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第35話
しおりを挟むノックをすると、すぐに進藤先生は出た。Tシャツがお腹で張っていた。鍛えた体付きの太田先生を見た後だからか、心なしかお腹がさらに大きくなった気がする。
「ああ、きみたちか。一体どうしたんだい?」
下がった眼鏡を上にあげながら、進藤先生が訊いた。
「高山さんの様子がおかしくて、先生を訪ねてきたんです」
美香子は明代を前に押し出しながら言った。
明代はまだぐったりとしていた。
「そう言えば高山さんから連絡が来ていたな。折り返していなくてすまない。何があったんだい?」
先生は美香子たちを中へ入れながら訊いた。
美香子は明代に代わって明代の話をした。先生は神妙な面持ちで聞いていた。
やがて、話し終わると「なるほど」とだけ言った。
美香子は結果を知りたくて、自ら先を促した。
「高山さんは現実に起こると恐れていますけど、本当に起きる可能性はあるのでしょうか」
先生は、うーん、と唸った。
「ない」の言葉を待っていた美香子まで不安な気持ちになってきた。
「先生は予知夢も存在すると思っていらっしゃるんですか?」
進藤はここでようやく美香子を見た。
今度ははっきりと言った。
「予知夢もこの世に存在する。高山さんにはその資質がある」
美香子は唖然として一瞬声を失った。
「で、でも先生。先生は、夢から過去を調べているんですよね?」
ようやく絞り出すように美香子は声を出した。
これ以上非現実的な問題に直面すると、今自分がいる現実を疑ってしまいそうだった。
「無論。ただ、高山さんの場合、過去というより未来が見えているんじゃないかと思っている。彼女のこれまでの人生を聞いただろう?どれも、未来を知らないとできる選択じゃない」
「じゃあ、私の同僚は、本当に殺されてしまうんでしょうか」
「もちろん、それはわからない。予知夢と言ってもすべてが現実に起きるわけではい。可能性がないわけではない。それだけさ」
進藤先生は突き放すように言った。
実際に起きるかどうか結果だけが知りたいんだ、そう言われているようだった。
「それよりも、その後きみの方には何か新しい記憶は戻ったかい?」
進藤先生は明代のことを切り上げ、美香子に訊いた。
「何もありません」
美香子は平静を装って応えた。
本当は、最近思い出す出来事について触れたくなかった。
記憶は間隔をあけずに思い出すようになっていた。
沙織は、嫌な女だった。
思い出せば出すほどに。
金持ちのお嬢様で美人だからと、高飛車な性格だった。
周りの友人を「貧乏人」と蔑んでいた。
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今、わたしという存在の意義がわかってきた。お金持ちでも美人でもない自分に納得しかない。
だから、できるだけもう考えたくなかった。
すべてを受け入れるから、これ以上前世を知って苦しい思いをしたくはなかった。
「本当かい?」
進藤先生は念を押すように訊いてきた。
「はい」
はっきりと応えた。
まだ疑っている様子の先生に頭を下げて扉を開いた。
その時、明代が叫んだ。
「人殺しはわたしよ!わたしが、矢野祐奈を殺したの!」
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