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読書パーティー編
その52 如月エリザベスの独白(如月side)
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あたしには、自由なんてない。
いや、貴族という恵まれた家に生まれて、自由がない、と言うのは良くないことなのかもしれない。
食事も十分に与えられていたし、欲しいものがあれば、だいたい母が買ってくれた。
あたしの家は貴族だけど、あたしがちょうど三歳の時、一家の大黒柱である父が他界した。貴族にとって、大黒柱を失うということは家の力が弱まることを意味する。
母はひとりであたしを育てながらも、笑顔を絶やさず、いつも優しく接してくれた。
でも――。
母は、いつも怯えていた。
勢力が弱くなった如月家は、同じく貴族家系の五十嵐家に逆らうことはできない。
たまにあたし達の家にやってきたかと思うと、五十嵐家のトップ、五十嵐ヴァイオは母を自分の好きなように操ろうと、高圧的な態度で命令をする。母が少しでも反抗的な態度を見せれば、性的な暴力で母を黙らせた。
――母は、弱い人だった。
もう母に逆らう力なんて残されていない。綺麗な人で、魅力的な容姿を持っていた。
そんな母が五十嵐に何をされているのかは、十歳を過ぎてからようやく理解することになった。
「ママ、ここから逃げよう。どこか遠いところに行って、一緒に、楽しく暮らそう」
「エリザベス……駄目なの。どこに逃げてもあの人は追ってくる。絶対に、逃げられないの……」
毎日のように、逃亡を提案した。
五十嵐家は自分の勢力よりも弱い勢力を強引に支配しようとしているらしい。それはあたしの家系だけじゃない。だったら、あたし達が逃げたところで、大したことじゃないようにも思える。
でも、母は逃げてもまた捕まると確信していた。
それに、逃げるといっても、どこに逃げればいいのかもわからない。
五十嵐の命令は日に日にエスカレートしていった。
相当母のことを気に入っているらしい。いや、正確には、母の体を。
遂にはあたしにまで変な命令をしようとしてきた。でも、母はその時だけ別人になったかのように表情を変え、本気で拒んだ。
「エリザベスだけは……わたしのようになっちゃ、駄目……」
力尽きたような声で、そう呟くのが聞こえた。
でもその抵抗のせいで、母は酷い目に遭わされる。望んでもいないことをさせられる。次第に母の笑顔が消えていき、あたしに対しても微笑むことがなくなった。
「エリザベス、ゼルトル勇者学園に入りなさい」
あたしが十六歳になった頃、母は感情のない声で言った。もう母に気力はない。
幸い、あたしはまだ五十嵐ヴァイオからも、その息子からも手を出されていなかった。
それだけは、母が必死に抵抗して守ってくれていたから。でも、そのたびに母が弱っていくのを、あたしは見ていることしかできなかった。
「勇者学園には女子寮があるし、教師も優秀と聞くわ……だから、お願い。わたしのことはもういいから……」
それが母の最後の願いだった。
一緒に逃げたかった。できるものなら、母も一緒に……。
「約束して。わたしのようにはならないで……」
「お母さん……」
約束はできなかった。
あたしも母と同じで、弱い。もしゼルトル勇者学園で今よりも強くなることができれば、この状況を変えることができるかもしれない。
それでも、母を見捨てるなんてことは――。
「お願い! もう時間がないの! 貴族なら簡単に入学できるわ。家系を継ぐのが普通だから、勇者を目指そうなんていう貴族は少ない。倍率も高くないし、エリザベスは優秀だから、きっと簡単に入学できるはず。お願いだから……」
母の願いを聞くことしかできなかったあたしは、ゼルトル勇者学園に入学した。
確かに、これであたしは学園に守られることになった。
女子寮は警備が厳重で、男子は絶対に入ることができないし、外部とは完全に遮断されている。ここでは、五十嵐家から身を守ることができたと思っていた。
でも、あたしの人生はそう甘くはない。
『見て、五十嵐家の子よ』
『うわ、なんか感じ悪そう』
『そんなこと言ったら潰されるって……』
入学式に現れた、五十嵐家の長男、五十嵐アイザック。
ここに来ても、五十嵐はあたしを逃がしてはくれないらしい。長男の姿は見たことがなかったけど、父親によく似ていて、表情が歪んでいた。
今もきっと、母は酷い扱いを受け、苦しんでいることだろう。
如月家は、五十嵐家からは逃れられないの?
五十嵐アイザックは自分より位が下の貴族の子にばかり手を出した。男子はパシリに使ったり、女子は――言うまでもない。
あたしは毎日図書館に逃げ込むことで狙われないように注意を払っていたけど、つい最近、入学して一年と少し経過した、夏休み前日。五十嵐アイザックと接触してしまった。
「おい、お前が如月エリザベスか?」
ちょうど終業式が終わり、図書館に移動しようとしていた時だった。
遂に、見つかってしまった。
クラスは違ったし、なるべく目立たないように学園生活を送ってきたというのに。
周囲にいた女子達は、彼が何者なのかよく知っているみたいだった。あたしに同情するような表情をして、静かに立ち去る。あたしに味方はいない。
「いえ、人違いです」
これで誤魔化せるとは夢にも思ってない。
「俺の親父がお前の母親のことを気に入ってるそうだ。確かに、お前のこと見てたらわからなくもないぜ。いい体してんじゃねーか」
「だから、人違いです」
「おい、ちょっと待てよ」
五十嵐があたしの肩に触れようとした。
その時――。
『如月、何してるの?』
「涼風さん?」
偶然なのか、涼風さんが声をかけてくれた。
あたしと同じで、図書館に行く途中だったらしい。でも、ここで図書委員のことを口にすれば、五十嵐にあたしの隠れ場所がバレてしまうかもしれない。
涼風さんは五十嵐をちらっと見て、顔をしかめた。
そして、気の毒そうな表情をする。
二年生の間では五十嵐アイザックのことは有名で、多くの生徒から恐れられていた。それでも教師が何も注意できないのは、教師の中にも五十嵐家に逆らえない貴族家系が半分程度いるから。
この国での貴族の身分は微妙だ。
ゼルトル王国は平民も貴族も関係なく、実力主義の国になろうと変化している。それは、かつての勇者の多くが平民出身だったから。入試の時の貴族の待遇は、貴族から勇者学園に入れたがる親が少ないことが関係している。
でも、貴族の間での、身分の差はまだ根深く残っていた。
涼風さんは平民出身。だから貴族のことは関係ない。
彼女とは図書カウンター当番でたまに会話するくらいで、さほど親しいわけでもない。
「いやぁ……如月、明日から夏休み楽しもう」
何かを察したのか、あえて図書カウンターのことは言わずに離れていく涼風さん。
涼風さんを巻き込むわけにはいかない。
あたしはほっと溜め息をついた。
「ちぇっ、んだよあいつ」
感じ悪く悪態をつく五十嵐。
無理に逃げようとしても、余計に酷い目に遭わされるだけだと思った。
「ちょっとついてこい」
腕を乱暴に掴まれ、物陰に連れ込まれる。
『その可憐な少女をどうするつもりかな?』
「――今度は誰だ?」
涼風さんの次に現れたのは、なんと……。
「――げっ。白竜アレクサンダー……」
五十嵐が固まった。
偶然にしては凄い。生徒会の副会長、白竜アレクサンダー――とんでもない力を持つ、三年生の中心核。
流石の五十嵐も、白竜先輩に見られていたら何もできない。
「ちょっと危ない雰囲気が漂ってたからね。一応〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の副会長として、注意しておくよ」
白竜先輩は気さくな感じで、上級生&生徒会副会長とは思えないほどの親近感があった。
「さあさあ、そこのきみ、行きたまえ。この少年から詳しく話を聞こうじゃないか」
そう言って、五十嵐の方を見る白竜先輩。
表情は屈託のない笑顔だ。
その奥に何かが潜んでいるようにも思えない。本気の笑顔ってこと?
五十嵐は白竜先輩に絡まれて動くことができないみたいだった。先輩が作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
あたしは大きく遠回りをして、図書館に逃げ込んだ。
いや、貴族という恵まれた家に生まれて、自由がない、と言うのは良くないことなのかもしれない。
食事も十分に与えられていたし、欲しいものがあれば、だいたい母が買ってくれた。
あたしの家は貴族だけど、あたしがちょうど三歳の時、一家の大黒柱である父が他界した。貴族にとって、大黒柱を失うということは家の力が弱まることを意味する。
母はひとりであたしを育てながらも、笑顔を絶やさず、いつも優しく接してくれた。
でも――。
母は、いつも怯えていた。
勢力が弱くなった如月家は、同じく貴族家系の五十嵐家に逆らうことはできない。
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――母は、弱い人だった。
もう母に逆らう力なんて残されていない。綺麗な人で、魅力的な容姿を持っていた。
そんな母が五十嵐に何をされているのかは、十歳を過ぎてからようやく理解することになった。
「ママ、ここから逃げよう。どこか遠いところに行って、一緒に、楽しく暮らそう」
「エリザベス……駄目なの。どこに逃げてもあの人は追ってくる。絶対に、逃げられないの……」
毎日のように、逃亡を提案した。
五十嵐家は自分の勢力よりも弱い勢力を強引に支配しようとしているらしい。それはあたしの家系だけじゃない。だったら、あたし達が逃げたところで、大したことじゃないようにも思える。
でも、母は逃げてもまた捕まると確信していた。
それに、逃げるといっても、どこに逃げればいいのかもわからない。
五十嵐の命令は日に日にエスカレートしていった。
相当母のことを気に入っているらしい。いや、正確には、母の体を。
遂にはあたしにまで変な命令をしようとしてきた。でも、母はその時だけ別人になったかのように表情を変え、本気で拒んだ。
「エリザベスだけは……わたしのようになっちゃ、駄目……」
力尽きたような声で、そう呟くのが聞こえた。
でもその抵抗のせいで、母は酷い目に遭わされる。望んでもいないことをさせられる。次第に母の笑顔が消えていき、あたしに対しても微笑むことがなくなった。
「エリザベス、ゼルトル勇者学園に入りなさい」
あたしが十六歳になった頃、母は感情のない声で言った。もう母に気力はない。
幸い、あたしはまだ五十嵐ヴァイオからも、その息子からも手を出されていなかった。
それだけは、母が必死に抵抗して守ってくれていたから。でも、そのたびに母が弱っていくのを、あたしは見ていることしかできなかった。
「勇者学園には女子寮があるし、教師も優秀と聞くわ……だから、お願い。わたしのことはもういいから……」
それが母の最後の願いだった。
一緒に逃げたかった。できるものなら、母も一緒に……。
「約束して。わたしのようにはならないで……」
「お母さん……」
約束はできなかった。
あたしも母と同じで、弱い。もしゼルトル勇者学園で今よりも強くなることができれば、この状況を変えることができるかもしれない。
それでも、母を見捨てるなんてことは――。
「お願い! もう時間がないの! 貴族なら簡単に入学できるわ。家系を継ぐのが普通だから、勇者を目指そうなんていう貴族は少ない。倍率も高くないし、エリザベスは優秀だから、きっと簡単に入学できるはず。お願いだから……」
母の願いを聞くことしかできなかったあたしは、ゼルトル勇者学園に入学した。
確かに、これであたしは学園に守られることになった。
女子寮は警備が厳重で、男子は絶対に入ることができないし、外部とは完全に遮断されている。ここでは、五十嵐家から身を守ることができたと思っていた。
でも、あたしの人生はそう甘くはない。
『見て、五十嵐家の子よ』
『うわ、なんか感じ悪そう』
『そんなこと言ったら潰されるって……』
入学式に現れた、五十嵐家の長男、五十嵐アイザック。
ここに来ても、五十嵐はあたしを逃がしてはくれないらしい。長男の姿は見たことがなかったけど、父親によく似ていて、表情が歪んでいた。
今もきっと、母は酷い扱いを受け、苦しんでいることだろう。
如月家は、五十嵐家からは逃れられないの?
五十嵐アイザックは自分より位が下の貴族の子にばかり手を出した。男子はパシリに使ったり、女子は――言うまでもない。
あたしは毎日図書館に逃げ込むことで狙われないように注意を払っていたけど、つい最近、入学して一年と少し経過した、夏休み前日。五十嵐アイザックと接触してしまった。
「おい、お前が如月エリザベスか?」
ちょうど終業式が終わり、図書館に移動しようとしていた時だった。
遂に、見つかってしまった。
クラスは違ったし、なるべく目立たないように学園生活を送ってきたというのに。
周囲にいた女子達は、彼が何者なのかよく知っているみたいだった。あたしに同情するような表情をして、静かに立ち去る。あたしに味方はいない。
「いえ、人違いです」
これで誤魔化せるとは夢にも思ってない。
「俺の親父がお前の母親のことを気に入ってるそうだ。確かに、お前のこと見てたらわからなくもないぜ。いい体してんじゃねーか」
「だから、人違いです」
「おい、ちょっと待てよ」
五十嵐があたしの肩に触れようとした。
その時――。
『如月、何してるの?』
「涼風さん?」
偶然なのか、涼風さんが声をかけてくれた。
あたしと同じで、図書館に行く途中だったらしい。でも、ここで図書委員のことを口にすれば、五十嵐にあたしの隠れ場所がバレてしまうかもしれない。
涼風さんは五十嵐をちらっと見て、顔をしかめた。
そして、気の毒そうな表情をする。
二年生の間では五十嵐アイザックのことは有名で、多くの生徒から恐れられていた。それでも教師が何も注意できないのは、教師の中にも五十嵐家に逆らえない貴族家系が半分程度いるから。
この国での貴族の身分は微妙だ。
ゼルトル王国は平民も貴族も関係なく、実力主義の国になろうと変化している。それは、かつての勇者の多くが平民出身だったから。入試の時の貴族の待遇は、貴族から勇者学園に入れたがる親が少ないことが関係している。
でも、貴族の間での、身分の差はまだ根深く残っていた。
涼風さんは平民出身。だから貴族のことは関係ない。
彼女とは図書カウンター当番でたまに会話するくらいで、さほど親しいわけでもない。
「いやぁ……如月、明日から夏休み楽しもう」
何かを察したのか、あえて図書カウンターのことは言わずに離れていく涼風さん。
涼風さんを巻き込むわけにはいかない。
あたしはほっと溜め息をついた。
「ちぇっ、んだよあいつ」
感じ悪く悪態をつく五十嵐。
無理に逃げようとしても、余計に酷い目に遭わされるだけだと思った。
「ちょっとついてこい」
腕を乱暴に掴まれ、物陰に連れ込まれる。
『その可憐な少女をどうするつもりかな?』
「――今度は誰だ?」
涼風さんの次に現れたのは、なんと……。
「――げっ。白竜アレクサンダー……」
五十嵐が固まった。
偶然にしては凄い。生徒会の副会長、白竜アレクサンダー――とんでもない力を持つ、三年生の中心核。
流石の五十嵐も、白竜先輩に見られていたら何もできない。
「ちょっと危ない雰囲気が漂ってたからね。一応〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の副会長として、注意しておくよ」
白竜先輩は気さくな感じで、上級生&生徒会副会長とは思えないほどの親近感があった。
「さあさあ、そこのきみ、行きたまえ。この少年から詳しく話を聞こうじゃないか」
そう言って、五十嵐の方を見る白竜先輩。
表情は屈託のない笑顔だ。
その奥に何かが潜んでいるようにも思えない。本気の笑顔ってこと?
五十嵐は白竜先輩に絡まれて動くことができないみたいだった。先輩が作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
あたしは大きく遠回りをして、図書館に逃げ込んだ。
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