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私のお姉様
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私は昔から器用な方で、裁縫やテーブルマナーなど、習ったことはすぐに習得できた。特に努力することもなく、一度習えば覚えてしまう。
だからこそ、お姉様がなぜあんなにも出来ないのか理解ができなかった。
「アリアには何をやらせても無駄ね。ほらここを見てみなさい。縫い目がバラバラよ」
お母様が吐き捨てるように言い、お姉様が縫ったハンカチを床に投げ捨てた。
お姉様がそれを拾い上げて泣きながら謝る。いつもの光景だ。
何でこんな人が私のお姉様なのかしら。もっとお姉様らしく、堂々として器用で優しい人だったら良かったのに。
物心がついた頃は、まだお母様はお姉様に優しかったと思う。ただ、私が同じように習い事を始め、お姉様よりも器用にこなすようになってから態度が一変した。
何だか私が悪いみたいじゃない。
少しばかりの罪悪感を抱えながらも、出来損ないのお姉様のせいでどうして私が苦しまないといけないのかと、苛立つ気持ちも湧いてくる。
けれど、そうは言っても姉妹だ。
お母様の行動に理解ができるかと言われたらそうではない。お父様もお母様と同じように、お姉様を何ともいえない冷たい眼差しで睨みつける。
お姉様のせいで、異様な家庭になってしまった。全てはお姉様が悪いのよ。
***
「今日からこいつはマリア専属の護衛騎士だ。しっかり守ってくれよ」
「…かしこまりました」
ある日、お姉様の専属騎士を務めていたアスベルが私の専属になった。外面だけはいいお父様が、お姉様にも護衛をつけなければ変に思われてしまうことを恐れ、孤児院で見つけて騎士として護衛につけたのだ。しかし意外にも才能を見せた彼は、グングンと実力をつけ、お父様の護衛騎士に引けを取らないほどの腕前になっていたらしい。
そのことを知ったお父様は、アリアなんかにはもったいないと私の護衛に移動させたのだった。
まぁ、護衛騎士なんかどうでも良いんだけど。それにしてもこの人、愛想悪いわね。ニコリとも笑わないじゃない。
そして、過ごしてみて気づいたことがある。彼の視線の先には必ずお姉様がいたのだ。
へぇ、この人お姉様に気があるのね。
私には関係のないことだけど。
***
ある時、私は高熱にうなされていた。
流行り病にかかってしまったのだ。
「かわいそうに。どうして苦しむのが貴方じゃなくてマリアなのよっ!」
ベットに横たわる私の手を握りしめ、お母様はお姉様に向かって怒鳴りつけた。
お姉様は何も言わず、ただ黙っている。
お願いだから、こんな時くらい静かにしてくれないかしら。お姉様も、黙ってないで何か言えばいいのに。
その様子をアスベルが拳を握りしめながらグッと耐えるように側に立っていたのが見えて、私は思わずため息をついた。
…ここはどこ?
あぁ、夢を見ているのね。
それは、幼い時の記憶だった。
『マリア、上手ねー!』
この声はお姉様かしら?
そして隣で笑っている赤ん坊は、私?
『マリア、刺繍はこうやって縫うのよ。そう。あらあら、上手!』
そうだ、思い出したわ。
お姉様はいつも私を可愛がってくれていた。
刺繍を覚えたのも、お姉様がこっそり教えてくれたから。テーブルマナーを覚えたのも、お姉様を見よう見まねで真似していたから。
ずっと側で見ていたから出来たのだ。
何をしても器用にこなせていたのは、お姉様がいたから。
お姉様が深夜まで刺繍の練習をしていたのを知っている。本当はお菓子作りや花を育てることが得意で、刺繍は苦手だったことも、だからこそ人一倍努力していたことも、私は知っている。
それなのに、どうして私はお姉様のことをこんなにも馬鹿にして、見下すようになってしまったのかしら。
お父様やお母様のように直接お姉様に言わない、私は優しくて心が広い妹だと勘違いしていた。
お姉様、ごめんなさい。
「マリア…マリア、大丈夫?」
「お姉、さま…?」
目を覚ますと、私はお姉様にぎゅっと手を握られていた。氷枕がひんやりと首元を冷やし、おでこには冷たいタオルが置かれている。
使用人は、奥の椅子でぐっすりと寝てしまっている。
全てお姉様がしてくれたんだわ。
「マリア?」
「っ、お姉様っ」
「どこか痛いの?」
ポロポロと涙が溢れた。
お姉様は、こんなにも優しい。
それなのに私は…
「…なさい」
「ん?」
「ごめんなさい、お姉様っ…」
お姉様は困惑したような表情を浮かべながらも、「怖い夢を見たのね」と私の頭を撫でながら、「もう大丈夫よ」と微笑んでくれた。
***
「あらアスベル、何か言いたいことでも?」
「…いいえ」
その日以降、私はお姉様にべったりひっつく妹になった。
そしてお姉様に抱きつくたびにムッとした表情のアスベルを見る。お姉様が関わる時だけアスベルは表情を変えるのだ。それが楽しかった。
お姉様は鈍感で、アスベルの気持ちに全くもって気づいていない。
でもダメよ。お姉様はまだ私のものなんだからっ。
ふんっと笑みを浮かべてアスベルを見ると、やれやれと呆れ顔を浮かべていた。
***
「お姉様ーーっ!」
「マリア、いらっしゃい」
あれから数年後。
アスベルと結婚したお姉様は、幸せそうな日々を送っているようで、会うたびにどんどん綺麗になっていく。
お腹にいる二人の赤ちゃんもスクスクと育っているようで、お腹が以前会った時よりも随分大きくなっていた。
「アリア、私がするから座っていて」
お姉様を椅子に座らせると、テキパキとアスベルがお茶の準備を始めた。
メイドもいるのだが、お姉様が食べるものは出来るだけ自分が作りたいと言って聞かないのだそうだ。
料理の腕前もシェフ顔負けらしい。
何というか、本当に溺愛が過ぎるわよね。
「お姉様」
「ん?なぁに?」
「これからもずっと私のお姉様でいてね」
「ふふっ。当たり前よ」
お姉様が私のお姉様でよかった。
幸せそうなお姉様を見て、私も幸せな気分に浸るのだった。
だからこそ、お姉様がなぜあんなにも出来ないのか理解ができなかった。
「アリアには何をやらせても無駄ね。ほらここを見てみなさい。縫い目がバラバラよ」
お母様が吐き捨てるように言い、お姉様が縫ったハンカチを床に投げ捨てた。
お姉様がそれを拾い上げて泣きながら謝る。いつもの光景だ。
何でこんな人が私のお姉様なのかしら。もっとお姉様らしく、堂々として器用で優しい人だったら良かったのに。
物心がついた頃は、まだお母様はお姉様に優しかったと思う。ただ、私が同じように習い事を始め、お姉様よりも器用にこなすようになってから態度が一変した。
何だか私が悪いみたいじゃない。
少しばかりの罪悪感を抱えながらも、出来損ないのお姉様のせいでどうして私が苦しまないといけないのかと、苛立つ気持ちも湧いてくる。
けれど、そうは言っても姉妹だ。
お母様の行動に理解ができるかと言われたらそうではない。お父様もお母様と同じように、お姉様を何ともいえない冷たい眼差しで睨みつける。
お姉様のせいで、異様な家庭になってしまった。全てはお姉様が悪いのよ。
***
「今日からこいつはマリア専属の護衛騎士だ。しっかり守ってくれよ」
「…かしこまりました」
ある日、お姉様の専属騎士を務めていたアスベルが私の専属になった。外面だけはいいお父様が、お姉様にも護衛をつけなければ変に思われてしまうことを恐れ、孤児院で見つけて騎士として護衛につけたのだ。しかし意外にも才能を見せた彼は、グングンと実力をつけ、お父様の護衛騎士に引けを取らないほどの腕前になっていたらしい。
そのことを知ったお父様は、アリアなんかにはもったいないと私の護衛に移動させたのだった。
まぁ、護衛騎士なんかどうでも良いんだけど。それにしてもこの人、愛想悪いわね。ニコリとも笑わないじゃない。
そして、過ごしてみて気づいたことがある。彼の視線の先には必ずお姉様がいたのだ。
へぇ、この人お姉様に気があるのね。
私には関係のないことだけど。
***
ある時、私は高熱にうなされていた。
流行り病にかかってしまったのだ。
「かわいそうに。どうして苦しむのが貴方じゃなくてマリアなのよっ!」
ベットに横たわる私の手を握りしめ、お母様はお姉様に向かって怒鳴りつけた。
お姉様は何も言わず、ただ黙っている。
お願いだから、こんな時くらい静かにしてくれないかしら。お姉様も、黙ってないで何か言えばいいのに。
その様子をアスベルが拳を握りしめながらグッと耐えるように側に立っていたのが見えて、私は思わずため息をついた。
…ここはどこ?
あぁ、夢を見ているのね。
それは、幼い時の記憶だった。
『マリア、上手ねー!』
この声はお姉様かしら?
そして隣で笑っている赤ん坊は、私?
『マリア、刺繍はこうやって縫うのよ。そう。あらあら、上手!』
そうだ、思い出したわ。
お姉様はいつも私を可愛がってくれていた。
刺繍を覚えたのも、お姉様がこっそり教えてくれたから。テーブルマナーを覚えたのも、お姉様を見よう見まねで真似していたから。
ずっと側で見ていたから出来たのだ。
何をしても器用にこなせていたのは、お姉様がいたから。
お姉様が深夜まで刺繍の練習をしていたのを知っている。本当はお菓子作りや花を育てることが得意で、刺繍は苦手だったことも、だからこそ人一倍努力していたことも、私は知っている。
それなのに、どうして私はお姉様のことをこんなにも馬鹿にして、見下すようになってしまったのかしら。
お父様やお母様のように直接お姉様に言わない、私は優しくて心が広い妹だと勘違いしていた。
お姉様、ごめんなさい。
「マリア…マリア、大丈夫?」
「お姉、さま…?」
目を覚ますと、私はお姉様にぎゅっと手を握られていた。氷枕がひんやりと首元を冷やし、おでこには冷たいタオルが置かれている。
使用人は、奥の椅子でぐっすりと寝てしまっている。
全てお姉様がしてくれたんだわ。
「マリア?」
「っ、お姉様っ」
「どこか痛いの?」
ポロポロと涙が溢れた。
お姉様は、こんなにも優しい。
それなのに私は…
「…なさい」
「ん?」
「ごめんなさい、お姉様っ…」
お姉様は困惑したような表情を浮かべながらも、「怖い夢を見たのね」と私の頭を撫でながら、「もう大丈夫よ」と微笑んでくれた。
***
「あらアスベル、何か言いたいことでも?」
「…いいえ」
その日以降、私はお姉様にべったりひっつく妹になった。
そしてお姉様に抱きつくたびにムッとした表情のアスベルを見る。お姉様が関わる時だけアスベルは表情を変えるのだ。それが楽しかった。
お姉様は鈍感で、アスベルの気持ちに全くもって気づいていない。
でもダメよ。お姉様はまだ私のものなんだからっ。
ふんっと笑みを浮かべてアスベルを見ると、やれやれと呆れ顔を浮かべていた。
***
「お姉様ーーっ!」
「マリア、いらっしゃい」
あれから数年後。
アスベルと結婚したお姉様は、幸せそうな日々を送っているようで、会うたびにどんどん綺麗になっていく。
お腹にいる二人の赤ちゃんもスクスクと育っているようで、お腹が以前会った時よりも随分大きくなっていた。
「アリア、私がするから座っていて」
お姉様を椅子に座らせると、テキパキとアスベルがお茶の準備を始めた。
メイドもいるのだが、お姉様が食べるものは出来るだけ自分が作りたいと言って聞かないのだそうだ。
料理の腕前もシェフ顔負けらしい。
何というか、本当に溺愛が過ぎるわよね。
「お姉様」
「ん?なぁに?」
「これからもずっと私のお姉様でいてね」
「ふふっ。当たり前よ」
お姉様が私のお姉様でよかった。
幸せそうなお姉様を見て、私も幸せな気分に浸るのだった。
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