21 / 68
一学期期末テスト編
その21 乙女同士の小さな争い
しおりを挟む
『あれ、オスカーくん? 昨日は来なかったから心配――ッ!』
学園図書館に入ると、すぐにカウンターがある。
そこにはいつも通り、図書委員である如月エリザベスの姿があった。
濃い紫の長髪に、瑠璃色の瞳。
たったひとつしか年齢は変わらないのに、俺よりも遥かに大人びて見える。前髪は真ん中分けにしていて、そのバランスのいい顔立ちと潤いのある肌が強調されていた。
俺がやってきて一瞬だけ顔を明るくしたが、何かに気づいたのか急に瞠目して無言になる。
俺の隣にいる、小さな少女の存在に気づいたのだ。
「オ、オスカーくんが……ガ、彼女を……!」
舌が回らないエリザベス。
そんな姿のエリザベスは貴重だ。いつもは完璧に図書カウンター係をこなしている彼女も、こうやって普通の女子学生のような反応をするのか。
「この子はただのクラスメイトだ」
クルリンの方は一切見ることなく、冷静に説明した。
だが――。
「むぅ」
クルリンが不満げである。
ただのクラスメイト扱いが良くなかったのだろう。だが、俺は基本的に友人という言葉を使いたくない。
別にクルリンのことを友人と思っていないわけではなく、ただ、「友人か……その言葉は嫌いだ」という「かっこよさそう」な演出をするためである。
「そ、そうなんだー」
絶対信じてない。
まだ目にモヤがかかっていて、俺達の言葉も頭に入っていないようだ。だが、西園寺オスカーに恋人がいる、という誤解をされてしまっては困る。俺は常に孤高の存在でなくてはならない。
「本当だ。クルリン、君からも説明してくれ」
「はいなのです。オスカー様はあたちの彼氏なのです」
「――ッ! やっぱり二人はもう――」
予想通りといえば予想通りだったが、頬をぷくっと膨らませたクルリンの一言が、エリザベスをえぐる。
それにしても、ぷりぷり怒っているクルリンを見ていると癒やされるのはおかしいことなのだろうか。
「嘘を言うな、クルリン。嘘つきは好きではない」
少々強引で、クルリンが可哀想な気もする。だが、冷酷な俺は無表情で言い放つことに成功した。
「むぅ。オスカー様、いじわるなのです。ただのクラスメイトっていうの、訂正してくださいなのです!」
「わかった。友達だ。これでいいか?」
「ふわぁ」
嬉しそうで何よりだ。
自分で言ってみて思ったが、友人は駄目で友達はいいという自分の基準がよくわからない。俺が潜在的に思い描いている「かっこよさそう」な人物像は、なかなかの曲者だ。
自分で自分を理解することの方が、他人を理解することよりも困難なことだってある。
「そ、それじゃあ、本当に二人は付き合ってないの?」
「勿論だ」「むむむぅ」
エリザベスの確認に、俺が即答し、クルリンがまた頬をぱんぱんにする。
「そっか、そうなんだね」
力を抜き、クスクスっと笑うエリザベス。
完全に信じてくれたようだ。少し前よりも機嫌が良さそうだし、一件落着。
「昨日のことだけど、心配してたんだよ? オスカーくん、入学してから毎日ここに来てるのに、昨日は全然来なかったから」
「昨日、か」
意味深に虚空を見つめる俺。
その動作に意味など含まれていない。昨日は決闘があったので来れなかったというだけだが、エリザベスにとっては、毎日欠かさず来ていた常連が来なかった日、というのが気になってたまらないのだろう。
ちらっとクルリンに目配せし、話を続ける。
「とある生徒との因縁の戦いに終止符を打たなければならなかった」
「そうなのです! いんねんなのです!」
加勢になっているのかよくわからないクルリンの一言。
俺はまたエリザベスに視線を戻し、その美しい碧眼をじっと見つめた。クルリンよりも濃く、深い青色だ。
二つの視線が絡み合い、俺達の意識が調和を生む。
「だが安心して欲しい。もう決着はついた。またこの聖域に戻ってくることができたのも、全ては君がここで待っていてくれたからだ」
「――オスカーくん……」
「感謝する」
そう言って、俺は彼女に背を向けた。
エリザベスとの会話は毎回このパターンだ。
言葉の意味をじっくり考えさせてしまい、結局何も意味がない、ということに気づかせないために、俺は颯爽と去っていく。
「行くぞ、クルリン」
クルリンを連れ、図書館の奥の勉強スペースに向かうのだった。
『待って――』
こうやって呼び止めるエリザベスを感じるのは何度目だろうか。
俺は聞こえないふりをして、歩みを続ける。
今まで彼女が追いかけてきたことはない。図書カウンターの仕事を放棄するわけにはいかない、という責任感があるからなのかもしれないし、追いかけるほどでもない、と心の中では思っているからなのかもしれない。
俺には一生理解できないだろう。
クルリンは最初首を傾げていたが、俺の指示に素直についてきた。因縁も何もないグレイソンとの決闘。そこに疑問を抱かれてしまっては困る。
さほど頭が切れる感じではなさそうなので、クルリンに関しては考える時間を与えなければ上手く丸め込めるだろう。
そしてこの時、俺は察知していた。
このやり取りをじっくりと観察している者がいることを。
学園図書館に入ると、すぐにカウンターがある。
そこにはいつも通り、図書委員である如月エリザベスの姿があった。
濃い紫の長髪に、瑠璃色の瞳。
たったひとつしか年齢は変わらないのに、俺よりも遥かに大人びて見える。前髪は真ん中分けにしていて、そのバランスのいい顔立ちと潤いのある肌が強調されていた。
俺がやってきて一瞬だけ顔を明るくしたが、何かに気づいたのか急に瞠目して無言になる。
俺の隣にいる、小さな少女の存在に気づいたのだ。
「オ、オスカーくんが……ガ、彼女を……!」
舌が回らないエリザベス。
そんな姿のエリザベスは貴重だ。いつもは完璧に図書カウンター係をこなしている彼女も、こうやって普通の女子学生のような反応をするのか。
「この子はただのクラスメイトだ」
クルリンの方は一切見ることなく、冷静に説明した。
だが――。
「むぅ」
クルリンが不満げである。
ただのクラスメイト扱いが良くなかったのだろう。だが、俺は基本的に友人という言葉を使いたくない。
別にクルリンのことを友人と思っていないわけではなく、ただ、「友人か……その言葉は嫌いだ」という「かっこよさそう」な演出をするためである。
「そ、そうなんだー」
絶対信じてない。
まだ目にモヤがかかっていて、俺達の言葉も頭に入っていないようだ。だが、西園寺オスカーに恋人がいる、という誤解をされてしまっては困る。俺は常に孤高の存在でなくてはならない。
「本当だ。クルリン、君からも説明してくれ」
「はいなのです。オスカー様はあたちの彼氏なのです」
「――ッ! やっぱり二人はもう――」
予想通りといえば予想通りだったが、頬をぷくっと膨らませたクルリンの一言が、エリザベスをえぐる。
それにしても、ぷりぷり怒っているクルリンを見ていると癒やされるのはおかしいことなのだろうか。
「嘘を言うな、クルリン。嘘つきは好きではない」
少々強引で、クルリンが可哀想な気もする。だが、冷酷な俺は無表情で言い放つことに成功した。
「むぅ。オスカー様、いじわるなのです。ただのクラスメイトっていうの、訂正してくださいなのです!」
「わかった。友達だ。これでいいか?」
「ふわぁ」
嬉しそうで何よりだ。
自分で言ってみて思ったが、友人は駄目で友達はいいという自分の基準がよくわからない。俺が潜在的に思い描いている「かっこよさそう」な人物像は、なかなかの曲者だ。
自分で自分を理解することの方が、他人を理解することよりも困難なことだってある。
「そ、それじゃあ、本当に二人は付き合ってないの?」
「勿論だ」「むむむぅ」
エリザベスの確認に、俺が即答し、クルリンがまた頬をぱんぱんにする。
「そっか、そうなんだね」
力を抜き、クスクスっと笑うエリザベス。
完全に信じてくれたようだ。少し前よりも機嫌が良さそうだし、一件落着。
「昨日のことだけど、心配してたんだよ? オスカーくん、入学してから毎日ここに来てるのに、昨日は全然来なかったから」
「昨日、か」
意味深に虚空を見つめる俺。
その動作に意味など含まれていない。昨日は決闘があったので来れなかったというだけだが、エリザベスにとっては、毎日欠かさず来ていた常連が来なかった日、というのが気になってたまらないのだろう。
ちらっとクルリンに目配せし、話を続ける。
「とある生徒との因縁の戦いに終止符を打たなければならなかった」
「そうなのです! いんねんなのです!」
加勢になっているのかよくわからないクルリンの一言。
俺はまたエリザベスに視線を戻し、その美しい碧眼をじっと見つめた。クルリンよりも濃く、深い青色だ。
二つの視線が絡み合い、俺達の意識が調和を生む。
「だが安心して欲しい。もう決着はついた。またこの聖域に戻ってくることができたのも、全ては君がここで待っていてくれたからだ」
「――オスカーくん……」
「感謝する」
そう言って、俺は彼女に背を向けた。
エリザベスとの会話は毎回このパターンだ。
言葉の意味をじっくり考えさせてしまい、結局何も意味がない、ということに気づかせないために、俺は颯爽と去っていく。
「行くぞ、クルリン」
クルリンを連れ、図書館の奥の勉強スペースに向かうのだった。
『待って――』
こうやって呼び止めるエリザベスを感じるのは何度目だろうか。
俺は聞こえないふりをして、歩みを続ける。
今まで彼女が追いかけてきたことはない。図書カウンターの仕事を放棄するわけにはいかない、という責任感があるからなのかもしれないし、追いかけるほどでもない、と心の中では思っているからなのかもしれない。
俺には一生理解できないだろう。
クルリンは最初首を傾げていたが、俺の指示に素直についてきた。因縁も何もないグレイソンとの決闘。そこに疑問を抱かれてしまっては困る。
さほど頭が切れる感じではなさそうなので、クルリンに関しては考える時間を与えなければ上手く丸め込めるだろう。
そしてこの時、俺は察知していた。
このやり取りをじっくりと観察している者がいることを。
73
お気に入りに追加
570
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
悪夢はイブに溺れる
熾音
ファンタジー
✿クーデレ中佐×クール女子のやや天然の二人が周りにヤキモキされながら紡ぐ異世界ファンタジー✿
仕事帰りの終電でうたた寝をしたら、理力と呼ばれる魔法に満ちた謎の世界に異世界転移していた社会人1年生の水原唯舞。
状況が分からないそんな彼女を保護したのは帝国軍に所属するという”アルプトラオム”という特殊師団の軍人達でした。
お茶目で飄々とした大佐、冷酷無慈悲なクールな中佐、明るく苦労性な管理官など、一癖も二癖も三癖もあるメンバーに囲まれ、見知らぬ世界で生活することになった唯舞の運命は……?
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる