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15.5 ヴィルの気持ち

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(冒険者ヴィルヘルム視点)


黒竜なんて伝説級の獲物、たまたま遭遇したからってフツー単騎で立ち向かおうとは思わない。
命が惜しいからな。

でも、俺には譲れない目的があった。


今回、南の国境近くにできたダンジョンの調査は予定した日程の半分で難なく終えていた。2週間余りで最寄りギルドへの報告も済ませて、サポートメンバーとはそこで別れた。正直、今回はツイてんなぁとか思ってた・・・空飛ぶ黒竜の飛影を見るまでは。

いや、黒竜を追いながらも、やっぱり俺はツイてると思ってたわ。

ただ討伐難易度もSSクラスだからな、こういう時はまず黒竜の住処を突き止めることが最優先。それからチームを編成して討伐に当たらないと無駄死にするだけだってわかってたし、無茶するつもりもなかった。

計算外だったのは、黒竜が早い段階で追尾する俺の存在に気づいたってことだ。


一瞬だけ、退避することも考えた。
いや、退避すべきだと分かっていた。けど、出来なかった。
だって、目の前の黒竜を逃したら次いつまた黒竜と相見えるチャンスくるかわかんねーもん。


俺にはどうしても手に入れたいものがあったんだ。







ーードンドン‼︎


「ヴィル!居るんでしょ⁈  ・・・お願い、会いたいの。顔を見せてよ・・・ね?」


うわぁ・・・
やべえな。なんの準備もできてねーのに。



ーードンドンドン‼︎

「ヴィル・・・会いたいよ」


って、なんつー切ない声出してんだよ。







コンラートの言う通り、悲しい思いさせたとしても、真っ先に会いに行っときゃよかった。


ドアを開けたコンラートに飛びついたコジマは、息が上がってた。
俺の事心配して、ウラ婆の店から走って来たんだろうな。


でも、なんで後ろに青の騎士様連れてんだ??


「ヴィル・・・」


コジマは、その整った顔から完全に表情を無くしていた。
それでも俺は平静を装っていつも通り声をかけた。

「よう、コジマ」

ってな。



コジマは無表情のまま、ゆっくりと俺の腰掛けるベッドへ近づいてくる。

その視線が俺の頭部を捉えて、次は消し炭になった左手に、最後は黒竜に食いちぎられた左足へと注がれた。

きっと驚いて声も出ないんだろ、可哀想に・・・出来ることならカッコ良く、こんな負傷なんかせず手に入れたかったんだが・・・


「ご、ごめんな、コジマ」


まずはやっぱり、コジマを驚かせたことが申し訳なくて、口をついて出たのはそんな言葉で・・・


でも、コジマは顔色を変えることなく、ただジーっと俺を見つめてくる。


「酷い火傷・・・」


ポツリとそうこぼしたと思ったら、コジマの右手がゆっくりと俺のほうへと伸びてきた。
触れられる瞬間、少し緊張しちまったがコジマの手のひらはいつも通り温かくて心地良かった。

その指先がサラリと俺の焼け焦げた髪を撫で、親指の腹が閉じた左目の瞼を何度も行き来している。

見上げると、コジマは目に涙を溜めて唇をかみ締めていた。


「コジマ?」


今にも、涙が溢れ落ちそうだった。
こんな顔をさせたかった訳じゃない。
俺はこんな姿になっちまったけど、絶対お前に喜んでもらえるものを手に入れたんだ。
だから、どうかそんなに悲しまないでほしい。

戦利品の話を切り出そうと思ったら、ふいにコジマの身体が淡く光り始めた。


「「コ、コジマ!!?!」」


後ろから、コンラートと青の騎士様がおんなじようにコジマの名前を呼んだ。

そっか、お前らもコジマのこと狙ってんだよなぁ・・・



『****』

「え?」


唐突に、何かの決意表明のように固くハッキリとコジマが呟いた言葉は、残念ながら俺には意味がよく分からなかった。

呪文・・・か?!
そして今度はもっと長く、


『*********************************************!!!』


って、やっぱり何言ってんのかさっぱり分かんねーよ。


でも次の瞬間、俺はコジマの胸にギュッと抱き寄せられた。



え?
ええーー~っっっ???!!!


「うわっ、コジマ?!」


俺もいい歳だしな。
女に抱きつかれたくらいでどうこういうつもりはねーよ。

でもコジマは違うんだよ、そういうのと桁違いの魅力っつーか、色気っつーか!

おまッ!
俺が今までどれだけ我慢してきたか分かってんのか??

俺がどれだけお前を大事に思ってるかーーーー????


抱きしめられたまま見上げると、うっとりと目を細めた女神様みたいなコジマが、俺の傷跡や髪をそっと撫でながら微笑んだんだ・・・
そして、

「・・・ヴィル」

ってどこまでも優しい声音で俺の名前を呼ぶんだよ。


後ろの2人はただ呆然と、俺たちを見ている。
だよな、いろんな意味で驚いてんだろ?
心配すんな、俺もだ。

コジマの身体から溢れるこの白い光からは、とんでもない量の魔力が感じられた。

いつものマッサージにも、手のひらから直接送り込まれるコジマの温かい魔力を感じてはいたが、今日のはその比じゃない。


失くした左腕、肘から先が妙に温かい。
そう思って目を向ければ、眩い光を発しながら俺の左手は元の通りに生えていた。

少しむず痒さを覚えた左脚も同様、ズボンの中で太もも辺りから膨らみを取り戻したと思ったら裾からニョキっとつま先が覗いてすぐに足首まで伸びて出てきた。


おいおい・・・
伝説レベルの治癒魔法じゃねーの??


俺が混乱してると、最後にコジマは取っておきとでも言いたげに、俺の頭を両手で掴んで額に柔らかく口付けた。

その瞬間、焦げて焼き切れたはずの俺の髪はサラァと流れるように元の長さまで伸びた。


それから、


「私、ヴィルの瞳の色、大好きなんだぁ」


とか無邪気に笑って俺の目をじっと見つめんだよ。
そう、俺の両目を。


「あ・・・」

流石にもう一度、この左目が見えるようになるなんて期待してなくて。
思わず、両手でそっと自分の顔に触れたけど、もうどこにも火傷の跡らしき箇所は見当たらない。

ふと左の手のひらを見つめる。

コジマが再生してくれた、失ったはずの俺の左手・・・
そして俺の左足。



今回、手に入れたものの価値を考えれば、俺の左目に左の手足、それだけで済んだのはむしろとんでもない幸運で・・・

命を落とした挙句、何一つ得られなかったっていう結果のほうが確率としては高かった。

俺が自分の手のひらをみつめて呆然としていたら、


「「コジマ!!!」」


野郎2人の声が部屋に響いた。

それにつられて顔を上げると、さっきまで眩い光に包まれていたコジマが、床にくずれおちるところだった。

コンラートと騎士のクルトがコジマを支えようと手を伸ばすがーーお前らに触れさせてたまるか!

俺はコジマのお陰で取り戻した左足を踏み出して、2人に触れさせる事なくコジマを自分の胸に抱き留めることができた。
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