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第一章
旅行事業
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固まっているアベルに、セシリーナは言い淀む。
(あ、そうか……この世界では町や村への行き来が一般的じゃないから、旅行っていう概念自体にあまり馴染みがないのかもしれない)
どうしたらアベルに大体の旅行のイメージを伝えられるだろう。
「うーんと、旅行っていうのは簡単に言うとアベルたち騎士が辺境の町や村へ見回りや警備に行くような旅のことなんです。それで、会社というのは同じ目的を持った仲間たちが仕事をする集団のことで、アベルたち近衛騎士団と似たようなもののことです」
「ふうん、おまえの言うことをまとめると、旅行会社っつーのは旅を仕事にする仲間の集団ってことか?」
アベルが自分の言うことを理解しようと歩み寄ってくれていて感謝しかない。セシリーナは何度も頷く。
「それで、この世界のみんなは聖騎士と竜王の争いのことが、言葉はあれですが大好きなんですよね?」
「大好きって言葉が正しいかどうかはわからねぇが、聖騎士と竜王の戦いがあるとみんな盛り上がるから、まあ、好意的ではあるんだろうな」
言葉を選びながら、アベルがしどろもどろに言う。聖騎士と竜王の領土争いが経済に刺激を与えるのなら、それを上手く利用させてもらうべきだ。前世で旅行会社で働いていた自分は、旅行がいかに経済を活性化させる力があるか身をもって知っている。
(だから、聖騎士と竜王の争いと旅行を上手く組み合わせて――)
ひらめいた、とばかりにセシリーナは両手でぽんっと手を叩く。なにかいやな予感がするとばかりにアベルの頬がひきつった。セシリーナは大きく息を吸ってから言い放つ。
「私、考えました! 村の活性化とひいては世界の景気回復のためにシュミット伯爵家の名のもとに旅行会社を起業したいと思います!」
はっきりと起業宣言をしたセシリーナの凛々しい声が、場違いなほどに勇ましく部屋に響き渡った。たったひとりでその大宣言を受ける羽目になったアベルは引きつった表情を浮かべる。
「……ごめん、おまえの言っている意味がいまいちよくわからないんだが」
が、がっくし……。うーん、どう説明したらいいだろう。
「うーんと、旅行会社っていうのは、お客様に旅行商品を売るお店のことなんです」
「ああ、旅行会社ってのは、さっきおまえが言っていた、旅を仕事にする仲間の集団のことなんだよな。そいつらが、お店で旅行商品とやらを客に売るのか?」
「はい。旅行商品というものについて具体的に説明すると、たとえば旅行会社はあらかじめ目的地を決めて、目的地までの行き方や途中で宿泊する宿屋を手配して、それをパッケージ商品として売り出して参加者を募集するわけです」
「……なるほど。つまり俺たち騎士団でいうと、辺境の町や村へ遠征する工程を旅行って言い換えてるっつーことだよな。で、おまえが考えているのはその遠征を騎士や商人、要人だけじゃなく一般の町人や村人にも体験してもらおうってことだよな」
よくそんな今まで誰も思いつかなかったような突飛なことが思いつくな、とアベルは感心やら脱力やらしている。意味がわからないと突っぱねずに、歩み寄ってくれるアベルの優しさが嬉しかった。
彼は昔からそう。いつだって自分の味方になってくれるのだ。その大きな背中が頼もしくて、自分は幼いながらに彼の強さと優しさに憧れていた。
そんなことを考えながら無意識にアベルを見つめていると、彼が急に顔を上げて目が合ってしまい、なぜか気恥ずかしくなって視線を逸らす。アベルが不思議そうに首を傾げる。
「それで、その遠征ならぬ旅行をしてみたい一般の客を集めて、旅行のパッケージ商品だったか、それをあっ旋する会社を作るってことなんだな」
「そうそう、そのとおりです」
「なんとなくおまえの企画の内容はわかったんだが、どうにも耳慣れない言葉が多いな。おまえ、よく旅行だの会社だのそんな言葉を知ってるな。異国の書籍にでも書いてあったのか?」
(う、アベル、鋭い……! まさか前世の知識とは言えない)
セシリーナはごまかし笑いを浮かべる。
「うんうん、家の書庫にあった本を何気なくめくっていたら、どこか遠い国で旅行という文化があるって書いてあって……」
苦しい言い訳けれどこれは嘘ではない……と思う。自分の前世で生きた別世界は、この世界とは違うどこか遠い国と言い換えることもできるはずだ。アベルは特に疑問に思わずにそれで納得したらしく、自分の知らない国や文化がまだまだあるんだな、と呟いただけだった。旅行が普及していないこともあって、人びとはこの世界の全容をつかんでいるわけではなくまだまだ未踏の地が多い。だからそれらしい理由になって助かった。
「それでね、他の町や村に旅行……ツアーとも言うんですが、そのツアーに行って各地を見て回ることを観光って呼ぶんだとその本に書いてありました」
「観光ねぇ」
「うん。旅行会社は旅行をする一般人……いわゆる旅行客の観光を商品という形で売って、旅行客の旅の工程の安心安全を守る仕事を請け負うんです」
「なるほどな。要は旅行客が何の気兼ねもなく旅行を楽しめるように、旅の工程からその間の護衛まで引き受けるってことか。俺たち騎士が要人や商人を町や村まで送り届けるときに、野にはびこる魔獣たちから依頼主を守るようなもんなんだな」
おおお、アベル、さすが話が早い!
「アベルもさっき言っていたけど、今までは仕事の都合で各地を渡り歩かなければいけない人たちしか他の町や村を行き来できなかったんです。そのほかの農業などなどの町や村の仕事に携わっている人は、自分の生まれた場所からよっぽどのことがなければ出られなかった」
「そうだな。だからみんな、外からやってきた商人や吟遊詩人から世間の情報を知ることしかできなかったんだよな」
この世界では、人びとの暮らす町や村を一歩出るとそこに広がる野は魔獣の縄張りだった。だから戦う術を持たない町人や村人たちは、うかつに町や村の外へは出なかったのだ。それに、道中に魔獣から自分たちを守ってくれる騎士や傭兵を雇うには安くはない賃金や報酬が必要であり、町や村間を行き来するのは要人や商人といった比較的裕福な身分の者たちのみの特権だった。
(あ、そうか……この世界では町や村への行き来が一般的じゃないから、旅行っていう概念自体にあまり馴染みがないのかもしれない)
どうしたらアベルに大体の旅行のイメージを伝えられるだろう。
「うーんと、旅行っていうのは簡単に言うとアベルたち騎士が辺境の町や村へ見回りや警備に行くような旅のことなんです。それで、会社というのは同じ目的を持った仲間たちが仕事をする集団のことで、アベルたち近衛騎士団と似たようなもののことです」
「ふうん、おまえの言うことをまとめると、旅行会社っつーのは旅を仕事にする仲間の集団ってことか?」
アベルが自分の言うことを理解しようと歩み寄ってくれていて感謝しかない。セシリーナは何度も頷く。
「それで、この世界のみんなは聖騎士と竜王の争いのことが、言葉はあれですが大好きなんですよね?」
「大好きって言葉が正しいかどうかはわからねぇが、聖騎士と竜王の戦いがあるとみんな盛り上がるから、まあ、好意的ではあるんだろうな」
言葉を選びながら、アベルがしどろもどろに言う。聖騎士と竜王の領土争いが経済に刺激を与えるのなら、それを上手く利用させてもらうべきだ。前世で旅行会社で働いていた自分は、旅行がいかに経済を活性化させる力があるか身をもって知っている。
(だから、聖騎士と竜王の争いと旅行を上手く組み合わせて――)
ひらめいた、とばかりにセシリーナは両手でぽんっと手を叩く。なにかいやな予感がするとばかりにアベルの頬がひきつった。セシリーナは大きく息を吸ってから言い放つ。
「私、考えました! 村の活性化とひいては世界の景気回復のためにシュミット伯爵家の名のもとに旅行会社を起業したいと思います!」
はっきりと起業宣言をしたセシリーナの凛々しい声が、場違いなほどに勇ましく部屋に響き渡った。たったひとりでその大宣言を受ける羽目になったアベルは引きつった表情を浮かべる。
「……ごめん、おまえの言っている意味がいまいちよくわからないんだが」
が、がっくし……。うーん、どう説明したらいいだろう。
「うーんと、旅行会社っていうのは、お客様に旅行商品を売るお店のことなんです」
「ああ、旅行会社ってのは、さっきおまえが言っていた、旅を仕事にする仲間の集団のことなんだよな。そいつらが、お店で旅行商品とやらを客に売るのか?」
「はい。旅行商品というものについて具体的に説明すると、たとえば旅行会社はあらかじめ目的地を決めて、目的地までの行き方や途中で宿泊する宿屋を手配して、それをパッケージ商品として売り出して参加者を募集するわけです」
「……なるほど。つまり俺たち騎士団でいうと、辺境の町や村へ遠征する工程を旅行って言い換えてるっつーことだよな。で、おまえが考えているのはその遠征を騎士や商人、要人だけじゃなく一般の町人や村人にも体験してもらおうってことだよな」
よくそんな今まで誰も思いつかなかったような突飛なことが思いつくな、とアベルは感心やら脱力やらしている。意味がわからないと突っぱねずに、歩み寄ってくれるアベルの優しさが嬉しかった。
彼は昔からそう。いつだって自分の味方になってくれるのだ。その大きな背中が頼もしくて、自分は幼いながらに彼の強さと優しさに憧れていた。
そんなことを考えながら無意識にアベルを見つめていると、彼が急に顔を上げて目が合ってしまい、なぜか気恥ずかしくなって視線を逸らす。アベルが不思議そうに首を傾げる。
「それで、その遠征ならぬ旅行をしてみたい一般の客を集めて、旅行のパッケージ商品だったか、それをあっ旋する会社を作るってことなんだな」
「そうそう、そのとおりです」
「なんとなくおまえの企画の内容はわかったんだが、どうにも耳慣れない言葉が多いな。おまえ、よく旅行だの会社だのそんな言葉を知ってるな。異国の書籍にでも書いてあったのか?」
(う、アベル、鋭い……! まさか前世の知識とは言えない)
セシリーナはごまかし笑いを浮かべる。
「うんうん、家の書庫にあった本を何気なくめくっていたら、どこか遠い国で旅行という文化があるって書いてあって……」
苦しい言い訳けれどこれは嘘ではない……と思う。自分の前世で生きた別世界は、この世界とは違うどこか遠い国と言い換えることもできるはずだ。アベルは特に疑問に思わずにそれで納得したらしく、自分の知らない国や文化がまだまだあるんだな、と呟いただけだった。旅行が普及していないこともあって、人びとはこの世界の全容をつかんでいるわけではなくまだまだ未踏の地が多い。だからそれらしい理由になって助かった。
「それでね、他の町や村に旅行……ツアーとも言うんですが、そのツアーに行って各地を見て回ることを観光って呼ぶんだとその本に書いてありました」
「観光ねぇ」
「うん。旅行会社は旅行をする一般人……いわゆる旅行客の観光を商品という形で売って、旅行客の旅の工程の安心安全を守る仕事を請け負うんです」
「なるほどな。要は旅行客が何の気兼ねもなく旅行を楽しめるように、旅の工程からその間の護衛まで引き受けるってことか。俺たち騎士が要人や商人を町や村まで送り届けるときに、野にはびこる魔獣たちから依頼主を守るようなもんなんだな」
おおお、アベル、さすが話が早い!
「アベルもさっき言っていたけど、今までは仕事の都合で各地を渡り歩かなければいけない人たちしか他の町や村を行き来できなかったんです。そのほかの農業などなどの町や村の仕事に携わっている人は、自分の生まれた場所からよっぽどのことがなければ出られなかった」
「そうだな。だからみんな、外からやってきた商人や吟遊詩人から世間の情報を知ることしかできなかったんだよな」
この世界では、人びとの暮らす町や村を一歩出るとそこに広がる野は魔獣の縄張りだった。だから戦う術を持たない町人や村人たちは、うかつに町や村の外へは出なかったのだ。それに、道中に魔獣から自分たちを守ってくれる騎士や傭兵を雇うには安くはない賃金や報酬が必要であり、町や村間を行き来するのは要人や商人といった比較的裕福な身分の者たちのみの特権だった。
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