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第1巻 犬耳美少女の誘拐

断章3

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「どうやらオーウェンが動いたようだね」

 勇者パーティー【聖剣エクスカリバー】の本拠地アジト
 
 最高責任者リーダーのウィルが呟いた。
 もうすぐ昼になろうとしている。昼食は食堂で取るつもりだった。

 しかしアルを除く新人達は不在の様子。
 少し前まで中庭で訓練していた流れのまま、断りを入れずに外出したようだ。

 ウィルとロルフは静かに大広間でくつろいでいた。とはいえ、ソファーに横になってだらだら……なんてことはしない。ウィルの方は優雅に紅茶を飲み、ロルフは無表情のまま直立している。
 
「キミも飲まないかい? この紅茶は僕のお気に入りだよ」

「断る」

「そうかい」

 ウィルがどこか面白そうに笑った。
 
 広い本拠地アジトでは10人程度のメイドを雇っている。
 獣人からエルフから、種族は様々だ。
 
 大広間にはウィルとロルフの他、3名のメイドが掃除をしていた。猫人族みょうじんぞくの新人少女、エルフのベテラン、人間ヒューマンの中堅――最近ではこの3人が幹部ふたりに付き添っていた。

 ヴィーナスひとりには男性のメイドが3人もついている。

 そして、新人組それぞれにひとりずつ。
 ちなみにオーウェンには同種族の人間ヒューマンであるルーナという少女が専属メイドをしていた。

「それより、オーウェンが動いた、とはどういうことだ?」

 切れ長の目を細めながら、ロルフが聞く。

「言葉通りの意味だよ。僕に何も言わずに外出した、ということになるね。でも、オーウェンがいるのなら大した問題は起こらないと思うよ」

「奴を高く買っているようだな。何故なぜだ? 俺はいまいち奴が信用ならない」

「逆に聞くけど、キミはどう思う? この前オーウェンと一緒に魔人を倒しにいった時、キミは彼に何を感じたかい?」

 ウィルの質問返しに、ロルフは10秒程度黙り込む。
 しかし無視したわけではない。
 最適な答えを考えている。

 それに対し、ウィルも静かに考えるロルフを見守っていた。紅茶をすすり、自身の手首をポキポキと鳴らしながら。

「戦闘能力を見れば、十分なポテンシャルはある。だからオレは奴に全て任せた。最終的に奴は期待以上の勝利を得たわけだ。だが……ウィル、貴様が聞きたいのは別の話だ。違うか?」

「そうだね。続けて」

 紅茶を飲み終えたウィルはソファーから立ち上がり、ロルフの方へと近づいていく。

「奴は判断力が優れている。あの魔人を攻略するためのポイントは血を流さないことだった。オーウェンはそれをアルの悪例を参考に仮定付け、パワーで確実な戦い方へと持ち込んだ」

「興味深いね」

「ただ……それだけだ。オレからすれば、オーウェンよりも優れた引き抜きの対象は他にもいた。あのクズのところのアレス=ヴァイオラ――何故先に仲間に引き入れなかった? オレは貴様を信頼しているが、オーウェンは・・・・・・信頼していない。未だにアレスを捨て奴を選んだ理由がわからない」

 この神聖都市アレクサンドリアには、数多くの勇者パーティーが存在する。
 
 それぞれの派閥同士で競い合い、優秀な人材を集めて構成する戦いとなっている今日では、【聖剣エクスカリバー】のような大きなパーティーが、規模の小さいパーティーから将来有望な人材を引き抜くのはよく行われていた。

 新人組のアルとハル、そしてオーウェンはその引き抜きで【聖剣エクスカリバー】に加入した。
 
 いずれも最終的な決定権を持っていたのはウィルだ。
 ロルフもヴィーナスも、ウィルの決定には反対できない。ウィルの判断が間違っていたことはない――そこには確固たる信頼がある。

 アレス=ヴァイオラというのは、オーウェンと同時期に引き抜き候補だった青年だ。

 今ではネロ率いる最大のライバル派閥【聖剣アスカロン】の一員となって、メキメキと成長を遂げている。

「オーウェンを否定するつもりはない。だが……後悔していないのか? アレスを選ばなかったことに」

 ロルフはウィルが初めて判断を誤ったと思っていた。
 珍しいとも思っていたが、ウィルも人なので仕方がない。もっとも、彼の場合はシンエルフだが。

 誰だってミスはするものだ。

 ウィルはもうロルフの目の前に移動していた。
 その小さな体と、ロルフの体格のよい獣人の体が並ぶ。

 ウィルは身長135CMセーチメルトルで、ロルフは179CM。父親と子供のようだ。

 しかし、そんな外面的なものとは打って変わって、内面的なものでは立場が逆だ。ウィルは親で、ロルフが子。

「僕は後悔なんてしてないよ。今でもオーウェンを選んで正解だったと思っている。そして、アレスを選ばなかったことも正しいと思う」

「それは強がり……」

 途中まで言って、辞めた。
 
 ウィルに限ってそんなことはない。
 彼が自分のプライドや面目を守るために強引な意見を張ることなんてないのだ。常に冷静に、正直に――それがウィル=ストライカーというシンエルフなのだ、と。

 ウィルの真っ赤な瞳の奥には、確信という名の炎が静かに燃えている。

(オレの力不足か……)

 ロルフは知っている。
 目の前にいる小さなシンエルフの好青年が、自分より遥かに強いことを。

 ロルフは知っている。
 我らがリーダーが、自分より遥かに賢いことを。

「まだわからなくてもいいよ。でも、僕はオーウェンこそが、この勇者パーティーの『切り札』だと確信しているんだ」

「何故そこまで言い切れる?」

 ロルフは気になって仕方がなかった。
 
 オーウェンが切り札?
 どこまで見据えた発言なのかも想像できない。ウィルは自分の視野にない些細なことも見落とさず、現状から導き出される未来を予測している。

 ウィルの頬がまた緩んだ。

「うーん、それじゃあ、これはどうだい? オーウェンは――ということだよ」

 その後、ロルフはウィルに裏切り・・・の真相を明かされることとなった。
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