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番外編
猫の日の可愛い貴方
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※大真面目に書きました。キャラ崩壊はさせていないつもりです。
微笑ましくお読み頂けましたら幸いです。
◇◇◇◇◇
「……にゃあ」
「……エディ?」
ある日の夜、エドワルドの遅い帰りを待って出迎えた彼の開口一番は『それ』だった。
「今日は『猫の日』だそうですよ」
「……なんだ、それは」
朝食を終え、サロンで食休みをしながら寛ぐ時間、ふと思い出したあることをなんとなしにエドワルドに告げた。
「二月二十二日で、にゃんにゃんにゃん……猫の泣き声になぞらえて、猫の日と呼ぶそうです」
「……そうか」
興味がないのか、素っ気ない返事をするエドワルドに苦笑しながら、朝からぴったりとくっついたまま離れない彼の頭を撫でた。
(う~ん……今日は拗ねてるから、何を言っても反応が薄いなぁ)
昨夜、勤めから帰ってきた時から、エドワルドはずっとこの調子だ。なんでも、今日は王城で定例会議があり、そのあとは晩餐会が開かれるため、帰りが遅くなるらしい。
今までも帰りが遅くなることはあったが、仕事ならば仕方ないとエドワルドは割り切っていた。だが晩餐会は彼にとっては仕事に含まれないようで、昨日からずっと「嫌だ」「早く帰りたい」と、日付けも変わる前から駄々をこねていた。
それをなんとか宥め、晩餐会で交流を広げるのも公爵様として大切なお仕事ですよと励まし、朝もようやく起こして、身支度を整え、朝食を食べさせ終えたのが今だった。
想いが通じ合ってからは、異常なほど過保護な反面、とにかく我が儘で甘えたになってしまったエドワルドだが、それを愛しく思っている時点で、自分もだいぶ彼に惚れているのだと自覚する。
「ほら、そろそろお出掛けする時間ですよ」
「……行きたくない」
「エディ、今日は私も一緒に馬車に乗って、お城までお供します。帰ってきたらいっぱい褒めてあげますから、頑張ってお仕事行きましょう?」
「…………分かった」
渋々、嫌々という感情を隠しもしないエドワルドをなんとか立たせ、呆れるエミールに見送られながら、共に馬車に乗り込んだ。
馬車の中でもエドワルドはべったりで、片時も離れたくないと言いたげな態度に、いけないと分かっていてもクスリとしてしまう。
(エディがこんなに可愛らしい人だって、一体何人の人が知ってるんだろう)
今は甘えたでぐずぐずになっているエドワルドだが、屋敷の外では近寄り難い雰囲気と彫刻のように整った面立ちから、遠巻きに眺めるだけの美麗の公爵様として有名だ。実際、そういった彼の姿も知っているので驚きはしないが、逆に『美麗の公爵様』しか知らない者からしたら、ふにゃふにゃになっているエドワルドの姿はさぞ衝撃的だろう。
(……誰かに見られないように、気をつけよう)
彼の公爵としての体裁を崩さぬ様、行動には重々気をつけよう……そう気を引き締めつつ、首筋を擽る彼の髪の毛をそっと撫でた。
その後、王城に着いても馬車を降りるまでうだうだと駄々をこねるエドワルドを引き剥がすことができず、カリオとジルドの力を借りて、ようやく馬車から降ろした。
捨てられた仔猫のような顔をするエドワルドに胸が痛んだが、これ以上甘やかすこともできず、「お帰りをお待ちしていますね」と、なんとか笑顔で見送った。
それが朝の話なのだが、夜も更け、じきに日付けも変わろうかという時間に帰ってきたエドワルドは、出迎えの抱擁と共に「にゃあ」と鳴いた。
「エディ?」
「……にゃあ」
エントランスホールには、ダニエルとエドワルド、そしてエミールだけが揃っていた。時間も遅いため、他の使用人達には下がってもらったのだが、エミールだけは残っていた。
そんな中、エドワルドの至極真面目な鳴き声が響き、非常に気まずい空気が流れた。
「お、お疲れ、みたいだね」
「左様でございますね。それに少しばかり酔っていらっしゃるようです。お食事はお済みでしょうし、今日は早めにお休みいただきましょう」
苦し紛れで絞り出した一言に対し、平時と変わらぬ態度で答えるエミール。優しさか慣れか、はたまた別の感情か、判別がしにくかったが、今はその落ち着いた態度が有り難かった。
ぎゅうぎゅうと抱き着くエドワルドをくっつけたまま、エミールと共になんとか二人の寝室まで向かうと、広いソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「それでは、私はこれにて失礼致します。明日は旦那様はお休みですので、ごゆっくりお休みください。おやすみなさいませ、旦那様、ダニエル様」
「遅くまでありがとう、エミール。おやすみ」
酔い覚まし用の水や着替え一式、その他諸々の準備だけ済ませ、エミールは静かに部屋を去っていく。パタリと扉が閉じるまで見送ると、未だに無言のまま抱き着くエドワルドに視線を移した。
「エディ、どうしたの? エミールも行っちゃいましたよ?」
「……にゃあ」
どうやら喋らないつもりらしい。何か拗ねてるのだろうかと思うが、見た限りではその様子はない。
なぜ猫のように鳴いているのか、不思議なエドワルドの状態に思考を巡らすこと暫く、ふと朝に猫の日がどうこうという話をしていたことを思い出す。
(猫の日だから、猫になってるつもりなのかな……?)
酔ってるにしても、どうしてそういうことになったのか……疑問と困惑を混ぜてエドワルドを見遣れば、眉を下げ、むくれた表情の彼が、首筋に顔を埋めた。
その仕草が、寂しがりな猫が擦り寄ってくる時のそれと重なり、ハッとする。
(……甘えてるのか)
思い返せば、朝もべったりとくっつく彼を無理やり引き剥がし、見送ったのだ。あの時も捨てられた仔猫のような顔をしていたが、どうやら本当に猫のようになってしまったらしい。
(ちゃんと、朝の話も聞いてたんだな)
拗ねていじけていた状態でも、きちんと話を聞いてくれていた可愛い人に、湧き上がるのはどうしたって愛しさで、こうなれば今日はとことん甘やかしてしまえ、と腹を括った。
「……お仕事いっぱい頑張ってきて、偉いですね、エディ」
「!」
耳元に唇を寄せて囁けば、エドワルドがパッと顔を上げた。輝くアメジストの瞳は雄弁で、いつもより幼いその表情に頬が緩んだ。
「ちゃんとお仕事頑張ってきたんですね。エディは良い子ですね」
「……にゃあ」
ほんのりと朱に染まった滑らかな頬を撫でれば、彼の表情がふにゃりと崩れた。
かっこよくて綺麗なエドワルドの愛らしい表情に、堪らず笑い返せば、再びぎゅうぎゅうと抱き締められた。
「エディ、先にお着替えしましょう?」
「にっ」
(……今のは、嫌、ってことかな?)
なかなか表現豊かな鳴き声に笑いそうになるのを堪えつつ、サラリとした髪の毛を撫でる。
「良い子だから、ね? お着替えしたら、いっぱいくっついていいですから」
「……」
「ほら、今ならお着替え手伝ってあげますよ」
「……にゃあ」
「うん、良い子ですね」
不承不承という雰囲気のまま、ゆっくりと体を離すエドワルドの頭を一撫ですると、多くの装飾が付いた仕事着を丁寧に脱がしていく。
そのまま夜着を着付けていくのだが、されるがままになっている間も、エドワルドは服の裾を掴んでいて、その仕草が「どこにも行っちゃヤダ」と言っているようで、どうにも愛くるしい。
脱がせた服を片づけるために立ち上がることすらできず、仕方なくエドワルドの服をテーブルの上に重ねて置くと、「早く、早く」と急かすように見つめるエドワルドに向け、両手を広げた。
「よく我慢できましたね。──おいで」
「……!」
恐らく本物の猫ならば、ピンと耳を立て、目を爛々と輝かせているだろう表情で、エドワルドが腕の中に飛び込んできた。
反動でソファーの上に押し倒されるも、こうなることは想定内だ。予めそれとなく位置をずらしていたクッションの上にぼふりと背中から倒れれば、柔らかなそれが二人分の体重でゆっくりと沈んだ。
「良い子、良い子。エディは良い子ですよ」
「にあ」
「良い子」と褒めながら頭を撫でれば、どこか得意げな声音の返事が返ってきた。
ぎゅうぎゅうと抱き着く腕は少しの隙間も嫌がるようにぴったりとくっつき、「もっと褒めて」と言わんばかりに甘える。胸元に顔を埋め、鼻先を擦り寄せる様は本当に猫のようで、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきそうなほどだ。
(普段も猫みたいだけど、今日は一段と猫っぽいなぁ)
鳴き声以外はいつものエドワルドの態度とそれほど大きく変わらないのだが、それにしたって今日は随分と甘えただ。
もしかしたら、朝無理やり引き剥がし、見送ったことを拗ねているのかもしれないが、それを「仕方ないでしょう?」と言おうものなら余計に拗ねるのが目に見えているので、気づかぬフリで口を閉じた。
「良い子」と褒めながら頭を撫で、緩く抱き締め返せば、「もっと」と言うように、エドワルドが胸元に頬を擦り寄せる。
男の胸など固いだろうに、ふにふにと楽しげに頬を寄せるエドワルドに苦笑しつつ、金色の綺麗な毛を結っているリボンをそっと解いた。
それから暫くはエドワルドの好きにさせていた。二人分の体温が混じり合った感覚は心地良く、ついぼぅっとしてしまったが、温かな腕の中、妙に静かになったエドワルドの様子に、ポンポンと背を叩く。
「エディ、寝るなら先にお風呂に入らないと」
「……んにぃ」
恐らく半分寝ているのだろうが、それでも鳴き声は猫なままなことに、つい口元が綻ぶ。
「ヤ、じゃないですよ。今お風呂に入っておけば、明日の朝はずっとゆっくりしていられますから、ね?」
「……」
「エディ、今なら頭も体も洗ってあげますから、お風呂に入りましょう? ……明日になったら、洗ってあげませんよ?」
「……にぅ」
「眠たいけど頑張って。エディはお利口ですから、お風呂も入れますね?」
「……にゃあ」
「うん、良い子」
ノロノロと起き上がるエドワルドは不貞腐れていたが、僅かに紅潮した頬は一緒に湯浴みができることを喜んでいるようで、流石に「私は入りませんよ」とは言えなかった。
(まぁ、仕方ないか)
今日はとことん甘やかすと決めたのだ。体を起こしてもまだ抱き着いたままの可愛い人の頬に手を添えると、目元にそっと唇を寄せた。
それから湯殿に向かい、エドワルドの全身を磨き上げると、髪の毛を乾かし、絹のような手触りのそれを丁寧に梳かした。
眠る前、水を飲みたいとせがむエドワルドに、口移しで水を与え、互いの喉を潤す。初めて自分から行った口移しは、正直恥ずかして堪らなかったが、今日のエドワルドは何を強請っても許されると思っているのか、水を与えるまで口を開けて待っていて、愛らしいその様につい絆されてしまった。
(今日だけ特別ですよって、明日ちゃんと言わなきゃ……)
そこまで考え、はたとあることに気づき、チラリと柱時計に目を向ければ、秒針は既に『今日』をとっくに過ぎていた──が、野暮な考えはすぐに振り払う。
支度を整え、二人でベッドに潜り込めば、すかさずエドワルドの腕が腰に巻きつき、首筋を柔らかな髪の毛が擽った。
「明日はお休みですから、朝はゆっくりしましょうね」
「ん……」
「おやすみなさい──私のエディ」
「にゃあ……」
眠りに落ちる寸前まで、愛らしい鳴き声を零す愛しい人を胸に抱き寄せると、夜の静けさに溶け込むように、二人揃って眠りについた。
その年から、エドワルドは毎年決まった日に猫になり、朝から晩まで甘えるようになるのだが、それをダニエルが知るのは、翌年の二月二十二日のお話。
微笑ましくお読み頂けましたら幸いです。
◇◇◇◇◇
「……にゃあ」
「……エディ?」
ある日の夜、エドワルドの遅い帰りを待って出迎えた彼の開口一番は『それ』だった。
「今日は『猫の日』だそうですよ」
「……なんだ、それは」
朝食を終え、サロンで食休みをしながら寛ぐ時間、ふと思い出したあることをなんとなしにエドワルドに告げた。
「二月二十二日で、にゃんにゃんにゃん……猫の泣き声になぞらえて、猫の日と呼ぶそうです」
「……そうか」
興味がないのか、素っ気ない返事をするエドワルドに苦笑しながら、朝からぴったりとくっついたまま離れない彼の頭を撫でた。
(う~ん……今日は拗ねてるから、何を言っても反応が薄いなぁ)
昨夜、勤めから帰ってきた時から、エドワルドはずっとこの調子だ。なんでも、今日は王城で定例会議があり、そのあとは晩餐会が開かれるため、帰りが遅くなるらしい。
今までも帰りが遅くなることはあったが、仕事ならば仕方ないとエドワルドは割り切っていた。だが晩餐会は彼にとっては仕事に含まれないようで、昨日からずっと「嫌だ」「早く帰りたい」と、日付けも変わる前から駄々をこねていた。
それをなんとか宥め、晩餐会で交流を広げるのも公爵様として大切なお仕事ですよと励まし、朝もようやく起こして、身支度を整え、朝食を食べさせ終えたのが今だった。
想いが通じ合ってからは、異常なほど過保護な反面、とにかく我が儘で甘えたになってしまったエドワルドだが、それを愛しく思っている時点で、自分もだいぶ彼に惚れているのだと自覚する。
「ほら、そろそろお出掛けする時間ですよ」
「……行きたくない」
「エディ、今日は私も一緒に馬車に乗って、お城までお供します。帰ってきたらいっぱい褒めてあげますから、頑張ってお仕事行きましょう?」
「…………分かった」
渋々、嫌々という感情を隠しもしないエドワルドをなんとか立たせ、呆れるエミールに見送られながら、共に馬車に乗り込んだ。
馬車の中でもエドワルドはべったりで、片時も離れたくないと言いたげな態度に、いけないと分かっていてもクスリとしてしまう。
(エディがこんなに可愛らしい人だって、一体何人の人が知ってるんだろう)
今は甘えたでぐずぐずになっているエドワルドだが、屋敷の外では近寄り難い雰囲気と彫刻のように整った面立ちから、遠巻きに眺めるだけの美麗の公爵様として有名だ。実際、そういった彼の姿も知っているので驚きはしないが、逆に『美麗の公爵様』しか知らない者からしたら、ふにゃふにゃになっているエドワルドの姿はさぞ衝撃的だろう。
(……誰かに見られないように、気をつけよう)
彼の公爵としての体裁を崩さぬ様、行動には重々気をつけよう……そう気を引き締めつつ、首筋を擽る彼の髪の毛をそっと撫でた。
その後、王城に着いても馬車を降りるまでうだうだと駄々をこねるエドワルドを引き剥がすことができず、カリオとジルドの力を借りて、ようやく馬車から降ろした。
捨てられた仔猫のような顔をするエドワルドに胸が痛んだが、これ以上甘やかすこともできず、「お帰りをお待ちしていますね」と、なんとか笑顔で見送った。
それが朝の話なのだが、夜も更け、じきに日付けも変わろうかという時間に帰ってきたエドワルドは、出迎えの抱擁と共に「にゃあ」と鳴いた。
「エディ?」
「……にゃあ」
エントランスホールには、ダニエルとエドワルド、そしてエミールだけが揃っていた。時間も遅いため、他の使用人達には下がってもらったのだが、エミールだけは残っていた。
そんな中、エドワルドの至極真面目な鳴き声が響き、非常に気まずい空気が流れた。
「お、お疲れ、みたいだね」
「左様でございますね。それに少しばかり酔っていらっしゃるようです。お食事はお済みでしょうし、今日は早めにお休みいただきましょう」
苦し紛れで絞り出した一言に対し、平時と変わらぬ態度で答えるエミール。優しさか慣れか、はたまた別の感情か、判別がしにくかったが、今はその落ち着いた態度が有り難かった。
ぎゅうぎゅうと抱き着くエドワルドをくっつけたまま、エミールと共になんとか二人の寝室まで向かうと、広いソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「それでは、私はこれにて失礼致します。明日は旦那様はお休みですので、ごゆっくりお休みください。おやすみなさいませ、旦那様、ダニエル様」
「遅くまでありがとう、エミール。おやすみ」
酔い覚まし用の水や着替え一式、その他諸々の準備だけ済ませ、エミールは静かに部屋を去っていく。パタリと扉が閉じるまで見送ると、未だに無言のまま抱き着くエドワルドに視線を移した。
「エディ、どうしたの? エミールも行っちゃいましたよ?」
「……にゃあ」
どうやら喋らないつもりらしい。何か拗ねてるのだろうかと思うが、見た限りではその様子はない。
なぜ猫のように鳴いているのか、不思議なエドワルドの状態に思考を巡らすこと暫く、ふと朝に猫の日がどうこうという話をしていたことを思い出す。
(猫の日だから、猫になってるつもりなのかな……?)
酔ってるにしても、どうしてそういうことになったのか……疑問と困惑を混ぜてエドワルドを見遣れば、眉を下げ、むくれた表情の彼が、首筋に顔を埋めた。
その仕草が、寂しがりな猫が擦り寄ってくる時のそれと重なり、ハッとする。
(……甘えてるのか)
思い返せば、朝もべったりとくっつく彼を無理やり引き剥がし、見送ったのだ。あの時も捨てられた仔猫のような顔をしていたが、どうやら本当に猫のようになってしまったらしい。
(ちゃんと、朝の話も聞いてたんだな)
拗ねていじけていた状態でも、きちんと話を聞いてくれていた可愛い人に、湧き上がるのはどうしたって愛しさで、こうなれば今日はとことん甘やかしてしまえ、と腹を括った。
「……お仕事いっぱい頑張ってきて、偉いですね、エディ」
「!」
耳元に唇を寄せて囁けば、エドワルドがパッと顔を上げた。輝くアメジストの瞳は雄弁で、いつもより幼いその表情に頬が緩んだ。
「ちゃんとお仕事頑張ってきたんですね。エディは良い子ですね」
「……にゃあ」
ほんのりと朱に染まった滑らかな頬を撫でれば、彼の表情がふにゃりと崩れた。
かっこよくて綺麗なエドワルドの愛らしい表情に、堪らず笑い返せば、再びぎゅうぎゅうと抱き締められた。
「エディ、先にお着替えしましょう?」
「にっ」
(……今のは、嫌、ってことかな?)
なかなか表現豊かな鳴き声に笑いそうになるのを堪えつつ、サラリとした髪の毛を撫でる。
「良い子だから、ね? お着替えしたら、いっぱいくっついていいですから」
「……」
「ほら、今ならお着替え手伝ってあげますよ」
「……にゃあ」
「うん、良い子ですね」
不承不承という雰囲気のまま、ゆっくりと体を離すエドワルドの頭を一撫ですると、多くの装飾が付いた仕事着を丁寧に脱がしていく。
そのまま夜着を着付けていくのだが、されるがままになっている間も、エドワルドは服の裾を掴んでいて、その仕草が「どこにも行っちゃヤダ」と言っているようで、どうにも愛くるしい。
脱がせた服を片づけるために立ち上がることすらできず、仕方なくエドワルドの服をテーブルの上に重ねて置くと、「早く、早く」と急かすように見つめるエドワルドに向け、両手を広げた。
「よく我慢できましたね。──おいで」
「……!」
恐らく本物の猫ならば、ピンと耳を立て、目を爛々と輝かせているだろう表情で、エドワルドが腕の中に飛び込んできた。
反動でソファーの上に押し倒されるも、こうなることは想定内だ。予めそれとなく位置をずらしていたクッションの上にぼふりと背中から倒れれば、柔らかなそれが二人分の体重でゆっくりと沈んだ。
「良い子、良い子。エディは良い子ですよ」
「にあ」
「良い子」と褒めながら頭を撫でれば、どこか得意げな声音の返事が返ってきた。
ぎゅうぎゅうと抱き着く腕は少しの隙間も嫌がるようにぴったりとくっつき、「もっと褒めて」と言わんばかりに甘える。胸元に顔を埋め、鼻先を擦り寄せる様は本当に猫のようで、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきそうなほどだ。
(普段も猫みたいだけど、今日は一段と猫っぽいなぁ)
鳴き声以外はいつものエドワルドの態度とそれほど大きく変わらないのだが、それにしたって今日は随分と甘えただ。
もしかしたら、朝無理やり引き剥がし、見送ったことを拗ねているのかもしれないが、それを「仕方ないでしょう?」と言おうものなら余計に拗ねるのが目に見えているので、気づかぬフリで口を閉じた。
「良い子」と褒めながら頭を撫で、緩く抱き締め返せば、「もっと」と言うように、エドワルドが胸元に頬を擦り寄せる。
男の胸など固いだろうに、ふにふにと楽しげに頬を寄せるエドワルドに苦笑しつつ、金色の綺麗な毛を結っているリボンをそっと解いた。
それから暫くはエドワルドの好きにさせていた。二人分の体温が混じり合った感覚は心地良く、ついぼぅっとしてしまったが、温かな腕の中、妙に静かになったエドワルドの様子に、ポンポンと背を叩く。
「エディ、寝るなら先にお風呂に入らないと」
「……んにぃ」
恐らく半分寝ているのだろうが、それでも鳴き声は猫なままなことに、つい口元が綻ぶ。
「ヤ、じゃないですよ。今お風呂に入っておけば、明日の朝はずっとゆっくりしていられますから、ね?」
「……」
「エディ、今なら頭も体も洗ってあげますから、お風呂に入りましょう? ……明日になったら、洗ってあげませんよ?」
「……にぅ」
「眠たいけど頑張って。エディはお利口ですから、お風呂も入れますね?」
「……にゃあ」
「うん、良い子」
ノロノロと起き上がるエドワルドは不貞腐れていたが、僅かに紅潮した頬は一緒に湯浴みができることを喜んでいるようで、流石に「私は入りませんよ」とは言えなかった。
(まぁ、仕方ないか)
今日はとことん甘やかすと決めたのだ。体を起こしてもまだ抱き着いたままの可愛い人の頬に手を添えると、目元にそっと唇を寄せた。
それから湯殿に向かい、エドワルドの全身を磨き上げると、髪の毛を乾かし、絹のような手触りのそれを丁寧に梳かした。
眠る前、水を飲みたいとせがむエドワルドに、口移しで水を与え、互いの喉を潤す。初めて自分から行った口移しは、正直恥ずかして堪らなかったが、今日のエドワルドは何を強請っても許されると思っているのか、水を与えるまで口を開けて待っていて、愛らしいその様につい絆されてしまった。
(今日だけ特別ですよって、明日ちゃんと言わなきゃ……)
そこまで考え、はたとあることに気づき、チラリと柱時計に目を向ければ、秒針は既に『今日』をとっくに過ぎていた──が、野暮な考えはすぐに振り払う。
支度を整え、二人でベッドに潜り込めば、すかさずエドワルドの腕が腰に巻きつき、首筋を柔らかな髪の毛が擽った。
「明日はお休みですから、朝はゆっくりしましょうね」
「ん……」
「おやすみなさい──私のエディ」
「にゃあ……」
眠りに落ちる寸前まで、愛らしい鳴き声を零す愛しい人を胸に抱き寄せると、夜の静けさに溶け込むように、二人揃って眠りについた。
その年から、エドワルドは毎年決まった日に猫になり、朝から晩まで甘えるようになるのだが、それをダニエルが知るのは、翌年の二月二十二日のお話。
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