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19.ネーヴェのいない夜

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「今夜はお招きありがとうございます」


マナーですからね、もちろん笑顔で伝えましたよ?
本当は今すぐ帰りたいのですけど・・・

本邸に入ったのはもちろん今夜が初めてです。
いかにも名門という雰囲気のお屋敷には、入るなりずらりと歴代ご当主様の肖像画が飾られていました。

それと至る所に重厚な印象の調度品が置かれていて、さすが長く続くお家は違います。



「いや、こちらこそ急な誘いにもかかわらず来てもらえて嬉しいよ」


笑顔でそう仰る侯爵様の隣には、あの大きなお胸の女性が掛けていらっしゃいました。

私はとりあえず彼女にもぺこりと会釈しました。
結局、彼女の名前は知らないままです。


「あの時はごめんなさいね。感じ悪かったかなって、エミリオと二人反省したのよ」


彼女は侯爵様のお相手としての振る舞いがすっかり堂に入っているようです。
きっとお付き合いも長いのでしょうね。


そして彼女が身にまとっているのは、大人の色気を前面に押し出すような真っ赤なイブニングドレスです。
まぁつまり、大きなお胸がどーんと強調されています。

思わず女性の私でも視線を取られてしまいました。


「いえ、侯爵様にもお伝えしましたが、私は楽しく過ごしておりますので・・・」

家令のロベルトがやって来て、私を席に案内してくれました。

今日は初日のように周りから刺さるような視線は感じません。
どちらかと言うと、チラチラと気にかけるような興味本位の視線を感じてはいます。

でも表面上はわりと和やかな雰囲気で晩餐が進みました。





「それにしてもあなた美人ね。あの時はベールに隠れてわからなかったじゃない? いやだ、美人なら美人だって最初から隠さずに見せなさいよ」


お料理を食べ終えて、今はコーヒーにデザートを頂いています。
先程から侯爵様の彼女さんがしきりに私に話しかけて来るのですが・・・


「いえ、あの日は結婚式でー

「しかも、そんな髪の色、初めて見たわよ! 何? 銀色? ちょっとあなたほんとに人間なの? それとも貴族のご令嬢ってみんなそんな感じなの?」

「え? いや・・・」


私は今夜、なるべく地味にまとめてもらえるようビビにお願いしました。
装飾のない紺色のシンプルなワンピースに同系色のストールをはおっただけです。
もちろん宝飾品の類も身につけていません。

それなのに彼女、微妙に絡んでくると言いますか、なんというか・・・まあ要するにだいぶ失礼です。

おまけにこちらの話は聞いてないようですし。


「あなた何で『鼻歌令嬢』とか言われてんの? ほんとに鼻歌ばっかり歌ってんの? 嫌だ、そんなの平民でもなかなかやんないわよー」

「はあ」

「ねぇ、地元ではどんな生活してた? 好きな人いたの?付き合った人はいる?」

「いえ」

「じゃあ誰かを好きになったことは?」

「いえ」

「やだ! 恋もまだなの? なのにエミリオと結婚? おっかしー、アハハハ!」




・・・・・侯爵様、そろそろどうにかしてもらえませんか?

チラリと彼を見ましたら、なぜか私をじぃっと見つめていらっしゃいました。しかも、私の目線を受けてうっとりと微笑むだけなのです。


もう帰りたいです。
お料理は全て頂きました。美味しそうでしたが、正直味わうことができませんでした。

振り向いて、後ろに控えてくれているビビに合図を送ります。

もう食事も頂きましたし、それなりに時間も過ごしました。
礼儀を欠いてはいないはずです。


「侯爵様、私はそろそろ・・・」

「えっもう戻るのか」


なぜそんなに残念そうなお顔をされるのでしょう?

「まぁ、エミリオ。わがままを言ってひき留めちゃダメよ」


そう言って、彼女は侯爵様の腕にすがりつきました。
大きなお胸がぷるんと揺れて、侯爵様の腕に当たっています。

ああ、これは初日と同じ仲良しアピールがくるのかしらと思いきや・・・


「パメラ、いい加減にしないか!」

と、キツめのお声で侯爵様が彼女をたしなめました。
彼女のお名前は『パメラ』さん、ようやく知ることができましたね、間接的にですけれど。


「なによ! あの人が思ってたより美人だったからって鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」


あらら・・・
なにかが始まってしまいましたよ?

さすがに屋敷のメイド達も困った様子でワタワタ慌てだし、ロベルトがお2人に近づいて行きました。


「エミリオ様、パメラ、奥様の前ですからおやめ下さい」

「なにが奥様よ! エミリオは私のものなのよ?」
「ロベルト、そもそもお前も悪いんだぞ? なぜアマーリエについて何も報告しなかったんだ!」


あらあら、火に油でしょうか・・・


「だいたいエミリオ、ずっと私だけとか言いながら結婚するって何なの?!」

「はぁ? それは何度も言ってるだろ!貴族ってのはそういうモンなんだよ」

「ちょっ、お二人とも!」

「どうせ私は庶民の娘ですよ。平凡で美人でもない、着飾ってもこんなもんよ!」







もう完全にこちらの声は聞こえないでしょうね。
ロベルトも巻き込まれて、あーだこーだと大変なことになっていますよ。



「アマーリエ様、こちらへ」

ビビが声を掛けてくれたので、私はそのどさくさに紛れて本邸を後にしました。



正直、行きたくありませんでした。

でも侯爵様の謝罪を受け入れると言いましたし、一度くらいお誘いを受けるのが礼儀かなと思ったのです。

しかも私は一応この侯爵家の奥様ということになっていますし・・・

 

帰り道、馬車の窓から空を見るとまあるいお月様がぽっかりと浮かんでいました。

明日が満月・・・

まだネーヴェが留守をしてたった1日です。
それなのにこんなに退屈で、面白くなくて・・・こんなに寂しい。


ネーヴェがいたら行かなかったかも・・・


その夜はお布団をかけてもなんだか寒くて、どうしようもなくて涙が出てしまいました。




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