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探偵に趣味はない

探偵に趣味はない 第十一話

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「探偵社アネモネ」に帰還すると、さっそく水樹と陽希は向かい合ってテーブルに着いて、ネットで調査を始めた。だが、陽希の顔は曇ったままである。「クッキー・ホープ」で買ってきたチョコチップクッキーを籠に持って出しても、手を付けない。
理由は分かる。陽希は、また理人が倒れないかが心配で仕方ないのだ。これは推理などではなく水樹も同じ気持ちだから伝わってくる。水樹は手を組み、その上に顎を載せて陽希を覗き込み、口を開いた。
「陽希。僕も、理人のことはとても心配です」
「じゃあ、水樹ちゃん、今回の事件が解決するまで、理人を関係個所に連れて行くのはやめようよ。何とか止めて」
「いえ。僕は、心配ですが、見守ろうと思うんです」
陽希の喉仏が動き、ぐっと息を呑む音がした。
「陽希が理人を守ろうとしているその方法も、間違いではない。それに実際今まで理人は支えられて救われてきた。それが陽希の力だと思う、尊敬します。だから、そのまま続けてあげてください。ただ、僕は――何より理人自身が変わろうとしていると感じました」
「でも、また体調を悪くしちゃったら」
「僕は理人の自力で立ち上がろうとする力を信じたい。だから、見つめ続ける。どんなに理人が転んでしまっても、相棒として傍にいようと決めているから」
陽希の手を握ったら、少し震えていた。
「勿論、陽希に対しても同じように考えていますよ」
「水樹ちゃん……」
陽希のシャムネコのような目に、涙の膜が張る。でも、それを落とさないように陽希は笑った。
「俺、アネモネで頑張って来て良かったって思ったよ!」
「そりゃあそうでしょう、僕のように優秀な探偵と出会えて陽希は幸せ――うぐぇ」
陽希が猫のように飛んで来たかと思うと、思い切り抱き締められた。苦しい。が、今日だけは、そのままさせておくことにする。

***

翌週、午前九時に水樹と陽希は病院にいた。退院する理人の迎えに来たのだ。水樹はペパーミントグリーンのテーラードコートを、陽希は意味不明な英語が書かれたピンク色のパーカーを着て、中に入り、理人の支払いを代わりに済ませて――の、前に。
実は、もう一つの大きな目的を、先に二人でこなそうとしていた。
比較的簡単に出入りできるのは、軽度な患者が、通院での治療や、短期間の入院生活を送っている病棟だ。理人も其処で入院している。本日をもってそれも終わりだが。
色がくすんだ鼠色の長い廊下。元は真っ白だったのであろう、その廊下の先には、閉鎖病棟がある。その先に、今回、水樹たちが調査のために会いたい人物がいるというのは、事前に全て調査済みだ。
分かっていたとしても、潜入するのは、かなり難しい。というか、治療に専念する医療関係者や患者を騙すようなことは、絶対にしたくないというのが、水樹と陽希の統一された意思だった。
あの、施錠された病棟の中は自由に患者が動けるらしいが、中に入るにはどうしたら良いのか。
「理人が懇意になった看護師から聞いた話ですが、閉鎖病棟の患者のうち何人かは、週に一度、車椅子に乗って介助者とともに中庭で散歩をする時間があるらしい。中庭には全ての患者、その見舞いに来た人も入れます」
「俺らが話したい相手が、今日、出て来てくれればいいけど」
陽希は、目的の人物の写真を手の中で回転させて、小首を傾げた。
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