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藤崎菜奈

第26問:ストーカー

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家までの帰り道
いつもと変わらないはずなのに後ろを追いかけてくる気配と、足音がする。
気のせいかと思ってはいたが、それは次の日も続いた。
撮影で遅くなった帰り道も同じだった。
私が早歩きをすれば、その足音も早くなり走れば同じように走る。

(怖い・・・)


ようやく家までたどり着くと先生の部屋の明かりがついていた。
あれからまともに顔を合わせようとしなかったくせにこんな時だけ頼ろうとするのは虫が良すぎるだろうか。
でも、こんな時くらい私は生徒として先生に守られてもいいはずだ。

私は、先生の部屋のチャイムを鳴らす。

「助けて・・・」
扉を開けた先生が「どうした?」と尋ねた。
久しぶりの先生の声と、先生の匂いに安心してしまう自分がいる。


「後をつけられてて・・・」

「どんなやつだったかわかるか?」

「後ろ振り返れなくて・・・」

乱れた呼吸が整わない。
震える手を先生が優しく握る。

その時、先生のスマホの着信音が鳴る。
その電話に出るなり先生は青ざめた顔をして、声を荒げた。

「ちょっと待ってろ・・・今すぐ行くから・・・」

電話を切ると先生は私の顔を見た。

「・・・有村が自殺しようとしてる。菜奈のことは心配だけれど今はそっちを止めるのが先だから、ごめんね。行ってくる。」

「それも嘘だよ。先生の気を引こうとしてるだけだよ。」

「それを嘘だって疑って本当に命を落としたら…」


「そっか…もし、私が殺されても、襲われてもいいんだね。」

「よくないよ。俺は両方助けたい。でも、今有村は苦しんでる。俺が遅れれば…菜奈は戸締りして家にいればひとまず身の安全は守れるだろ?」

(その平等みたいな感じ…それが嫌なの…それが許せない私は嫉妬深い女なのかな?)

「そうだよね。私は大丈夫です。早く行って」

涙がこぼれないように溜め込んで深呼吸をして、最大限の作り笑顔をする。

「すぐ帰ってくるから」と私の頭を撫でた。

私が反省すべきは、この日「先生に頼らずに自分でなんとか解決しよう」と考えたことだった。

この地点で、先生以外に相談ができる人に相談をするべきだった。
一番頼りたい人が、他の女を優先したことで私は意固地になっていた。
心のどこかに、ストーカーに襲われれば先生は私に注目をしてくれるのでないかという浅はかな考えも持っていた。

でも実際は、その欲求が満たされるのではなく恐怖が勝ったのであった。
始めてストーカーに気がついてから数日後、近づく足音に立ち止まり少し後ろを歩いていた体格のいい男と目があった瞬間に、後ろから強く抱きつかれて髪や首筋の匂いを嗅いで来たのだ。
先生のタバコの臭い以上に蒸せ返るような強いタバコの匂いと、男の汗の匂いがした。
いくら抵抗をしたとしても、その男の欲求は止まらずスカートの中に手を入れようとしてきたところで私はその男から解放されたのだ。

恐る恐る振り向くと、先ほど私に抱きついていた体格のいい男はすでにうつ伏せにされて、捻れるように拘束された手を痛がり呻き声を上げている。
その男の上にまたがっているのは、スーツを着て黒縁メガネをかけながら涼しげな顔で警察に連絡をする先生だった。

一方の私は、腰を抜かして動けずにいる。
程なくして、現れた警察に先生は状況を説明しそのストカーの男には手錠がかけられた。
警察の事情聴取を受けて解放されると、母がタクシーでその場に現れた。

「菜奈・・・無事でよかった・・・」

「もっと自分が早く気がついていればこんなことにはなりませんでした。すみませんでした。」
先生が、頭を下げ続ける。

「警察から聞いたわ・・・あなたが犯人から菜奈を守ったって・・・本当にありがとう・・・」

私を抱きしめる母から、甘い香水の香りがする。
子供の頃から変わらない香りに安堵して涙が溢れて止まらない。

「私がこうなる前に、もっと早く対策を取るべきだったわ。社会経験と思って一人暮らしさせてたけれど危なすぎる・・もうおしまい。」

(え・・・もう先生の隣で暮らせなくなっちゃうの?嫌だよ・・・)

「そうですね・・・お母さん・・・前回ご相談させていただいた件を早急にご了承いただけないでしょうか?」

「そうねえ・・・卒業までってことだったけどね。致し方ないわ・・・
部屋はもう決めてあって4月からってことにしてあったけれど早められるか相談してみるわ。」

母と先生は私の理解できない話をし続けている。

「え?どういうこと?」
母に問うと、母は目を丸くした。

「どういうことって?二人とも真剣に付き合ってるんでしょ?隣に住んでるんだから一緒に暮らせばいいじゃないってこと・・・」

私は、先生に目線を配る。

「お母さん・・・まだ本人には伝えていなくて・・・」

「あら、言ってなかったの?」

「後で僕からしっかり説明します。」

「分かったわ。お願い。今日は念のためどっちかの部屋で過ごして頂戴。前も言ったけど菜奈が妊娠するようばことしたらぶっ飛ばすからね。じゃあ。」

母はそれだけ伝えると、待っていたタクシーに再び乗り込んだ。

「どういうことですか?」
怒り半分、呆れ半分で私は先生を突き飛ばす。

「よ~し菜奈ちゃん。俺の部屋においで~~~。」
と白々しく先生は言った。

玄関の扉が閉まり二人きりの空間になる。
「さあまずはどこから話そうかな。とりあえず手を洗いたいのとタバコ吸いたい」

話のインパクトの強さで思わず、先ほどあったことを忘れてしまいそうだった。
まだ微かに残る男の鼻先の感覚を思い出し鳥肌が立つ。

「私もシャワー浴びたい。あの人に触られたし・・・」

「一人で大丈夫?寝るまでの準備したら俺の部屋においで」


(つまり、それはお泊まり確定・・・一緒のベッドで朝まで眠れるということ?・・・え・・・めっちゃ緊張してきた・・・)

約束通り、シャワーを浴びて入眠までの一通りのルーティーンを行う。
一番お気に入りの部屋着と、下着を着て。
と言っても、普段からキャミソールタイプのワンピースに寒ければパーカーを羽織るスタイルが多い。

再び先生の部屋へ行くと、先生もお風呂に入ったようで部屋着のラフスタイルだった。
しかし、先生は私の部屋着を見るなり『却下』と言って先生の大きめのTシャツを私に着させてた。
どうやら、谷間と肌の露出が多いらしい。

「そんな格好で毎日寝てたの?俺と暮らす場合その格好はしばらく禁止。」
と先生は言った。

気を取り直したところに、先生が二人分の出前を頼み向かい合って食事をする。

(こういうのまだ付き合う前に一緒に出掛けた以来かも・・・)

近いようで、遠い存在だった先生との距離が縮まった気がして嬉しかった。


「ということで、説明に入ります。」
食事を終えてかしこまった先生は、まるでいつもの授業のように説明を始めたのだ。





母が提示した条件に私は、今まで有村さんにむけてきた嫉妬が恥ずかしくなった。
同時に、これから先生と生活ができることが嬉しくてたまらない。
と思ったのも束の間で、先生はベッドの横に布団を敷いて寝転がった。

「え?」
と言った私に、先生は「え?」と返す。

「一緒に寝ないの?」

「無理無理・・・普通に襲うよ。お母さんとの約束守れないでしょ」
と先生は動揺しながら言った。

「ふーーーん。中澤先生とは一緒に寝たくせに・・・」

「あ?あの女、また嘘言いやがって。あいつと一緒に寝たくないからこの布団買ったんだよ。はい、もう寝る時間でーす。おやすみ~~~」

そう言って、数分後先生の寝息が聞こえた。

(なんか思っていたのと違う・・・)

朝目覚めると先生はまだ眠っていた。
その愛しい寝顔を見つめて、一度自分の部屋に戻り朝食の準備に取り掛かった。
目が覚めてベッドにいなかった私に驚き、先生は私の部屋にやってきた。


「びっくりした。いなくなったかと思った」
そう言って後ろから抱きしめた。


ダイニングテーブルに並べた二人分の朝食と、キッチンに並べられたお弁当に先生は目をキラキラさせつつも、
「こんなことしなくてもいいのに」と言った。

「同棲するんじゃないですか?料理は私が担当します。ほら、座ってください。」

「うわ~こんなしっかりした朝ごはん久しぶりに食べた」

「普段、何食べてたんですか?」

「タバコとコーヒー」

「不健康・・・食べ物じゃないし」

「こんな生活してたらすぐに太りそう・・・」

「大丈夫です。栄養バランス満点のダイエットメニューです。」

得意気に言った私の頭を先生は撫でた。

「俺の嫁になるにはもったいないくらい」

そう言って、残さずに作った料理を平らげた。

これから一緒に朝を迎えられる喜びに思わず顔が綻ぶ。




「先生・・・私のこと好き?」

「うん・・・もちろん・・・」

「有村さんよりも・・・?」

「何言ってんだよ。ありえないって・・・」

「不安なの、先生のことをみんな大好きだから」

そう言って、先生のネクタイを引っ張って抱き寄せる。
先生は、強引なや私の両手を掴んで主導権を握ってソファの上に押し倒す。

「俺の気も知らないで・・・」
ネクタイを解いて、眼鏡を片手でグイッとあげる。

体を押さえつけて、私の制服のワイシャツのボタンを一つずつ外していく。

「男は思っている以上に馬鹿だから、常に菜奈が何色のブラをつけていて、何色のパンツを履いてるか・・・あわよくば階段の下から見えるんじゃないかとか、彼氏と何してるかとか・・・想像していてそれを俺の前で平気で言ってくるわけ・・・わかる?俺の気持ちが・・・こんなに好きでたまらないのに、他の男にこんな姿を想像されてるんだよ・・・それでも、教師っていう立場を守らなくちゃいけないし、世間的にも高校生に手を出したら犯罪者になる。だから、菜奈のこと好きじゃないフリしたり、好きでもない中澤咲をフェイクに利用してみたり・・・やっと俺が独り占めできると思ったらこんなの見せつけられても我慢しなきゃいけないとか拷問かよ・・・くそ・・・」

「お母さんとの約束なんて破っちゃえばいいじゃん・・・」

「お前な、男の性欲舐めてんのか?一回が二回に二回が毎回になるんだぞ。」

「お母さんが妊娠するなって言ったんでしょ?ちゃんとゴムつければ大丈夫。」

そう言った私の両頬を片手で押さえつけた。

「おいっそんなこと誰が言ってた?ほのかか?それとも、須藤か?」

「いや、保健体育の授業で習うし、そんなのネットにも雑誌にも載ってるし、女子なんてみんな持ち歩いてるよ。」

先生の表情は青ざめていた。

「私だって、高校生だし・・・性欲くらいあるんだから・・・」

そう言った私に、先生は今までしたことのない長くて激しいキスをした。
身体中に触れて息ができなくなる。
息を乱して、顔を真っ赤に染めた私に「まだまだ序の口ですけど・・・大丈夫なの・・・?菜奈ちゃん?」
と耳元で囁いた。

答えられないでいる私に、先生はベーっと舌を出した。

「ほら学校遅刻する。俺一回部屋戻って一服するから・・・」

先生は何事もなかったかのように淡々とネクタイを直した。


(また、子供扱いされた。)


昨日の、事件は学校でも噂になった。
しかし、それ以上に犯人を撃退した先生の株が上がった先生と半同棲生活がスタートする。
母から「来週には部屋が用意できる」と連絡がありついには同棲が始まってしまう。


(心の準備ができない)

浮かれているのは私だけで大学受験を控えた教室は殺伐としている。
私も、受験はあるものの面接と小論文とちょっとしたデザインの持ち込みの課題のみのため、あとは自分の成績をキープし続けることが重要だった。
かつては、くだらない話をしあっていたほのかも、口を開けば勉強の話でついには同じように大学を目指す子と休み時間の度に勉強をするようになった。
当然のことながら、放課後や休みの日に遊びに行くこともなくなった。


(寂しい・・・)



「受験終わったらけろっといつものあいつに戻るって・・・俺だって受験の時は専門学校行くやつは羨ましかったよ。俺らが必死で勉強してんのに、簡単な試験だし、先に合格発表だし」

私たちは、同じテーブルで同じ夕飯を囲んでいる。
慣れるまでには時間がかかったが、慣れてしまえばまるで何年も前からこうしていたような気がしてしまう。
数年後もこうして変わらずにそばにいられるだろうか・・・


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