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第1巻 犬耳美少女の誘拐

08

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 魔人のマジスケ――つまり【絶望の魔人】は友好的じゃなかった。

 アルのいつもの挨拶も失敗に終わり、いよいよ避けられない戦闘が始まろうとしている。
 結局はギルドの依頼をこなすだけ。
 魔人討伐が今回の最優先事項だ。

「うぅ~、せっかく友達になったのに、戦うなんて寂しいよ~」

 真っ先に飛び出したのはアルだ。

 相変わらず初動が速い。
 目で追えないほどの速度で加速したアルは、拳にはめたオリハルコン製ナックルダスターメリケンサックで魔人に殴り掛かる。

 そう、アルの戦闘スタイルはかなり暴力的だ。

 剣や槍は使わない。
 己の強化した拳に、最強の金属オリハルコンをつけて殴る。

 普段ののほほんとした様子からは予測できない大胆な攻撃――俺は嫌いじゃない。

「考えなしに飛び出すか」

 ロルフの呟き。

 その瞳は、さあどうなるだろうな、と冷静に傍観している。
 アルが魔人に木っ端微塵にされたとしても、加勢するかどうかはわからない。むしろ、嫌いなお調子者はここで見殺しにしてもいいかもしれない、そんな思考さえ感じ取ってしまった。

 この残酷さ、俺は嫌いじゃない。

「あの馬鹿っ、魔人あいつがどんだけ強いかもわからないのに――」

 罵倒しながらも助けに向かうハル。
 
「今は焦らない方が――」

 俺が止めようとしても無駄だ。
 もう双子のために走り出している。そんな背中を振り向かせることはできない。

 アルの繰り出した拳が、魔人の腹に直撃した。

 その衝撃が、波動となって俺達のところに流れてくる。
 足を踏ん張らなければ吹き飛ばされていたところだ。

 下級モンスターなら――ゴブリンや闇兎ダークラビットなら、あの一撃でぺちゃんこだっただろう。

 見ているこっちが辛くなるほどに、原型を留めずに潰れている。大量の血が吹き出し、臓器諸々バラバラに……そんな悲惨な現場になる。

 だが、この魔人はそうならなかった。

 腹筋を鍛えていたのか、そもそも魔人というのは腹が硬いのか知らないが、とにかくノーダメージ。俺よりひとつ高いA1ランクであるアルの攻撃でさえも、効かない。

 アルの表情に焦りが見えた。

 今までの戦いでは比較的確実に仕留められるモンスターを相手にしていた。
 それに、今日のように少人数で地下迷宮ダンジョンに潜ることもない。

 だから、もし強い敵が現れた場合、ロルフやヴィーナスが戦闘に加勢し、それを後ろからウィルが指示する、という形で対処できていた。

 今回はその後ろ盾がない。

 魔人はアルが大した敵じゃないと判断したのか、長い爪でアルの腹を刺した。

「アルっ!」

 ハルの叫び声がこだまする。

 俺もそろそろ動いた方がいいか。
 平常心を失ったハルが加勢したところで、同じような目に遭うことは明らかだ。俺は愛用の長剣スパタを抜く。

「待て。まだ貴様の出る幕ではない」

 そんな俺を冷酷なロルフが止めた。

 いいのか?
 
 流石に嫌いだとはいえ、ここまで痛めつけるのはよくない気がする。ロルフの良心は痛まないのか……本気でアルを見殺しにする気ではないだろうか?

「ロルフさん、流石にこれは不味まずいような――」

「貴様に拒否権はない」

 これ以上意見はできなかった。

 まず、俺が戦闘に加勢したところで大した力になるのかどうかわからない。
 A1のアルが太刀打ちできない相手だ。

 次に――






 俺はアルの心配を本気でしているわけじゃない。

 ここでくたばるなら好きにしてくれ、そう思っている。
 もっとも、あのロルフがそんな残酷なことを許すはずもないが。






 魔人の長い爪はアルの腹を見事に貫通していた。

 腹を貫かれた、という衝撃のせいで、さらに冷静さを欠くアル。
 加速していたスピードがぐっと落ちる。

「――っ!」

 抵抗力を失ってしまったアルは、魔人に攻撃されたわけでもないのにフラフラと彷徨い始める。

「もうだめだ……もう終わりだ……オラは死ぬ……」

 絶望。

 俺の目に映ったその光景は、絶望そのものだった。

 輝きを失ったアルに、希望の光は訪れない。
 片割れが絶望するのを目の当たりにして、ハルは急いでアルを引っ張り魔人から距離を取った。

「……オラは……もうだめだ……オラのことなんか見捨てて逃げろ」

「アル! だめ! あんたが死んだら……もうツッコめなくなるじゃない……」

 アルの腹から流れ続ける赤い液体。

 地下迷宮ダンジョンの床が紅に染まる。

 ハルは倒れ込むアルに声を掛け続けている。
 自分の手や戦闘服まで血で汚れることは気にもしていない。頬を流れる涙の粒が見える。迫る双子の死。
 ハルにとってアルを失うことは、自分の半分を失うことに等しい。

「オーウェン、次は貴様だ」

 この悲惨な現場で堂々と立つ青年がいた。

 ロルフは少しも動揺していない。
 俺を一瞬だけ見て、そして魔人に視線を戻す。

「あの魔人を俺が倒せると思ってるんですか?」

 一応聞いてみる。

 ロルフは黙ったまま頷いた。
 それが挑発しているようにも捉えられた。さあ、貴様の力を見せてみろ、そう言われているような気がした。

 俺にとって、この格上である魔人を倒すことは大きな意味を持つ。

 もし【絶望の魔人】にひとりで立ち向かい、勝利したのならば――俺は進化できる。またひとつ高みへ。






 ランクを上げる。

 全てはそのためにある。
 この勇者パーティーに入ったのも、ここなら最速でランクを上げられると踏んだから。

 ハルは俺に野望がないと言った。

 だが、それは間違いだ。俺は野望・野心の塊だ。そしてこの俺を突き動かすのは、激しい復讐心――それだけだ。
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