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一学期期末テスト編

その26 感動の裏側で

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 俺がその気になれば、警備が厳重な女子寮にも侵入することができる。

 多くの男子生徒が羨ましがるだろうが、俺が私利私欲のためにこの力を利用することはない。大いなる力には責任が伴う。

 愛用の神能スキル刹那転移ゼロ・テレポート〉では、知っている場所にしか移動できない。
 だから今回使用できなかったわけだが、瞬間移動なんてしなくとも、気配を消して侵入すれば絶対にバレることはない。

 唯一危惧していたのは、外からの侵入に窓の鍵が開いている必要がある、ということ。

 もし鍵が開いていなければ、一度どこかから中に入り込み、敏感な女子生徒達に気づかれないようにセレナの部屋のドアをノックすることになるわけだが、それだとあまりにもかっこ悪い。

『オスカー……自分勝手なのはわかってる……でも、私に話しかけてよ……』

 幸い窓に鍵はかかっていなかった。

 寮の窓は小柄な俺なら余裕をもって入れる大きさ。
 これは……「かっこよさそう」な演出をするのにちょうどいい。

 眉に自分の左手を添え、適当に虚空を見つめてポーズを取る。

 だが、想定外だったことは、セレナが涙を流していたということだ。放課後になるとすぐに姿を消したので、部屋にいるだろうと思って軽い気持ちで話をしに来たわけなのに……ここまで精神的に追い込まれていたというのは衝撃だった。

 セレナは顔を伏せていて、俺の参上に気づいてない。
 
「お前の泣く声が聞こえたが、気のせいだったか?」

 ポーズは維持したまま、低めの声で問いかける。
 久しぶりだ。
 たった三日間話さなかったというだけなのに、ここまで懐かしさを感じるとは。

「――ッ」

 しばらくすすり泣く声が聞こえていたかと思うと、静かに彼女が顔を上げた。

 だが、俺はまだ彼女を見ない。
 ポーズを維持している。少しきつくなってきたが、今までの人生における、あの・・三年間に比べればなんてことない。

「セレナが泣く姿は初めて見た。とはいえ、美しいことには変わりない」

 散々泣き腫らした顔で、俺を見ているセレナ。

 それでも綺麗なのはなぜなのか。
 それは彼女が澄んだ存在であり、この世界の残酷な闇を知らないからだ。俺とはまるで違う。彼女はまだ、この世界の明るい面しか経験していない。

「オスカー、なの?」

 緑色エメラルドの瞳が涙で輝いている。

 たった三日言葉を交わさなかったというだけで、彼女はここまで傷ついてしまったのだ。俺は鈍感でもなければ馬鹿でもない。セレナは俺のことを異性として好きだ。それはもう確実に。

 彼女の好きな相手である俺は、ずっと隣を歩いてやる、という無責任な台詞セリフを少し前に吐いてしまった。

 ただ「かっこよさそう」という理由で言っただけだったのに。
 個人的に少し反省している。

「こうして話すのも三日ぶりか。悪かった、約束を忘れていたわけではないんだ」

 とはいえ、反省している雰囲気を俺が出してはならない。
 俺は理解できない存在である必要がある。彼女にとって、俺はまだ謎多き未知の存在だ。

 約束は覚えている。
 そうしっかり伝えつつも、掴めない遠い目をして虚空を見つめ続けた。

「どうやって、ここまで、来たの?」

「なに、大したことはない。お前のためならどこにでも駆けつける」

 ここで、動く。

 視線をセレナに向け、彼女の瞳を見つめた。

 今度は声を上げて泣き始めるセレナ。涙も鼻水も、次から次に溢れ出していく。俺は常人が目視できない速度スピードでセレナに駆け寄り、静かに抱擁した。

 異性とこんなに接近したのは初めてだ。

 セレナからは柑橘系の爽やかな匂いがする。
 男にはない、女性特有の柔らかさ。押し当てられる胸の感触。友人・・であるセレナの温もりを感じる。

 俺とセレナはしばらく抱き合っていた。

 体感で五分くらいたって、次の行動はどうしようかと考える。俺は退場の演出をかなり大切にしている。終わり良ければ全て良し――そんな言葉もあるくらい、最後は肝心だ。

 例の〈刹那転移ゼロ・テレポート〉と〈視界無効ゼロ・ブラインド〉の組み合わせコンビネーションで自室に戻ることも可能だが、それは同じ退場パターンの繰り返しのようで気に入らない。

 新しい退場の演出を試してみるか。

「世界が俺を呼んでいる」

「……?」

「もう二度と、お前を独りにはしない。セレナ、お前が俺を求める限り、俺はいつでもそばにいる」

 セレナがより強く俺を抱き締めようとした。
 だが、そこにもう俺という存在はない。あるのは霧だ。まるで今までの出来事が全て幻覚だったかのように、霧となって溶ける西園寺オスカー。

 状態変化の神能スキル霧化ゼロ・ミスト〉は、誰かに触れられている時のみ発動し、それから五秒間だけ使用者の体を霧に変える。

 条件が厳しいようにも思えるが、相手に首を掴まれて拘束されている時に使えるという利点もあった。

 セレナの部屋に風が入る。
 その風に害はない。気まぐれで、軽い風。

 紫の霧となった俺を、外へ連れ出していく。

『オスカー! 待って! これは……これは現実なの!?』

 残されたセレナが余っていた涙と共に声を絞り上げる。狭い部屋に響く乙女の想いに、風は応えた。

『明日、寮の外で待っている』

 風に乗せて囁いた俺の言葉が、セレナの胸に届き、優しく包み込んだ。

 完璧だ。
 退場の方法として技巧が凝らされていることに加え、彼女の今にも張り裂けそうだった感情にも訴えかける。これまでの人生で最高の退場シーンを演出できたことが、俺は誇らしかった。
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