ達が特別な存在だと知っている。
だからこそ、これ以上その関係に不和をもたらすような、美しく整った輪を乱すような存在には、なりたくなかったのだ。



アドニスに謝罪すること───その目的を果たす為、宮廷の片隅を目指し、濃紺の夜空の下を飛んだ。

アドニスが時たま夜のバルコニーに出ていることは、エルダから聞いていた。不定期なそれは、だが予測可能な行動だった。
日々繰り返す日常とは異なる、アドニスにとって、いつもとは違う『何か』が起こった日、アドニスは必ず外に出ているのだ。
眠れないのか、それとも他に何か理由があるのかは分からないが、エルダがアドニスから直接聞いていることなので、間違いないはずだ。

(律儀と言うかなんというか…)

エルダが側にいない夜の間のことも、アドニスは朝起きるとエルダに全て報告するらしい。
本人はただあった出来事を話しているだけのつもりなのだろうが、躊躇なく自身のことを曝け出してしまう一種の危うさは、話しを聞いているだけでハラハラする。
エルダを絶対的に信頼しているからか、それとも無垢故の純粋さからか、多くのものを恐れ、怯える割には警戒心というものがあまりにも薄いのだ。
とはいえ、今はその情報のおかげで、こうして行動出来ている訳だが…

(今夜なら、確実にアドニスはいるはずだ)

今日の出来事は、アドニスにとってはいつもと違う日常だ。
夜の間は、エルダもあの部屋にはいない。アドニスとだけ、話しをすることが可能なはずだ。今日の今日だからこそ、この機会を逃す訳にはいかなかった。

(…何から話そうか)

濃い不安を残しながら、羽ばたく速度は緩めなかった。



(……いた)

宮廷の端、見慣れた部屋の一角を『遠見』で確認すれば、そこには予想していた通り、ぼんやりと空を見上げるアドニスの姿があった。
アドニスの視界に映らぬ様、遠回りで近づき、部屋の真下まで移動すると、緩やかに周囲に結界を張った。
アドニスと自分の姿が周りからは見えなくなる様、念を込めた弱い結界をバルコニー周辺に施す。こうしておけば、万が一誰かがこの場に近づいたとしても、一目でバレることはないだろう。
そうしてから、もう一度だけ深く深呼吸をすると、聖気に声を乗せ、バルコニーにいるアドニスに向けて声を飛ばした。

「───アドニス」

空気を震わせるように飛ばした声は、その振動に呼応するように、アドニスが動いた気配を察知した。
下にいることを伝えれば、いくらかの静寂が流れた後、手摺りから身を乗り出すように、ゆっくりとアドニスが顔を見せた。

「……少し、話しがしたい」

正直、こんな夜更けに、ましてやエルダもいない状況で突然押しかけて、まず話しができるものか…そんな不安があったが、返ってきた返事は意外なものだった。

「あ…あの…、わ、私も…お、お話し、したい…です…!」

必死さが滲んだ声に驚き、その瞳を見つめ返せば、不思議そうにパチリと金の瞳が瞬いた。
二人きりになるという状況を理解できていないのか…自分の方が不安になりながら、更に手摺りから身を乗り出そうとするアドニスに冷や汗が流れた。

(落ちたらどうするつもりだ…!)

万が一、そんなことになれば確実に受け止めるが、それでも危なっかしい…とそこまで考え、はたと、またアドニスを幼な子扱いしていることに気づき、グッと喉を詰まらせた。

(…ダメだ。今は余計なことは考えるな)

此処に来た目的を忘れるな───自身に言い聞かせるように、顔を上げた。


降り立ったバルコニーで向かい合ったアドニスは、突然の訪問にも関わらず、幾分落ち着いていた。
自分と一対一でいる現状を受け入れている様子にまず安堵しつつ、いくつか言葉を交わすと、そこで沈黙が流れた。

…なんと切り出せばいいのか分からない。

何から言えば、どこから伝えれば、それが分からなくて口を噤んだ。だがすぐに不安そうにこちらを見つめる瞳に耐えられなくなり、気づけば言葉が漏れていた。

「……悪かった」

ああ、いきなり謝っても、何も伝わらないだろうに…そうと分かっていても、謝らなければという気持ちが先走ってしまい、それがそのまま溢れ出てしまった。
案の定、突然の謝罪に動揺を隠せないアドニスに、一つ一つ、自身の気持ちを伝えていく。

「…酷いことを言った。傷つけるつもりはなかった…ああ、いや…分からん。言葉に…刃を混ぜたことは確かだ。ただ、それでお前を傷つけるつもりは……傷つくとは、思ってなかったんだ」

傷つけるつもりはなかった。
傷つくとも思ってなかった。
鋭い言葉を放ったのは、相手がアドニスだったから…言い訳にもならない言葉は、それが真実その通りで、濁すことも出来なかった。
それでも後悔したのだ。『傷つけてしまった』と、吐き出してしまった言葉を悔やんだ。その気持ちに、嘘も偽りもなかった。

そう思うのは、その相手が、今にも泣き出しそうな顔で、自分の言葉に耳を傾けているアドニスだったから───…

矛盾しているような感覚は、だがそれ以上どう表現すればいいのか分からず、そのまま言葉にすることしか出来ない歯痒さを残しながら、謝罪の言葉を続けた。
ただ謝罪がしたかっただけ…そう伝えながら、ずっと手元に残していた砂白シャハクを取り出した。
小瓶に詰まったソレをアドニスに投げ渡せば、不思議そうな顔をされたが、中身が何であるかを伝えれば、大きく見開いた金色の瞳が自分を射抜くように見つめた。
その瞳に濁った色はなく、ただ純粋に驚いているのが分かり、胸の内には苦い感情が広がった。

(…どうして、そんな顔ができるんだ)

責めてくれていいのだ。
理不尽に向けられた悪意に、無遠慮に傷つけられた言葉に、「どうして自分が」と、泣いて、怒って、激情をぶつけてくれていいのに───朽ちた花の亡骸が手元に戻ったことを、ただ「嬉しい」と喜ぶだけのアドニスに、やるせなさから瞳を伏せた。

(……もう、いいだろうか)

健気と呼ぶには痛々しい無垢さに、胸が苦しくなる。
自分が言いたいことを言っただけで、満足に謝罪ができたとは到底思えない。
それでも、目の前にいるアドニスとこれ以上向き合っていたら、訳もなく泣いてしまいそうで、歪みそうになる顔を隠すように踵を返した。

「今日、此処に来たのは、お前に謝りたかったのと、それを返したかっただけだ。……邪魔して悪かった。じゃあな」

本当は、「もう此処には来ない」と伝えるつもりだった。
そのことをそのまま伝えようとして、ふと、それを言えば「どうして」と、引き止められるような気がして、言葉を飲み込んだ。

(…本当に、自分勝手だ)

『引き止められるかもしれない』
アドニスがそういった感情を抱くかもしれないと、そう考えるようになっているのを、もう止められない。
その上で、そんな風に考えてしまう自分の烏滸がましさにも嫌気が差した。

(あのアドニスが、と驚いて疑うばかりだったくせにな…)

驚くほど素直に、眩いほど純粋に告げられた感謝の言葉も、必死に自分やイヴァニエと向き合おうとする姿も、手放しで受け入れることが出来なかった。
『今のアドニスは以前のアドニスとは違う』と、頭では理解していても、胸の内に渦巻く複雑な感情に、眉を顰めていた。
その一方で、アドニスを傷つけてしまった罪悪感に苛まれ、純真な在り方に惹かれ、その身を案じる自分がいるのもまた事実だった。

どちらも自分の感情ものなのに、反発し合う胸の内に、零れてしまいそうになる溜め息を喉の奥に押し込むと、バルコニーの手摺りに手を掛けた。


「ま…まって…!」
「…!?」


───刹那、クンッと後ろに引かれるような感覚に驚いて振り返れば、自身のローブの裾を握り締めるアドニスの姿が目に映った。

「じ、自分も、お、お話し…したい、です…!」

揺れることも、逸らすこともなく、自分と目を合わせたまま、震える声でそう言ったアドニスに言葉を失った。

(…どうして…)

自分の話しを聞いていなかったのだろうか?
あまりにも自身勝手で、向けられた好意を無下にするような、愚かな行為を見ていなかったのだろうか?
…どうして、そんな必死な顔をしているのか?

理解し難い状況に固まっていると、小さく息を呑む音と共と勢いよく手が離れ、アドニスが蹌踉めくように後退った。

「ご、ごめんなさぃ…」

明らかな恐怖が滲んだ震える声に、胸が痛んだ。と同時に、そんな自分が心底嫌になる。

(…そんな資格などないだろうに)

傷つく資格がどこにあるというのか。
アドニスの正しいとも言える反応に波立つ感情を抑えると、ゆっくりと息を吐き出した。
そうしながら、アドニスの自分に対する恐怖心は未だ消えていなかったのだと、どこかで安堵する自分がいた。

(やはり、無理をさせていたのか…)

アドニスから向けられていた友好的な情を、嘘だとは思わない。
ただそこに、恐怖心が残っていたのだとしたら、それを無理やり抑え込んでいたのだとしたら、どれほど大変だっただろう。

「……別に、怒ったりしない」
「…ッ」
「服に触れられた程度で、どうこう思わない。…怖いなら、あまり俺に近づくな。わざわざ近づかなくても、会話くらいならできるし、無理に話す必要もな───」
「まっ…、ち、ちが…!」

誤魔化すことの出来ない物悲しさを隠すように、咎めと思われぬ様、なるべく平坦に言葉を紡いだが、どうしてかみるみる青褪めていくアドニスの顔に口を噤んだ。

「こ、怖いだなんて…お、思ってない…です…!」

そう言って必死になって謝るその姿に、咎めるつもりなどなかったのに、言い方が悪かったのかと反省する。

(…きちんと言わないとダメか)

なんと言うべきか、どのように言えばいいのか、思考を巡らせた。

「……無理に、怖くないと言わなくていい。嫌なら嫌で、怖いなら怖いで構わない。無理して受け入れようとする必要も、話す必要もない。…あえて、俺と交流しようと思わなくてもいいんだ。イヴァニエもお前の事情を知っているし、エルダもいる。怖くないと思い込もうとしなくても、誰も…俺も、お前を責めはしないさ」

責めも咎めもしない。苦手なものは苦手と、嫌なものは嫌と言っていいのだと、自分の感情を優先させてもいいのだと、そういうつもりで言った。
だがどうしてか、血の気の引いた顔のまま、茫然と立ち尽くすアドニスに、こちらが怯んだ。

(…なんでだ?)

また言葉が足りなかったのだろうか…そんな不安がじわじわと押し寄せ始めた時だった。

「…こ…怖く、ない…です…」

耳に届いた声は、悲痛な泣き声に染まっていた。

「さ…最初は…、こ、怖かった…です…けど、でもっ、それは…ル、ルカーシュカ様…だけじゃ、なくて……その、…こ、怖い…こと、言われて…ど、どうしてって…、か、悲しく、なったり…なった、けど……でも、それは、自分が…わ、悪いこと…した、からで…っ」
「…っ」

自分が悪いことをした───その言葉と共にポタリと落ちた涙に、指の先から全身が冷えていく。

「じ、自分が、先に…ルカーシュカ様、を…き、傷つけて…悪いこと、したから…だから……ほ、本当は…ルカ…シュカ様…が……に、あ、謝って、頂く…必要も、ないんです…っ」


(………何を、言わせた…?)

頭が真っ白になった。
アドニスが、、謝る必要などなかった。
そんな言葉を言わせるつもりなどなかった。
知らないことを咎め、罪人つみびとだと責めるつもりなどなかったのに───その言葉を言わせてしまった自分への怒りから、唇をキツく噛んだ。

「……やめてくれ」

口から漏れた声は、自分への憤りから、驚くほど低く響いた。

「知らないことを、謝らないでくれ」

言った言葉の通りの意味だった。だがアドニスには違うように聞こえたのか、震えていた声には更に泣き声が混じった。

「ご…ごめ…なさ…、失礼な…こと、を…っ」
「…! 違うっ、今のは…」
「ごめん、なさい…、ほ、本当に…っ、ごめんなさ…」
「だから…っ、…~~~っ!」

(ああ…くそ…っ!)

自分の気持ちが、アドニスに上手く伝わらない。
その歯痒さから、勢いのまま羽織っているローブを脱ぐと、下げたままのアドニスの頭の上からバサリと被せた。
ローブの下に隠れてくれてもいい。ただ、お互いに落ち着いて、話しがしたかった。
顔を上げたアドニスは、予想通り驚いた顔をしていて、濡れた瞳をパチリと瞬いていた。
その幼い表情に、自身への憤りも、詰まるような胸の苦しさも、妙な遠慮も、萎んでいった。

(…ダメだ。このままじゃ…謝るだけじゃ、意味がない)

傷つけ、追い詰めてしまったからこそ、アドニスの為と言い訳をして、離れようとした。

だがそれを引き留めてくれたのは、他でもない、アドニス本人だった。

(……逃げるな)

話しがしたいと言いながら、自分ばかり話してしまったことも、言うだけ言って逃げようとしてしまった自分勝手さも反省しながら、腰を据えて話そうと提案する。…が、アドニスは不安そうにこちらの様子を窺うばかりで、動こうとしなかった。

「どうした?」
「あ…ぇ…えと…」
「……行くぞ」
「っ!?」

自然と伸びた手で、不安気に立ち竦むアドニスの手首を掴むと、そのまま手を引くようにして歩いた。
突然のことで驚いたのか、抵抗もなく、大人しく後をついてくるアドニス。
触れれば壊れてしまうのではと思うほど弱々しかった姿は、いざ触れてみればなんてことはない、がっしりとした身体付きの男のそれだった。

いつか触れた、氷のように冷たかった手首とは違い、血の通ったその肌の温かさに、今はただ、安堵した。


そのまま窓辺の近くに置かれた長椅子にアドニスを座らせれば、その隣を勧められ、躊躇いつつも腰を下ろした。
自身のローブを羽織ったアドニスの姿にも、近しい距離にも落ち着かない気持ちになりながら、もう一度、「お前が謝る必要はない」ときちんと伝えた。
今度こそ、正しく伝わるはず───そうして返ってきた言葉は、信じられないものだった。

「ぁ…う……あの…、じ、自分も…あ、謝って…頂か、なくて…だ、だいじょうぶ…です…」
「…なに?」
「あ…っ、ちが…あの…その……じ、自分が、悪いこと、したのは…その……お、憶えて、なくても…本当の、ことで…だ、だから…あの…ルカ、シュカ…様が、怒ったのも…と、当然の、こと…だと…思う、し…」
「………」
「だから…あの、その…ゆ、許す…とか、許さないとか…な、ないん…です……い、今…こうやって、その…お話しが、できるように、なった、だけで…その…それだけで、もう───」

謝らなくていい。
怒るのは当然だから。
だから、許すも許さないもない…

自分にとって都合の良いように並べられたような言の葉達に、返す言葉を失った。
理不尽に傷つけられ、恐怖で叫ぶほど泣いたはずなのに、アドニスの中には、怒りも憎しみも無い。
それどころか、謝罪の言葉を伝えても、ただアドニスを困惑させるだけなのだという事実に愕然とした。

(ああ……本当にどうしようか…)

行き場を無くした罪悪感は宙に浮いたまま、同じく行き場を無くした謝罪の言葉と混ざり合い、少しずつその輪郭を溶かしていく。
吐き出してしまった謝罪の言葉は、重くのし掛かっていた罪悪感を薄め、あまつさえ「話しができるようになったからもういい」と、罰にも毒にもならないことを言うアドニスに、意識は勝手に『許された』と緩み始める。

(それでも…)

腹の底から湧き上がるような、言葉にし難い感情を無理やり飲み込み、拳を握り締めた。

ここで謝罪の言葉を重ねても、アドニスを困らせるだけなのだと知ってしまった。
遅すぎた懺悔は、ただ謝ることすら…悔いる気持ちを受け取ってもらうことすら、もう難しいのだ。

それでも、自分は忘れない。
あの日、投げつけた言葉も、傷つき歪んだアドニスの表情も、自分だけは忘れてはいけないのだ。

(…俺だけは、俺を許したらダメだ)

消せない過去を忘れないこと───それが、自分に与えられた唯一の“罰”なのだと、胸に刻んだ。



アドニスの負担にならぬ様、早々に話題を切り上げると、改めて何を話したかったのかアドニスに尋ねた。先ほどまでの一方的な会話を反省し、きちんとアドニスの話しも聞こうと思い、尋ねたのだが…

「あ、あの…ちっちゃい子…たちの、こと、なんです、けど…」

アドニスの『話し』とは、自分とプティの仲に関することだった。
プティと仲の良いアドニスが、あの子達のことを心配する気持ちは分かるし、それ自体はおかしいことじゃない。
だが、共に過ごしたいというその輪の中に、あえて自分を含めようとする気持ちが分からず、思わず怪訝な顔をしてしまった。

(俺がいる必要はないだろうに…)

プティの心配はともかく、自分にまで気を遣う必要はない。そう思ったのだが、どうにも互いの考えが噛み合わず、話しが進まない。
誤解を与えない様、意味が湾曲して伝わらぬ様、少しずつ確実に話そうとするが、自分の言い方が悪いのか、どうしてか言葉のままの意味でアドニスに伝わらないのだ。

「あの…ご、ごめんなさい…」
「……頼むから、謝らないでくれ」
「あ…ぅ…でも…」
「…別に、俺がお前に会いたくないと思って言った訳じゃない。何度も言うが、言葉通りの意味だ。お前が無理をする必要はないと、ただそれだけだ」
「む、無理なんて、してない、です…っ、ほ、本当に…本当に…もっと…お、お話し、したいと…思って…」
「……そうか」
「…ル、ルカーシュカ、様は…い、嫌…じゃ、ない…?」

不意に問われたその一言に、ドキリと心臓が鳴った。

「……嫌だと思っているなら、三日に一度会いに来るなんてことはしない」

本当に、言葉の通りだった。
嫌だと思っているなら、わざわざ人目を避けて移動するだなんて面倒までして、会いに来たりしない───自然と湧いた思考に、僅かに目を見開いた。

(……ああ、そうか)

自分の言葉に、自分で納得する。
会いたいと、会って話しがしたい、顔を見たいと思うから、会っていたのだ。
 
それはとても単純な答えだった。
与えられた役目だと、自分の責務だと、尤もらしい理由を並べてみても、実のところは『ただ自分がそうしたかっただけ』なのだという、これ以上ない理由に気づいてしまった。

今更になって自覚した、自身の本当の気持ち。
それと同時に、自分の言葉がアドニスに真っ直ぐ伝わらないように、自分もまた、負い目からアドニスの言葉を真っ直ぐ受け取れていなかったことに気づかされる。

(そうだ……アドニスはいつも…)

エルダの背に隠れるように、庇護されている姿ばかりが印象に残っているが、そんな中でも、アドニスは自身の意思や気持ちを相手に伝えようと、怯えながらも向き合う強さを持っていた。
驚くほど素直に、実直に、直向きに…そこに、嘘も偽りもないと知っていたのに…と、そこまで考え、ふとある光景が脳裏に浮かんだ。

今はもう目にすることのなくなった、エルダと並んで座るアドニスの姿。
仲睦まじく寄り添い、微笑み、互いに慈しむように繋いでいた手───その距離に、今は自分がいる。

「……さっき…」

深い意味はなかった。ただ、確かめたかったのかもしれない。

先ほど掴んだ手首からは、嫌悪感のようなものは感じなかった。
それでも、手を繋ぐことは躊躇うか、動揺するか、もしくは急速な距離の縮め方に、拒否反応を起こすかもしれない…そんなことを考えながら「触れられるか?」と片手を差し出した。
試すような物言いになってしまったことに、少しばかりバツが悪くなるも、アドニスの反応は予想に反してアッサリしたものだった。

キョトリとした表情で瞬きをした後、アドニスの指先がゆっくりと近づいてきた。
ソロソロと、慎重に、だが躊躇うことなく重ねられた大きな手に、言い出した自分が驚いた。
ふわりと緩く重ねられた手を握り返せば、アドニスが体を揺らした振動が繋がった指先から伝わったが、それでも手を引かれることも、離されることもなかった。

(……平気なのか)

驚きながら繋いだままの手を見つめれば、先ほどのアドニスの言葉が耳の奥で木霊した。


『む、無理なんて、してない、です…っ、ほ、本当に…本当に…もっと…お、お話し、したいと…思って…』


(……本当に、そのままの意味だったんだな)

指先が繋がって初めて、アドニスが心から、言葉のままに『会って話しがしたい』と思ってくれていたのだと信じることが出来た。

瞬間、全身からドッと力が抜けた。
自分自身、不安で不安で仕方なかったのだと気づかされ、他にも話したいことがあれば言ってくれ、とアドニスに伝えながら、長椅子の背凭れに寄り掛かり、目を閉じた。

(……情けないな)

悩んで、逃げて、空回って、相手を信じることも出来なかった。なんとも情けない話だ。

それでも気づけた。
自分の弱さにも、情けなさにも、アドニスの心にも、気づくことが出来た。

(…今からでも、遅くないだろうか)


───もう、と戸惑い、自分の感情を疑うのはやめよう。


『以前のアドニスと、今のアドニスは違う』
分かり切っていた現実を、今度こそ、きちんと受け止めた。
単に記憶を失っているだけなのか、本当に別人のように変質してしまったのか、考えても分からないことでいちいち戸惑い、躊躇ったところで、自分の気持ちは変わらないのだ。
それよりも今は、些細なことでも喜び、与えられた情を慈しみ、他に愛情を注ぐ優しい存在を、否定したくなかった。

(…エルダが願う様な、アドニスを護れる存在になりたい)

乞い願われたからではない。
自分の意思で『そう在りたい』と、強く思った。




その後も、緩やかに、穏やかに会話は続いた。
自身の心境の変化からか、それとも手を繋いでいるおかげか、アドニスから直接感情が伝ってくるような感覚には、確かな安心感があった。

(エルダの言っていた意味が、少し分かったな)

手を繋いでいないと不安で堪らなかった、というのは、まだエルダに名が無かった頃の話だ。
あの頃のアドニスはとても不安定な存在で、エルダの不安も相当のものだったのだろう…と改めてエルダの苦労を思い知る。

そうして話し始め、体感で半時間ほど時間が経った頃だろうか。
アドニスの様子が少し違うことに気づき、眠いのかと声を掛ければ、思い掛けない言葉が返ってきた。

「ル、ルカーシュカ様も、あの子達も…や、優しいのに…どっちか、が…わ、悪い、とかじゃ、ないのに……悪くないのに…このまま…なのは…ゃ…ヤ、です…」

どちらの感情も正しく、どちらも優しい…だからこそ、プティと仲直りできないかと改めて言うのだ。
そこに自分に対する純粋な心配が含まれているのだと、今度はきちんと理解することができた。
言いながら、水気を帯び始めた金色に気づき指摘をすれば、ゴシゴシと強く擦る仕草にこちらが焦った。
ただでさえ先ほどまでしゃくり上げるほど泣いて、赤く腫れていた目元が、更に赤く染まってしまった。

(このまま寝たら、エルダに心配されるな…)

アドニスの変化を機敏に察知する優秀な側仕えの心労を少しでも減らそうと、閉じたアドニスの瞳を覆うように、そっと手を翳した。
触れるか触れないかという距離で癒しを施せば、ゆっくりと開いた瞼は腫れも赤みも引いていた。

「あ…ありがとう、ございます…」
「…ああ」

慣れないことをしてしまった気恥ずかしさに顔を逸らしながら、アドニスの話しに耳を傾けた。
アドニスの言うように、プティとの仲を修復できるなら、アドニスと共にいても、睨まれることがないように関係を改善できるならそれが良い、と今はそう思えた。

「あの、で、できたら…あの…今みたいに…あの子達と…ぇと、一緒にいる時に…よ、横に、座って…もらえ…たら…と、思うん、です…」
「…それは、俺がお前に危害を加えないというところを、見せればいいということか?」
「き、危害じゃ…そうじゃ、なくて…その…い、今は…仲良し、だよ…て……」

だがどうしてか言い切らぬ内に、徐々に小さくなっていく語尾に、ハッとしてアドニスを見遣れば、その表情は異常なほどに強張り、血の気が引いていた。
繋いだままの手は震え始め、唇からは小さな悲鳴のような息が漏れた。
一目で怯えていると分かるその姿に、言葉を交わしても、手を繋いでいても、それでも拭えない不安がアドニスにはあるのだと知る。

(…何に怯えているのかは、大体分かるが…)

分かるからこそ、もう自分の感情を否定しないと決めた今だからこそ、ならばいくらでも言葉を重ねようと思った。

「……俺は、本当に仲良くなれたらいいと思ってるぞ」

アドニスの提案を肯定しながら、仲良くなりたいと、自分の意思を伝える。
無理強いするつもりはないが、求めるものが同じであるならば、望んで欲しい───そう言葉にしても、それでもまだ不安に揺れる瞳を見つめ返し、「大丈夫だ」と言い切った。

その瞬間、また潤み始めた金の双眸は、それでも真っ直ぐにこちらを見つめ返してくれた。

「……ぁ…あの…」
「うん」
「じ、自分…も、…ルカーシュカ様と…な…仲良く…なりたい…です…」
「…うん」
「もっと…ちゃ、ちゃんと…お話し、できるように…、お話し、して…エ、エルダや…あの子達…みたいに、…お喋り、できる、ように…な、なりたい…です…っ」

エルダやプティ達のように───その存在が、アドニスにとって、どれほど大切で、大事な存在か、知らないはずがない。
意識している訳ではないのだろう。それでも、その存在と同列に並べてくれようとするその気持ちが、どうしようもなく嬉しかった。

「───俺もだ」

浮き立つ心に、アドニスの手を握ったままの手にも力が籠った。

「改めて、よろしくな。アドニス」


ああ、今この時が、きっと『始まり』なのだろうと、そんなことを思った。




お互い「仲良くなりたい」と宣言してから、肌で感じるほど纏う空気を柔らかくしたアドニスは、どうしたら仲良くなれたことになるのか、そんな難しいことを言い出し、心の中で苦笑した。
エルダとの関係を例えに、噛み砕いて自分の考えを伝えれば、「理解した」と言うようにコクコクと何度も頷いた。
それから先の予定を少しだけ話し、そろそろアドニスは寝かせるべきだろう、と席を立った。
「ありがとう」という何気ない一言にも固まるほど驚く姿に、今までの態度を反省する。

(…これからだ)

過去は変えられない。だからこそ、これから少しずつ、挽回していくしかないだろう。
そう思いながら、繋いだままの手を引けば、その足が数歩で止まり、振り返った。

「どうした?」
「あ…あの、これ…」

差し出された手の平の上には、自分が渡した砂白の詰まった小瓶が転がっていた。
ソレを大地に還したいと言うアドニスに悲壮感はなく、ただ在るべきものを在るべき場所へ還したいという気持ちが滲んでいた。

「なら、お前の手で還してやれ」
「え…」

大きく見開いたその瞳は、驚愕の色に染まっていた。
それもそうだろう。“出てはいけない”と言われていた外に、アドニスが部屋に閉じ籠る原因になった大天使である自分が誘っているのだ。

(結界を拡げれば問題ないだろう)

バルコニー周辺だけに薄く張った結界を、大地まで伸ばす。こうしておけば、アドニスの心配するようなことは起こらないはずだが…

「…ぉ、おこ、られる……いけない、こと、だから…」

誘っても首を縦に振らないのは『外に出たら怒られる』という、身に染みた恐怖と、雁字搦めになった価値観のせいだろう。
その考えに縛り付けてしまったのは他でもない自分だ。そして実際、アドニスが外に出たと知れれば、騒ぎ立てる者は他にも多くいるだろう。

(…俺のせいだ。だから……)


───与えられた罰と、言い付けに背きますことをお赦し下さい、バルドル様。


アドニスの現状を知るバルドル神なら、きっとお咎めになることはないだろう。
そう思いつつ、心の中で定められたことにそむいてしまうことを懺悔しながら、無理やりアドニスの手を取った。

目を瞑れと言われ、反射的に目を瞑ったのだろうアドニスの両手を取ると、翼を広げ、その体を浮かせた。
途端に身を固くしたアドニスだが、程なくして着地した地面に足が触れると、へにゃりと体から力が抜けたのが分かった。

周囲を見回し、混乱と驚きを混ぜたように茫然としていたアドニスだが、自分が無理やり外に連れ出したのだと言えば、瞳が転げ落ちてしまいそうなほど、大きく目を見開いた。
アドニスが気に病むことがない様、あえて軽い口調で言ったのだが、それでも涙を滲ませる姿に眉を下げる。

(この頻度で泣くのだから、エルダも過保護になるか…)

零から十まで、甲斐甲斐しくアドニスの世話をする側仕えのことを思い浮かべながら、繋いでいた手をするりと解いた。

アドニスはその場にしゃがみ込むと、砂白の詰まった小瓶を大事そうに見つめ、丁寧に蓋を外した。
傾けられた小瓶の中から、音もなく零れ落ちていく砂白は、あっという間に大地と混ざり合い、境い目を失った。
真白い大地のその表面を、アドニスが名残惜しそうに撫でる。その仕草がどうにも綺麗で、穏やかな横顔にただ見惚れた。

ゆっくりと立ち上がったアドニスに、周辺を歩こうか持ち掛けたが、ふるふると首を横に振る姿に、それ以上は何も言えなかった。
戻ろう、と手を差し出せば、当たり前のようにその手が重なる。
そのあまりに自然な姿に口元が緩むのが分かった…が、続いたアドニスの言葉に、僅かに眉を顰めた。

「え…えと…あの…は、羽…見ても、大丈夫、です…から、目…開けてても、い、い…ですか…?」

無理はしてない、大丈夫、と言うアドニスには確かに不安の色はない。少しだけ迷いつつも、アドニスの望みと意思を、優先させることにした。
仮に取り乱すことがあっても、必要以上に怯えさせることがないように、繋いだ手はそのまま、不可視状態を解いた翼を広げた。

バサリ…と大きく広げた翼に、アドニスの目が釘付けになるのが分かった。
その表情に恐怖の色はなく、金色の瞳は、キラキラと輝きを放っていた。
その姿にホッとしながら気を緩めれば、アドニスがふにゃりと笑った。

「ふふ…」
「───」

(…笑…て……)

あまりの衝撃に、まじまじとその顔を見つめてしまう。
アドニスがエルダに対して笑う姿は何度か目にしていたが、自分に対して笑顔を向けたことは今まで一度も無かった。

初めて自分だけに向けられた笑顔に、ドクリと心臓が高鳴り、思わず見たものをそのまま伝えれば、アドニスからも「ルカーシュカ様の笑った顔を初めて見た」と言われ、なんとも言えない気恥ずかしさに襲われた。
火照る顔面を誤魔化すように、翼は怖くないかと問えば、明るい声が返ってきた。


「はい…すごく…綺麗、です」


頬を緩め、嬉しそうに瞳を細めたその表情が、言葉が、鋭いナイフのように深く心臓を抉り、息が止まった。


───ああ、無知であるということは残酷だ。


そこには一滴の羨望も皮肉も、憎しみも無い。
ただ純粋に、見たままのものを「綺麗」だと言うのだ。
その『綺麗なもの』は、自身の背中にも在ったものだというのに───…

なにも憶えていない。なにも知らない。記憶に無いからこそ、想像ができない。
いくら知識を与えても、その背にも翼が在ったのだと伝えても、まるで物語やお伽噺のようにしか、アドニスには聞こえないのだろう。
『自分のこと』として聞こえないのだ。

浮ついていた気持ちが嘘のように、腹の底がズシリと重くなり、なんとも言えない感情に表情は歪んだ。

罪悪感と呼ぶには否定的で、同情と呼ぶのは烏滸がましい。

ただどうしようもないほど悲しくて、苦しくて、そのくせ憐れむにはあまりにも高潔で…酷く落ち着かない気持ちにさせた。

(ああ…本当に、嫌になるほど…)


───綺麗な生き物だ。


清らかで、純粋で、真っ直ぐなその姿に、思考がそのまま音になって口から溢れた。

「お前も、綺麗だよ」

ただアドニスが、背にある翼を見て綺麗だと言ったように、自分もアドニスを見て、綺麗だと思ったまま、口にした。それだけだった。
言われたことを理解できないと言いたげに首を捻るアドニスに、それ以上は何も言わず、解けかけていた結んだ手を、もう一度強く握った。
羽ばたき一つで浮いた体に目を丸くしていたアドニスだが、すぐに慣れたのか、落ち着いた様子で、星明かりに照らされた大地をずっと遠くまで見つめていた。


ものの数秒で辿り着いたバルコニーにアドニスを降ろすと、自身は手摺りに着地し、繋いでいた手を解いた。

(明日、起きれるといいんだが…)

予想外に長く拘束してしまい、睡眠時間を削らせてしまったことに、少しだけ心配になる。

「じゃあな。…また、三日後に」
「あ、は、はい…! また、三日後に…」

『また、三日後に』
ほんの数時間前まで、もう会うことはやめようと考えていたことが嘘のように、未来の約束をしている。
信じられないほど変化している心境に、だが戸惑いはなく、心は穏やかに凪いでいた。
手摺りを蹴り、バルコニーから飛び立つと、なぜかアドニスが僅かに手摺りから身を乗り出した。

「あっ、あの…っ」
「うん?」
「お…おやすみ、なさい…」
「…、…ああ、おやすみ」

『おやすみなさい』
特段珍しくもない、寝る前に交わされるただの挨拶。
その言葉が、その声が、じわりと滲むように優しく鼓膜を揺らし、自然と笑みを返していた。

今度こそ飛び立った夜空は、いつもよりずっと輝いて見えた。





「おかえりなさいませ」

帰った離宮では、夜の番の側仕えが出迎えてくれた。

「悪い。遅くなった」
「いいえ、お務めお疲れ様でございました。湯浴みやお食事はなさいますか?」
「…いや、今日はこのまま休もう。お前も休んでくれ」
「畏まりました。おやすみなさいませ。ルカーシュカ様」
「…おやすみ」

先ほど聞いたばかりの言葉に、少しばかり落ち着かない気持ちになりながら、静かに部屋を出て行く側仕えを見送ると、柔らかな椅子にボフリと倒れ込んだ。

(…夢でも見ていたみたいだ)

勿論、今夜の出来事も、アドニスと交わした会話も夢ではない。
ほんの少しの寂しさを混ぜた疲労感は、だが心地良く、ふわふわと体が浮いているようで、目を閉じればこのまま眠ってしまいそうだった。

(明日はイヴァニエとエルダに報告することが多いな…)

まず初めに、自分がアドニスから距離を取り、後のことを二人に任せようとしていたことから報告しなければいけない訳だが、そのことについて苦言を言われることだけは覚悟しておこう。

(本当に自分勝手だったな…)

イヴァニエには遠慮なく文句を言ってもらおう…そう思いながら、三日後にアドニスと再び顔を合わせる時、まずどんな言葉を掛けるべきか、そちらも悩むことになりそうだと、フッと息を吐き出した。
とはいえ、そこに重い感情はなく、むしろ少しだけワクワクしている自分がいた。
まだプティのことについては解決していないし、アドニスの案であの子達が納得してくれるか、その不安はまだあったが、それでもきちんと向き合い、言葉を尽くして謝るしかないだろう、と前向きに考えることが出来た。

(許してもらえるかは分からんが…)

アドニスの隣に座る自分を、プティはきっとものすごく睨むだろう。だがその姿を思い浮かべても、昼間抱いたような恐怖は、もう湧かなかった。

(…大丈夫だ)

アドニスに対する敵意はない。
今は仲良く過ごしているのだと、プティ達に分かってもらうことが大事だ。
その為にはどうするか…瞳を閉じて、先ほどまでの出来事を反芻する。

アドニスの隣に座って、手を繋いで…そこまで考え、互いの体が触れるほど近くに座った時の距離を思い出し───ふと、肩でも抱き寄せたらどうなるだろうか、という考えが浮かんだ。

(…驚くだろうな)

蜂蜜を溶かし込んだ様な金色の瞳を、落ちてしまいそうなほど大きく見開いて驚くであろうアドニスを想像し、頬が緩んだ。




瞼の裏に思い描いたアドニスは、もう泣いていない───あの日、胸に刺さった小さな棘は、痛いと泣くことも、抜けることもないまま、ひっそりと自身の一部になった。
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