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第一章
妊娠発覚(宇月琴音)
しおりを挟む退職届を出してから、最後の出勤日までは駆け抜けるように過ぎていった。
途中で「やっぱり辞めたくない」という気持ちを抱いていたことは確か。
送迎会を開いてもらい、その場には課長もいた。
私と付き合っていた時にほとんど吸うことがなかったタバコを何度も吸っていた。
少し、やつれている気がする。
(気になるなら聞けばいいのに・・・・)
聞きたいことはたくさんある。
ちゃんとご飯食べてますか?
洗濯してますか?
ちゃんと眠ってますか?
新しい彼女はできましたか?
まだ私のことを好きですか?
よく「別れても友達だから」と別れた後も何事もなかったかのようにしているカップルもいるが、私はそれがすごいと思う。
話すことも目を合わすこともできないのだから。
「琴音先輩、ここ辞めたら次なんの仕事するんですか?」
ボケーっとしていた私に、慎也が話しかけてきた。
「うん。まだ決まってないかな~~~」
梨々香は、私の隣で酔いつぶれて寂しいと大号泣していた。
二人の成長を見守れないのは少し残念でもある。
「じゃあ仕事決まったらまたご飯行きましょう。」
私は、慎也は確実に、別れてからもちゃんと友達の関係を続けられるタイプなんだと感じた。
課長はどうなのだろうか。
でも、リーさんと別れてもあんな風に親しくしていたわけだから、今まで通りにできないの私だけなのだと思う。
居酒屋を出ると、外の風は冷たく雪が降り出していて恋人たちが肩を寄せ合って歩いていく。
本当ならば課長と一緒にこの冬を過ごしていたのだろうか。
もしも、今日私を追いかけてきてくれたら・・・・
部屋の前で待っていてくれたら・・・
私は多分許してしまうと思う。
それで司先輩とのことをきちんと話してきっと何事もなかったかのように今までみたいな毎日を過ごすのだろう。
でも、許してしまえばきっとまた繰り返す。リーさんとの関係が切れる訳ではない。
許さずにまた突き放したら、きっともう二度と会うことはないと思う。
でも、そもそも課長は私を追いかけてもくれないし、部屋の前で待っていることもない。
「来る」「来ない」「来る」まるで花びら占いのようにいろんなシュミレーションをして。
淡い期待をしつつも、彼を傷つけて困らせようと考える私がいる。
こんな駆け引きを好むような男ではないと分かっている。
住み慣れたアパートの近くまでゆっくり歩いた。
課長はついてこなかったし、部屋の前にも待っていなかった。
連絡もない。
大げさかもしれないけれどこれでもう二度と会うことはない・・
明日からどんな風に生活していこうか。
貯金は一応あるから(結婚資金だったけれど)当面の生活費はなんとかなるけれどいつまでも無職ではいられない。
明日からちゃんと仕事を探さなくちゃ。
そんなことを考えながらも、自由になった気がした。
仕事も恋愛からも解放されるとこんなにも人は自由になれるんだろうか・・・
恋愛はしばらく不要だ。
でも、そんな風に考えたのもつかの間だった。
朝、ベッドから起き上がるのが億劫だった。
毎朝朝食とお弁当を作っていたはずなのにそれさえもできなくなっていた。
彼氏がいないとこんなにダメになっていくのかと怖くなった。
就職活動もやる気が起きず一日中寝てばかりの日もあった。
極め付けは吐き気だった。
胃腸炎なんていつぶりだろう・・・そんな風に思いながら病院へ行こうと思い体を起こして身支度を整えた。
そういえば生理が最後に来たのっていつだっけ・・・
私は、スマホのアプリに記録していた生理周期を確認すると定期的に来ていた生理が遅れていることに気がついた。
(まさかね・・・)
妊娠検査薬は、私を嘲笑うかのように「陽性」を示す。
「おめでとうございます。妊娠8週目です。赤ちゃんの心拍も確認できましたよ。」
先生は笑顔で言うが、その顔はすぐに曇った私が心から笑えなかったことを察したのだろう。
父親が課長であることは明確だった。
司先輩とは行為に至っていない。
もし仮に、課長に「子供ができました」と言ったのならどんな反応をするだろう。
でも、「子供は考えられない」と言った横顔が浮かぶ。
私たちが普通に恋愛をして、結婚をして、お互いに子供ができることを強く望んだのなら今頃二人で喜びあえたのに・・・
病院の待合で、愛おしそうに夫婦でお腹をさする姿を見て、課長と自分に重ねた。
「中絶」
そんな言葉が頭をよぎる。
お腹に手を当ててもまだ何も感じないのに、私の中に確かに命が宿っているのだ。
でも、中絶するなら早い方がいいとネットには書かれている。
もしこの子が生まれた時、父親がいないことで辛い思いをさせてしまうのだろうか。
私一人でちゃんと育てていけるだろうか。
心から喜ぶことができない妊娠と今までに経験をしたことがないような壮絶な吐き気と不安。
誰かに相談できたらいいのに・・・・
私は、母の顔が一番に浮かぶ。
3人子供を産んで私たちを育ててくれた。おそらくこのつわりを経験したと思う。
こんな時の不安な気持ちをきっと軽くしてくれるのに司先輩の話が本当だとしたらやはり躊躇してしまう。
(誰か助けて・・・)
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