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一学期期末テスト編

その21 乙女同士の小さな争い

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『あれ、オスカーくん? 昨日は来なかったから心配――ッ!』

 学園図書館に入ると、すぐにカウンターがある。
 そこにはいつも通り、図書委員である如月きさらぎエリザベスの姿があった。

 濃い紫の長髪に、瑠璃色の瞳。
 たったひとつしか年齢としは変わらないのに、俺よりも遥かに大人びて見える。前髪は真ん中分けにしていて、そのバランスのいい顔立ちと潤いのある肌が強調されていた。

 俺がやってきて一瞬だけ顔を明るくしたが、何か・・に気づいたのか急に瞠目して無言になる。

 俺の隣にいる、小さな少女ロリの存在に気づいたのだ。

「オ、オスカーくんが……ガ、彼女ガールフレンドを……!」

 舌が回らないエリザベス。

 そんな姿のエリザベスは貴重だ。いつもは完璧に図書カウンター係をこなしている彼女も、こうやって普通の女子学生のような反応をするのか。

「この子はただのクラスメイトだ」

 クルリンの方は一切見ることなく、冷静に説明した。

 だが――。

「むぅ」

 クルリンが不満げである。
 ただの・・・クラスメイト扱いが良くなかったのだろう。だが、俺は基本的に友人・・という言葉を使いたくない。

 別にクルリンのことを友人と思っていないわけではなく、ただ、「友人か……その言葉は嫌いだ」という「かっこよさそう」な演出をするためである。

「そ、そうなんだー」

 絶対信じてない。

 まだ目にモヤがかかっていて、俺達の言葉も頭に入っていないようだ。だが、西園寺さいおんじオスカーに恋人がいる、という誤解をされてしまっては困る。俺は常に孤高の存在でなくてはならない。

「本当だ。クルリン、君からも説明してくれ」

「はいなのです。オスカーしゃまはあたちの彼氏かれちなのです」

「――ッ! やっぱり二人はもう――」

 予想通りといえば予想通りだったが、頬をぷくっと膨らませたクルリンの一言が、エリザベスをえぐる。

 それにしても、ぷりぷり怒っているクルリンを見ていると癒やされるのはおかしいことなのだろうか。
 
「嘘を言うな、クルリン。嘘つきは好きではない」

 少々強引で、クルリンが可哀想な気もする。だが、冷酷な俺は無表情で言い放つことに成功した。

「むぅ。オスカーしゃま、いじわるなのです。ただの・・・クラスメイトっていうの、訂正てーせーしてくださいなのです!」

「わかった。友達だ。これでいいか?」

「ふわぁ」

 嬉しそうで何よりだ。

 自分で言ってみて思ったが、友人・・は駄目で友達・・はいいという自分の基準がよくわからない。俺が潜在的に思い描いている「かっこよさそう」な人物像は、なかなかの曲者くせものだ。

 自分で自分を理解することの方が、他人を理解することよりも困難なことだってある。

「そ、それじゃあ、本当に二人は付き合ってないの?」

「勿論だ」「むむむぅ」

 エリザベスの確認に、俺が即答し、クルリンがまた頬をぱんぱんにする。

「そっか、そうなんだね」

 力を抜き、クスクスっと笑うエリザベス。
 完全に信じてくれたようだ。少し前よりも機嫌が良さそうだし、一件落着。

「昨日のことだけど、心配してたんだよ? オスカーくん、入学してから毎日ここに来てるのに、昨日は全然来なかったから」

「昨日、か」

 意味深に虚空を見つめる俺。

 その動作に意味など含まれていない。昨日は決闘があったので来れなかったというだけだが、エリザベスにとっては、毎日欠かさず来ていた常連が来なかった日、というのが気になってたまらないのだろう。

 ちらっとクルリンに目配せし、話を続ける。

「とある生徒との因縁の戦いに終止符を打たなければならなかった」

「そうなのです! いんねんなのです!」

 加勢になっているのかよくわからないクルリンの一言。

 俺はまたエリザベスに視線を戻し、その美しい碧眼をじっと見つめた。クルリンよりも濃く、深い青色だ。
 二つの視線が絡み合い、俺達の意識が調和を生む。

「だが安心して欲しい。もう決着はついた。またこの聖域サンクチュアリに戻ってくることができたのも、全ては君がここで待っていてくれたからだ」

「――オスカーくん……」

「感謝する」

 そう言って、俺は彼女に背を向けた。

 エリザベスとの会話は毎回このパターンだ。
 言葉の意味をじっくり考えさせてしまい、結局何も意味がない、ということに気づかせないために、俺は颯爽と去っていく。

「行くぞ、クルリン」

 クルリンを連れ、図書館の奥の勉強スペースに向かうのだった。

『待って――』

 こうやって呼び止めるエリザベスを感じるのは何度目だろうか。

 俺は聞こえないふりをして、歩みを続ける。
 今まで彼女が追いかけてきたことはない。図書カウンターの仕事を放棄するわけにはいかない、という責任感があるからなのかもしれないし、追いかけるほどでもない、と心の中では思っているからなのかもしれない。

 俺には一生理解できないだろう。

 クルリンは最初首を傾げていたが、俺の指示に素直についてきた。因縁も何もないグレイソンとの決闘。そこに疑問を抱かれてしまっては困る。
 さほど頭が切れる感じではなさそうなので、クルリンに関しては考える時間を与えなければ上手く丸め込めるだろう。

 そしてこの時、俺は察知していた。

 このやり取りをじっくりと観察している者がいることを。
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