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第1巻 犬耳美少女の誘拐
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アレスの超能はどうやら身体能力の強化らしい。
身に纏っている赤いオーラは、そのための副作用か。
ただでさえランクの違いに翻弄されているというのに、これ以上強くなってもらっても困る。
全体的な力は上がっているようだが、攻撃の正確性は相変わらずだった。感情に任せてひらすら切りつけてくる。適当に打って何度か当たればいい。そう考えているのだろうか。
力任せに振った石の剣が、割れた地面に食い込む。
俊敏さに関しては、日頃のアルとの特訓がいいスパイスになった。俺の方が速い。
(どうにかクロエに接近したいが――)
作戦を考える余裕もある。
この調子で上手く立ち回っていこう。
俺は剣が食い込んで動けなくなっているアレスを蹴り上げ、その隙にクロエの元に向かった。
「クッソ! テメェふざけんなっ!」
まだまだ子供だな、アレスくんよ。
そう心の中で嘲笑い、クロエの拘束を解いていく。
といっても繊細な作業は苦手なので、剣で強引に断ち切った。ギリギリで手足の切断を免れる。クロエはヒヤヒヤした様子だったが、自由になるとホッとしたように俺に抱きついてきた。
「クロエ……」
可愛い犬耳美少女の温もりを感じる。
女子に抱きつかれたのは初めてだった。
だからどうしていいかわからない。
優しく抱き返し、背中をさする。
「クロエの力が必要なんだ。協力してくれるか?」
「はい!」
元気よく返事をするクロエ。
もう俺に対しての一切の抵抗、距離を感じない。それは体が触れ合っているから、なんていう単純な理由もあるのかもしれないが、先ほどの俺の言葉に、彼女自身が希望を見い出したからだ。
今、クロエの中には俺への熱い信頼と、恋心が渦巻いている。
俺を認めるその瞳を見れば、一目瞭然。
抱き締められ、安心しているが、それと同時に俺を意識し、心臓の鼓動を速めている。耳元で聞こえる荒い息遣い。
間違いない。
この瞬間、クロエはもう『俺の女』になった。
立ち上がり、前よりも凛々しく見える少女は、没収されていた杖を回収し、構えた。
いくらS3でも、A1とA2と同時に戦うのは――。
「クソがああああああ!」
そう思っていたが、違った。
アレス=ヴァイオラは暴力的で、衝動的で、乱暴。彼のその性格からして、相手の戦力が上がれば絶好の力試しの場。
まあ、俺の予想通りではある。
だが、こっちには勝算があった。
クロエを味方につけ、尚且つ2対1の戦闘に持ち込んだ時点で、俺達の勝利は決まっていた。
「クロエ、俺が切られる度に回復魔術を頼む」
「わかりました!」
高く柔らかい声で、クロエが答える。
短い杖を構え、回復の呪文を唱え始める。
アレスはそんなことを気にする素振りはなく、がむしゃらに俺に攻撃を仕掛けてきた。
俺からの攻撃もたまに受け、傷を負うが、そもそもランクの低い俺の方が明らかに劣勢で、負う傷の深さも数も多い。
だが、俺にはサラマンダー家の少女が味方なのだ。
傷を負う度に回復。
その繰り返し。
勿論彼女の魔力がどれだけあるかにもよるので、それをずっと続けるわけにもいかないが、彼女が倒れる前に決着をつけるつもりだ。
アレスの剣を弾き返し、体勢を崩す。
僅かにできた隙。
だがその隙に飛び込むほど間抜けじゃない。
俺が求めるのは確実な強さだ。
狙ったのは彼の剣を握る拳。
剣の腹で確実に打ち、剣を落とす。
普通の剣士であれば、自分の剣が落ちた時点で試合終了だと認識するわけだが、絶対にこの男は強制続行しようとするはずだ。俺はそれを見越し、繰り出してきた拳を一旦自分の方に引き、背中を取った。
素速く剣で背中の肉を切る。
「ぐああああああああ!」
猛獣の叫び声が館にこだました。
「うるさい。バレるだろ」
「クソがあああああああ!」
だめだこりゃ。
別に背中の傷は致命傷じゃない。
俺の慈悲深き性格のおかげで、すぐに治る程度の傷にしてあげた。ちゃんと治療すれば、の話だが。
「早く自分の本拠地に戻って治してもらえ」
ここでクロエに回復させても、またブチ切れて殴りかかってくると思う。だからもうアレスのことは放っておくことにした。
放置アレス。
「あの、ありがとうございます、オーウェンくん!」
少し申しなさそうで、でも吹っ切れて明るくなった笑顔で、クロエが言う。
「これを機に、じゃないけど、もうそろそろタメ口でもいいんじゃないか? 俺達、同い年だし」
最初は躊躇った。
いきなりいわれて、すぐに慣れることもできない。だが、クロエは嬉しそうに頬を赤らめた。
「うん、オーウェンくんっ!」
これからクロエは、いい意味で変わっていくだろうな。
そう思った。
***
俺達はアレスのことなんて置いて、来た時と同じようにバレないように館から出た。
もうすっかり俺のことを信頼しているクロエだが、前よりボディータッチが増えたような気もする。
結局、あの男は留守だった、ということか。
黒幕がアレクサンドロスであれば、まだマシだったのかもしれないなぁ。
勇者パーティーの裏切り者。
今回の件でわかったことがある。
やつはもう既にアレクサンドロスまでをも取り込んでいる。権力を取り込んだ先には何があるのか。
何が目的なのか。
それはまだ、はっきりしなかった。
晴れていた空も、すっかり雲に覆われ、不穏な空気が立ち込める。
本拠地に帰還する途中、クロエはずっと俺の袖を握っていた。
身に纏っている赤いオーラは、そのための副作用か。
ただでさえランクの違いに翻弄されているというのに、これ以上強くなってもらっても困る。
全体的な力は上がっているようだが、攻撃の正確性は相変わらずだった。感情に任せてひらすら切りつけてくる。適当に打って何度か当たればいい。そう考えているのだろうか。
力任せに振った石の剣が、割れた地面に食い込む。
俊敏さに関しては、日頃のアルとの特訓がいいスパイスになった。俺の方が速い。
(どうにかクロエに接近したいが――)
作戦を考える余裕もある。
この調子で上手く立ち回っていこう。
俺は剣が食い込んで動けなくなっているアレスを蹴り上げ、その隙にクロエの元に向かった。
「クッソ! テメェふざけんなっ!」
まだまだ子供だな、アレスくんよ。
そう心の中で嘲笑い、クロエの拘束を解いていく。
といっても繊細な作業は苦手なので、剣で強引に断ち切った。ギリギリで手足の切断を免れる。クロエはヒヤヒヤした様子だったが、自由になるとホッとしたように俺に抱きついてきた。
「クロエ……」
可愛い犬耳美少女の温もりを感じる。
女子に抱きつかれたのは初めてだった。
だからどうしていいかわからない。
優しく抱き返し、背中をさする。
「クロエの力が必要なんだ。協力してくれるか?」
「はい!」
元気よく返事をするクロエ。
もう俺に対しての一切の抵抗、距離を感じない。それは体が触れ合っているから、なんていう単純な理由もあるのかもしれないが、先ほどの俺の言葉に、彼女自身が希望を見い出したからだ。
今、クロエの中には俺への熱い信頼と、恋心が渦巻いている。
俺を認めるその瞳を見れば、一目瞭然。
抱き締められ、安心しているが、それと同時に俺を意識し、心臓の鼓動を速めている。耳元で聞こえる荒い息遣い。
間違いない。
この瞬間、クロエはもう『俺の女』になった。
立ち上がり、前よりも凛々しく見える少女は、没収されていた杖を回収し、構えた。
いくらS3でも、A1とA2と同時に戦うのは――。
「クソがああああああ!」
そう思っていたが、違った。
アレス=ヴァイオラは暴力的で、衝動的で、乱暴。彼のその性格からして、相手の戦力が上がれば絶好の力試しの場。
まあ、俺の予想通りではある。
だが、こっちには勝算があった。
クロエを味方につけ、尚且つ2対1の戦闘に持ち込んだ時点で、俺達の勝利は決まっていた。
「クロエ、俺が切られる度に回復魔術を頼む」
「わかりました!」
高く柔らかい声で、クロエが答える。
短い杖を構え、回復の呪文を唱え始める。
アレスはそんなことを気にする素振りはなく、がむしゃらに俺に攻撃を仕掛けてきた。
俺からの攻撃もたまに受け、傷を負うが、そもそもランクの低い俺の方が明らかに劣勢で、負う傷の深さも数も多い。
だが、俺にはサラマンダー家の少女が味方なのだ。
傷を負う度に回復。
その繰り返し。
勿論彼女の魔力がどれだけあるかにもよるので、それをずっと続けるわけにもいかないが、彼女が倒れる前に決着をつけるつもりだ。
アレスの剣を弾き返し、体勢を崩す。
僅かにできた隙。
だがその隙に飛び込むほど間抜けじゃない。
俺が求めるのは確実な強さだ。
狙ったのは彼の剣を握る拳。
剣の腹で確実に打ち、剣を落とす。
普通の剣士であれば、自分の剣が落ちた時点で試合終了だと認識するわけだが、絶対にこの男は強制続行しようとするはずだ。俺はそれを見越し、繰り出してきた拳を一旦自分の方に引き、背中を取った。
素速く剣で背中の肉を切る。
「ぐああああああああ!」
猛獣の叫び声が館にこだました。
「うるさい。バレるだろ」
「クソがあああああああ!」
だめだこりゃ。
別に背中の傷は致命傷じゃない。
俺の慈悲深き性格のおかげで、すぐに治る程度の傷にしてあげた。ちゃんと治療すれば、の話だが。
「早く自分の本拠地に戻って治してもらえ」
ここでクロエに回復させても、またブチ切れて殴りかかってくると思う。だからもうアレスのことは放っておくことにした。
放置アレス。
「あの、ありがとうございます、オーウェンくん!」
少し申しなさそうで、でも吹っ切れて明るくなった笑顔で、クロエが言う。
「これを機に、じゃないけど、もうそろそろタメ口でもいいんじゃないか? 俺達、同い年だし」
最初は躊躇った。
いきなりいわれて、すぐに慣れることもできない。だが、クロエは嬉しそうに頬を赤らめた。
「うん、オーウェンくんっ!」
これからクロエは、いい意味で変わっていくだろうな。
そう思った。
***
俺達はアレスのことなんて置いて、来た時と同じようにバレないように館から出た。
もうすっかり俺のことを信頼しているクロエだが、前よりボディータッチが増えたような気もする。
結局、あの男は留守だった、ということか。
黒幕がアレクサンドロスであれば、まだマシだったのかもしれないなぁ。
勇者パーティーの裏切り者。
今回の件でわかったことがある。
やつはもう既にアレクサンドロスまでをも取り込んでいる。権力を取り込んだ先には何があるのか。
何が目的なのか。
それはまだ、はっきりしなかった。
晴れていた空も、すっかり雲に覆われ、不穏な空気が立ち込める。
本拠地に帰還する途中、クロエはずっと俺の袖を握っていた。
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