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第一章

気づいた時には(藤村秀斗)

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「で、なんで俺なんすか?」
慎也は、面倒くさそうに答える。

「頼むって、肉おごるから」
肉というワードに目がキラキラしたこの男に少しだけ殺意が芽生える。

(一応、俺はお前の上司なんだけど・・・)
その図々しさも可愛げがあって憎めないところもあるけどね。

すると、慎也は誰かに電話をし始めた。

「あ~~あっくん久しぶり~元気だった?突然ごめんね。あのさちょっと教えて欲しいんだけど・・・この前、琴音先輩が実家帰った時に・・・なんでそんなこと聞くかって?いや~~彼氏が心配しちゃってさ・・・プール?・・・琴音先輩泳げるの?・・・あーーー新谷司・・・ふ~~ん。ありがとう。」

それから慎也は10分ほどそのあっくんという男と雑談をしていた。

「あっくんって誰だよ。」

「え?知らないんですか?琴音先輩の弟の淳くんっすよ。俺と好きなバンド一緒で意気投合しちゃってよくライブに行くんっすよ」

つくづく慎也の図太さに驚かされる。
もはや、嫉妬のレベル。
俺は琴音の兄弟にあったこともないし、名前も知らないのに。


それから慎也は「新谷司」という男を検索しだした。

「え?出てくるの?」
と俺は興味津々にスマホの画面を覗き込むと次々に記事が出てきていた。
彼は、過去に水泳をやっていたらしくその試合記録といくつかの写真が出てきて、あの受付にいた時の顔と一致していた。

「ほら、俺が言った通り。彼女を実家に帰らせるときは気をつけないと。この人琴音先輩の地元の先輩っすよ。
あっくん曰く、同じ水泳部で琴音先輩は片思いしてたとか」

俺は、琴音の地元がどこかも、部活で何をやっていたのかも、どんな学生時代を送っていたのかも知らなかったのだ。

「じゃあなんで、琴音とこの男の写真を峯岸が持ってるんだよ。」

「さあ~~~。でもあの人悪い男の人と繋がってるじゃないですか。梨々香も被害にあってるし、もうあの人歪みすぎでしょ。SNSも見てて痛々しいし、いっそ部長との不倫を部長の奥さんにバラして懲らしめればいいのに」

「それはダメだろ。社内で不倫があったら少なからず俺たち営業に影響するぞ。」

「でも、このままあの人ほったらかしにしたら被害者増えるし、その写真がネットとかに晒されたら傷つくのは琴音先輩ですよ。」

俺は何も言い返せなくなった。


「まあ課長はちゃんと琴音先輩と話した方がいいっすよ。前住んでてアパートまだ引っ越してないみたいだし。」


慎也に言われた通り琴音のアパートを毎日訪ねたが、気配もなく朝も夜も彼女に会うことはできずに1週間過ぎていった。
実家へ帰っているのか、あるいはあの男のところなのか、旅行でもいっているのだろうか・・・







琴音が退職をしてしばらくした時に社内で事件が起きた。

「峯岸雅!!!」
警備員を突き飛ばしながら、血相を変えた夫人がオフィスの中に現れた。
あいにく彼女は今日体調不良で休んでいる。

「出て来なさい!顔はわかってんのよ!うちの夫をたぶらかして金巻き上げて。訴えてやる。」

俺は、思わず部長の顔を見てしまったが、部長の奥さんではないらしいが額の脂汗が尋常ではなかった。
よかったねあんたじゃなくてと思いながらもこの状況をどうにかしなければ。

「部長・・・どうするんですか?」
俺の問いに部長は、お前が行けと目で合図したが警備員に強引に取り押さえられた。


一体どうなっているというのか・・・お次は会社に一本の電話が入る。

「峯岸が・・・そうですか・・・」
電話に出た社員が血相を変える。


「今日、逮捕されたみたいです。」

俺はその場に思わず倒れそうになった。

しかし、常に峯岸雅を取り囲んでいた女たちがクスクスと笑っている。
俺は彼女たちを捕まえて話を聞くと、具体的にどのような容疑で逮捕されたのかは不明だが、どうやら彼女は結婚詐欺まがいのことや、脅しで男から金を巻き上げていたようだ。
また、その際に関与したと見られるカメラマンの男も逮捕されたという。
おそらく、琴音も俺もこの男に写真を撮られていたのだろう。

「でも、気の毒ですよね・・・あの人は課長に振り向いて欲しかっただけなのに。」
「うんうん。ちょっと頑張るところが違ったんだよね~~~」
「悪い人たちと繋がってたからいつか絶対捕まると思ってたし」
「なんか平和になったね」

そんなことを呑気にいっていたが今、会社が侵されている状況をわかっているのだろうか。
俺はすぐに重役会議に呼ばれて今後の対策が話し合われた。



その数時間後、ミンからの着信があった。
どうやら今回の一件が社内の一斉メールに送信されたようだった。

しかし、ミンがとんでもないことを言い出したのだ。


「実は、私も峯岸雅に協力してたんだよね・・・」

「は?」

「だって、私と別れてすぐに年下の彼女作って私に見せたことのないような幸せそうな顔してたからなんか腹が立って・・・それに久しぶりの再会ってことで抱いてくれるかと思えば何もしてこないし・・・」

どうやら、具合が悪いと強引にホテルの部屋に誘ったのも、キスをしてきたのも峯岸と計画してのことだったらしい。

「ふざけんな。そのせいでこっちはフラれたんだよ。」

「うそ~~~もっと図渦しい子だと思ってたら意外と間に受けちゃうタイプだったのね。それは悪いことをしたわね」

悪びれもなく淡々というミンに腹がたつ。
俺はかつてこんな女に本気になっていたのかと思うと自分が情けなくなった。

「お前がそんなやつだとは思わなかったよ。俺がそうさせてしまったのかもしれないけれど・・・・」

ミンはケタケタと笑った後に、「え?心配してるの?」と問う。

「だってミンはこんなことするような人じゃないだろ」

「何いってんの?これが本当の私よ。本当の私を知っていたらあなたは私を好きにならなかったはずよ。
あと私ねもうすぐ結婚するの・・・この仕事も辞めるつもり。付き合ってた人がやっと奥さんと別れてくれて、子供も私に懐いていてすごーくかわいいの。やっとお母さんになれる。もうすごく幸せ。だからあなたと関わることはもうないし、彼女のことちょっかい出すこともないわ。御幸せに・・・」


1人の女から夫を奪い、子供もまでも奪おうとするかつての恋人に俺は恐怖さえも覚えた。

電話が切れると、俺は計り知れない怒りがこみ上げる。
傷つく必要のなかった琴音を、くだらないことで傷つけた。

かつて尊敬していた上司であり愛していた恋人の本性を知り幻滅する。
なんであんな女に本気になっていたんだろう。
女という生き物はみんなそうなのだろうか。

(いや・・・違う・・・・)


琴音はいつも一生懸命で、嘘なんてつけなくて
いつも俺をまっすぐに愛してくれた。

それなのに俺は厳しく接してしまった。
ミンと比べてしまっていた。

喧嘩をしたままでも、俺が怒ったままでも琴音は理解してくれて許してくれると思ってしまっていた。
慎也の言っていた「琴音の優しさに甘えすぎ」という言葉が胸に突き刺さる。




(ああ、最低じゃん・・・・琴音に会いてぇ・・・・・・
でも、こんな俺に会う資格ない・・・)








それから数日後にアパートの近くの琴音のよく行くスーパーで琴音の姿を見かけた。
少し痩せた様子だった。すぐに話しかけようとしたがカバンにつけていたキーホルダーが目に入った。


「お腹に赤ちゃんがいます」と書かれた。いわゆるマタニティマークだった。


ミンが「あのマークを見るたび、あのマークをカバンにつけて幸せそうな顔をしている妊婦を見るたびに苦しくて泣けてくる」と言っていたのをふと思い出す。

琴音が妊娠している。

(俺の子・・・だよね・・・・?)

俺と同棲していた間は、ずっと同じベッドで眠っていたし同じ職場に通っているわけだから俺は父親の可能性が高い。

でも、母親のお見舞いに行くと実家に帰ったあの数日間と、一晩連絡がつかなかったあの夜はきっとあの男といたはずだ・・・
その時にできたとしたら・・・

だから、琴音はあんな風に一歩的に俺から離れていったのだろうか・・・

すぐに追いかけないと見失ってしまうのに、二度と会えない気がするのに・・・

足がすくむ・・・・


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