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雰囲気

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「あの、マリウス公爵様」


「ん?」


「そろそろ離していただけないでしょうか」


「...............わかった」


長い沈黙の後、マリウス公爵様はようやく私を解放してくださりました。


一体何だったのでしょうか。


公爵様はなお私を見つめて、手を離そうとはしません。


「...痛かっただろう。皿で手を切ったそうだな。しかも深く」


「大したことではありませんから」


なので、そろそろ手を離してはもらえないでしょうか...



「あの、公爵様?」


「どうした?」


「もう、大丈夫ですからお部屋にお戻りください」


「何か問題でも?」


いやいやいやいやいや。
問題大ありですよ!


メイドの部屋に居座る公爵様がどこにいるんですか!


マリウス公爵様って、どうしてこう突拍子もないことを言い始めるのかしら。この前の公爵様の部屋に入ったことだってそうだし...


「夕食がまだだろう。ここに持ってくるようライトルに伝えてあるんだ。一緒に食べよう」


にこっと微笑む公爵様。
いや...にこっ、じゃないんですけど。



「ち、ちょっと待ってください!!」


「...なんだ」



今まで、男性が自分の部屋に入ってきたことなどないのです。そもそも男性の部屋に入ったのは幼馴染であるマルクスの部屋だけ。それに、彼の部屋と言っても家族との共同スペースで個室だったわけではありません。


男性の個室の部屋に入ったのは公爵様の部屋が実は初めてだったのです。


まぁ、それは不可抗力だったので一旦良しとしましょう。けれど今回は話が別です。



「部屋も随分様変わりしたな」


公爵様は楽しそうに私の部屋を物色しながらにやにやと笑みを浮かべています。


公爵様もニヤけることがあるのね。何であんな表情をされるのか全く分からないけれど...なんだか良くないものを見てしまった気分だわ。


端麗なお顔をお持ちの公爵様です。今まで数多くの女性の部屋へ招き入れられたことでしょう。


まぁ、私は平民ですから彼女たちが持っているような高価なものはありませんが。


「ナリア」


「はい」


ここに座れ、というように公爵様は部屋のソファに座り隣をトントンと叩きます。


いやいや、何でそんな近くに座らないといけないんですか。


私は気づかないふりをして近くの椅子に腰掛けると、マリウス公爵様はまたもや不服そうな表情をされました。


マリウス公爵様の部屋とは違い、コンパクトなお部屋。それでも、おそらく普通のメイドの部屋とは桁違いの広さです。


「マリウス公爵様」


「何だ?」


「...今更ですが、こんな立派な部屋を用意してくださって、ありがとうございます」


「気に入ったか?」


「はい、とても。私の好きなオレンジ色ですし」


思わず顔が綻びます。公爵様はそんな私を見て嬉しそうに笑いました。


こんな表情もされるのね。なんだか、いつもより雰囲気が柔らかい気がする。気のせいかしら?


ライトルさんが夕食を届けてくださるまでの間、私は公爵様と他愛のない会話をして過ごすのでした。
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