天使様の愛し子

東雲

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フォルセの果実

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ルカーシュカからの贈り物を受け取った翌日。
いつものようにエルダの声で目覚め、身なりを整えると、差し出されたエルダの手を取り、手を引かれて寝室を出た。


結局、昨日はイヴァニエとルカーシュカとの再会について、話すことはしなかった。
切り出すタイミングが分からなかったというのもあるが、それとは別に、昨日の時点でイヴァニエからも贈り物があると聞いていたからだ。
ルカーシュカからの贈り物は、状況を理解する前に受け取ってしまったが、後から自分が貰って良かったのだろうかと心配にもなった。
だが、せっかく用意してもらった物を受け取らないというのも失礼だろうと考え直し、その心遣いに感謝するだけに留めた。
イヴァニエからの贈り物についても同様に考え、まずは感謝して受け取ること。それから、贈り物へのお礼の言葉と一緒に、再会を願おうと思ったのだ。

幸い、エルダからこの件について切り出されることはなかったが、よくよく考えればそれも当然だろう、と一人納得した。
「会いたい」とは言ったが、エルダの目にはよほど無理をしているように見えたはずだ。
そんな自分の状況を理解しているエルダから「いつお二人とお会いになりますか?」等という言葉は出てこないだろう。
恐らく自分から言い出すまで、エルダは何も言わないかもしれない。
優しさだけではなく、そこに僅かな厳しさもあるように感じたが、何も言わずに待ってくれているその姿勢が、今はただ有り難かった。


エルダと赤子達と共に隣室に移動すると、昨日と同じようにソファーに腰を下ろす。
いつもと変わらぬ朝の光景。それなのに、ソワソワと気持ちが落ち着かないのは、イヴァニエからの贈り物があると知っているからだろう。

(…イヴァニエ様からの贈り物も、ルカーシュカ様と同じように、ミルクを飲む時に楽しめるものって…エルダが言ってた)

ルカーシュカから贈られた蜂蜜の花は、それ単体が美しく、見ているだけでワクワクしたが、そこからのミルクの変化も、食べた時の驚きも、とても楽しかった。
なにより、エルダと赤ん坊達と一緒に同じ物を食べ、感覚を共有できたのが嬉しかった。

また不思議なものが見れるのだろうか…そんな期待に、少しだけワクワクしている自分がいた。

「では、本日はイヴァニエ様からの贈り物をお渡ししますね」

そう言って微笑むエルダから手渡されたのは───いつもミルクを飲む時に使っているカップだった。

(…あれ?)

いつもと変わらず、温かなミルクの入ったそれに首を傾げつつ、その中身がいつもと少しだけ違うことに気づく。

(…いっぱい入ってる…)

普段はカップの半分ほどしか入っていないミルクだが、手の中にあるそれは、きちんと一杯分が入っているように見えた。
両手で持ったカップから伝わる熱に、じんわりと手の平が温まり始めた時、エルダが見慣れない容器を取り出した。

「…なぁに?」
「こちらは蜂蜜で作った綿菓子です」
「わた……お菓子?」

宝石箱を皿にしたような、綺麗な装飾の施された入れ物と、繊細な飾り彫りが目を惹く透明な蓋。
そっと外された蓋の下、綺麗な入れ物の中には、キラキラと控えめな輝きを放つ、雲のような物が入っていた。

(…これが…お菓子…初めて見た)

『菓子』という食べ物の存在は知識として知っていたが、実際に目にしたのは初めてだ。
ふわふわとした真白いそれは、金の粉をほんの少しだけ混ぜたように、仄かに煌めいていた。

(キラキラしているのが、蜂蜜なのかな…?)

エルダの手の平サイズのそれをまじまじと見つめていると、二本の棒のような物を手にしたエルダが、その棒で挟むようにして綿菓子を持ち上げた。

「では、こちらを…」

持ち上げられた綿菓子が慎重に運ばれた先は、自分が手にしたカップの中だった。
音もなくミルクの上に浮かべるようにそっと置かれた綿菓子を、間近で見つめる。

「…ちっちゃい雲みたい」
「ふふ、左様でございますね」

手の中に収まるほどの綿菓子を眺めること数秒、すぐにそれは萎み始めてしまった。

「っ…、エ、エルダ…、小っちゃくなっちゃ…っ」
「ご安心下さい。ミルクの熱で溶けているだけですから」
「溶け…?」

(あ…そっか。蜂蜜だから、溶けちゃうんだ…)

エルダと言葉を交わしている間にも、しゅわしゅわと静かに溶けていく綿菓子は、ついに完全に溶け切り、無くなってしまった。
カップの中には、何事もなかったかのようなミルクが入っているだけ。蜂蜜が溶け込んだと思えば、きっといつものように甘いミルクが出来上がっているのかもしれないが…

「無くなっちゃった…」

ふわふわとした可愛らしい雲が消えてしまったことに、少しだけ寂しさを覚えた時だった。

「……ん?」

手の中のカップから、極々僅かな振動のようなものが伝わるのを感じ、目を凝らす。

(なに…? なにか…)

不思議に思い覗き込もうとした瞬間、ミルクの表面が、モコッと膨れ上がった。

「え?」

何、と思う間もなく、もこもこと膨れ上がる綿のようなそれに驚き、思わず手にしていたカップを遠ざけるように両手を伸ばした。

「やっ、や…! なに…!? エルダ…!」
「アドニス様、大丈夫です。怖いものではございませんから…」

カップを持った両手ごと、包み込むように重ねられたエルダの手に安堵しつつ、もこもこと膨れ続ける綿を恐る恐る見遣った。

「これ…なに…? なんで…」
「ご安心を。危険なものではございません。…じきに落ち着くはずです」

カップの縁から完全にはみ出たそれはどんどんと膨れ続け、自分の顔よりも大きくなっていた。ただ、下に垂れてくることは無く、上へ上へと膨らんでいく。
一体どこまで大きくなってしまうのか…自分の顔二つ分にまで膨らんだそれを見つめていると、ふいに『ポンッ』という軽い音と共に、綿がカップの縁から

「……え?」

(…浮い、てる…?)

ぷかぷかと、宙に浮いたままその場に留まっている綿を、ポカンと見つめる。
まるで本当に雲のようなそれは、目線の高さから下がることも上がることもなく、ふよふよと浮いていた。

「あぅあ~!」
「むあ!」

横で成り行きを見守っていた赤子達が、浮かんだ綿を見上げ、歓声を上げる。楽しそうなその様子に和むも、戸惑いは消えなかった。

「エルダ…これ…えっと…」
「危ないものではございません。触れても大丈夫ですよ」
「…触れるの…?」
「ええ」

落ち着いた様子のエルダを横目に、恐る恐る雲らしき物に手を伸ばすと、指の先でつついた。

「あ…わぁ…」

ふわふわしたそれは、触っているのに触っていないような、不思議な感触だった。
よくよく見れば、それには綿菓子と同じように、キラキラと輝く金の粒子が含まれており、全体的に淡く光っているのが分かった。

「…不思議」
「あ~っ、あ~ゔぁ!」
「あ! あ!」

急に声を上げ始めた赤ん坊達三人に視線を向ければ、絨毯の上に座ったまま、浮かぶ雲に向かって両手を伸ばしていた。
その様子から赤子達の望みを察し、カップをエルダに預けると、赤ん坊の一人を抱き上げた。

「ん、しょ……これで触れる?」
「あ~っ」

ふわふわとした雲のような物に、赤子をそっと近づける。直後、謎の物体に勢いよく手を突っ込む赤ん坊に驚いたが、特に何も起こらず、赤ん坊はきゃあきゃあと楽しそうに笑っていた。
そうして雲が揺れるたび、金色の光が粒になってキラキラと足下に零れ落ち、緩やかに消えていった。
その不思議な光景を見つめながら、同じように他の赤子二人も抱き上げ、雲に触れさせれば、皆楽しそうにきゃらきゃらと笑っていた。

(雲…か分からないけど、部屋の中にあって触れるのは、楽しいよね)

本来なら空に浮かんでいる物が小さくなって目の前に浮いているのだ。楽しくもなるだろう。
赤子達の様子を眺めている内に、だんだんと自分も楽しくなってきたのか、エルダに預けていたカップを受け取りながら、口元は自然と緩んでいた。

「…あれ?」

ふと覗いたカップの中。先ほどまではカップ一杯分に入っていたミルクは、いつも飲んでいるカップ半分ほどの量に減っていた。

(もう半分は、どこに消えちゃったんだろう…?)

はて? と首を傾げるが、この世界には不思議なことが沢山あるのだ。深くは考えない。

「これ…は、飲んでもいいの?」
「はい、大丈夫です。どうぞお召し上がり下さいませ」

ふわふわと浮かんでいる雲はどうすればいいのか?眺めて楽しむものなのだろうか?
そんな疑問を残しつつ、くぴりとミルクを口に含む───と、一口飲み込むと同時に雲が僅かに縮み、『ポンッ』という弾むような音と共に、白い花弁の花を3つ吐き出した。

「……え?」
「あっ、うぁ~!」

雲から生まれた花は、ふわりふわりと、ゆっくりと足元へと落ちていく。
その様子を下から眺めていた赤ん坊達は、流れるように落ちてくる花に向かって手を伸ばした。

「あ~っ!」
「あ」

目の前まで落ちてきた花を、赤子の一人が両手で捕まえた。いや、捕まえたというより、両手でパチン! と叩いたという方が正しい。
一瞬、花が潰れてしまうと焦ったが、赤子の両手で挟まれた花は、小さな水飛沫を上げ、『パシャン♪』と薄い氷の膜が割れるような軽やかな音と共に消えてしまった。

「きゃふっ」
「んぁ~!」

ふわふわと落ちてくる花を捕まえるのが楽しいのか、赤子達は楽しそうに絨毯の上でパタパタと手足を動かす。

「…えっと…花を、生んでくれる…雲?」
「ふふ、そのようですね」
「…不思議、だね?」
「んにゃ!」
「…楽しいね」
「あぅ」

ニコニコと笑いながら、浮かぶ小さな雲を見上げる赤ん坊達。しかし花が降ってくる様子はない。

「……出ないね」
「アドニス様、ミルクを飲んでみて下さい」
「ん? うん」

そういえばミルクを飲む手が止まっていた。
促されるまま、カップに口を付ける───と、一口ミルクを飲み込むのと同時に、雲からポンッといつくかの花が飛び出た。

「あっ、あ~!」
「……ミルクを飲むと、花が…生まれる?」
「ええ、面白い仕組みですね」
「…うん」
「ぷあ~っ」

本当にどういう仕組みになっているのか、とても不思議だ。
赤ん坊達は特に気にした風もなく、また降ってきた花を純粋に喜び、きゃあきゃあと楽しそうにはしゃぎながら手を伸ばしていた。
赤子の手の平サイズの真白い花が、ふわりふわりと降ってくる。僅かな金粉を纏ったようなそれは、キラキラと輝いているように見えた。

(…綺麗)

一口ミルクを飲むたびに、雲から花が生まれる。
すべて真っ白なそれは形も様々で、色々な種類の花が、金の粒を纏って降ってくる様はとても不思議で、とても綺麗だった。

「だ!」
「あぅ!」

頭上から降ってくる花を捕まえようと、笑い声を上げながら、腕をパタパタと動かす赤ん坊達の姿に頬が緩む。

「ふふ…楽しい?」
「んぅ!」
「アドニス様も、お花に触れてみてはいかがですか?」
「あ…そう、だね」

エルダに言われ、降ってくる様を眺めているだけだった花に触れようと、ミルクを一口飲み込む。
ポンッと生まれ、ふわふわと落ちてくる花を一つ、そっと手の平の上に乗せた。
手の平に落ちた花はすぐに消えることもなく、静かに手の内に収まった。

「……あ」

柔らかな花弁の感触を楽しむこと数秒、ふるりと震えた花は、パシャン♪と音を立てて消えてしまった。花が消えた手の平には、金の粒だけが残り、キラキラと光っていた。

「すぐ、消えちゃうんだね…」
「本物の花ではないですからね」
「これは、どういう…えぇと…粛…法…? 魔法?」
「そうですね…簡単に説明しますと、想像を具現化した粛法、でしょうか」
「想像を…具現化…?」

エルダ曰く、天使達の扱う粛法は、人間の扱う魔法や魔術とは異なり、基本的に詠唱を必要とせず、また決められた形もないという。
『どのような想いを込めて、どのような形にするか』
『どのような現象が起こり、どのような形になるか』
それらを想像しながら聖気を込めて、物を作り上げたり、魔法のような現象を起こしたりするらしい。

「ルカーシュカ様からの贈り物も、イヴァニエ様からの贈り物も、アドニス様のことを想って、考えて作られた物です。どうしたら楽しんで、喜んでもらえるか、というお気持ちが込められているはずです。この花も、そういった想像を元に、形作られているのでしょう」
「……ん」

微笑んでくれるエルダに、なんと言葉を返せばいいのか分からなくて、手にしたカップに視線を落とした。

(…この雲も…昨日の蜂蜜の花も…本当に、お二人が考えて、作って下さったものなんだ…)

エルダからは、イヴァニエとルカーシュカが『考えて用意してくれた贈り物』と聞いていた。
それを自分は、漠然と『どんな物が適しているのか』という意味合いで捉えていたのだが…もしかしたら、もっと違う意味合いだったのかもしれないと、今更になってようやく思い至る。

(…どうして、そんなに…)

───良くしてくれるのだろう?

嫌われたままなのは悲しいけれど、親切にされると「なぜ?」という疑問が湧いてしまう。嬉しいという感情よりも、戸惑いが先に生まれてしまうのだ。

「あぅあ?」
「あ…、うぅん……お花、出してあげるね」

くんっ、と服を緩く引っ張られる感覚にハッと意識を足元に向ければ、服の裾を握る赤ん坊がこちらを見上げていた。

(…今は…感謝して、戴こう…)

色々と考えても、よく分からないままなのだ。
今は頂いた好意に素直に甘えておこうと、緩く息を吐き出し、カップに口を付けた。

こくり、と一口ミルクを飲み込むごとに生まれる花。
楽しそうに花を目で追いかける赤ん坊達を和やかな気持ちで眺めながら飲み続けていると、ふと浮かんでいる雲が小さくなっていることに気がついた。

(…あれ?)

元は自分の顔二つ分はあった大きさが、いつの間にか顔一つ分にまで小さくなっていた。
試しにミルクを一口含めば、花を生む前より後の方が、ほんの少しだけ小さくなっているのが分かった。

(…花の分、小さく…? …違う。花は、ミルクを飲むと、生まれるから……ミルクを飲んだ分、小さくなってる…?)

カップの中身が減っていくのと連動するように、徐々に小さくなっていく雲。
一口飲み込むたびに雲はみるみる萎んでいき───カップの中身が残り一口分になった頃には、片手に乗るサイズまで小さくなっていた。

「…小っちゃくなっちゃったね」
「だ!」

(全部飲んだら…消えちゃうのかな…)

ポンッ、ポンッと生まれる花が目の前をふわり、ふわりと降っていく様子は見ていて楽しかったし、ずっと笑いながらはしゃいでいた赤子達を眺めているのも楽しかった。
なにより、キラキラと仄かに輝く雲はそれだけで綺麗で、無くなってしまうのは少し寂しかった。

「…これで、最後だからね?」

小さくなってしまった雲を、それでも楽しげに見つめる赤子達に一声掛けてから、カップの中身をコクリと飲み干した。
───瞬間、手の平サイズになった雲はキュウゥッと縮みだし、ポンッ♪ という軽やかな音と共に弾けると、光の玉を天井に向けて打ち上げた。

「っ!?」

光の粒子の尾を引きながら、クルクルと螺旋を描くように打ち上げられた金色の光。
それは天井付近まで昇って行き、緩やかに動きを止め───…


───パァンッ!


「わっ!?」
「あぁ~!」
「きゃあ~!」

小さな破裂音と共に光の玉は弾け、雨のように降り注ぐ光の粒と一緒に、驚くほど大量の白い花を生み出し、視界を覆い尽くした。

「わっ、わ…っ、すごい…!」

シャラシャラと、鈴が揺れるような耳に心地良い音と共に、金色の筋を描きながら落ちてくる光の雨。
その光と一緒に、体が埋もれてしまいそうなほどの大量の花が降り注ぎ、文字通り足元を埋め尽くしていった。

「すごい…こんな…いっぱい…」

大量の花は広範囲に広がり、自分の座るソファーごと飲み込んでしまった。
あまりに大量の花に、絨毯の上に座り込んでいた赤子達が埋もれてしまうのではと慌てて見遣るも、積もった花は赤子の胸の高さで止まっていた。

「きゃあ~っ!」
「きゃははっ」

まるで花の風呂にでも入っているような状態の赤ん坊達は、次々と降ってくる花も、花に埋もれていることも楽しくて仕方がないのか、きゃあきゃあと大きな声で笑いながら、手足をバタつかせていた。

「…これは、凄いですね」

ふと見れば、すぐ横に控えていたエルダも頭の上から花を被っており、白い花をいくつも髪の毛に飾りながら苦笑していた。

「ふっ…ふふ、ふふふっ」
「…アドニス様?」

楽しそうな赤子の声につられるように、笑いが込み上げる。
キョトリとした表情のエルダの頭には花が付いたままで、それが可愛らしくて、どうしても笑いを止めることが出来なかった。

「ふは…、髪の毛に、付いてるよ」

そう言って手を伸ばせば、自分のしたいことに気づいてくれたのか、エルダがゆっくりと屈んでくれた。
初めて触れた白金の髪はとても柔らかで、毛を引っ張ってしまわないように、花を一つずつ、慎重に取っていく。

「はい…取れたよ」
「…ありがとうございます。…恐れ入ります、アドニス様も…」
「え……あ…」

頭部に伸びてきたエルダの手に身を任せていれば、ポロリ、ポロリと落ちてくる花が見えた。

(そっか…エルダも被ってるんだから…自分にもくっ付いてるのか…)

「これで最後です」
「あ、ありがとう…」

気恥ずかしさを誤魔化すように笑えば、エルダも笑みを返してくれた。

「うぁ~っ」
「あぅあっ」

足元では赤子達が手足をバタつかせるたびに、パシャン♪ パシャン♪ と無数の花が弾けていく。それと共に金の粒が光となって舞い、辺り一面がキラキラと輝いていた。

「…すごいね」
「ええ、私も驚きました。…ルカーシュカ様もイヴァニエ様も、随分と遊び心を籠めて作って下さったのですね」

そう言われ、はたと二人からの贈り物を思い返す。
どちらも『楽しい』『面白い』と、心からそう思えた物だった。
二人がどんな気持ちで用意してくれたのか…その本心までは分からないが、それでもきっと、彼らが望んでくれたような感想を、自分は抱いたはずだ。

(…雲も、無くなったら寂しいなって、思ったけど…)

ミルクを飲み終わったら消えてしまう───そんな残念な気持ちを抱きながら飲み干した最後の一口は、次の瞬間には楽しい驚きに変わっていた。
まるで、ミルクを全部飲み終えたことへの、ご褒美のように…

贈り物があると言われた時の、友好的でありたいという言葉にも、きっと偽りはないのだろう。
だがそれよりも、もっと柔らかで、穏やかな感情が込められているように感じたのは、自分の気のせいではないはずだ。

(……怖くないよって…言われてるみたい…)

『怖くないよ』『大丈夫だよ』

もしかしたら勘違いかもしれない…それでも、そんな風に言われているように感じるのだ。

(……お優しい、方達なんだろうな…)

彼らの親切に「なぜ?」「どうして?」と疑問ばかり抱いていたが、きっとずっと───イヴァニエとルカーシュカが、初めてこの部屋を訪れたあの日からずっと、二人は優しかったのだろう。…だからこそ、自分にも親切にしてくれるのだ。

(…きちんと、お礼を言わなきゃ…)

貰うばかりで、何も返せない。
ならばせめて、きちんとお礼を言いたい。
楽しかったと、嬉しかったと、感謝の気持ちだけでも伝えたい。

(…大丈夫。今度こそ、大丈夫…)

数日前、強がりと臆病と勝手な恐怖心で、せっかくの顔合わせの場を台無しにしてしまい、二人にはとても失礼なことをしてしまった。

でも今度こそ、今度こそは───彼らと向き合える気がする。

(…大丈夫…!)

目を瞑り、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
ゆっくりと目を開けば、大量にあった花はほとんど消え、金色に輝く光の粒だけがキラキラと残っていた。
赤子達はよほど楽しかったのか、絨毯の上をコロコロと転がり、全身に金の粒子を付けて楽しそうに笑っていた。

「だぅ! あ!」
「んぶぅっ」
「…楽しかったね」

寝転がったまま、笑顔で『楽しかった』という気持ちを伝えてくる赤ん坊達に笑みを返しながら、空になったカップを持つ手に、グッと力を込めた。


「……ねぇ、エルダ」
「はい、アドニス様」




「…あの、…イヴァニエ様と、ルカーシュカ様に……い、いつなら…、会える、かな…?」
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