23 / 28
続編 クライドル学院にて
9.『まだ好きなのか?』
しおりを挟む「シア、ごめん。後はよろしく☆」
「えっ!?」
「ちょっと、ノア様!!」
「あれ? 僕はお淑やかなレディが好きだよ?」
「むぅ……」
ノアは興奮気味のロスヴィータを一言で黙らせると、慣れた様子で彼女をエスコートしていく。
「「ロスヴィータ様!!」」
いつもロスヴィータにひっついている煽り担当の二人も近くにいたらしく、慌てて後を追っていった。
「……なんか、すごかったね」
最初に声を発したのはユリウスだった。
「あの、兄がごめんなさい」
アリシアはまず三人に頭を下げた。
だってノアのせいで、お礼どころか変なことに巻き込んでしまったのだから。
「えっ、お兄さんなの?」
「ああ、やっぱりですか」
「ノアさんが、兄?」
三者三様の反応が返ってくる。
ヨルンは勘づいていたようだが、ユリウスとギルベルトはかなり驚いているようだった。
「ノアは母にそっくりですから、跡取りのいない母の実家カウフマン家の養子になっています。私は父親似なので、二人並んでも兄妹と言われたことは一度もありませんね」
「へぇ……」
「なるほど、それで家名が違うんですね」
「ノアさんの妹……」
そういえば目の前に並ぶデザートに、まだ誰も手をつけていないことにアリシアは気づいた。
「せっかくなのでこちらも頂きましょう」
アリシアは給仕係を呼ぶとお茶を入れ直させる。そしてティールーム自慢のケーキや焼き菓子を三人に勧めた。
ようやく落ち着いた雰囲気の中、アリシアは皆に聞いてみた。
「あの、兄はロスヴィータ様とお付き合いしているのでしょうか?」
「いやあ、どうだろう」
「ロスヴィータ嬢はずっと夢中みたいだけどね」
「妹……」
ギルベルトだけ何か違うことを呟いているが、とりあえずアリシア達はそっとしておいた。
「じゃあ、一体何の目的があって兄は内緒にしてくれって言ったのでしょうね」
「どういうこと?」
「実は、学院では自分が兄だとバレないようにと言われていましたので」
「あー、それは……」
「まあ、そうですね」
「妹……」
「え、なんですか?」
ユリウスとヨルンはわかったような顔で苦笑いしていたけれど、アリシアにはさっぱり検討もつかない。
「その、アリシアちゃんのお兄さんね、学院じゃめちゃくちゃ有名人なの」
「カウフマン先輩の妹ともなれば、余計な注目を浴びるでしょうから」
「妹さんにはたしか……」
なんだか腑に落ちない理由ではあったけれど、あの兄のことだ。たしかに恨みなど買っているのかもしれないな、とアリシアは思った。
「では、来週からも黙っておくことにしますね」
アリシアがそんな風に話した直後だった。
ずっと上の空だったギルベルトがとんでもない爆弾を落としたのは。
「ノアさんの妹には、ベタ惚れの婚約者がいると聞いたことがある!」
「「ギルベルト!?」」
ユリウスとヨルンにノアとどの程度接点があったのかはわからない。けれど、ギルベルトは剣術部でノアと何年も時間を共にしている。
きっと、過去のどこかの時点でノアから妹とそのベタ惚れの婚約者について耳にする機会があったのだろう。
「ギルベルト、失礼だって!」
「アリシア嬢。その、何も答えなくていいですからね」
ユリウスとヨルンが慌ててフォローしてくれるのだが、アリシアはこの三人には迷惑をかけた手前きちんと説明したほうがいいような気がした。
「その通りです」
「え?」
「婚約者、やっぱりいるんですか?」
ユリウスとヨルンはアリシアの言葉に反応したけれど、ギルベルトは口を開けたままショックを受けたように固まっていた。
「あっ、今はもう違うのです」
「そっか……」
「そう、なのですね」
やっぱり何か訳ありなのだな、と察知したユリウスとヨルンはここで話題を変えようと試みるのだが。
「まだ、好きなのか?」
「「ギルベルトォーーッッ???!!」」
空気は読まないタイプなのか、ギルベルトはアリシアに真っ直ぐ切り込んでいく。
「ギルベルト、弁えろ!」
「アリシア嬢、もういいですから!」
二人は立ち上がってギルベルトの席まで行くと、ヨルンは両手でギルベルトの口を塞ぎ、ユリウスはギルベルトの両耳を塞いでいる。
けれど身体の大きなギルベルトは、その場で立ち上がるだけで二人の制止を振り切ってしまった。
「ふふふ」
そんな必死な彼らを見て、アリシアは思わず笑ってしまった。
内容的には全然笑えない話題だけれど、常識的なユリウスとヨルンが、マイペースなギルベルトに振り回されている様はなんだかとても滑稽で。
三人の男子があーだこーだと揉める(正確にはギルベルトが一人暴走している)様子は、アリシアの中では懐かしくて見慣れた光景だったから。
(まだ好きなのか、ですって? こんなこと、メリルにしか話したことないのだけれど……)
アリシアはこくんとひと口紅茶を飲むと、三人の目を順に見てからこう言った。
「ここだけの話ということで、私の話を聞いて頂けますか?」
そうして、アリシアは訥々と語り始めた。
十年以上、元婚約者に想いを寄せていたこと。
(そのうち半分は、手紙の中の実在しない彼を想っていたようなものだけれど)
元婚約者はその間、アリシアにはちっとも興味がなかったこと。
(もう変なものを集めたり、気持ち悪い刺繍も刺さないって誓うわ)
元婚約者には学園で別に想う人ができたこと。
(お二人はお似合いだったわね)
結局、元婚約者の契約違反で婚約が白紙に戻されたこと。
(頬を引っ叩かれたことはさすがに言わないでおこう)
そして心機一転、アリシアのことを誰も知らないこのクライドルで、残りの学生生活を楽しみたいと思っていることも。
「……ですから、今は何というか、そういう気分にはなれないのです」
途中、複雑な表情をいくつも見せながら、最後にそう締めたアリシアの笑顔は、ユリウス達三人にはとても儚げに映った。
なぜならアリシア、いつものうっかりで肝心な質問に答え忘れてしまったから。
『まだ、好きなのか?』
◇◇
途中でカウフマン伯爵家のタウンハウスへとアリシアを送り届けた三人は、寮までの帰り道でこんなことを話していた。
「まだ、彼のこと忘れられないのかな……」
「そういう気分にはなれない、ってつまりそういうことですよね?」
「……シア」
「あっ、ギルベルト、お前また!」
「勝手に呼んじゃダメですからね!」
ーーーーーーーーーーー
次はまたノアが出てくるターンかな?
_φ(・_・カキカキ
532
お気に入りに追加
3,824
あなたにおすすめの小説
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【コミカライズ・取り下げ予定】アマレッタの第二の人生
ごろごろみかん。
恋愛
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』
彼がそう言ったから。
アマレッタは彼に恋をした。厳しい王太子妃教育にも耐え、誰もが認める妃になろうと励んだ。
だけどある日、婚約者に呼び出されて言われた言葉は、彼女の想像を裏切るものだった。
「きみは第二妃となって、エミリアを支えてやって欲しい」
その瞬間、アマレッタは思い出した。
この世界が、恋愛小説の世界であること。
そこで彼女は、悪役として処刑されてしまうこと──。
アマレッタの恋心を、彼は利用しようと言うのだ。誰からの理解も得られず、深い裏切りを受けた彼女は、国を出ることにした。
一方、彼女が去った後。国は、緩やかに破滅の道を辿ることになる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈完結〉思い上がりも程々に。地味令嬢アメリアの幸せな婚約
ごろごろみかん。
恋愛
「もう少し、背は高い方がいいね」
「もう少し、顔は華やかな方が好みだ」
「もう少し、肉感的な方が好きだな」
あなたがそう言うから、あなたの期待に応えれるように頑張りました。
でも、だめだったのです。
だって、あなたはお姉様が好きだから。
私は、お姉様にはなれません。
想い合うふたりの会話を聞いてしまった私は、父である公爵に婚約の解消をお願いしにいきました。
それが、どんな結末を呼ぶかも知らずに──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きな恋人が、いつも幼馴染を優先します
山科ひさき
恋愛
騎士のロバートに一目惚れをしたオリビアは、積極的なアプローチを繰り返して恋人の座を勝ち取ることに成功した。しかし、彼はいつもオリビアよりも幼馴染を優先し、二人きりのデートもままならない。そんなある日、彼からの提案でオリビアの誕生日にデートをすることになり、心を浮き立たせるが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる