上 下
5 / 5

私のお姉様

しおりを挟む
私は昔から器用な方で、裁縫やテーブルマナーなど、習ったことはすぐに習得できた。特に努力することもなく、一度習えば覚えてしまう。


だからこそ、お姉様がなぜあんなにも出来ないのか理解ができなかった。


「アリアには何をやらせても無駄ね。ほらここを見てみなさい。縫い目がバラバラよ」


お母様が吐き捨てるように言い、お姉様が縫ったハンカチを床に投げ捨てた。
お姉様がそれを拾い上げて泣きながら謝る。いつもの光景だ。


何でこんな人が私のお姉様なのかしら。もっとお姉様らしく、堂々として器用で優しい人だったら良かったのに。


物心がついた頃は、まだお母様はお姉様に優しかったと思う。ただ、私が同じように習い事を始め、お姉様よりも器用にこなすようになってから態度が一変した。


何だか私が悪いみたいじゃない。
少しばかりの罪悪感を抱えながらも、出来損ないのお姉様のせいでどうして私が苦しまないといけないのかと、苛立つ気持ちも湧いてくる。


けれど、そうは言っても姉妹だ。
お母様の行動に理解ができるかと言われたらそうではない。お父様もお母様と同じように、お姉様を何ともいえない冷たい眼差しで睨みつける。


お姉様のせいで、異様な家庭になってしまった。全てはお姉様が悪いのよ。


***


「今日からこいつはマリア専属の護衛騎士だ。しっかり守ってくれよ」


「…かしこまりました」


ある日、お姉様の専属騎士を務めていたアスベルが私の専属になった。外面だけはいいお父様が、お姉様にも護衛をつけなければ変に思われてしまうことを恐れ、孤児院で見つけて騎士として護衛につけたのだ。しかし意外にも才能を見せた彼は、グングンと実力をつけ、お父様の護衛騎士に引けを取らないほどの腕前になっていたらしい。


そのことを知ったお父様は、アリアなんかにはもったいないと私の護衛に移動させたのだった。


まぁ、護衛騎士なんかどうでも良いんだけど。それにしてもこの人、愛想悪いわね。ニコリとも笑わないじゃない。


そして、過ごしてみて気づいたことがある。彼の視線の先には必ずお姉様がいたのだ。


へぇ、この人お姉様に気があるのね。
私には関係のないことだけど。


***


ある時、私は高熱にうなされていた。
流行り病にかかってしまったのだ。


「かわいそうに。どうして苦しむのが貴方じゃなくてマリアなのよっ!」


ベットに横たわる私の手を握りしめ、お母様はお姉様に向かって怒鳴りつけた。
お姉様は何も言わず、ただ黙っている。


お願いだから、こんな時くらい静かにしてくれないかしら。お姉様も、黙ってないで何か言えばいいのに。


その様子をアスベルが拳を握りしめながらグッと耐えるように側に立っていたのが見えて、私は思わずため息をついた。


…ここはどこ?
あぁ、夢を見ているのね。


それは、幼い時の記憶だった。


『マリア、上手ねー!』


この声はお姉様かしら?
そして隣で笑っている赤ん坊は、私?


『マリア、刺繍はこうやって縫うのよ。そう。あらあら、上手!』


そうだ、思い出したわ。
お姉様はいつも私を可愛がってくれていた。


刺繍を覚えたのも、お姉様がこっそり教えてくれたから。テーブルマナーを覚えたのも、お姉様を見よう見まねで真似していたから。


ずっと側で見ていたから出来たのだ。
何をしても器用にこなせていたのは、お姉様がいたから。


お姉様が深夜まで刺繍の練習をしていたのを知っている。本当はお菓子作りや花を育てることが得意で、刺繍は苦手だったことも、だからこそ人一倍努力していたことも、私は知っている。


それなのに、どうして私はお姉様のことをこんなにも馬鹿にして、見下すようになってしまったのかしら。


お父様やお母様のように直接お姉様に言わない、私は優しくて心が広い妹だと勘違いしていた。

お姉様、ごめんなさい。


「マリア…マリア、大丈夫?」


「お姉、さま…?」


目を覚ますと、私はお姉様にぎゅっと手を握られていた。氷枕がひんやりと首元を冷やし、おでこには冷たいタオルが置かれている。


使用人は、奥の椅子でぐっすりと寝てしまっている。


全てお姉様がしてくれたんだわ。


「マリア?」


「っ、お姉様っ」


「どこか痛いの?」


ポロポロと涙が溢れた。
お姉様は、こんなにも優しい。
それなのに私は…


「…なさい」


「ん?」


「ごめんなさい、お姉様っ…」


お姉様は困惑したような表情を浮かべながらも、「怖い夢を見たのね」と私の頭を撫でながら、「もう大丈夫よ」と微笑んでくれた。



***


「あらアスベル、何か言いたいことでも?」


「…いいえ」


その日以降、私はお姉様にべったりひっつく妹になった。


そしてお姉様に抱きつくたびにムッとした表情のアスベルを見る。お姉様が関わる時だけアスベルは表情を変えるのだ。それが楽しかった。


お姉様は鈍感で、アスベルの気持ちに全くもって気づいていない。


でもダメよ。お姉様はまだ私のものなんだからっ。


ふんっと笑みを浮かべてアスベルを見ると、やれやれと呆れ顔を浮かべていた。


***


「お姉様ーーっ!」


「マリア、いらっしゃい」


あれから数年後。
アスベルと結婚したお姉様は、幸せそうな日々を送っているようで、会うたびにどんどん綺麗になっていく。


お腹にいる二人の赤ちゃんもスクスクと育っているようで、お腹が以前会った時よりも随分大きくなっていた。


「アリア、私がするから座っていて」


お姉様を椅子に座らせると、テキパキとアスベルがお茶の準備を始めた。


メイドもいるのだが、お姉様が食べるものは出来るだけ自分が作りたいと言って聞かないのだそうだ。

料理の腕前もシェフ顔負けらしい。
何というか、本当に溺愛が過ぎるわよね。


「お姉様」


「ん?なぁに?」


「これからもずっと私のお姉様でいてね」


「ふふっ。当たり前よ」


お姉様が私のお姉様でよかった。
幸せそうなお姉様を見て、私も幸せな気分に浸るのだった。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】契約結婚の妻は、まったく言うことを聞かない

あごにくまるたろう
恋愛
完結してます。全6話。 女が苦手な騎士は、言いなりになりそうな令嬢と契約結婚したはずが、なんにも言うことを聞いてもらえない話。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います

下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

嫌われていると思って彼を避けていたら、おもいっきり愛されていました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアメリナは、幼馴染の侯爵令息、ルドルフが大好き。ルドルフと少しでも一緒にいたくて、日々奮闘中だ。ただ、以前から自分に冷たいルドルフの態度を気にしていた。 そんなある日、友人たちと話しているルドルフを見つけ、近づこうとしたアメリナだったが “俺はあんなうるさい女、大嫌いだ。あの女と婚約させられるくらいなら、一生独身の方がいい!” いつもクールなルドルフが、珍しく声を荒げていた。 うるさい女って、私の事よね。以前から私に冷たかったのは、ずっと嫌われていたからなの? いつもルドルフに付きまとっていたアメリナは、完全に自分が嫌われていると勘違いし、彼を諦める事を決意する。 一方ルドルフは、今までいつも自分の傍にいたアメリナが急に冷たくなったことで、完全に動揺していた。実はルドルフは、誰よりもアメリナを愛していたのだ。アメリナに冷たく当たっていたのも、アメリナのある言葉を信じたため。 お互い思い合っているのにすれ違う2人。 さらなる勘違いから、焦りと不安を募らせていくルドルフは、次第に心が病んでいき… ※すれ違いからのハッピーエンドを目指していたのですが、なぜかヒーローが病んでしまいました汗 こんな感じの作品ですが、どうぞよろしくお願いしますm(__)m

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

処理中です...