6 / 7
プロローグ
井口透2
しおりを挟む『ふざけんなよ。どいつもこいつも。』と心の中で叫び、窓を大きな音を立てて閉めると、ピタリと喘ぎ声が止まるが壁に耳を当てると微かにベッドのスプリング音が聞こえた。
今まで気がつかなかった、いや、俺が気がつかなかっただけでこのマンションで暮らす人たちの男女は皆セックスをしているのだ。別にそれは食事と睡眠と同じくらい大切なことであるし、窓全開で思い切り喘ぐような迷惑行為をして来たわけではないので、俺の先ほどの窓の閉め方は大人気なかったと自覚はあるけれど、その人に聞かれてしまったということで再度、男女の興奮に火をつけてしまったのであるのならそれは余計に腹立たしいのだ。
何故なら、俺は勝手に逆プロポーズをして来た彼女を泣かせてしまったを謝り、ご機嫌を取らなければいけない。『結婚する』という選択肢しか笑顔にできないという超無理難題に、結婚をしない方向で彼女を笑顔にする方法を考えているのに何も方法が見つからない。
そして、馬鹿みたいに俺の息子は先ほどの女の喘ぎ声で元気になっていた。七海のお風呂は長いことが救いだった。虚しくもその女の声が脳内に録音されているようで、早急に俺は果てた。
喧嘩中に、顔も知らない女で抜いていたという事実を知ったら七海はどう思うだろう。
その日は、一言も交わすことなく朝がきて、各々仕事へと向かって行った。
30歳にもなると、仕事への責任がより一層重くなる。役職を与えられて上と下から板挟み。
気を抜く時間もないまま1日が終わっていく。そうして七海の待つ家に帰る。これを誰しも平凡で当たり前で幸せだというのだろう。だけれど、それがどこか物足りない。今まで浮気願望などなかったし、七海が浮気をするのは考えられない。
それでもと七海の好きなお菓子を買って、帰宅後のセリフを頭の中で練習する。自宅のマンションが見えてくると、一度大きくため息をついた。
気を取り直し、歩き出すと目の前の綺麗な黒髪に目が止まる。白いフリルのトップスの裾を、タイトなスカートの中に入れている。『これは腰が細い人じゃないとできない』とかつて七海が言っていたのを思い出す。タイトスカートからはほっそりとした筋肉のない白い脚が伸びている。
『これ振り返ってブスだったら辛いわ』と心っで思ったのも束の間。
正面から歩いていた若い男が、「さくら・・・まだ帰ってなかったのかよ。鍵開いてなかった。」
「ごめん、ごめん・・・バイト長引いちゃって」とかわいらしい声がした。
『さくら』という名前に聞き覚えがあり、昨日の情景が鮮明に浮かぶ。
当然のように、その男は彼女の細い腰を抱き寄せる。俺たち通行人の目など気にしない。
先を歩く二人に追いつかぬようにペースを落として歩くと、彼女が「ごめん、コンビニよってもいい?」とその男に問う。
彼らは、コンビニの方に歩き出して行くとしっかりと彼女の横顔を拝むことができた。ぱっちり二重の長いまつげに、小さくて高い鼻と赤くて小さな唇。まるで人形のようで、どこかの事務所に所属しているのではないかと思うほど。コンビニでも絶えず手を繋ぐその男の優越感に溢れた顔が腹立たしい。
昨夜、彼女の喘ぎ声で抜いたということは実際に彼女とセックスをする男よりも俺は下の立場であるということも気に食わない。
家に帰りムシャクシャした気持ちを抑えられなかった。先ほどみた彼女とは裏腹にオーバーサイズのくたびれたTシャツとちょんまげ姿の七海に欲情はしなかった。だけれどこのどこにも当てようのない性欲を沈めるにはこうするしかなく俺は七海を抱き寄せる。
彼女はとても驚いている様子だった。脳裏に浮かぶ彼女を姿を思い浮かべればきっとうまくいく。
しかし、肝心な時に俺の息子は機能しなかった。
「無理しなくていいよ。」結局また七海を泣かせてしまう。
セックスレスは、七海がめんどくさがっていることだけが理由ではない。俺自身にも問題があった。
「これじゃあ、結局子供も作れないね。」
「大丈夫、体外受精とかあるし。」作り笑顔で言った七海の目には涙が浮かぶ。
「ごめん・・・やっぱり無理だ。俺は七海と結婚できない。」
「分かった。うん・・・じゃあ私実家に帰ろうかあ・・・そうするよ・・・明日には荷物まとめるし・・・」
あそこまで結婚に執着していた七海は意外にもあっさりと返答をした。俺は最低な男だと思う。ここまで長く付き合っておいて、同棲もしているのにこんな自分勝手な振り方をしてしまうのだから。『貴重な20代を返して』と普通は言われてしまうだろう。それぐらいに俺たちは20代のほとんどを一緒に過ごしていた。何も変化もなく淡々と。
裸のまま寝そべったベッドで耳をすませば、またベッドのスプリング音が遠くで聞こえる。
俺は、服を着て静かに窓を開けてベランダに出て耳を澄ます。
やはり、先ほどの男女は最中のようであの女の可愛い喘ぎ声が聞こえて頭がおかしくなる。俺の心の中は、初めてアダルトビデオをみた時のような罪悪感とワクワクした気持ちで騒ついた。
思えば俺の恋愛スタイルは『来る物拒まず、去るもの追わず』でその時々のノリで女の子と付き合って来た。だから、1週間長くて1年ぐらいしか同じ人と付き合うことができなかった。
何故、七海とここまで長く付き合ったのかと分析をすれば『多忙』以外に答えはない。学生時代のように年中遊びとセックスのことしか考えていない呑気な毎日は社会人には訪れない。心も体も疲れ切ったところに『恋愛』が入り込む余地はなく。家と職場の往復だけでは、交友関係が広がることもない。出会いなどは皆無だ。
だから、俺は立ち止まって考えることもせずに七海と過ごして来た。もう彼女に恋愛感情もときめきも感じぬまま同居人として。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる