22 / 29
第1巻 犬耳美少女の誘拐
18
しおりを挟む
「あのさ、クロエどうしたの?」
翌朝、朝食の席でそんな質問をしたのは、俺の隣に座っているハルだ。
酒場での打ち上げの時と同様、俺達新人は一緒に行動することが多い。
それで、その新人組の4人の中で、まともに言葉をやり取りできるのはハルしかいない、というわけだ。
だからハルは毎度俺の隣に座り、言いたいことを言いたいだけ言う。
機嫌が悪い時には俺がその矛先になって蹴られるし、アルの文句は毎日のように聞かされる。他派閥の戦士から気に入られて告白された、とかなんとかいう自慢まで飛んでくることがあるのでかなり迷惑だ。
とはいえ、俺はこの時間が嫌いじゃない。
「ねえ、なんか言いなさいよ」
「はいはい」
そう言って真正面の空席を見る。
クロエはいつも俺の真正面の席に座り、積極的に会話に参加しようとはしないものの、目をうるうるさせながら自分が入る隙を見計らっている。が、ハルがそんなことを配慮してくれるはずはなく、絶対に大人しいクロエの飛び入り参加を認めない。
今日のクロエは朝食の席に現れなかった。
理由はわからない。
もしや、昨夜何かあったのかもしれない。
「体調とかが悪いのかもしれないな」
一応そう答えておいた。
クロエがいない理由なんて、俺が知っているはずもない。
「昨日さ、あっしクロエの泣き声聞いたんだけど」
「まさか、あのハルが友人のこと心配してるのか?」
わざとらしく目を見開き、あり得ないとでも言うように声を張る。
俺の知る限り、ハルに友人を心配するような優しい心はない。彼女は誰かの文句を言うことが快楽に繋がるタイプの、いわば性悪女である。
「ちょいちょいオーウェンくん、ハルに限ってそんなわけないっしょ」
「だよな」
「ちょっと!」
ハルが顔を真っ赤にする。
これは恥ずかしいからではなく、怒っているからだ。
クロエの可愛らしい赤面とは違い、恐ろしい悪魔の赤面。
また大事な玉を蹴られるかもしれない。だが、攻撃を回避する準備はできているので大丈夫だ。
「別に心配なんかしてないけどさ、クロエが朝食の席に現れないなんて珍しいって思っただけ」
「それもそうだな」
「ほんとに知らないの? 部屋であんたの名前叫びながらえんえん泣いてたんだからね!」
俺は目を細めた。
クロエがどうして俺の名前を……状況が理解できない。
俺が何かしたというのか?
これは想定通りというところか。
クロエの心を揺さぶり、尚且つ俺への好意を確信させる意味で、昨夜のアクションは効果を発揮した。
「あんたが行ってよね、クロエの部屋」
「俺が?」
ハルは嫌そうな顔で、ツルツルで美しいオムレツを口にした。
余談だが、我らが専属料理人の作る朝食は格別に美味い。
一口食べるだけで頬がとろける優しい味。俺がこの勇者パーティーに移籍して、最も感動したことこそ料理の美味さだ。
ハルは口の中に広がるオムレツを幸せそうに頬張りながら、クロエの責任を俺に押し付ける。
「あんたそれなりに仲いいでしょ。それに、ほら、あっし結構言い方キツくなる時あるから」
「なるほど。それはそうだな」
ふくらはぎを蹴られた。
涙が出そうになるほど痛いが、ここは無表情のまま我慢する。
アルは俺が暴力を受けたことに気づいたらしく、笑顔で同情の視線を向けてきた。笑顔、っていうのがなんだか癪だ。いつも自分に降りかかる凶悪な一撃が俺に当たり、心底喜んでいることだろう。
『あら、クロエがどうかしたの?』
すぐ後ろから、色っぽい声が聞こえた。
ゾクッとするのと同時に、心臓の鼓動が止まる。
俺達新人組のテーブルが、一気に緊張感のある場に早変わりした。
我らが美の化身がもたらすものは安心感なんかじゃない。
ほっとする温かい空気でもない。
奮い立つ感情、高まる畏怖、人間《ヒューマン》を超越したであろう存在への崇拝……女ともあればすぐに手を出そうとするチャラ男アルでも、彼女には近寄ることさえできない。
「ヴィーナスさん」
右耳のあたりに彼女の存在を感じる。
息を止め、できるだけ何も感じないように、ありとあらゆる感情を封印した。隣のハルは珍しくビクビクしている。
「ヴィーナス、でしょ?」
「はい……ヴィーナス」
ここでまた呼び捨てに訂正された。
軽くヴィーナスが微笑む。
「面白いわね、オーウェンは」
「それはどうも」
「それで、クロエのことだけれど、私が話をしておくわ。女同士、ね?」
可憐な美女の吐息が、俺の耳を通り抜け全身に巡っていく。
彼女はどうやら俺の面倒事をひとつ解決してくれるらしい。
最近は俺以上にクロエと関わっているようだし、心配して声を掛けるのは当然かもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします」
美の女神は俺の返答に満足そうに微笑むと、やけにセクシーなドレスを翻して食堂を出ていった。
彼女の瞳の奥の勝利の色が浮かんでいたのを、俺は確実に捉えていた。
翌朝、朝食の席でそんな質問をしたのは、俺の隣に座っているハルだ。
酒場での打ち上げの時と同様、俺達新人は一緒に行動することが多い。
それで、その新人組の4人の中で、まともに言葉をやり取りできるのはハルしかいない、というわけだ。
だからハルは毎度俺の隣に座り、言いたいことを言いたいだけ言う。
機嫌が悪い時には俺がその矛先になって蹴られるし、アルの文句は毎日のように聞かされる。他派閥の戦士から気に入られて告白された、とかなんとかいう自慢まで飛んでくることがあるのでかなり迷惑だ。
とはいえ、俺はこの時間が嫌いじゃない。
「ねえ、なんか言いなさいよ」
「はいはい」
そう言って真正面の空席を見る。
クロエはいつも俺の真正面の席に座り、積極的に会話に参加しようとはしないものの、目をうるうるさせながら自分が入る隙を見計らっている。が、ハルがそんなことを配慮してくれるはずはなく、絶対に大人しいクロエの飛び入り参加を認めない。
今日のクロエは朝食の席に現れなかった。
理由はわからない。
もしや、昨夜何かあったのかもしれない。
「体調とかが悪いのかもしれないな」
一応そう答えておいた。
クロエがいない理由なんて、俺が知っているはずもない。
「昨日さ、あっしクロエの泣き声聞いたんだけど」
「まさか、あのハルが友人のこと心配してるのか?」
わざとらしく目を見開き、あり得ないとでも言うように声を張る。
俺の知る限り、ハルに友人を心配するような優しい心はない。彼女は誰かの文句を言うことが快楽に繋がるタイプの、いわば性悪女である。
「ちょいちょいオーウェンくん、ハルに限ってそんなわけないっしょ」
「だよな」
「ちょっと!」
ハルが顔を真っ赤にする。
これは恥ずかしいからではなく、怒っているからだ。
クロエの可愛らしい赤面とは違い、恐ろしい悪魔の赤面。
また大事な玉を蹴られるかもしれない。だが、攻撃を回避する準備はできているので大丈夫だ。
「別に心配なんかしてないけどさ、クロエが朝食の席に現れないなんて珍しいって思っただけ」
「それもそうだな」
「ほんとに知らないの? 部屋であんたの名前叫びながらえんえん泣いてたんだからね!」
俺は目を細めた。
クロエがどうして俺の名前を……状況が理解できない。
俺が何かしたというのか?
これは想定通りというところか。
クロエの心を揺さぶり、尚且つ俺への好意を確信させる意味で、昨夜のアクションは効果を発揮した。
「あんたが行ってよね、クロエの部屋」
「俺が?」
ハルは嫌そうな顔で、ツルツルで美しいオムレツを口にした。
余談だが、我らが専属料理人の作る朝食は格別に美味い。
一口食べるだけで頬がとろける優しい味。俺がこの勇者パーティーに移籍して、最も感動したことこそ料理の美味さだ。
ハルは口の中に広がるオムレツを幸せそうに頬張りながら、クロエの責任を俺に押し付ける。
「あんたそれなりに仲いいでしょ。それに、ほら、あっし結構言い方キツくなる時あるから」
「なるほど。それはそうだな」
ふくらはぎを蹴られた。
涙が出そうになるほど痛いが、ここは無表情のまま我慢する。
アルは俺が暴力を受けたことに気づいたらしく、笑顔で同情の視線を向けてきた。笑顔、っていうのがなんだか癪だ。いつも自分に降りかかる凶悪な一撃が俺に当たり、心底喜んでいることだろう。
『あら、クロエがどうかしたの?』
すぐ後ろから、色っぽい声が聞こえた。
ゾクッとするのと同時に、心臓の鼓動が止まる。
俺達新人組のテーブルが、一気に緊張感のある場に早変わりした。
我らが美の化身がもたらすものは安心感なんかじゃない。
ほっとする温かい空気でもない。
奮い立つ感情、高まる畏怖、人間《ヒューマン》を超越したであろう存在への崇拝……女ともあればすぐに手を出そうとするチャラ男アルでも、彼女には近寄ることさえできない。
「ヴィーナスさん」
右耳のあたりに彼女の存在を感じる。
息を止め、できるだけ何も感じないように、ありとあらゆる感情を封印した。隣のハルは珍しくビクビクしている。
「ヴィーナス、でしょ?」
「はい……ヴィーナス」
ここでまた呼び捨てに訂正された。
軽くヴィーナスが微笑む。
「面白いわね、オーウェンは」
「それはどうも」
「それで、クロエのことだけれど、私が話をしておくわ。女同士、ね?」
可憐な美女の吐息が、俺の耳を通り抜け全身に巡っていく。
彼女はどうやら俺の面倒事をひとつ解決してくれるらしい。
最近は俺以上にクロエと関わっているようだし、心配して声を掛けるのは当然かもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします」
美の女神は俺の返答に満足そうに微笑むと、やけにセクシーなドレスを翻して食堂を出ていった。
彼女の瞳の奥の勝利の色が浮かんでいたのを、俺は確実に捉えていた。
1
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~
川嶋マサヒロ
ファンタジー
ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。
かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。
それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。
現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。
引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。
あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。
そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。
イラストは
ジュエルセイバーFREE 様です。
URL:http://www.jewel-s.jp/

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる