7 / 19
探偵に趣味はない
探偵に趣味はない 第三話
しおりを挟む
此処からしばらくの文章は、あくまで、ネットニュースで、陽希が読んだ限りの情報だ。ルイ・ナカムラは、自宅の寝室で殺害されていた――らしい。猟銃で一発、胸をズドン。凶器は持ち去られていたとか。
小説は予約投稿で書かれており、先ず、その被害者=ネット小説で有名なルイ・ナカムラであるということが分かるまでに、時間を要した。つまりは、ネットニュースになった時には、とっくに、ルイ・ナカムラは亡くなっていたわけだ。
陽希の落ち込みようは、ひどいものだった。思っていたよりもずっと。ソファにぐったりと横たわり、何もしなくなってしまった。いや、元々依頼がなく、そうでなくても遅刻魔であり、ほとんど何もしなかったのだが。
だから実質的に、水樹はと言えば何も困らなかった――ルイ・ナカムラが亡くなって、水樹の小説の順位が上がるということはなかったけれど。同時に困ることもなかった。めぼしい依頼が舞い込むということもなかったし。何も変わらなかった、との表現の方が、近いかもしれないが。
しかし、理人がとても、落ち込んでいたのが気になった。ネット小説など、書いたことも読んだこともないのに。額を押さえて動かなくなる時間が増えた。
「どうしたのです、体調でも悪いのですか」
流石の水樹も不安になって、問いかける。
「陽希の元気のなさが心配で元気がなくなってしまいました」
「そんなバカな」
「水樹。私から一つ依頼をしてもよろしいですか」
唾を飲んで理人の顔を見ると、理人は真剣な顔で胸に手を当てて言った。
「ルイ・ナカムラを殺害した犯人を、見つけてください。陽希のために」
「それは……」
「勿論、報酬は私からきっちりとお支払いを致します。依頼着手料の平均、百万円を先ずは、振り込ませていただきますね」
「いえいえいえいえ流石に、其処までは結構」
水樹は激しく首を左右に振り、それから穏やかな笑みを作った。
「ほんの、平均成功報酬の二百万円だけで構いませんよ」
***
ルイ・ナカムラが亡くなったという現場。つまり、ルイ・ナカムラの自宅の住所を調べるのに、さほど時間はかからなかった。ネットの住人たちが、熱心に調査し、アップしていたからだ。あとは、其処に向かうだけだった。
電車で二駅。ルイ・ナカムラの住んでいたというマンションは、どこにでもありそうな見た目の、七階建ての普通の建物だった。エントランスに入り、郵便受けを確認する。驚いたことに、ルイ・ナカムラは本名だったというのだ。
改めて空虚な思いが浮かぶ。水樹は、大嫌いだったルイ・ナカムラの素性なんて、何も知らないのに、大嫌いだったわけだ。
「五〇一号室ですね」
エレベーターに乗り込んで、五階のボタンを押す。
理人が最初に五階で降り、次に陽希、水樹は少しだけ足を引き摺りながら後に続いた。
「ここですね」
理人はインターホンを押した。ピンポーンと、ありふれた音が響く。誰かが出て来るはずはない。ルイ・ナカムラは一人暮らしで、この部屋で殺されたのだから。さあどうするのかと思ったら、理人はドアノブに手をかけた。
「鍵はかかっていないのですね」
「無用心な奴だなぁ」
陽希が言う。理人は苦笑いをして、扉を開いた。
「お邪魔いたします」
「失礼いたしまーす」
「……失礼いたします」
理人、陽希、水樹が順に入ると、理人が振り返った。
「水樹。私は貴方を信頼しておりますが、万が一、危険を感じた場合は、決して無理をせずに逃げるように。いいですね?」
「承知しました。理人こそ、気をつけてください。お前が怪我をしたりしたら、それこそ、陽希が悲しみますから」
理人は、一瞬きょとんとした顔をしてから、「えぇ」と微笑んだ。水樹も心配してはいただ、お高く留まっている理人に、言ってやるのも癪だったのだ。
小説は予約投稿で書かれており、先ず、その被害者=ネット小説で有名なルイ・ナカムラであるということが分かるまでに、時間を要した。つまりは、ネットニュースになった時には、とっくに、ルイ・ナカムラは亡くなっていたわけだ。
陽希の落ち込みようは、ひどいものだった。思っていたよりもずっと。ソファにぐったりと横たわり、何もしなくなってしまった。いや、元々依頼がなく、そうでなくても遅刻魔であり、ほとんど何もしなかったのだが。
だから実質的に、水樹はと言えば何も困らなかった――ルイ・ナカムラが亡くなって、水樹の小説の順位が上がるということはなかったけれど。同時に困ることもなかった。めぼしい依頼が舞い込むということもなかったし。何も変わらなかった、との表現の方が、近いかもしれないが。
しかし、理人がとても、落ち込んでいたのが気になった。ネット小説など、書いたことも読んだこともないのに。額を押さえて動かなくなる時間が増えた。
「どうしたのです、体調でも悪いのですか」
流石の水樹も不安になって、問いかける。
「陽希の元気のなさが心配で元気がなくなってしまいました」
「そんなバカな」
「水樹。私から一つ依頼をしてもよろしいですか」
唾を飲んで理人の顔を見ると、理人は真剣な顔で胸に手を当てて言った。
「ルイ・ナカムラを殺害した犯人を、見つけてください。陽希のために」
「それは……」
「勿論、報酬は私からきっちりとお支払いを致します。依頼着手料の平均、百万円を先ずは、振り込ませていただきますね」
「いえいえいえいえ流石に、其処までは結構」
水樹は激しく首を左右に振り、それから穏やかな笑みを作った。
「ほんの、平均成功報酬の二百万円だけで構いませんよ」
***
ルイ・ナカムラが亡くなったという現場。つまり、ルイ・ナカムラの自宅の住所を調べるのに、さほど時間はかからなかった。ネットの住人たちが、熱心に調査し、アップしていたからだ。あとは、其処に向かうだけだった。
電車で二駅。ルイ・ナカムラの住んでいたというマンションは、どこにでもありそうな見た目の、七階建ての普通の建物だった。エントランスに入り、郵便受けを確認する。驚いたことに、ルイ・ナカムラは本名だったというのだ。
改めて空虚な思いが浮かぶ。水樹は、大嫌いだったルイ・ナカムラの素性なんて、何も知らないのに、大嫌いだったわけだ。
「五〇一号室ですね」
エレベーターに乗り込んで、五階のボタンを押す。
理人が最初に五階で降り、次に陽希、水樹は少しだけ足を引き摺りながら後に続いた。
「ここですね」
理人はインターホンを押した。ピンポーンと、ありふれた音が響く。誰かが出て来るはずはない。ルイ・ナカムラは一人暮らしで、この部屋で殺されたのだから。さあどうするのかと思ったら、理人はドアノブに手をかけた。
「鍵はかかっていないのですね」
「無用心な奴だなぁ」
陽希が言う。理人は苦笑いをして、扉を開いた。
「お邪魔いたします」
「失礼いたしまーす」
「……失礼いたします」
理人、陽希、水樹が順に入ると、理人が振り返った。
「水樹。私は貴方を信頼しておりますが、万が一、危険を感じた場合は、決して無理をせずに逃げるように。いいですね?」
「承知しました。理人こそ、気をつけてください。お前が怪我をしたりしたら、それこそ、陽希が悲しみますから」
理人は、一瞬きょとんとした顔をしてから、「えぇ」と微笑んだ。水樹も心配してはいただ、お高く留まっている理人に、言ってやるのも癪だったのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる