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第28話 ユハ帝国の終焉

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 スペイゴールの命運を分ける、過去最大級の戦争は、クライマックスに到達していた。

「クリス! 危ない!」ランランが叫ぶ。

 状況は相変わらず帝国軍が少しリードしていた。
 しかし、アトラス率いるエルフ軍の活躍により、共和国軍はほぼ互角といえるまでに立て直していた。

 そんなとき、クリスの目の前に、例の牛が現れた。そう、議長が飼っている、狂気の牛だ。
 今まで多くの怪物と戦い、多くの勝利を収めてきたクリスだったが、狂気の牛だけは違う。

「狂気の牛か……」

 どんなに鋭い刃物も、杖士ブレイカーの杖も通用しない硬い皮膚は、スペイゴール最強の金属でできている。

 狂気の牛の鼻息が伝わってきた。とんでもなく高温だ。

「こっちだ!」クリスが勇気を振り絞って誘導する。

 狂気の牛が現れたのは戦場のど真ん中だったため、周囲にできるだけ被害が及ばないよう、クリスが考えて遠くまで誘導したのだった。
 クリスは味方の兵士も敵の兵士もいないような狭い通路に移動し、牛がついてくるのを待った。



 一方、アキラとシエナは消えたジャックの行方を追っていた。

「ジャックは……本気で……」シエナもまだショックから立ち直ってはいなかった。

「ジャックのことはなんでもわかってるつもりだった。道場で一緒に訓練を受けて育ったからな。俺にとっては家族よりも家族みたいな存在なんだ」

「アキラはお母さんとお父さんのこと、覚えてる?」

「よく覚えていない」アキラが地面を見る。「幼い頃からオズ道場の訓練生だった。ジャックも同じだ。だから親友になれたのかもしれない」

 シエナがふっと笑う。「確かに、二人にはそれぐらいしか共通点がないわね。友達なのが不思議なくらい性格が違うのに」

「いい刺激になってる――いや、なってた。俺が間違った方向に進みそうになったときは、必ずあいつが正しい方向に導いてくれていた」

「ジャックは……またデイブレイクに……」

 泣きそうになっているシエナの肩を、アキラが優しく抱き寄せる。「大丈夫、ジャックは正義のヒーローだ。自分を犠牲にして初対面のやつを救うようなやつだぞ。そんなやつが平気で悪人になれるわけない」

「そ……そうよね」

 二人は少しずつ戦場に近づいていた。



「そろそろ始めるか」

 アビス王国を去ったジャックとエイダンは、すぐに魔王召喚の儀式を始めた。

 魔王は基本的にアビス王国にしか存在できないことになっている。それは大昔にスペイゴールの神々が定めた決まりだ。
 しかし、例外があるとすれば、地上の世界から召喚の儀式で呼び出されたとき。そのときに限っては、地上の世界で一日だけ自由に暴れ回ることができる。一年に一回――つまり一年に一日だけ召喚の儀式は認められている。

「呪文は知ってるのか?」エイダンが聞いた。

「俺は黒魔術のマスターだ。知らないはずがない」

 そうして、二人が声をそろえて呪文を唱え始めた。

 低くて、不気味な、背筋が凍るような声。闇の中から邪悪な存在を呼び覚ますときにぴったりの効果音だ。

 ずっと唱え続けていると、周辺の地面が赤く光り出し、バキッと割れて魔王が現れた。

「顔色がいいようだ」ジャックがつぶやく。「コーヒーは美味しかったか?」

「すばらしかった。それはともかく、早く私を案内するのだ」

 ジャックとエイダンが顔を合わせ、邪悪な微笑みを交わした。

「いよいよだ」

 魔王の召喚により、スペイゴールにさらなる脅威が広がった。



 クリスと狂気の牛の戦いは、なかなか白熱していた。

 エルフの優れた感覚で牛の動きを予測し、素早く飛び移って攻撃を切り替える。

 牛がクリスの背中に体当たりしようと突進した。しかし、クリスが横に転がり、杖で足先を突いたことで、打撃というダメージを与えることはできた。

「モゥォーーーー!」牛が怒りの雄叫びを上げる。

「痛いか?」

 牛は挑発することが大事だ。道場の教えにもそうあった。
 クリスの挑発によって、牛は今までよりも遥かに速い全力疾走で突進してきた。しかし、今回はクリスの優勝だった。

 真上に高く飛び上がり、体を半分ひねりながら前に一回転。牛の背中に座るようにして着地した。

 牛は自分の背中の上で何が起こっているのかわからないらしい。クリスのことをまだ一生懸命捜している。

「残念、牛さん」

 そう叫んで、クリスが牛の顔の前に一瞬で降りる。
 牛が混乱しているうちに、目にもとまらぬ速さで杖を牛の口の中に突き刺した。

「流石に口の中までは鉄壁の防御じゃなかったみたいだな」

 倒すのは不可能だと伝説になっていた狂気の牛は、我らが英雄クリスによって退治された。



 クリスが戦場に戻ると、戦場は再び帝国軍の優勢となっていた。

 もっと悪いことに、ドワーフ軍はほとんどが退却し、エルフ軍の勢いも少しずつなくなってきている。

「このままじゃ負けちゃう! クリス、アキラたちはまだなの!?」

「シエナもまだだ!」クリスが叫ぶ。「……これ以上戦っても犠牲者が増えるだけかもしれない……」

「でも、絶対諦めたくない!」

「ランラン……」

「あたし、決めたことがあるの!」

「え、なんだって?」

「この戦争に勝ったら、クリスにキスする!」

「え、キス!?」クリスが驚いて聞き返す。しかし嫌そうな感じではない。

「あたし、クリスが大好きなの! クリスはかっこよくて、優しくて――」そう言いながらオークに切りつける。「――リーダーとしてみんなを引っ張ってくれる。ずっと好きだったし、これからもずっと好き!」

 こんな絶望的な状況だが、クリスの顔には笑みが浮かんでいた。「それは嬉しいよ」

 二人の杖士ブレイカーは惹かれ合っていた。

 戦いはまだ続いているが、今、二人のまわりには愛しかなかった。

「僕も、可愛くておちゃめで、チームの雰囲気を明るくしてくれるランランが大好きだ」

「クリス……」ランランの目には涙が浮かんでいる。「よかった。フラれると思ってたから」

「そんなわけないだろ」

 二人は目の前にいたオークとの決着をつけ、長らく見つめ合っていた。
 お互いの手が触れ合い、唇が重なる。

 永遠に続いている時間のようだった。



「ここが戦場か」

 アキラとシエナはやっとのことで戦場にたどり着いた。
 あちこちで炎が上がり、大勢の兵士が倒れている。まさに地獄のような戦場だ。

「ジャックはどこだ?」

「ここにはいないみたい。ここじゃないなら、どこなの?」

 ジャックの居場所に心当たりはなかった。

「とにかく、目の前のことに集中しよう。仲間を助けるぞ!」

「そうね」

 二人は杖を取り出し、帝国軍の兵士たちと戦い始めた。
 他にもエルフやドワーフなどの味方がいるが、ほとんど疲れ果てた様子で戦線離脱している。

 最強の杖士ブレイカーたちのおかげで一時的に勢いを取り戻したものの、やはりすぐにもとの状況に戻った。

「クリス! ランラン!」

 アキラとシエナの二人が、ついさっき愛を確かめ合ったばかりの二人のもとに駆けつける。

「状況はあまりよくない」クリスが言った。「サプライズは用意してないか?」

「ああ、それならとっておきのがあるぞ」アキラが皮肉っぽくつぶやく。「ジャックがリーサル杖士ブレイカーと手を組んだってことだな」

「なんだって!?」

「その話は後で」シエナが言う。「まずはこの状況をどうするか考えないと」

「そうそう、そっちの方が大事さ」

「でも、ジャックがなんだって!?」クリスはまだ事実を受け入れられていないらしい。それも当然だ。

 そうこうしているうちに、敵の軍勢は次々と攻めてきていた。もう防ぐだけの手立てがない。

「スペイゴールも終わったな」アキラがつぶやいた。

 そのとき、視界が真っ白になるほどの強烈な光が、スペイゴール大陸を包み込んだ。

「なんだこれ!!」

「何も見えないぞ」

 目を開けてみれば、なぜだか目の前にいた大量の敵軍が、塵となって消滅していた。

「何があった!?」アキラが叫ぶ。

「あれ」シエナが指さす。

 指の先には、スペイゴール最強の魔術師とも言われていた、シバが立っていた。

「救世主の登場だな」

 シバはどこかのショーで見せるようなレベルの違う魔法を呼び出し、帝国軍を翻弄。あっという間に帝国を滅亡させたのだった。

「ジャックがシバを説得したんだ」アキラが説明した。「最強の魔術師はこっち側についてくれたらしい」

「どうやらそうみたいだ」クリスは呆然としている。

 共和国の兵士たちが、急に大声で叫び始めた。「デイブレイク! デイブレイク! デイブレイク! デイブレイク!」

 戦場は今やパーティー会場のように盛り上がっていた。
 それぞれがそれぞれの功績について褒め合い、勝利を分かち合っている。

 クリス、アキラ、ランラン、シエナの四人は、これが果たして勝利なのかがわからなかった。
 まだ心の中はすっきりしていなかった。

 急にアキラが目を細める。「嫌な予感がする」

「僕もだ」

「この空気は何?」シエナが顔をしかめる。「闇を感じるわ。深い深い闇を」

 それに答えるかのように、耳をすんざく強烈な爆発音が、四人を襲った。

「おいおい、何があった?」

 クリスはエルフの超人的な目で、遥か遠くのイピリア神殿を確認した。「神殿で爆発が起こったらしい……僕の妹がいる神殿で……」

「おっと、ジャックのお出ましってやつか」

 四人はイピリア神殿に急いだ。



★ ★ ★



 ~作者のコメント~
 スペイゴール戦争が終わったかと思うと、今度は闇堕ちしたジャックが大変なことをしそうです。
 ハラハラする展開ですみません。
 でも最後は、ハッピーエンドで終わる、はずです。
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