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中編
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アスベル。
私を慕い、守ってくれた側近の護衛騎士。
優秀で真面目で、優しい。
いつも剣の練習をしていて、優しく思い遣りのある明るい性格から、使用人たちにも慕われていた。
両親はアスベルを気に入り、途中からマリアの護衛に変えてしまった。けれどアスベルは、変わらず私を守ってくれた。
事件が起きたのはある日の午後のこと。
マリアに誘われて街の広場に出掛けた時、突然強盗に襲われた。
持っていたカバンや靴、全てを脱がされそうになり必死で抵抗した。他の護衛の騎士たちもすぐさま助けに来てくれて事なきを得た。
問題になったのは、私を率先して助けてくれたのがアスベルだったこと。ちょうどその場に出くわした父の友人が、その事を話してしまったのだ。
父はマリアではなく私を優先して助けたことに激怒し、一方的にアスベルを解雇した。
アスベルは悪くないと私は泣きながら訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。
「アリアお嬢様、これは私があなたを守りたくてした事です。後悔はありません。ですから泣かないでください。…いつか必ず、あなたを迎えに行きます。」
最後の日、アスベルは泣きじゃくる私の頬を優しく撫で、邸宅を去っていった。しばらくの間は立ち直れなかった。変わらない態度で接してくれたアスベルのことが、ずっと好きだったから。
けれどそれ以降、彼に会うことも、噂を聞くこともなかった。
そんな彼が、どうして目の前にいるの?
「相変わらず、驚いた時は可愛らしい顔をされるのですね」
「…っ」
可愛らしいと言われたのは初めてで、どういう反応をしていいのかわからず思わず俯いてしまう。
「いきましょう。これからはあなたは私の妻です」
「どういう、こと?」
「話は中でしましょう」
嬉しそうに微笑みながら私の手を掴むと、アスベルは大袈裟に手を振りながら私の腕を揺らし、邸宅へと連れて行った。
***
一体どういうことなの?
私は一人、頭を抱えていた。
結婚したのはマリオット侯爵様のはず。両親も彼からお金を受け取っているようだし、間違えるはずがない。
アスベルはなんだかんだで真相を言わず、「まずは食事にしましょう。これに着替えてください。ここにあるものは全てあなたのものですから、自由に使ってくださいね」と言い、部屋へと案内してくれた。
部屋は私の好きなピンクに統一され、とても可愛らしかった。クローゼットには驚くほどびっしりとドレスが並べてある。
これ、全部私のために?
「奥様、お着替えはこちらです」
メイド達に促され、私はあれよあれよという間に着替え、髪も整えてもらった。
「奥様、これからどうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ…お願いします」
「あら、敬語はよしてください。奥様が来てくださって、私たちすごく嬉しいんです。これから必要なことがあれば何なりとおっしゃってくださいね」
にっこりと微笑むメイド達。
今まで、メイド達とは必要最低限のことしか話さなかった。アスベルの件があってから、私と関わるとまずいという噂が流れてしまったから。ひどい扱いを受けたわけではないけれど、楽しそうに会話するマリアを見ているとなんだか惨めだった。
けれど、ここではもうそんな思いをしなくて良いのね。そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
食堂に行くと、すでにアスベルは席に着いていた。
「綺麗です。式の時も思っていましたが、何を着てもよく似合います」
「…ありが、とう」
「座ってください。夕食にしましょう」
アスベルとの久しぶりの会話は楽しかった。聞きたいこともたくさんあったけれど、それを忘れてしまうほどに楽しい時間だった。
夕食も終盤に差し掛かった頃、アスベルはふと真剣な眼差しになって私を見た。
「アリアお嬢様…いいえ、アリア。私があなたと結婚できたのは、マリアお嬢様のおかげなんです」
「どういう…こと?」
マリアのおかげ?
アスベルはことの真相を話してくれた。
両親は既に他界し、身寄りのなかったアスベルは、伯爵家から解雇されたあと、同じく騎士である友人の勧めもあり皇帝騎士の試験を受けることにした。その友人は騎士の試験に合格し、かなり優遇された身分も与えてもらったそうだ。
アリアお嬢様を迎えに行くにはこの方法しかないと考え、必死で勉強し訓練に励んだアスベルは、首席で合格することとなる。
騎士の仕事にも慣れ、ある程度の地位を築いたアスベルがようやくアリアを迎えに行けると準備を整えていたその矢先、政略結婚の話が持ち上がっている事を知った。
しかも相手はあのマリオット侯爵。どれだけアリアお嬢様を傷つければ気が済むんだ。
怒りに震えたアスベルは、今まで培ってきた人脈を総動員させ、マリオット侯爵との縁談を断ち切ることに成功した。
しかし、問題はアリアの両親だった。いくら今回上手くいったとしても、また次のターゲットを探すに違いない。私が縁談を持ちかけたところで、おそらくマリアお嬢様を相手にと話を推し進められるはず。
どうしたものかと悩んでいた時、一通の手紙が届いた。
宛名はマリアお嬢様からだった。
私を慕い、守ってくれた側近の護衛騎士。
優秀で真面目で、優しい。
いつも剣の練習をしていて、優しく思い遣りのある明るい性格から、使用人たちにも慕われていた。
両親はアスベルを気に入り、途中からマリアの護衛に変えてしまった。けれどアスベルは、変わらず私を守ってくれた。
事件が起きたのはある日の午後のこと。
マリアに誘われて街の広場に出掛けた時、突然強盗に襲われた。
持っていたカバンや靴、全てを脱がされそうになり必死で抵抗した。他の護衛の騎士たちもすぐさま助けに来てくれて事なきを得た。
問題になったのは、私を率先して助けてくれたのがアスベルだったこと。ちょうどその場に出くわした父の友人が、その事を話してしまったのだ。
父はマリアではなく私を優先して助けたことに激怒し、一方的にアスベルを解雇した。
アスベルは悪くないと私は泣きながら訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。
「アリアお嬢様、これは私があなたを守りたくてした事です。後悔はありません。ですから泣かないでください。…いつか必ず、あなたを迎えに行きます。」
最後の日、アスベルは泣きじゃくる私の頬を優しく撫で、邸宅を去っていった。しばらくの間は立ち直れなかった。変わらない態度で接してくれたアスベルのことが、ずっと好きだったから。
けれどそれ以降、彼に会うことも、噂を聞くこともなかった。
そんな彼が、どうして目の前にいるの?
「相変わらず、驚いた時は可愛らしい顔をされるのですね」
「…っ」
可愛らしいと言われたのは初めてで、どういう反応をしていいのかわからず思わず俯いてしまう。
「いきましょう。これからはあなたは私の妻です」
「どういう、こと?」
「話は中でしましょう」
嬉しそうに微笑みながら私の手を掴むと、アスベルは大袈裟に手を振りながら私の腕を揺らし、邸宅へと連れて行った。
***
一体どういうことなの?
私は一人、頭を抱えていた。
結婚したのはマリオット侯爵様のはず。両親も彼からお金を受け取っているようだし、間違えるはずがない。
アスベルはなんだかんだで真相を言わず、「まずは食事にしましょう。これに着替えてください。ここにあるものは全てあなたのものですから、自由に使ってくださいね」と言い、部屋へと案内してくれた。
部屋は私の好きなピンクに統一され、とても可愛らしかった。クローゼットには驚くほどびっしりとドレスが並べてある。
これ、全部私のために?
「奥様、お着替えはこちらです」
メイド達に促され、私はあれよあれよという間に着替え、髪も整えてもらった。
「奥様、これからどうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ…お願いします」
「あら、敬語はよしてください。奥様が来てくださって、私たちすごく嬉しいんです。これから必要なことがあれば何なりとおっしゃってくださいね」
にっこりと微笑むメイド達。
今まで、メイド達とは必要最低限のことしか話さなかった。アスベルの件があってから、私と関わるとまずいという噂が流れてしまったから。ひどい扱いを受けたわけではないけれど、楽しそうに会話するマリアを見ているとなんだか惨めだった。
けれど、ここではもうそんな思いをしなくて良いのね。そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
食堂に行くと、すでにアスベルは席に着いていた。
「綺麗です。式の時も思っていましたが、何を着てもよく似合います」
「…ありが、とう」
「座ってください。夕食にしましょう」
アスベルとの久しぶりの会話は楽しかった。聞きたいこともたくさんあったけれど、それを忘れてしまうほどに楽しい時間だった。
夕食も終盤に差し掛かった頃、アスベルはふと真剣な眼差しになって私を見た。
「アリアお嬢様…いいえ、アリア。私があなたと結婚できたのは、マリアお嬢様のおかげなんです」
「どういう…こと?」
マリアのおかげ?
アスベルはことの真相を話してくれた。
両親は既に他界し、身寄りのなかったアスベルは、伯爵家から解雇されたあと、同じく騎士である友人の勧めもあり皇帝騎士の試験を受けることにした。その友人は騎士の試験に合格し、かなり優遇された身分も与えてもらったそうだ。
アリアお嬢様を迎えに行くにはこの方法しかないと考え、必死で勉強し訓練に励んだアスベルは、首席で合格することとなる。
騎士の仕事にも慣れ、ある程度の地位を築いたアスベルがようやくアリアを迎えに行けると準備を整えていたその矢先、政略結婚の話が持ち上がっている事を知った。
しかも相手はあのマリオット侯爵。どれだけアリアお嬢様を傷つければ気が済むんだ。
怒りに震えたアスベルは、今まで培ってきた人脈を総動員させ、マリオット侯爵との縁談を断ち切ることに成功した。
しかし、問題はアリアの両親だった。いくら今回上手くいったとしても、また次のターゲットを探すに違いない。私が縁談を持ちかけたところで、おそらくマリアお嬢様を相手にと話を推し進められるはず。
どうしたものかと悩んでいた時、一通の手紙が届いた。
宛名はマリアお嬢様からだった。
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