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第1巻 犬耳美少女の誘拐

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 耳を疑った。

 ウィルの言葉に迷いはない。
 質問している感じもしない。

 つまり、もう既に確信しているということだ。語尾を上げず、最後まで濁さずに言い切った一言。その破壊力は凄まじい。

 だが、ここで冷静さを失うほど俺は落ちぶれていなかった。どこでそんな確信を得たのか確かめる必要がある。俺が裏切り者だということを知っている者はいない。自覚している俺自身だけだ。

 ならちょっとした行動に穴があったのか?

 いや、それはない。
 仮にそうだとすれば、裏切り者の存在を予言された神託所での一件だ。あの時の俺は周囲の反応を見た上で、いつも通り慎重に発言をした。

 あの時に動揺も見せなかったし、それなりに驚いている演技もしていた。

「どうしてそう思うんですか?」

 ここは冷静過ぎても、動揺を出し過ぎてもだめだ。
 
 冷静さを全面的に押し出せば、むしろ怪しまれる。
 ここでの一瞬の動揺は問題ない。誰だって自分が根拠も指摘されないままに疑われれば驚き、動揺する。

 だからほどよく驚いた顔をし、自分は違う、という偽りの冷静さを装う。

「どうしてだろうね」

 小さな口でパクっと食べるウィル。
 その姿に癒やされるどころではない。

「裏切り者はいない、そう言ったのはウィルですよ」

「うーん、確かにそうだね」

「じゃあ、本心では裏切り者の存在を疑っているということですか? そして、それは俺だと?」

 俺の焦りのない言葉に、ウィルはふっと笑った。
 なぜか嫌な感じはしない。

 ゆっくりと好物を頬張る小さなリーダーを見ていると、さっきまで感じていた危機感も緊張感も薄れていく。この感覚は上手く説明できない。

「神託の言うことは絶対だからね。あれはみんなを安心させ、場を乱さないために必要な言動だった。キミはそれもよく理解しているはずだよ」

 ウィルに嘘はつけない。

 俺は静かに頷いた。

「正直に言うと、僕はあの神託のお告げがあるずっと前から、裏切り者の存在には気づいていた。そして密かに対抗していたつもりだよ」

「対抗?」

 俺は今まで目立って裏切り行為をしたことはない。
 というか、まだ・・何もしていない。ただ強くなるために、土台作りをしている段階だ。

 それを邪魔されたことは一度もない。

「今まではなんの抵抗もなかった――」

「どうしてそれがわかるんだい?」

 おっ。
 俺としたことが、つい感情に負けて失言してしまった。

 自分のミスに失望している俺の青い顔。これを見られてしまっては、もうなんの言い訳も通用しない。まあ、理由はともあれ、ウィルにバレてしまった以上どうすることもできないわけだが。

「少しからかっただけだよ。僕はキミを少しも疑ってなんかいない」

「……へ?」

「言葉の通りだよ。さっきのキミの失言で確信した。キミは裏切り者じゃない。僕はキミのことを100パーセント信頼できる、ってね」

 このシンエルフは何を言っているんだ?

 恐ろしい矛盾が起こっている。
 最初は俺のことを裏切り者だと言いながら、その後で信頼に値すると確信している。

 もう俺が裏切り者であることはわかったはずなのに、だ。

「何が言いたいのかさっぱりわかりません」

 不可解だ。
 不愉快だ。

 ウィルの表情に偽りはない。じゃあ、どうして笑ってるんだ? 俺は裏切り者だっていうのに。

「裏切り者の正体を、僕は知っているんだ。そして、それがオーウェンでないことも知っている。申し訳ないね、こんな困らせるようなことをして」

 気持ち悪くなった。
 どうして俺を信じる? 絶対に俺が裏切り者だというのに、ウィルがそれをわからないはずもないのに、俺が・・裏切り者じゃない!?

「もういいです。俺が裏切り者です。俺はこの勇者パーティーを強くなるために利用しているだけで、魔王を倒すとか、そういうことにも興味はありません」

 はっきりと言った。

 だが――
 ウィルが優しく微笑む。

「それだよ、それ。キミはこの勇者パーティー・・・・・・・・・を裏切ろうと思っているのかい? 違うはずだよ。キミは野心に満ちた人間ヒューマンだ。その点で言えば僕と似ている」

「……つまり?」

「キミの本当の目的はよくわからないけど、【聖剣エクスカリバー】を直接裏切るようなつもりではない、ということだよ。でも僕の知る裏切り者は、まさに裏で密かに行動し、着実に裏切りの準備を進めているようだけどね」

 ウィルの言葉を聞いて、確かに、と思ってしまった。

 別に俺は【聖剣エクスカリバー】に恨みがあるわけでもないのだ。
 裏切り者と聞いて反射的に自分のことを思った。この世界を支配する、という目的があるからといって、この勇者パーティーを裏切るという結論には至らない。

 あの神託のお告げに惑わされていただけだ。
 
 俺には深い事情付きの強い目的がある。
 それは確かだ。

 だが、そう、その目的は直接裏切りに繋がるようなことでもない。

 こっちが拍子抜けしたような形だった。

「じゃあ、裏切り者は誰だって言うんですか? それと、まだ俺を信頼する決定的な根拠が聞けてません」

 ここで畳み掛ける。
 後ろめたいことなんてなくなった。

 自分でも驚くほどあっさりした話し合いで、俺は自分が神託に――そして本当の裏切り者に騙されていることを知ったわけだ。

「わかった。キミには丁寧に話した方がよさそうだね。このことは僕とロルフしか知らないから、間違っても口外しないようにね」
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