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第1巻 犬耳美少女の誘拐
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「あのさ、クロエどうしたの?」
翌朝、朝食の席でそんな質問をしたのは、俺の隣に座っているハルだ。
酒場での打ち上げの時と同様、俺達新人は一緒に行動することが多い。
それで、その新人組の4人の中で、まともに言葉をやり取りできるのはハルしかいない、というわけだ。
だからハルは毎度俺の隣に座り、言いたいことを言いたいだけ言う。
機嫌が悪い時には俺がその矛先になって蹴られるし、アルの文句は毎日のように聞かされる。他派閥の戦士から気に入られて告白された、とかなんとかいう自慢まで飛んでくることがあるのでかなり迷惑だ。
とはいえ、俺はこの時間が嫌いじゃない。
「ねえ、なんか言いなさいよ」
「はいはい」
そう言って真正面の空席を見る。
クロエはいつも俺の真正面の席に座り、積極的に会話に参加しようとはしないものの、目をうるうるさせながら自分が入る隙を見計らっている。が、ハルがそんなことを配慮してくれるはずはなく、絶対に大人しいクロエの飛び入り参加を認めない。
今日のクロエは朝食の席に現れなかった。
理由はわからない。
もしや、昨夜何かあったのかもしれない。
「体調とかが悪いのかもしれないな」
一応そう答えておいた。
クロエがいない理由なんて、俺が知っているはずもない。
「昨日さ、あっしクロエの泣き声聞いたんだけど」
「まさか、あのハルが友人のこと心配してるのか?」
わざとらしく目を見開き、あり得ないとでも言うように声を張る。
俺の知る限り、ハルに友人を心配するような優しい心はない。彼女は誰かの文句を言うことが快楽に繋がるタイプの、いわば性悪女である。
「ちょいちょいオーウェンくん、ハルに限ってそんなわけないっしょ」
「だよな」
「ちょっと!」
ハルが顔を真っ赤にする。
これは恥ずかしいからではなく、怒っているからだ。
クロエの可愛らしい赤面とは違い、恐ろしい悪魔の赤面。
また大事な玉を蹴られるかもしれない。だが、攻撃を回避する準備はできているので大丈夫だ。
「別に心配なんかしてないけどさ、クロエが朝食の席に現れないなんて珍しいって思っただけ」
「それもそうだな」
「ほんとに知らないの? 部屋であんたの名前叫びながらえんえん泣いてたんだからね!」
俺は目を細めた。
クロエがどうして俺の名前を……状況が理解できない。
俺が何かしたというのか?
これは想定通りというところか。
クロエの心を揺さぶり、尚且つ俺への好意を確信させる意味で、昨夜のアクションは効果を発揮した。
「あんたが行ってよね、クロエの部屋」
「俺が?」
ハルは嫌そうな顔で、ツルツルで美しいオムレツを口にした。
余談だが、我らが専属料理人の作る朝食は格別に美味い。
一口食べるだけで頬がとろける優しい味。俺がこの勇者パーティーに移籍して、最も感動したことこそ料理の美味さだ。
ハルは口の中に広がるオムレツを幸せそうに頬張りながら、クロエの責任を俺に押し付ける。
「あんたそれなりに仲いいでしょ。それに、ほら、あっし結構言い方キツくなる時あるから」
「なるほど。それはそうだな」
ふくらはぎを蹴られた。
涙が出そうになるほど痛いが、ここは無表情のまま我慢する。
アルは俺が暴力を受けたことに気づいたらしく、笑顔で同情の視線を向けてきた。笑顔、っていうのがなんだか癪だ。いつも自分に降りかかる凶悪な一撃が俺に当たり、心底喜んでいることだろう。
『あら、クロエがどうかしたの?』
すぐ後ろから、色っぽい声が聞こえた。
ゾクッとするのと同時に、心臓の鼓動が止まる。
俺達新人組のテーブルが、一気に緊張感のある場に早変わりした。
我らが美の化身がもたらすものは安心感なんかじゃない。
ほっとする温かい空気でもない。
奮い立つ感情、高まる畏怖、人間《ヒューマン》を超越したであろう存在への崇拝……女ともあればすぐに手を出そうとするチャラ男アルでも、彼女には近寄ることさえできない。
「ヴィーナスさん」
右耳のあたりに彼女の存在を感じる。
息を止め、できるだけ何も感じないように、ありとあらゆる感情を封印した。隣のハルは珍しくビクビクしている。
「ヴィーナス、でしょ?」
「はい……ヴィーナス」
ここでまた呼び捨てに訂正された。
軽くヴィーナスが微笑む。
「面白いわね、オーウェンは」
「それはどうも」
「それで、クロエのことだけれど、私が話をしておくわ。女同士、ね?」
可憐な美女の吐息が、俺の耳を通り抜け全身に巡っていく。
彼女はどうやら俺の面倒事をひとつ解決してくれるらしい。
最近は俺以上にクロエと関わっているようだし、心配して声を掛けるのは当然かもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします」
美の女神は俺の返答に満足そうに微笑むと、やけにセクシーなドレスを翻して食堂を出ていった。
彼女の瞳の奥の勝利の色が浮かんでいたのを、俺は確実に捉えていた。
翌朝、朝食の席でそんな質問をしたのは、俺の隣に座っているハルだ。
酒場での打ち上げの時と同様、俺達新人は一緒に行動することが多い。
それで、その新人組の4人の中で、まともに言葉をやり取りできるのはハルしかいない、というわけだ。
だからハルは毎度俺の隣に座り、言いたいことを言いたいだけ言う。
機嫌が悪い時には俺がその矛先になって蹴られるし、アルの文句は毎日のように聞かされる。他派閥の戦士から気に入られて告白された、とかなんとかいう自慢まで飛んでくることがあるのでかなり迷惑だ。
とはいえ、俺はこの時間が嫌いじゃない。
「ねえ、なんか言いなさいよ」
「はいはい」
そう言って真正面の空席を見る。
クロエはいつも俺の真正面の席に座り、積極的に会話に参加しようとはしないものの、目をうるうるさせながら自分が入る隙を見計らっている。が、ハルがそんなことを配慮してくれるはずはなく、絶対に大人しいクロエの飛び入り参加を認めない。
今日のクロエは朝食の席に現れなかった。
理由はわからない。
もしや、昨夜何かあったのかもしれない。
「体調とかが悪いのかもしれないな」
一応そう答えておいた。
クロエがいない理由なんて、俺が知っているはずもない。
「昨日さ、あっしクロエの泣き声聞いたんだけど」
「まさか、あのハルが友人のこと心配してるのか?」
わざとらしく目を見開き、あり得ないとでも言うように声を張る。
俺の知る限り、ハルに友人を心配するような優しい心はない。彼女は誰かの文句を言うことが快楽に繋がるタイプの、いわば性悪女である。
「ちょいちょいオーウェンくん、ハルに限ってそんなわけないっしょ」
「だよな」
「ちょっと!」
ハルが顔を真っ赤にする。
これは恥ずかしいからではなく、怒っているからだ。
クロエの可愛らしい赤面とは違い、恐ろしい悪魔の赤面。
また大事な玉を蹴られるかもしれない。だが、攻撃を回避する準備はできているので大丈夫だ。
「別に心配なんかしてないけどさ、クロエが朝食の席に現れないなんて珍しいって思っただけ」
「それもそうだな」
「ほんとに知らないの? 部屋であんたの名前叫びながらえんえん泣いてたんだからね!」
俺は目を細めた。
クロエがどうして俺の名前を……状況が理解できない。
俺が何かしたというのか?
これは想定通りというところか。
クロエの心を揺さぶり、尚且つ俺への好意を確信させる意味で、昨夜のアクションは効果を発揮した。
「あんたが行ってよね、クロエの部屋」
「俺が?」
ハルは嫌そうな顔で、ツルツルで美しいオムレツを口にした。
余談だが、我らが専属料理人の作る朝食は格別に美味い。
一口食べるだけで頬がとろける優しい味。俺がこの勇者パーティーに移籍して、最も感動したことこそ料理の美味さだ。
ハルは口の中に広がるオムレツを幸せそうに頬張りながら、クロエの責任を俺に押し付ける。
「あんたそれなりに仲いいでしょ。それに、ほら、あっし結構言い方キツくなる時あるから」
「なるほど。それはそうだな」
ふくらはぎを蹴られた。
涙が出そうになるほど痛いが、ここは無表情のまま我慢する。
アルは俺が暴力を受けたことに気づいたらしく、笑顔で同情の視線を向けてきた。笑顔、っていうのがなんだか癪だ。いつも自分に降りかかる凶悪な一撃が俺に当たり、心底喜んでいることだろう。
『あら、クロエがどうかしたの?』
すぐ後ろから、色っぽい声が聞こえた。
ゾクッとするのと同時に、心臓の鼓動が止まる。
俺達新人組のテーブルが、一気に緊張感のある場に早変わりした。
我らが美の化身がもたらすものは安心感なんかじゃない。
ほっとする温かい空気でもない。
奮い立つ感情、高まる畏怖、人間《ヒューマン》を超越したであろう存在への崇拝……女ともあればすぐに手を出そうとするチャラ男アルでも、彼女には近寄ることさえできない。
「ヴィーナスさん」
右耳のあたりに彼女の存在を感じる。
息を止め、できるだけ何も感じないように、ありとあらゆる感情を封印した。隣のハルは珍しくビクビクしている。
「ヴィーナス、でしょ?」
「はい……ヴィーナス」
ここでまた呼び捨てに訂正された。
軽くヴィーナスが微笑む。
「面白いわね、オーウェンは」
「それはどうも」
「それで、クロエのことだけれど、私が話をしておくわ。女同士、ね?」
可憐な美女の吐息が、俺の耳を通り抜け全身に巡っていく。
彼女はどうやら俺の面倒事をひとつ解決してくれるらしい。
最近は俺以上にクロエと関わっているようだし、心配して声を掛けるのは当然かもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします」
美の女神は俺の返答に満足そうに微笑むと、やけにセクシーなドレスを翻して食堂を出ていった。
彼女の瞳の奥の勝利の色が浮かんでいたのを、俺は確実に捉えていた。
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