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第1巻 犬耳美少女の誘拐
断章5
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神聖都市アレクサンドリア。
石造りの伝統的な建造物が並ぶ街並み。
その屋根の上で、次元の異なる戦闘を繰り広げる者達がいた。
ウィルとネロ。
上位Sランク勇者パーティー【聖剣】と【聖剣】の首領同士の、一騎打ち。その下には、市民達の何気ない日常が広がっている。
「ネロ、実は黙っていたことがあるんだ」
剣と剣が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
ネロはその長身を活かして、長いリーチで戦うことが得意だ。
剣の一振りに重きを置き、力を込めて振りかざす。一撃を食らえば生命の危機。
それに対して小柄なシンエルフのウィル。
その分リーチは短いが、接近戦に持ち込むことで体格差をカバーし、むしろ自分に有利な戦況を作り出している。
手首の柔軟性を活かし、スナップを効かせて高速で剣を動かす。一撃の大きさではなく、機敏な攻撃の多様さが彼の戦い方だった。
「キミは確かS2ランクに昇格したと言ったね」
息が上がるどころか、優雅に紅茶でも飲んでいるかのような余裕の口調で、ウィルが言った。
その軽い体で宙返りを繰り返し、ネロの背後に回ったり隙を突いたり……上級ランクのネロでも、矢を手当たり次第に撃ち込むような鋭い攻撃に対応できずにいる。
ウィルが優勢だった。
ネロの体にかすり傷を増やしていくが、心臓や首などを狙うようなことはしない。
「貴殿は……もしや……」
ネロはそれなりの自信を持ってここに赴いていた。
ウィルと戦うのは3年ぶりだろうか。
あの時の実力では、まったくウィルに敵わなかった。
しかし、この3年間、彼は勇者パーティーの仲間を増やすだけでなく、自分自身のスキルアップにも時間と労力を費やした。全てはウィルに勝つためだ。ウィルを憎く思っているわけではない。恨んでいるわけでもない。
むしろ、尊敬していた。
場を支配するような戦い。
その余裕と圧倒的な実力に心奪われたのは、なにも【聖剣】のロルフやヴィーナス達だけではない。
ネロも、ウィルの戦いに憧れ、追い越そうという目標を定めている。
今回の戦いで、自分がウィルの実力に近づいた、むしろ追いついたことを示したい。
ネロが望むのは彼等の妨害などではなく、ウィルとの再戦。
そして勝利。
「僕はSS3ランクなんだよ」
ウィルがその言葉を口にすると同時に、ネロの剣が折れた。
折られた剣先が宙に上がり、放物線を描きながら地面に落ちていく。幸い、下を歩く通行人に害はなかった。
折られた剣を持ち、呆然と立ち尽くすネロ。
(まだ届かないのか……)
もう彼に戦意はない。
負けを認め、剣を手から放した。剣が屋根と衝突し、金属音が鳴る。
3年前、ネロの記憶が正しければウィルのランクはA1だった。そしてネロ自身はA3。
それから努力して辿り着いたS2。
道のりは過酷で、苦しかった。
しかしその苦しみによる錯覚なのか、これでウィルに追いついた、追い抜かした――そう思ってしまった。Sランクからは特に、ランクが上がるのが難しくなる。毎日訓練を重ねるだけではどうにもならない。自分の実力を遥かに超える敵に立ち向かい、勝利することで、ようやくランクがひとつ上がる……かもしれない、というだけだ。
「今回は気を抜けなかったよ、1秒たりともね」
「貴殿は……どうしてそんなに強くなれる? 種族の問題とでも言うのか?」
「確かにシンエルフは人間よりも進化しやすいのかもしれない。でも、ランクの儀式を受けてしまえばさほど変わらないと言うよ。キミが成長したように、僕も成長した、それだけなのかもしれないね」
「……」
「それじゃあ、裏切り者の話を聞かせてもらおうかな」
***
ウィルとネロは、街の飲食店に入り、先の戦いなどなかったかのように座って食事をしていた。
「あの新入りの加勢に行かなくても良いのか?」
カクテルを飲みながらネロが聞く。
敗北から完全に立ち直っているわけではない。
しかし、また高い目標ができたことに心を奮い立たせていた。
「オーウェンのことは信頼しているよ。それに、まだキミに聞かないといけないことが残ったままだからね」
ウィルが飲んでいるのは紅茶だ。
砂糖は少し多めで、ミルクはなし。それが彼流の紅茶の飲み方だった。
「貴殿らのパーティーの裏切り者……それをわざわざが吾輩が話すとでも思っているのか?」
「うーん、僕はそう思うよ。キミは裏切り者の件について、あまり快く思っていないようだからね」
「お見通しか」
ネロが笑う。
隠し事はウィルの前ではできない。それは昔から変わらない。
ウィルと正々堂々戦うことを望んでいるネロとしては、ウィルのパーティーから裏切り者が出て、その者と協力体制を結ぶことには反対だった。しかし、気づけば既に他の仲間達が裏切り者の配下にあったのだ。
リーダーだからといって、残りの仲間総員の意見を覆すわけにはいかない。
「それに、もう裏切り者が誰かはわかっているんだ。だから、僕が聞きたいのは彼女の目的と動機なんだよ。なんとなく仮説はあるけど、確信は持てなくてね」
ネロは少し躊躇した。
自分がここでウィルに全て話すことで、【聖剣】が危険にさらされるのではないか。しかし、そう警戒したのは一瞬だけだった。
「吾輩も詳しく聞いたわけではないものでね。しかしながら、ライバルのパーティーに裏切り者がいるという状況は、吾輩としても気持ちよくない。わかっていることは話そうではないか」
石造りの伝統的な建造物が並ぶ街並み。
その屋根の上で、次元の異なる戦闘を繰り広げる者達がいた。
ウィルとネロ。
上位Sランク勇者パーティー【聖剣】と【聖剣】の首領同士の、一騎打ち。その下には、市民達の何気ない日常が広がっている。
「ネロ、実は黙っていたことがあるんだ」
剣と剣が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
ネロはその長身を活かして、長いリーチで戦うことが得意だ。
剣の一振りに重きを置き、力を込めて振りかざす。一撃を食らえば生命の危機。
それに対して小柄なシンエルフのウィル。
その分リーチは短いが、接近戦に持ち込むことで体格差をカバーし、むしろ自分に有利な戦況を作り出している。
手首の柔軟性を活かし、スナップを効かせて高速で剣を動かす。一撃の大きさではなく、機敏な攻撃の多様さが彼の戦い方だった。
「キミは確かS2ランクに昇格したと言ったね」
息が上がるどころか、優雅に紅茶でも飲んでいるかのような余裕の口調で、ウィルが言った。
その軽い体で宙返りを繰り返し、ネロの背後に回ったり隙を突いたり……上級ランクのネロでも、矢を手当たり次第に撃ち込むような鋭い攻撃に対応できずにいる。
ウィルが優勢だった。
ネロの体にかすり傷を増やしていくが、心臓や首などを狙うようなことはしない。
「貴殿は……もしや……」
ネロはそれなりの自信を持ってここに赴いていた。
ウィルと戦うのは3年ぶりだろうか。
あの時の実力では、まったくウィルに敵わなかった。
しかし、この3年間、彼は勇者パーティーの仲間を増やすだけでなく、自分自身のスキルアップにも時間と労力を費やした。全てはウィルに勝つためだ。ウィルを憎く思っているわけではない。恨んでいるわけでもない。
むしろ、尊敬していた。
場を支配するような戦い。
その余裕と圧倒的な実力に心奪われたのは、なにも【聖剣】のロルフやヴィーナス達だけではない。
ネロも、ウィルの戦いに憧れ、追い越そうという目標を定めている。
今回の戦いで、自分がウィルの実力に近づいた、むしろ追いついたことを示したい。
ネロが望むのは彼等の妨害などではなく、ウィルとの再戦。
そして勝利。
「僕はSS3ランクなんだよ」
ウィルがその言葉を口にすると同時に、ネロの剣が折れた。
折られた剣先が宙に上がり、放物線を描きながら地面に落ちていく。幸い、下を歩く通行人に害はなかった。
折られた剣を持ち、呆然と立ち尽くすネロ。
(まだ届かないのか……)
もう彼に戦意はない。
負けを認め、剣を手から放した。剣が屋根と衝突し、金属音が鳴る。
3年前、ネロの記憶が正しければウィルのランクはA1だった。そしてネロ自身はA3。
それから努力して辿り着いたS2。
道のりは過酷で、苦しかった。
しかしその苦しみによる錯覚なのか、これでウィルに追いついた、追い抜かした――そう思ってしまった。Sランクからは特に、ランクが上がるのが難しくなる。毎日訓練を重ねるだけではどうにもならない。自分の実力を遥かに超える敵に立ち向かい、勝利することで、ようやくランクがひとつ上がる……かもしれない、というだけだ。
「今回は気を抜けなかったよ、1秒たりともね」
「貴殿は……どうしてそんなに強くなれる? 種族の問題とでも言うのか?」
「確かにシンエルフは人間よりも進化しやすいのかもしれない。でも、ランクの儀式を受けてしまえばさほど変わらないと言うよ。キミが成長したように、僕も成長した、それだけなのかもしれないね」
「……」
「それじゃあ、裏切り者の話を聞かせてもらおうかな」
***
ウィルとネロは、街の飲食店に入り、先の戦いなどなかったかのように座って食事をしていた。
「あの新入りの加勢に行かなくても良いのか?」
カクテルを飲みながらネロが聞く。
敗北から完全に立ち直っているわけではない。
しかし、また高い目標ができたことに心を奮い立たせていた。
「オーウェンのことは信頼しているよ。それに、まだキミに聞かないといけないことが残ったままだからね」
ウィルが飲んでいるのは紅茶だ。
砂糖は少し多めで、ミルクはなし。それが彼流の紅茶の飲み方だった。
「貴殿らのパーティーの裏切り者……それをわざわざが吾輩が話すとでも思っているのか?」
「うーん、僕はそう思うよ。キミは裏切り者の件について、あまり快く思っていないようだからね」
「お見通しか」
ネロが笑う。
隠し事はウィルの前ではできない。それは昔から変わらない。
ウィルと正々堂々戦うことを望んでいるネロとしては、ウィルのパーティーから裏切り者が出て、その者と協力体制を結ぶことには反対だった。しかし、気づけば既に他の仲間達が裏切り者の配下にあったのだ。
リーダーだからといって、残りの仲間総員の意見を覆すわけにはいかない。
「それに、もう裏切り者が誰かはわかっているんだ。だから、僕が聞きたいのは彼女の目的と動機なんだよ。なんとなく仮説はあるけど、確信は持てなくてね」
ネロは少し躊躇した。
自分がここでウィルに全て話すことで、【聖剣】が危険にさらされるのではないか。しかし、そう警戒したのは一瞬だけだった。
「吾輩も詳しく聞いたわけではないものでね。しかしながら、ライバルのパーティーに裏切り者がいるという状況は、吾輩としても気持ちよくない。わかっていることは話そうではないか」
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