56 / 60
第三章
攻略
しおりを挟む
史上初のダンジョン攻略ツアーの開催は、あっという間に中央大陸全土に話題が広がった。あれよあれよという間に我こそはという参加者が集い、事務作業を担当するケルヴィンがてんてこ舞いになるほどだった。大反響とはいえダンジョンはどうしても危険が伴う。そのため、今回のツアーの添乗員を務めるアベルが気を配れる人数を上限にしようということになり、泣く泣く参加者を二十名まで絞った。
そうしてダンジョン攻略ツアー決行日を迎えた今日――出発地である王都の中央広場には参加者である屈強な者たちが集合していた。それはさながら戦地に赴く歴戦に戦士たちのようで、とてもじゃないけれど普通の旅行客には見えなかった。
ダンジョン攻略ツアー御一行の団長……もとい添乗員を務めるアベルが前に出る。
「皆さん、このたびは当社初のダンジョン攻略ツアーにご参加くださり、ありがとうございます!」
「いよっ、大将!」
「いいぞいいぞ!」
広場に集った参加者たちから合いの手が上がる。むさ苦しい男たちが集まったせいで体育会系のノリになっている。参加者たちは主に、騎士、冒険者、傭兵、商人――と様々な職業ではあるものの、皆ダンジョン攻略経験者だ。なるべく余計な危険を減らそうという配慮である。
アベルは参加者たちの顔ぶれを見回す。
「それではさっそくだが水の洞窟に観光に行くにあたって注意事項がある。まずは――」
アベルが説明した内容は、
①水の洞窟は足場が悪いため光を絶やさないこと
②ぬかるんでいるため足元に気をつけること
③魔獣とエンカウントしたら必ず周囲に知らせること
④逐一持ち物を確認すること
⑤ひとりで勝手に判断して突っ走らないこと
等々であった。全員経験者のため細かい説明は不要なのだ。各自の判断に任せるところが多い。
ひと通り説明を終えると、アベルが脇で待機していたヒースを手招きする。
「ヒース、ウェルカムサービスの説明を頼む」
「承知」
ヒースがアベルに代わって前に立つ。それを見計らったケルヴィンが聖水の小瓶を参加者に配り回った。
ヒースが配られた物と同じ小瓶を皆に見せる。
「ただいま皆様のお手元にお配りしているのは、聖水の入った小瓶です」
「聖水……。聖女神教会の物か!」
「左様です。ウェルカムサービスとして本ツアー参加者様全員に配らせていただきます。ダンジョン攻略の際にご活用ください」
参加者の言葉にヒースが頷いている。皆しげしげと聖水の瓶を眺めては、「すげえな」と呟いている。きっと喜んでもらえたのだろう。ほっとしたのも束の間に、ヒースが今度はセシリーナを手招きする。最後の社長挨拶の場面なのだ。
セシリーナは頷くと、ヒースに代わって皆の前に立つ。
「皆様、本日はご参加くださりありがとうございます! 思いっきり楽しみましょう!」
「おおーっ!」
参加者たちが盛大な拍手を送ってくれる。大きなアクシデントがなく、皆の思い出に残る楽しいツアーにできたらと思う。それからウンディーネと契約すること――自分にはその使命もある。
セシリーナは参加者たちの拍手に包まれながら、旅の成功を祈った。
参加者を乗せた幌馬車は王都から水の洞窟に向けて出発した。王都近郊にあるので半刻もあれば到着できる。馬車は洞窟へと続く常緑樹の生い茂る森へ入ってゆく。頭上に絡み合う枝葉から木洩れ日が差し込んでいる。新緑の湿った土の匂いに清々しい気持ちになっていると――やがて山肌の岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。鍛冶師たちが鉱物を採掘するために出入りしているから人の手が入っていないわけではないけれど、それでも辺りはひと気がなく静まり返っていた。
「……ここが、ダンジョン」
「セシィは初めてか? まぁ、用がなけりゃわざわざ来ないよな」
「そう言うアベルはすごく慣れていそうですね」
自分は少なからず緊張しているけれど、アベルは余裕しゃくしゃくだ。同行しているケルヴィンやヒース、他の参加者たちの表情も柔らかい。もしかして一番ダンジョン慣れしていないのは自分なのではないだろうか。
ちなみにダンジョンというのは、魔獣が徘徊する領域のことを指す。洞窟もあれば、遺跡や施設、古城などの形態もあってバリエーションに富んでいる。ダンジョン内には貴重な財宝や神秘の謎が隠されていることが多い。お宝を求めてダンジョンに挑む冒険者をトレジャーハンターと呼んだりもする。
けれども一般人にとっては危険な場所だ。よほどのことがなければ近づかない。令嬢育ちのセシリーナもまた、ダンジョンのことは知識としては知っていてもこうして目の当たりにしたことはなかった。
参加者たちは事前に決めておいた隊列を組む。先頭を担当するアベルが声を張った。
「みんな、竜王が復活したばかりで魔獣たちは気が立っている。くれぐれも油断しないように」
「全員、ウェルカムサービスで渡した聖水を体に振りかけてください!」
ヒースに言われて、セシリーナも胸ポケットにしまい込んでいた聖水を慌てて頭上から振りかける。身体の表面が一瞬だけ銀色に縁どられた気がした。おそらく聖水の守護効果が掛かったのだ。
アベルがマントを翻して洞窟の中へと足を踏み出す。
「みんな、準備はいいか。これより水の洞窟の攻略を開始する。――出発!」
そうしてダンジョン攻略ツアー決行日を迎えた今日――出発地である王都の中央広場には参加者である屈強な者たちが集合していた。それはさながら戦地に赴く歴戦に戦士たちのようで、とてもじゃないけれど普通の旅行客には見えなかった。
ダンジョン攻略ツアー御一行の団長……もとい添乗員を務めるアベルが前に出る。
「皆さん、このたびは当社初のダンジョン攻略ツアーにご参加くださり、ありがとうございます!」
「いよっ、大将!」
「いいぞいいぞ!」
広場に集った参加者たちから合いの手が上がる。むさ苦しい男たちが集まったせいで体育会系のノリになっている。参加者たちは主に、騎士、冒険者、傭兵、商人――と様々な職業ではあるものの、皆ダンジョン攻略経験者だ。なるべく余計な危険を減らそうという配慮である。
アベルは参加者たちの顔ぶれを見回す。
「それではさっそくだが水の洞窟に観光に行くにあたって注意事項がある。まずは――」
アベルが説明した内容は、
①水の洞窟は足場が悪いため光を絶やさないこと
②ぬかるんでいるため足元に気をつけること
③魔獣とエンカウントしたら必ず周囲に知らせること
④逐一持ち物を確認すること
⑤ひとりで勝手に判断して突っ走らないこと
等々であった。全員経験者のため細かい説明は不要なのだ。各自の判断に任せるところが多い。
ひと通り説明を終えると、アベルが脇で待機していたヒースを手招きする。
「ヒース、ウェルカムサービスの説明を頼む」
「承知」
ヒースがアベルに代わって前に立つ。それを見計らったケルヴィンが聖水の小瓶を参加者に配り回った。
ヒースが配られた物と同じ小瓶を皆に見せる。
「ただいま皆様のお手元にお配りしているのは、聖水の入った小瓶です」
「聖水……。聖女神教会の物か!」
「左様です。ウェルカムサービスとして本ツアー参加者様全員に配らせていただきます。ダンジョン攻略の際にご活用ください」
参加者の言葉にヒースが頷いている。皆しげしげと聖水の瓶を眺めては、「すげえな」と呟いている。きっと喜んでもらえたのだろう。ほっとしたのも束の間に、ヒースが今度はセシリーナを手招きする。最後の社長挨拶の場面なのだ。
セシリーナは頷くと、ヒースに代わって皆の前に立つ。
「皆様、本日はご参加くださりありがとうございます! 思いっきり楽しみましょう!」
「おおーっ!」
参加者たちが盛大な拍手を送ってくれる。大きなアクシデントがなく、皆の思い出に残る楽しいツアーにできたらと思う。それからウンディーネと契約すること――自分にはその使命もある。
セシリーナは参加者たちの拍手に包まれながら、旅の成功を祈った。
参加者を乗せた幌馬車は王都から水の洞窟に向けて出発した。王都近郊にあるので半刻もあれば到着できる。馬車は洞窟へと続く常緑樹の生い茂る森へ入ってゆく。頭上に絡み合う枝葉から木洩れ日が差し込んでいる。新緑の湿った土の匂いに清々しい気持ちになっていると――やがて山肌の岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。鍛冶師たちが鉱物を採掘するために出入りしているから人の手が入っていないわけではないけれど、それでも辺りはひと気がなく静まり返っていた。
「……ここが、ダンジョン」
「セシィは初めてか? まぁ、用がなけりゃわざわざ来ないよな」
「そう言うアベルはすごく慣れていそうですね」
自分は少なからず緊張しているけれど、アベルは余裕しゃくしゃくだ。同行しているケルヴィンやヒース、他の参加者たちの表情も柔らかい。もしかして一番ダンジョン慣れしていないのは自分なのではないだろうか。
ちなみにダンジョンというのは、魔獣が徘徊する領域のことを指す。洞窟もあれば、遺跡や施設、古城などの形態もあってバリエーションに富んでいる。ダンジョン内には貴重な財宝や神秘の謎が隠されていることが多い。お宝を求めてダンジョンに挑む冒険者をトレジャーハンターと呼んだりもする。
けれども一般人にとっては危険な場所だ。よほどのことがなければ近づかない。令嬢育ちのセシリーナもまた、ダンジョンのことは知識としては知っていてもこうして目の当たりにしたことはなかった。
参加者たちは事前に決めておいた隊列を組む。先頭を担当するアベルが声を張った。
「みんな、竜王が復活したばかりで魔獣たちは気が立っている。くれぐれも油断しないように」
「全員、ウェルカムサービスで渡した聖水を体に振りかけてください!」
ヒースに言われて、セシリーナも胸ポケットにしまい込んでいた聖水を慌てて頭上から振りかける。身体の表面が一瞬だけ銀色に縁どられた気がした。おそらく聖水の守護効果が掛かったのだ。
アベルがマントを翻して洞窟の中へと足を踏み出す。
「みんな、準備はいいか。これより水の洞窟の攻略を開始する。――出発!」
11
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる