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探偵たちに逃げ場はない
探偵たちに逃げ場はない 第7話
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理人たち「探偵社アネモネ」の三人は、事件現場に乗客を取り揃えた。あの爆発の時、あの場にいた人たち。客も全員である。
先ずは理人が胸に手を当てて頭を下げる。
「お集まりいただきありがとうございます」
「なんで集合しなきゃならないのよ」
背の高い椅子に座ったナディアが、腕組みして、眉間に軽く皺を寄せている。陽希が、お得意の陽気な声を作り、
「探偵が謎を解いたら、関係者集合―! って、ミステリ小説でよくある流れでしょ。俺も一回はやってみたかったんだよね」
なんて、頭の後で手を組みながら言うものだから、ナディアも大人しくなる。呆れさせるのも、閉口させる立派な手段だ。
その隣の木の丸い椅子に座っていたゾーイが、ぴくりと肩を竦めて、それから、おどおどと周りを見回してから、小さな声で呟いた。
「あの、謎、解けたんですか」
「はい。解けました」
水樹は一人掛けの青いソファに座り、両方の手の指を絡ませて、それを口元にやった。サファイアブルーの杖が横に立てかけてある。
「最も重要な謎は、友香理さんの命を奪った爆弾についてです」
「時限爆弾だったとしか考えられないでしょ」
「いいえ。それは絶対に違います。慎重に確認しましたが、違います」
水樹がはっきりとした口調で断言すると、ナディアがぐっと飲み込むような顔をして口を噤んだ。
「じゃ、じゃあ、犯人は、演奏会の前には既に爆弾を仕掛けていて……私たち友香理以外のものが死んでいた可能性もあったということ、ですか?」
ゾーイが大きな黒い目で縋るように水樹を見る。水樹は首を左右に振った。
「いいえ。それも違います。犯人ははっきりと友香理さんを狙い、目的を達成しました」
「私が先に演奏したの!」
ナディアが胸を叩いて声を張り上げる。
「その時は爆発しなかったし、私が弾いてる間は仕掛けることもできなかったのよ」
「なら……一体どうやって」
ナディアに続いて小さく呟いたゾーイの大きな黒い目が何回目かで潤むのを見て、理人は胸が痛んだが、水樹は何故か驚くほどきっぱりとした口調のまま、続けた。
「音階ですよ」
その声と共に、ナディアとゾーイが同時にぱっと顔を上げ、水樹を見る。
「音階……?」
呆然と言った風に繰り返したのはナディアだった。ゾーイは未だ、ただ固まっている。水樹は深く頷いた。陽希が、演奏会のパンフレットを持ってきて、水樹に手渡す。水樹はそれを何本かの指で、ぱんと弾いた。
「爆弾は、あらかじめ仕掛けられていたのです」
「そんなわけ……だって」
ゾーイの言葉を軽く遮るように、水樹は話し続ける。
「今回の演奏会は、直前で、曲目が変更になったそうですね。我々客に知らされた曲目は、ナディアさんが『ハノン練習曲第一番』を披露し、二曲目は、友香理さんが弾くフランツ・リストの『死の舞踏』。三曲目は、ゾーイさんが奏でるジョゼフ=モーリス・ラヴェルの『子供と魔法』となっていた。しかし、船が出る少し前までは、全く違う曲が予定されていたとか? そうですね、ゾーイさん」
「あっ、はい、そうです」
ゾーイが跳ねるように体を縮み上がらせた。水樹は、とうとうと言葉を続ける。
「船旅が始まる前日までは、ナディアさんはラヴェルの『鏡』から『蛾』を弾く予定でした。それが、『ハノン練習曲第一番』になった。此処に大きな意味があります」
其処で理人はテーブルに、先ほど水樹が用意した楽譜を、ぱっと広げた。とはいえ、こんなもの、見なくとも彼女らにはすぐに理解できるだろう。
「『ハノン練習曲第一番』には黒鍵を使う場面がないのです。つまり、あの爆弾は、黒鍵の操作に反応するものだったと考えれば筋が通るでしょう」
理人が淡々と告げると、ゾーイは口元を両手で覆い、ナディアは俯いた。水樹が、言葉の続きを引き受ける。
「ナディアさんが演奏会より前に爆弾を仕掛け、自身が演奏している間は爆発しないように曲目を変えた、と考えれば全ての謎が解決する」
「違う!」
ナディアが立ち上がり、拳を作って叫んだ。
「まるで私が犯人みたいな言い方をしないで」
「まさにその通りです。そうとしか考えられない」
水樹の主張は全く変わらず、言い淀むこともなかった。目はまっすぐナディアを見ている。ゾーイはナディアをじっと見て、真っ青になり、全身を震わせて、やがてそのまま膝から崩れ落ちて気絶してしまった。床に体を横たえる寸前に、反射神経の鋭い陽希が走っていって支えたので、怪我はなかっただろう。
ナディアは拳を握った状態から、眉間に皺を寄せ、目をぎゅっと閉じ、唇の端をぶるぶると震わせた。だが、特に言葉を発することなく、長い時間そうしていた。そして、やがて長い息を吐いて、黒い炎が灯ったような目を水樹に向け、こう呟いた。
「全部アンタのせいよ、水樹」
その意味がはっきりとは分からず、理人は水樹の方を見たが、水樹は相変わらずナディアのことをじっと見つめ返しているだけだった。何とも形容しがたい表情で、理人が知る最も近い表現では「切なそう」だろうか。気掛かりではあったが、恐らくは、ナディアが向けた怒り、憎しみは、「自身が犯人であることが白日の下にさらされたせい」と考えて間違いないだろうと納得したのだった。
先ずは理人が胸に手を当てて頭を下げる。
「お集まりいただきありがとうございます」
「なんで集合しなきゃならないのよ」
背の高い椅子に座ったナディアが、腕組みして、眉間に軽く皺を寄せている。陽希が、お得意の陽気な声を作り、
「探偵が謎を解いたら、関係者集合―! って、ミステリ小説でよくある流れでしょ。俺も一回はやってみたかったんだよね」
なんて、頭の後で手を組みながら言うものだから、ナディアも大人しくなる。呆れさせるのも、閉口させる立派な手段だ。
その隣の木の丸い椅子に座っていたゾーイが、ぴくりと肩を竦めて、それから、おどおどと周りを見回してから、小さな声で呟いた。
「あの、謎、解けたんですか」
「はい。解けました」
水樹は一人掛けの青いソファに座り、両方の手の指を絡ませて、それを口元にやった。サファイアブルーの杖が横に立てかけてある。
「最も重要な謎は、友香理さんの命を奪った爆弾についてです」
「時限爆弾だったとしか考えられないでしょ」
「いいえ。それは絶対に違います。慎重に確認しましたが、違います」
水樹がはっきりとした口調で断言すると、ナディアがぐっと飲み込むような顔をして口を噤んだ。
「じゃ、じゃあ、犯人は、演奏会の前には既に爆弾を仕掛けていて……私たち友香理以外のものが死んでいた可能性もあったということ、ですか?」
ゾーイが大きな黒い目で縋るように水樹を見る。水樹は首を左右に振った。
「いいえ。それも違います。犯人ははっきりと友香理さんを狙い、目的を達成しました」
「私が先に演奏したの!」
ナディアが胸を叩いて声を張り上げる。
「その時は爆発しなかったし、私が弾いてる間は仕掛けることもできなかったのよ」
「なら……一体どうやって」
ナディアに続いて小さく呟いたゾーイの大きな黒い目が何回目かで潤むのを見て、理人は胸が痛んだが、水樹は何故か驚くほどきっぱりとした口調のまま、続けた。
「音階ですよ」
その声と共に、ナディアとゾーイが同時にぱっと顔を上げ、水樹を見る。
「音階……?」
呆然と言った風に繰り返したのはナディアだった。ゾーイは未だ、ただ固まっている。水樹は深く頷いた。陽希が、演奏会のパンフレットを持ってきて、水樹に手渡す。水樹はそれを何本かの指で、ぱんと弾いた。
「爆弾は、あらかじめ仕掛けられていたのです」
「そんなわけ……だって」
ゾーイの言葉を軽く遮るように、水樹は話し続ける。
「今回の演奏会は、直前で、曲目が変更になったそうですね。我々客に知らされた曲目は、ナディアさんが『ハノン練習曲第一番』を披露し、二曲目は、友香理さんが弾くフランツ・リストの『死の舞踏』。三曲目は、ゾーイさんが奏でるジョゼフ=モーリス・ラヴェルの『子供と魔法』となっていた。しかし、船が出る少し前までは、全く違う曲が予定されていたとか? そうですね、ゾーイさん」
「あっ、はい、そうです」
ゾーイが跳ねるように体を縮み上がらせた。水樹は、とうとうと言葉を続ける。
「船旅が始まる前日までは、ナディアさんはラヴェルの『鏡』から『蛾』を弾く予定でした。それが、『ハノン練習曲第一番』になった。此処に大きな意味があります」
其処で理人はテーブルに、先ほど水樹が用意した楽譜を、ぱっと広げた。とはいえ、こんなもの、見なくとも彼女らにはすぐに理解できるだろう。
「『ハノン練習曲第一番』には黒鍵を使う場面がないのです。つまり、あの爆弾は、黒鍵の操作に反応するものだったと考えれば筋が通るでしょう」
理人が淡々と告げると、ゾーイは口元を両手で覆い、ナディアは俯いた。水樹が、言葉の続きを引き受ける。
「ナディアさんが演奏会より前に爆弾を仕掛け、自身が演奏している間は爆発しないように曲目を変えた、と考えれば全ての謎が解決する」
「違う!」
ナディアが立ち上がり、拳を作って叫んだ。
「まるで私が犯人みたいな言い方をしないで」
「まさにその通りです。そうとしか考えられない」
水樹の主張は全く変わらず、言い淀むこともなかった。目はまっすぐナディアを見ている。ゾーイはナディアをじっと見て、真っ青になり、全身を震わせて、やがてそのまま膝から崩れ落ちて気絶してしまった。床に体を横たえる寸前に、反射神経の鋭い陽希が走っていって支えたので、怪我はなかっただろう。
ナディアは拳を握った状態から、眉間に皺を寄せ、目をぎゅっと閉じ、唇の端をぶるぶると震わせた。だが、特に言葉を発することなく、長い時間そうしていた。そして、やがて長い息を吐いて、黒い炎が灯ったような目を水樹に向け、こう呟いた。
「全部アンタのせいよ、水樹」
その意味がはっきりとは分からず、理人は水樹の方を見たが、水樹は相変わらずナディアのことをじっと見つめ返しているだけだった。何とも形容しがたい表情で、理人が知る最も近い表現では「切なそう」だろうか。気掛かりではあったが、恐らくは、ナディアが向けた怒り、憎しみは、「自身が犯人であることが白日の下にさらされたせい」と考えて間違いないだろうと納得したのだった。
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