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第1巻 犬耳美少女の誘拐

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「素晴らしいです! あの【絶望の魔人】を倒されるなんて!」

 ギルドに魔人討伐を報告しにいくと、ロルフ大好き受付嬢ライリーが、尊敬の眼差しでロルフを褒め称えている。

 ちなみにアルの怪我はかなりよくなった。
 回復ポーションは常に携行しているので、ああいった緊急事態にもすぐに処置できるのだ。勿論回復魔術が使える魔術師がいた方が回復も早く確実だが、肝心なクロエは討伐メンバーではなかった。

 アルはまだ朦朧とした状態でうなだれているが、そのうちわけのわからない寝言を言い始めるだろう。
 そしたら完全回復したと思っていい。

 ハルはひとまず安心した様子で、俺に礼を言ってきた。

「今回ばかりはあんたに助けられた。その……ありがと」

 普段感謝のセリフは言い慣れないらしい。

 ほんの少し顔を赤く染めているハルは可愛かった。

「気にするな」

 俺はとりあえずそう言い、真剣な表情を作ってハルを見る。

「困った時はお互い様だろ?」

「う、うん」

 俺にそんなことを言われるのが気に食わなかったのは確実だ。
 だが、弟の恩人に嫌な態度を取るわけにはいかない。

 ハルは静かに頷いた。

「魔人はロルフ様が一撃で倒されたのですか? 本当にカッコいいです!」

 ライリーはひとりで暴走している。

 彼女の中では、魔人を倒したのがロルフになっているらしい。
 別に訂正しなくてもいいと思った。
 ロルフほどの実力者なら、あの時の俺ほど苦戦せずに、魔人を圧倒できたはずだ。

「魔人を討伐したのはオーウェン以外の何者でもない。オレはただ見ていただけだ」

 ロルフは淡々としている。
 自分の手柄にするのもありだ。だが、真面目なロルフにそんなことはできない。

 仮に魔人を倒したのが自分でもない新人だ、と述べたとしても、その後に、まあオレは戦ったら余裕で勝てちゃうから、敢えて手を出さなかったんだけどね、みたいなことを言うやつも多い。

 ロルフは無駄なことは言わず淡々と事実を述べる。
 
 そこに、自分オレだったら……とかいう自己顕示はない。
 
 その存在だ。
 ただ立っているその風格だけで、ロルフの強さは証明されている。だからわざわざ自慢したりする必要もない。

 そしてそれは、他の古参の3人にも共通する。

 ウィルの全身から出る自信のオーラと余裕が、絶対不可侵な己の強さを象徴していた。
 もっとも、今までウィルが本気で戦っているところを見たこともないが。

 ヴィーナスは……言わなくてもわかるだろう。彼女の美しさは女神をも魅了し、嫉妬させる。アレクサンドリアだけでなく、その美貌はいつか世界に轟くだろう。

「オーウェンちゃん、たまには凄いカッコいいことするじゃん」

 茶髪ロングのナンシーが俺の肩に手を乗せる。
 顔と顔が近づき、ふと思った。

 あ、酒臭い、と。

 今日はいつも以上にテンションが高いと思ったら、そういうことだったのか。昨日たっぷり酒を飲んだんだろうな。

「アルちゃんが心配だな~」

 寝ているアルの左頬を、指でツンツン突っつく。
 3回に1回のペースでアルの顔が緩み、それと同時にナンシーの表情も和やかになる。

「癒やされる~」

 俺とハルは呆れて溜め息を漏らした。



 ***



「おかえり」

 本拠地アジトの大広間で紅茶を飲みながら待っていたのは、我らがリーダー、ウィルだ。

 ウィルは俺達を見て、おや、という顔をした。

「アルがいないようだね」

「戦闘で負傷して、部屋で休んでます」

 俺が反射的に答える。

 アルを部屋まで運んだのは、また俺だ。
 双子の姉ハルにまた頼まれてしまった。俺が弟の命の恩人だということはもう忘れていそうだな。

 ウィルは一瞬心配そうな顔をのぞかせたが、すぐに落ち着いた様子に戻った。

「僕も今はやることがないから、しばらく土産話でも聞かせてもらおうかな」



 ***



「オーウェンもA1か。勇者パーティー全体としても、キミのランク昇格は大きな飛躍だよ」

 地下迷宮ダンジョンでの話はほとんどハルがしてくれた。

 ロルフは冷酷に自分達新人の死闘を黙って見ていたこと、アルの馬鹿が何も考えず魔人に飛び出したこと、俺がなんとか魔人を倒したこと。

 勿論少し話は誇張されている。

 ロルフが血も涙もない残忍な性格として描写されていた節や、俺がなんとか・・・・魔人を倒した、という節。

 ハルとしては、格下だった俺に魔人を倒されたのが複雑な気分だったようで、あたかも運のいい勝利だったかのように話を切り上げた。
 まあ別にそれでも俺は構わないが、悪役になったロルフは少し可哀想だ。

 ランクが上がった件については、俺の口から報告した。

「あっしと同じランクになったからって、調子乗らないでよねっ」

 なぜかハルが釘を刺す。
 そんなに俺が活躍したのが悔しいのか?

 俺の方が後輩で年下だし、ハルにもハルなりのプライドがあるのかもしれない。

「今回のオーウェンの動きは的確だった」

 驚いたことに、ロルフからお褒めの言葉が。

 これにはハルも顔をしかめる。
 だが反論はしない。
 俺の戦いぶりを認めていないわけでもないということだ。

 今度はロルフが厳しい灰色グレーの目でハルを見る。

「それに比べて貴様は弟のことで感情が支配され、できるはずのこともできていなかったようだ。本来ならばオーウェンの加勢をすべきだった」

「……」

「相変わらず厳しいね、ロルフは」

 ウィルが微笑んだ。
 
「ハル、今回の反省点は次に活かしてくれればいい。アルの心配をするのは当然だ。だから落ち込む必要はないよ」

「……」

 場の空気が少し柔らかくなった。
 それもこれも優秀過ぎるリーダーのおかげだ。

「オーウェン、ハル、僕からひとつ言っておくよ。強敵に立ち向かい、偉業を成せばランクは上がる。でも、A2からA1に上がることはさほど難しいことじゃない。A1からS3に昇格するためには、試験を突破する必要がある。AかSか、ここに大きな実力の差が生じるんだ」






 そう。
 まだ俺はランク戦争のスタートラインに立ってすらいない。

 Sランク……その道を通過することで、復讐に大きく近づく――この神聖都市、アレクサンドリアへの復讐に。
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