9 / 13
第3章
第3話
しおりを挟む
建物の内部は、暗闇の中に浮かぶ白い月のように、周囲とは異なる世界を作り出していた。
壁は深い紫色に塗られ、天井には銀色のシャンデリアがぶら下がっている。窓には重厚な黒いカーテンがかかり、外からの光を遮っていた。部屋の中央には、白いレースとフリルで飾られた大きなベッドがあり、その上には黒いウサギのぬいぐるみが寝ている。ベッドの横には、黒い木製のドレッサー。その上には彼女のコレクションの一部であろう、様々な色や形の服が掛けられていた。いずれも、まさに人魚姫の王子様を彷彿とさせる、繊細なビーズの刺繍やレースなどがあしらわれている。僅かに開いたままのドレッサーの引き出しには、リボンやレース、パールなどのアクセサリーがたくさん入っていた。部屋の隅には、本棚があり、そこにはゴシック小説や詩集、絵本などが並んでいる。本棚の上には、黒い猫の人形が鎮座していた。その人形は、明らかに手作りという感じがする。
理人は確信した。此処はデルフィヌスの部屋だ。彼女はこの部屋で、自分の好きなものに囲まれて、自分の好きなことをしているのだ。彼女はこの部屋が、自分の心の中の世界の反映だと思っているに違いない。そういうメッセージが伝わってくる部屋だった。
デルフィヌスは、無言のままに棚を開け、テーブルの上に幾つかの洋菓子を出すと、そのまま椅子に座って食べ始めた。椅子が一脚しかないので、必然的に理人たちは立っていることになる。
彼女は、「お金を払えば何でもしてくれる」――と聞いている。それと「しゃべらない」というある種のこだわりであろう条件と、何方が優先されるのか、理人は分からない。とにかく待つしかないだろう。
しかし、ずっと待っていたら、一度も目が合うことなく、デルフィヌスはゆっくりと立ち上がり奥の扉を開けて、何処へなりと消えてしまった。
「……え? どこか出かけたのかな……?」
と、陽希が不安そうに身を小さくして呟いた直後、シャワーの音が聞こえて来たのでほっとする。
本当に長丁場になりそうだ。心を開いてくれる予感すら全くしない。水樹へ現状報告のメールを送る。その隙に陽希がいなくなっていたことに、メールを打ってから気付く。陽希が置いて行ったとは少しも思わなかった。陽希を信頼している。ただ、何処かに幽閉されたのか、と頭の中で咄嗟に思い、きょろきょろすると、陽希は理人に背を向けて、本棚をじっと見ているだけだった。
「理人ちゃん。こんなところにアルバムがあったよ」
陽希は無邪気に声を弾ませ、黒い表紙の卒業アルバムを抱えて持ってくる。勝手に見て良いものか、と思ったが、シャワーの音は未だしているので、そんなにすぐは来ないだろうと踏んで、すぐ戻せるように本棚のすぐそばに屈んで、アルバムを眺めることにする。
表紙には、聞いたことのない小学校の名前が金色の文字で書かれていた。
ゆっくりとアルバムを開く。
壁は深い紫色に塗られ、天井には銀色のシャンデリアがぶら下がっている。窓には重厚な黒いカーテンがかかり、外からの光を遮っていた。部屋の中央には、白いレースとフリルで飾られた大きなベッドがあり、その上には黒いウサギのぬいぐるみが寝ている。ベッドの横には、黒い木製のドレッサー。その上には彼女のコレクションの一部であろう、様々な色や形の服が掛けられていた。いずれも、まさに人魚姫の王子様を彷彿とさせる、繊細なビーズの刺繍やレースなどがあしらわれている。僅かに開いたままのドレッサーの引き出しには、リボンやレース、パールなどのアクセサリーがたくさん入っていた。部屋の隅には、本棚があり、そこにはゴシック小説や詩集、絵本などが並んでいる。本棚の上には、黒い猫の人形が鎮座していた。その人形は、明らかに手作りという感じがする。
理人は確信した。此処はデルフィヌスの部屋だ。彼女はこの部屋で、自分の好きなものに囲まれて、自分の好きなことをしているのだ。彼女はこの部屋が、自分の心の中の世界の反映だと思っているに違いない。そういうメッセージが伝わってくる部屋だった。
デルフィヌスは、無言のままに棚を開け、テーブルの上に幾つかの洋菓子を出すと、そのまま椅子に座って食べ始めた。椅子が一脚しかないので、必然的に理人たちは立っていることになる。
彼女は、「お金を払えば何でもしてくれる」――と聞いている。それと「しゃべらない」というある種のこだわりであろう条件と、何方が優先されるのか、理人は分からない。とにかく待つしかないだろう。
しかし、ずっと待っていたら、一度も目が合うことなく、デルフィヌスはゆっくりと立ち上がり奥の扉を開けて、何処へなりと消えてしまった。
「……え? どこか出かけたのかな……?」
と、陽希が不安そうに身を小さくして呟いた直後、シャワーの音が聞こえて来たのでほっとする。
本当に長丁場になりそうだ。心を開いてくれる予感すら全くしない。水樹へ現状報告のメールを送る。その隙に陽希がいなくなっていたことに、メールを打ってから気付く。陽希が置いて行ったとは少しも思わなかった。陽希を信頼している。ただ、何処かに幽閉されたのか、と頭の中で咄嗟に思い、きょろきょろすると、陽希は理人に背を向けて、本棚をじっと見ているだけだった。
「理人ちゃん。こんなところにアルバムがあったよ」
陽希は無邪気に声を弾ませ、黒い表紙の卒業アルバムを抱えて持ってくる。勝手に見て良いものか、と思ったが、シャワーの音は未だしているので、そんなにすぐは来ないだろうと踏んで、すぐ戻せるように本棚のすぐそばに屈んで、アルバムを眺めることにする。
表紙には、聞いたことのない小学校の名前が金色の文字で書かれていた。
ゆっくりとアルバムを開く。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
先生、それ、事件じゃありません
菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。
探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。
長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。
ご当地ミステリー。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
騙し屋のゲーム
鷹栖 透
ミステリー
祖父の土地を騙し取られた加藤明は、謎の相談屋・葛西史郎に救いを求める。葛西は、天才ハッカーの情報屋・後藤と組み、巧妙な罠で悪徳業者を破滅へと導く壮大な復讐劇が始まる。二転三転する騙し合い、張り巡らされた伏線、そして驚愕の結末!人間の欲望と欺瞞が渦巻く、葛西史郎シリーズ第一弾、心理サスペンスの傑作! あなたは、最後の最後まで騙される。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
時計仕掛けの遺言
Arrow
ミステリー
閉ざされた館、嵐の夜、そして一族に課された死の試練――
山奥の豪邸「クラヴェン館」に集まった一族は、資産家クラレンス・クラヴェンの遺言公開を前に、彼の突然の死に直面する。その死因は毒殺の可能性が高く、一族全員が容疑者となった。
クラレンスの遺言書には、一族の「罪」を暴き出すための複雑な試練が仕掛けられていた。その鍵となるのは、不気味な「時計仕掛けの装置」。遺産を手にするためには、この装置が示す謎を解き、家族の中に潜む犯人を明らかにしなければならない。
名探偵ジュリアン・モークが真相を追う中で暴かれるのは、一族それぞれが隠してきた過去と、クラヴェン家にまつわる恐ろしい秘密。時計が刻む時とともに、一族の絆は崩れ、隠された真実が姿を現す――。
最後に明らかになるのは、犯人か、それともさらなる闇か?
嵐の夜、時計仕掛けが動き出す。
歪像の館と消えた令嬢
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽(しんどう はね)は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の親友である財閥令嬢、綺羅星天音(きらぼしてんね)が、曰くつきの洋館「視界館」で行われたパーティーの後、忽然と姿を消したというのだ。天音が最後に目撃されたのは、館の「歪みの部屋」。そこでは、目撃者たちの証言が奇妙に食い違い、まるで天音と瓜二つの誰かが入れ替わったかのような状況だった。葉羽は彩由美と共に視界館を訪れ、館に隠された恐るべき謎に挑む。視覚と認識を歪める館の構造、錯綜する証言、そして暗闇に蠢く不気味な影……葉羽は持ち前の推理力で真相を解き明かせるのか?それとも、館の闇に囚われ、永遠に迷い続けるのか?
愛情探偵の報告書
雪月 瑠璃
ミステリー
探偵 九条創真が堂々参上! 向日葵探偵事務所の所長兼唯一の探偵 九条創真と探偵見習いにして探偵助手の逢坂はるねが解き明かす『愛』に満ちたミステリーとは?
新人作家 雪月瑠璃のデビュー作!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる