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第1巻 犬耳美少女の誘拐

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 この神聖都市アレクサンドリアを支配しているのは、かの有名なアレクサンドロス様だ。

 彼は先祖から支配権を受け継ぎ、一族でこの地を支配して……きたわけではない。
 人間ヒューマンに近しい見た目をしているが、実は神と人間のハーフデミゴッドなのだ。そのため寿命が長く、何百年もの間、この都市を治めてきた。

 今まで見てきたどんな人の髪よりも明るく、艶のある金髪で、背は高く、彫りの深い顔立ちは整っている。
 まさしくハンサムの象徴。
 きっと、数多の女性達を虜にしてきたんだろうな。

 中でも、海と空を足して2で割ったかのような綺麗な碧眼は、濁りがなく澄み切っている。

 だが、はっきり言おう。






 俺はアレクサンドロス様のことが大っ嫌い・・・・だ。






 別にその美青年ぶりに嫉妬しているわけじゃない。

 じゃあ、どうして俺はやつのことが嫌いなのか。






 母親のかたきだからである。






 俺には親がいない。
 というか、もういない。

 少し前まで、俺は優しい母親に支えられて幸せな生活を送っていた。



 ***



「オーウェン、これ見て! 今日はこーんなに稼いだのよ!」

 母さんは世界で1番優しくて素敵な人だった。
 
 俺のクズの父親は、母さんが妊娠したと知ると無責任に姿を消し、全てを押し付けたそうだ。
 本気でそのクズを愛していた母さんはその時、絶望の底に突き落とされた。

 だが、そんな絶望から母さんを救ったのは俺の誕生。

 純粋な息子の笑顔を見て、俺をひとりで立派に育てる、と心に決めたそうだ。そうして実際、母さんの愛を受けて俺はぐんぐん成長していくことができた。

「ママ、すごーい! おれも大きくなったらママみたいに勇者パーティーに入る!」

 この時俺は6歳だった。

「オーウェンならなんでもなれる! きっとママなんかよりずーっと凄い人になるよ。オーウェンは勇者に向いてるのかも」

「ゆうしゃ?」

「勇者はね、世界を魔王から救う英雄ヒーローなのよ」

 母さんが所属していた勇者パーティーは本当に小さな規模だった。
 だが、優しそうな仲間メンバーに囲まれているようだったし、実際彼女も満足そうに話してくれる。

 生活はなんとかできていたが、やっぱり貧乏ではあった。

 たくさん稼げた、といっても、やっと少し貯金ができる、程度のものだ。

「ママ、聞いて! おれ、大きくなったら英雄ヒーローになる! で、ママを助けて、ママと結婚する!」

 俺の無茶な言葉に、母さんは微笑んだ。
 そこには俺への無限の愛が込められていた。

「そうね。ずーっと待ってるから」

「うんっ!」

 その頃の俺は無邪気だった。
 まあ、6歳なんだから当然だ。

 世界の闇を、まだ知らなかった。
 母さんの笑顔が見れなくなることも……。



 それから数日たった。

 俺の7歳の誕生日だった。
 早く帰ってきて祝ってくれるはずの母さんも、まったく家に帰って来る様子はない。

 仕事が忙しいことはわかっていた。幼いながらも、母さんが無理をしてお金を稼いでくれていることはわかっていた。それでも、俺の誕生日の時ぐらい、帰ってきてくれてもいいじゃないか。魔時計の針が進んでいく。

 気づけば家を飛び出していた。

 母さんの馬鹿っ!
 母さんの馬鹿っ!

 心から恨んだつもりはないし、憎んだつもりもない。

 だが、俺は裏切られたような気持ちになっていた。

 外は土砂降りだった。
 暗いし、雨で前がよく見えない。

 雷が鳴り響き、急いで道を歩く市民の足音が、街中に響く。

『Eランクのゴミパーティーの魔術師ごときが、調子乗ってんじゃねぇ!』

 乱暴な声と共に、誰かが殴られる音がした。
 大柄で強そうな男に殴られた女の人は、抵抗することなく地面に倒れた。

 抵抗?

 力の差があり過ぎて、できなかっただけだ。

 そしてそれは、俺の母さんだった。

「母さんっ!」

 慌てて駆け寄ろうとする。
 どうして母さんを殴るんだ? 何も悪いことなんてしないのに。

 疑問と怒り、混乱が渦巻き、勝てるはずもない相手に殴り掛かる。小さく無力な7歳児の、無意味な抵抗だ。

「だめっ、オーウェン! ママは大丈夫だから……」

 後から聞いた話によると、母さんを虐めていた男は今日の地下迷宮ダンジョンで母さんのパーティーに報酬を横取りされたそうで、1番弱そうな・・・・母さんに八つ当たりしていたそうだ。
 母さんはランクが低かった。

 E3ランク。

 下の下である。

『そこで何をしている?』

 背後から声が聞こえた。
 今度こそ、救世主が来てくれた。母さんを救ってくれる英雄ヒーローが来てくれたんだ。そう思った。

「――っ! アレクサンドロス様っ! どうしてあなたがここに!?」

 虐めていた男が、はっとした様子で固まった。
 人生終わった、とでもいうような驚きぶりである。

 英雄ヒーローは金髪に碧眼の格好いい青年だった。

「私がいつも館でくつろいでると思ったか? 少し街の外に用事があったものでな」

「アレクサンドロス様……お助け……ください……」

 母さんは吐血していた。
 少し腹が立ったからといって、ここまで傷つける必要はないだろう。

 どうしてこんなことを……

 救いを求めるようにアレクサンドロス様を見上げる母さん。
 俺もそれに倣った。

 この人なら、母さんを苦しめるやつらから母さんを守ることができる。
 権力がどうこうとか、そういうことは知らなかった俺だが、アレクサンドロス様が救世主だと信じて疑わなかった。

「弱い者が何を言っても無駄だ」

 僅かな沈黙の後、放たれた場を凍らせる一言。

「この都市で、勇者パーティーに所属する者はランクで全ての価値が決まる。私に救いを求めて何になる? 自分の身も守れない弱者が、救いを求めるな」

 大雨に打たれ、冷酷な瞳は俺と母さんを見つめていた。
 そこに感情はない。
 あるのは冷たさだけだ。

 そうしてアレクサンドロス様は俺達の前から姿を消していく。
 あっという間だった。



 ***



 嫌なことを思い出した。
 顔を横に細かく振って、頭からあの記憶を吹き飛ばす。

 あの後のことは――あの後のことだけは絶対に思い出したくない。この世界がいかに残酷で、狂気に満ちているのか。それを知った暗い記憶。思い出しても辛くなるだけだ。

「もしかしたら今日、アレクサンドロスあいつに会えるのかもしれないな」

 クロエの救出前。
 この都市の支配者の館の前で、小さく呟いた。
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