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第1巻 犬耳美少女の誘拐

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 館の中に入るのは簡単だった。
 もっと厳重な警備がしてあるのかと警戒していたが、見張りを3人気絶させれば、すんなり入ることができたわけだ。






 わかってる。
 こんな都合のいいことはない。

 俺を中に入れさせたい。
 つまり、これは間違いなく罠か何かの類だろう。相手の警戒がないことに気づいたからこそ、自分の警戒が固くなる。常に周囲に注意しながら、長剣スパタを構えていた。






 やたらと豪勢な廊下を抜け、ストーンが導く通りに進んでいく。

 使用人や住人がうろうろしていたものの、置物が多かったおかげで隠れるところがいっぱいあった。
 おしゃれな甲冑なんかには、特に感謝している。

(クロエ……)

 救出対象は四肢を縄で雑に拘束されており、口は布で封じてあった。
 
 本当にあっさり見つかる。
 だが、朗報だ。

 クロエにはちゃんと見張りが付いていた。それも、とっておきの見張りが。

「コイツは俺様が預かってんだ。テメェは引っ込んでろ」

 乱暴な言葉遣いで話し掛けてきたのは、俺より背が高くて体格のいい青年。
 俺と同い年くらいの人間ヒューマンで、刈り上げた短い赤髪に金色の瞳を持っている。

 なんとなく誰だかわかるような気がした。

「アレス=ヴァイオラ」

「あ? 俺様はテメェが誰かも知らねぇ」

 何度か話に出てきたアレスという名前。
 確か【聖剣アスカロン】に所属している、期待・・の新人だ。

 そういえば酒場でネロが自慢していたっけ。

 ランクがS3に昇格した、とか言っていたような気がする。
 つまり、俺よりも格上ということだ。

「俺はオーウェン。クロエを助けに来た」

 俺の言葉に反応するように、クロエが布で封じられた口をもごもご動かす。
 なんでだろう。

 逃げて!
 と言っているように見えてしまった。考え過ぎかもしれない。

「あの方の言ってたことは合ってたらしいぜ。この犬の女取り返すために、黒髪のガキが来るってな」

「俺がガキだって言うなら、お前はクソガキだろうな」

 なんだか腹が立ったので、挑発する。
 アレスはいかにも感情で動いていそうだし、冷静さを欠いて突っ込んできてくれるかもしれない。

 だとすれば、俺は冷静に攻撃をかわし、致命的な場所を正確に狙えばいい。純粋なランクの差を埋めるためには必須だ。

「あんだとこら?」

 予想通りだ。

 このまま来い、アレス。

「言ったままの意味だ、クソガキ。ネロに命令されてここにいるのか? それとも、アレクサンドロスか?」

「くだらねぇ。俺様が誰かの命令に素直に従うとでも思ってんのか?」

「さあ、まだ初対面だから」

「黙れクソが! 調子に乗んじゃねぇ!」

 面倒になって溜め息を漏らす。
 もうこの男の調子についていけない。

 クロエだって苦しそうだ。

「目的はサラマンダーの血だな? お前の言うあの方・・・がここに誘拐するように指示したってことか」

 俺の質問に、アレスが鼻を鳴らす。

「確かにコイツを誘拐したのは俺様だけどよ、目的なんてもんは興味ねぇんだ。あの方が誘拐を指示すれば俺様はいくらでも動く」

「さっきと言っていることが矛盾してるけど」

「うるせぇ。テメェもわかんじゃねぇのか? あ? あの方のために俺は生きてんだ」

「おっと」

 すっかり裏切り者やつに取り込まれている。
 あの方の正体はやつだ。
 だとすると、こんな自分勝手そうなクソガキにまで洗脳が通じている、ということになる。

「別にテメェに恨みはねぇ。でもここに来ちまったからにはぶっ殺すしかねぇんだよ」

 アレスが剣を抜いた。
 
 その剣は石でできていた。
 光沢は一切なく、飾りもない質素な石。

 だが、刃先は鋭く、強度もかなり高そうだ。それに、彼の鍛え上げられた上腕二頭筋を見てから、そのパワー系の攻撃を警戒してしまっている。打撃が来れば一撃アウトだな。

「てかこの犬の女、クソ弱いじゃねぇか。こんなやつがテメェのパーティーにいていいのかって話だぜ」

 クロエの犬耳が垂れ下がり、瞳の奥の光が消えた。

 きっとそれは本人が1番感じていることだろう。
 クロエは今までの活動では基本的に守られてばかりで、まともに活躍することができていない。優秀な魔術師の家系といっても、本人がそれを活かし切れてない。

 それに俺はつい最近A1ランクに上がってしまった。
 
 勇者パーティー【聖剣エクスカリバー】でA2ランクなのはクロエだけだろう。
 新入りからも抜かされ、ひとり取り残されている。

 1年たっても打ち解けることができずにいた。

「クロエは強い。まだ自覚が足りないだけだ。きっとお前より強くなる」

 俺は断言した。
 アレスに怒りを向けたわけじゃない。






 全てはクロエに最後の一押しをするため。






「俺はクロエが【聖剣エクスカリバー】に必要不可欠な人材だと思っている」

 俺が言い終わるのと同時に、クロエの目が見開かれた。

 俺にはわかる。
 他の仲間メンバーが同じことを言ったとしても、彼女には響かない。だが、ある程度の信頼を得た俺から、この危機的状況の中で言われることで、すっかり俺の言葉に希望を見い出してしまうのだ。

「ガキが」

 アレスが切りかかってきた。
 予想通り、乱暴で感情的な振り方だ。

 それなら攻撃の流れを先に読むことは簡単にできる。今までずっと一緒に剣を交えてきた仲間であるかのように、俺はアレスの剣をかわし、受け止めていく。

 Sランクとの間には大きな差が生じる、なんてことをウィルから言われたのを思い出した。
 だが、今となってみてはさほど大したことはない。

 むしろ余裕だ。

「――ったくっ。クッソ」

 が、すぐにアレスの動きが変わった。

 攻撃が予測不能になったのだ。
 パワーも格段に上がっていて、それなりに純粋なパワーに自信のあった俺でも、押し負けてしまいそうだ。

「急に変わったな」

「テメェ知らねぇのか? これが超能スキルってんだよ」

 気づけばアレスの周りを赤いオーラが取り纏っている。
 どうやらそれが彼の超能スキルらしい。

 Sランクになって大きく変わることのひとつは、これだ。
 S3で、ひとつの超能スキルを習得することになっている。これは潜在的に決まっているもので、ランク昇格の際に自然に習得できるそうだ。

「そうか、テメェはまだSランクじゃねぇもんな!」

 子供みたいな煽りはやめて欲しい。
 こっちが恥ずかしくなる。

 さて、相手は純粋な攻撃力で俺を上回っていることに加え、超能スキルというさらに厄介な能力を持っている。

 どう逆転するのか。
 
 ちらっと拘束状態のクロエを見た。
 利用できるものは利用するしかないな。
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