処女作

探偵とホットケーキ

文字の大きさ
上 下
2 / 4

第二話

しおりを挟む
「あなたのせいで、私の人生は台なしよ」
 アルネブは母に、そう言われながら育った。
 母は驚くほどに美しい人だった。父は滅多に帰って来ない人だった。母が言うには、父は他の女の家に泊まっているとのこと。が、それは母の被害妄想であると、アルネブは思っていた。こんなに美しい女性を置いていなくなる男なんているだろうか。
 それでも母は、頑なに「私はあなたのせいで父に愛されなくなった」とアルネブに繰り返した。アルネブは母が大好きだったから、心苦しい思いでいた。日々機嫌を取ったが、奏功しなかった。
 小学校に上がったころ、母の過去を知った。バレリーナを目指していたが、大きな大会の直前にアルネブを妊娠し、その夢を諦めざるを得なくなったらしい。だから、アルネブもバレエを習い始めた。母への罪滅ぼしのつもりもあったが、母は大反対であり、やっと宥めてバレエ教室に通えるようになってからも、一度も練習を見てくれることもなければ、ますます家庭から会話が消えるばかりだった。母は自分がバレリーナになりたかったのだ。
 それでもアルネブが教室を辞めなかったのは、まず、バレエという芸術の面白さに興味を持ったからだ。次に、今まで母の評価ばかり気にしていたが、発表会に向けて練習するという目標が出来、前向きな性格にもなった。そして、其処で出会った小毬(こまり)という少女に、初恋をしたからである。
 小毬は、同じバレエ教室に通う同学年の少女だった。鹿のような少女たちが多い中、小毬の顔は生まれたばかりの子狸のようで、頬もふっくらしていた。それがチュチュを履いた、そこから伸びる焼きたてのパンのように柔らかそうな足が、アルネブはたまらなく好きだった。
 バレエの技術は小毬よりアルネブの方がずっと上だった。何せ小毬は、トウシューズが痛いなどといって、唇を尖らせては練習しないような子だった。
 小毬もアルネブも、バレエ教室が同じだけでなく小学校も隣のクラスということが分かり、たびたび連れだって図書室へ行くようになった。アルネブは其処で初めて、幼児向けの物語の存在を知った。アルネブの母は、徹底して子供の存在を意識から消したいのか、子供が食いつく玩具や絵本などは一切家に置かなかった。世話もロクにしない中、食事と服だけは、外の人が見て不審がらないためか、大層な高級品を与えてくる。そんなところもアルネブにとってはいじらしかった。
「何だか、貴方って兎みたい」
 そうアルネブの白い髪と真っ赤な目を指し、小毬は笑いながら、「かちかち山」や「不思議の国のアリス」を勧めてきたものだった。そんな笑顔を見ながらも、アルネブは、バレエをやっていない小毬は本当に魅力がないなぁと思うばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

呪われた旅館の恐怖

ネモフ
ホラー
「呪われた旅館の恐怖」という物語は、主人公のジェイソンが、古い旅館で奇妙な出来事に巻き込まれるという物語です。彼は、旅館が古代の呪いによって影響を受けていることを知り、呪いを解くために奮闘します。神官たちと協力して、ジェイソンは旅館の呪いを解き、元の状態に戻します。この物語は、古代の神々や呪いなど、オカルト的な要素が含まれたホラー小説です。

ショクザイのヤギ

煤原
ホラー
何でも屋を営む粟島は、とある依頼を受け山に入った。そこで珍妙な生き物に襲われ、マシロと名乗る男に助けられる。 後日あらためて山に登った粟島は、依頼を達成するべくマシロと共に山中を進む。そこにはたしかに、依頼されたのと同じ特徴を備えた“何か”が跳ねていた。 「あれが……ツチノコ?」 ◇ ◆ ◇ 因習ホラーのつもりで書き進めていたのに、気付けばジビエ料理を作っていました。 ホラーらしい覆せない理不尽はありますが、友情をトッピングして最後はハッピーエンドです。

ごりごり

みかんと納豆と食パンの牛
ホラー
色んな子達が突如現れた化け物に殺される話。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

呪木-JUMOKU-

朝比奈 架音
ホラー
 ――呪い。  それは、普通の高校生だった私たちの日常を一変させてしまう。  どこから来たのかわからない。  誰が始めたのかもわからないこの呪いは、着実に私たちを蝕んでゆく。  1人が死に、2人が死に、そして親友までもがその呪いに侵されて……。  これを目にしたあなたにお願いがあります。  どうか、助けてください。  お願いします。  お願いします。

ニスツタアの一途

ホラー
昭和初期、商家の息子で小説家志望の聖治は、女遊びと小説の執筆に明け暮れていた。そんな中、家業が危機に陥り、聖治は家を助けるために望まぬ婿入りを強いられる。婿入りした先は山奥の名家、相手は白髪で皺だらけの老女だった。年老いた妻に聖治は嫌悪を覚えるが――。

牢獄/復讐

月歌(ツキウタ)
ホラー
秋山アキラは突然拉致されて、目覚めれば監獄の中にいた。高校時代のいじめっ子5人が囚人として囚われている。そして、俺の横にはかっての苛められっ子金田光一がいた。 ※スタンフォード監獄実験とは、監獄の空間を再現して「環境が行動に影響を与えるか」を調べた実験。心理学者のフィリップ・ジンバルドーが行った。 ☆月歌ってどんな人?こんな人↓↓☆ 『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』が、アルファポリスの第9回BL小説大賞にて奨励賞を受賞(#^.^#) その後、幸運な事に書籍化の話が進み、2023年3月13日に無事に刊行される運びとなりました。49歳で商業BL作家としてデビューさせていただく機会を得ました。 ☆表紙絵、挿絵は全てAIイラスです

迷蔵の符

だんぞう
ホラー
休日の中学校で、かくれんぼをする私とふみちゃん。 ただし普通のかくれんぼではない。見つけてはいけないかくれんぼ。 しかもその日に限って、校舎内にはあふれていた……普通の人には見えないモノたちが。 ルールに従い、そのかくれんぼ……『迷蔵』を続けているうちに、私は見えないモノから目をそらせなくなる。 『迷蔵』とは何なのか、そもそもなぜそんなことを始めたのか、この学校に隠されている秘密とは。 次第に見えるようになってゆく真実の向こうに、私は……。

処理中です...