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第1巻 犬耳美少女の誘拐

07

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 地下迷宮ダンジョンの探索は順調に進んでいた。
 
 俺達の目的はあくまで魔人を倒すことにあるので、探索自体に深い目的はない。
 だが、次々と出てくる下級モンスターを蹴散らして手に入れる戦利品や、大昔に冒険者が残していったであろう金貨などの宝は余すことなく回収していった。

 ロルフはそれこそ宝に興味が薄い。
 一度だけロルフの部屋に入ったことがあるが、物欲のない彼にとって、部屋はただベッドを置くためのものだった。

 要するに、ロルフはミニマリストだ。

 金を使って買いたいものもないので、財宝にも目が輝かない。

 アルは、うひょ~、と言いながら財宝に飛びついている。
 好きなものは金と女――それが俺のアルに対する印象だ。まだほんの3ヶ月の付き合いだが、この解釈は間違ってないと思う。

「ほんと、ちょろいんだから」

 手を額に当て、わかりやすく呆れるハル。

 とはいえハルも財宝に興味を示していないわけじゃない。まあ誰だって目の前に財宝があれば、欲しくなるのが普通か。
 
 じゃあ俺はどうなんだ……そう言われると、迷わず頷ける。

 金が欲しい。
 
 本当は光沢を放ち誘惑する財宝に、一目散に駆けていきたいところだ。だが、ここで本性を出すとハルからますます軽蔑の目を向けられることになる。

 我慢だ、我慢。

 アルに期待を込める。
 頼むから、大量の財宝を集めておいてくれ。そうしたら結局は仲間パーティー内で山分けになる原則だ。
 だからアルの頑張り次第で、俺達の配給が左右される。

「あんたは興味ないのね、そういうの」

 ハルの銀髪が、地下迷宮ダンジョンを照らす松明の優しい光を反射している。
 瞳は俺を探るように見ていた。

「俺は最低限生きていくことができればそれで十分だからな」

 思ってもないことを言う。
 だが、これはハルにとって逆効果だった。

「だっさ。野望とか拘りとかないんだ。へぇ」

 冷たく言い放ち、アルに向けるものに似た呆れの視線を俺に流す。

 あの場面で何を言っても、きっとハルは同じような反応をしただろう。
 まあ今はいい。






 俺に向けられているどんな印象も、今後の行動次第で好きなように変えることができる。

 こいつもいつか、『俺の女』になる時が来るだろう。






「止まれ」

 急に険しい表情になったロルフが、アルの動きを封じた。

 アルはすっかり有頂天になっていたので、ガクッとうなだれるように立ち尽くしている。背負っているバックパックには、既に大量の財宝――宝石や金貨などが詰まっていた。

「魔人の匂いだ」

 重低音のロルフの声。

 薄暗い地下迷宮ダンジョンに響き渡り、あちこちで反響する。
 
 ロルフは狼と人間の亜種だ。
 狼人族ろうじんぞく獣人ロルフには、モンスターの匂いを嗅ぎつける鋭い鼻がある。

「ま、ままま魔人!? どうしてこんなところにっ!?」

 目を大きく見開いて驚くアル。

「魔人討伐のために来たんでしょ、馬鹿っ!」

「――」

 恒例の漫才を披露している双子を、ロルフが静かに睨む。

 俺でさえゾクッとした。
 灰色の濁った瞳が、底知れない恐怖を植え付ける。魔人はロルフの方じゃないのか、そう思うほどに。

 これには双子も参ったのか、緊張感を漂わせながら、前方を警戒する態勢を取った。

「来たか」

 暗闇から姿を現したのは、紫色の肌に、長い牛のような角を持った巨体の男――この地下迷宮ダンジョンの攻略を一際難しいものにしている魔人だ。

 冒険者達は、やつを【絶望の魔人】と呼ぶ。

 戦えば戦うほど、自分達のやる気や活力を削いでいくらしい。
 最後には絶望が待っている。

「やあ魔人くん! オラはアルってんだけど、君の名前はなんていうの?」

 対峙する敵だというのに、友好的に話し掛けるアル。

 どんな狙いがあるのか。
 
 いや、アルにそんな狙いなんてない。
 ただ、どんなやつとも仲よくできる、と心から信じているだけだ。だからモンスターと戦う時も常に挨拶は行っている。

 そういう姿勢も嫌いじゃないが、オススメはできない。
 特にモンスターのような話の通じない相手とは。

『ウゥゥゥゥ』

 魔人は唸っている。
 アレクサンドリアには俺達の言葉がわかる魔人もいると聞いたことがあるが、それはこの魔人に当てはまらなかったらしい。

「えーっと、それは挨拶ってことで。こんちは~。名乗れないみたいだからオラが名前付けてやるよ。君は……魔人のマジスケだっ!」

 最悪のネーミングセンス。

 だが、アルにして上出来だ。
 この前は小さなゴブリンの子供に「ゴブタロウ」という名前を付け、最期まで可愛がっていた。

 もはや怪物主義なのかもしれない。

 誰だって彼には溜め息を漏らすのが普通だが、ロルフは軽蔑の視線を向けているだけだ。
 仲間とはいっても、ロルフにとって馬鹿アルは軽蔑の対象らしい。

 ロルフがお調子者ムードメーカーのアルに対して、他の誰よりも冷たいのは気づいていた。

 今回また、アルに対する反感が増えたことだろう。

 俺はモンスターにまで友好的なアルの気さくなところが嫌いじゃないし、いつでも真面目なロルフも嫌いじゃない。






 俺もロルフには細心の注意を払っている。
 
 その鋭い切れ長の目で、俺の真の目的やぼうを悟られないために。
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