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第二章

差し入れ

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(そういえば、ヒースってどんなものが好きなんだろう?)

 差し入れを買おうといざ中央広場にやって来たところで、セシリーナははたと固まった。円形の場内をぐるりと囲む色とりどりの露店。目移りしてしまう。甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの、酸っぱいもの――砂糖菓子から串焼きまで露店はバラエティに富んでいた。旅の最中にヒースと食事を共にすることがあったけれど、特に好き嫌いはなさそうだった。……いや、辛いものを食べたときに咳き込んでいたから、辛すぎるものは避けたほうがいいかもしれない。

「たしか魔力を補うには糖分が良いって言うよね」

 ヒースだけでなく救護にあたっている他の神官たちも疲れているだろう。甘いものを差し入れるのが良さそうだ。食べやすいように片手で食べられるほうがいいだろうか。神官たちに配りやすいように個包装になっているものがいいだろうか。

「それになるべく腹持ちがいいものがよさそうだよね。よーし!」

 考えあぐねた末、セシリーナは広場で香ばしい匂いを漂わせていたパン屋に足を運んだ。そこで一押ししていた蜂蜜を練り込んだ小麦粉のパンをたくさん買い込む。それの詰め込まれた大きな紙袋を両手で抱えていそいそと教会へ向かった。
 中央広場と街路を挟んでほど近くにある教会にやって来たセシリーナは、二本の巨大な尖塔が目印の城下町のシンボルともいえる女神教会を見上げた。女神教会は自分がこの世界に転生するときにお世話になった転生の女神を信仰する宗教の建物だ。この世界は一神教なので、女神信仰をおこなう女神教のみしか存在しない。つまりこの世界にある教会はすべて女神教の統括する建物ということになる。
 ヒースも例にもれず女神教に属する神官のひとりだ。そして彼の父親がその宗教組織のトップ――教皇の役割を務めているのだった。この世界は政教分離を敷いているので、国王と並ぶ立場にある教皇の息子であるヒースはある意味王子様と同じ身分ということになる。本当はしかるべき身分なのだけれど本人が身分に縛られることを好まないためか、自由に行動しているようだった。

(そう考えると、ヒースって結構変わり者なんだよなあ)

 一癖も二癖もありそうな性格とはいえ、彼が次期教皇候補であるという事実は変わらない。だから自分たち一般人が知り得ない聖騎士と竜王の秘密をなにか知っているのかもしれない。

「聞きたいけど聞けない……」
「あれ、セシリーナ? そんなところで突っ立ってどうしたの。暇なの?」

 ちょうど教会の扉から出てきたらしいヒースに開口一番に嫌味を言われる。この毒舌にもそろそろ慣れてきた。彼にとって挨拶替わりなのだろう。
 彼は治癒魔法によって体にかかる負担を減らすためか、いつも着ている神官の祭服ではなく、黒色のハイネックの上着に薄灰色のズボンというラフな姿だった。見慣れない格好にどきっとしてしまう。
 セシリーナは気持ちを切り替えて、持っていた紙袋を差し出した。

「失礼な。差し入れを持ってきただけですー」

 拗ねて唇を尖らせる。ヒースは意外なほどに目を輝かせた。

「まじか! 見かけによらず意外と気が利くじゃない。それって広場にあるパン屋の蜂蜜パン? 僕、好物なんだよね!」
「そ、そこまで喜んでもらえるとは思わなかった」

 ヒースの少年らしい素直な一面が見られた気がした。やはり差し入れを持ってきてよかった。おもわず顔が綻んでしまう。ヒースが照れたふうにそっぽを向いた。

「なんだよ、笑うことないじゃんか。まあいいや、差し入れありがとう。せっかく足を運んでくれたんだし、少し寄っていく?」
「う、うん。ぜひ!」

 ヒースに誘われなければ自分からお邪魔したいと言っているところだった。だから彼のほうから誘ってもらえて嬉しかった。気兼ねなく接してもらえているような気がして。
 ヒースはセシリーナからさりげなく紙袋を受け取る。代わりに持ってくれるのだろう。紳士的な気遣いにどきっとしてしまう。
 彼の頼もしい背中を見つめながらセシリーナは教会に招き入れられた。
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