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第1巻 犬耳美少女の誘拐

03

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「どうやら今日の冒険は充実していたようだ。このように打ち上げまでして、さぞ喜ばしかったことでしょうな」

「何が言いたい?」

 俺達を挑発するような口調のネロを、ロルフがその切れ長の目でキツく睨む。

 ロルフの言動には貫禄があり、本能的に相手を萎縮させる威圧感を持っている。
 この牽制はロルフにしかできない。
 温厚なウィルでは迫力不足だろう。

「おやおや、ロルフか。貴殿きでんも変わっていないようで何よりだ」

「何を、言いにきた?」

「いやいや、たまたま貴殿らの凱旋を見たものでね。感動したよ。新入りも順調に育ってきているようではないか」

 ネロがちらっと俺を見る。
 俺だけじゃなく、クロエ、アル&ハルもその対象だ。

「そこで貴殿らにも吾輩わがはいの仲間の成長を伝えねばと思ったのだよ。親切だろう?」

「なーにが親切だっての」

 アルがぼやく。

 これはヤバい。
 ネロという人物は、怒ったらすぐに殺しにかかりそうだ。

 この17年間で、ヤバいイカれた連中の特徴は把握している。ネロもそのうちの上位に入ってくることは間違いない。
 邪悪な瞳の奥が狂気に満ちている。

 俺はアルの死を覚悟した。

 短い間だったが、いろいろとお世話になった、アル。あの世でも呑気に暮らしてくれ。

「なかなか生意気に育っているではないか、面白い」

 ネロは笑っただけだった。
 思っていたより器の小さい男じゃなかったってことだろう。

 アルの死は免れた。

「楽しみムードの貴殿らに報告しておくとしよう。2か月前に加入したばかりの新入り、アレス=ヴァイオラは見事この前のランク昇級試験に合格し、A1からS3へと進化した」

 自慢気に話すネロ。
 
 正直今にも殴りかかってしまいそうだが、ここは我慢しておこう。
 それに、たぶんネロは俺より強い。というか、もしかすると俺達の古参たちより強いのかもしれない。

 実は俺達新入りは、古参3人のランクを知らないのだ。

 だから正確にランクで実力差を計算することはできない。
 
「それに、吾輩もこの度、なんとS2へと昇格したのだよ!」

 自分で言うんだ……。
 繊細な内容でも、驚くほどに高ければ人前で堂々と言えるのか。

 ネロのわざとらしく張り上げた大きな声に、酒場の多くの人が注目を向ける。

 これが狙いだったのかもしれない。
 周囲の客達は凄いだのなんだのネロを褒め称え始めた。

「どうだいどうだい? ウィル、貴殿はせいぜいまだS3といったところだろう?」

 話し方からして、ネロでさえもウィルのランクを知らないらしい。

 まあ、仮にネロが俺達の宿敵だとしたら、わざわざランクを教えないことも必然と言えるか。

 ネロの挑発をウィルは笑って流した。

「キミは凄いね」

「ふむふむ、素直ではないか」

 誰よりも素直に喜ぶネロ。
 この姿だけ見ると、ネロはそこまで危ないやつでもなさそうに思える。

 ただ承認欲求を満たしたいだけの極度な目立たがり屋、そういうことかもしれない。

「言いたいことはそれだけかい?」

「おやおや、そうやって冷静を装って、実は内心焦っているのではないか?」

「そうかもしれないね」

 半分呆れたように返すウィル。
 オトナの対応だ。

 面倒くさい相手は相手にしない。その鉄則を忠実に守っている。

「ではでは、せいぜい食事を楽しみたまえ」

 そう言い残して、ネロは酒場を去っていった。

「あいつ無理」

 心底嫌そうな顔をして、ハルが呟く。

 それに何がなんでも同意するっていう感じで、うんうん頷くクロエ。
 ネロが自分自身のパーティーでどういう扱いを受けているのかは知らないが、パーティー内に強烈なアンチがいてもおかしくない性格だ、あれは。

「みんなには迷惑かけたね」

 ウィルが頭を丁寧に下げて謝罪した。

 半分は申し訳なさそうに、半分は呆れながら。
 
 ロルフは鼻をふんと鳴らすと、腕を組んで何も言わなくなった。
 ヴィーナスの方は女神のように可憐な笑みをこぼし、優雅に食事を続けている。

「ああ見えても実力は折り紙付きだし、根っからの悪人ってわけでもない。また会った時に絡まれたら、適当に流しておいてほしい」

 ウィルはそう締めくくって、ネロに支配されそうになった空気を終わらせた。



 ***



「うへぇ~、こりゃ酔い過ぎた」

 この世界から離れ彷徨っているアルの声がする。
 もう酒の毒は全身を巡り、重症化していた。

 ハルは呆れてアルと話す気もなくし、その結果俺がアルを背負って本拠地アジトまで帰ることになったわけだ。

「お願いね、オーウェン。今ちょっとこいつに愛想尽かしちゃったからさ」

 幸い酒場と本拠地アジトの距離はそう遠くない。
 それにこれもいい訓練になると考えれば、悪いものでもない。

「今日は長かったね」

 先頭に立つウィルが言った。
 
「いろいろ整理すべきことはあるかもしれないけど、今はゆっくり休もう。大浴場で疲れを取るといい」

 そうして俺達は、広大な敷地に建つ立派な本拠地アジトを眺める。

 いつ見ても美しい。
 完全にヴィーナスの趣味であるぶどう庭園が一面に広がり、神殿のような白い建造物が堂々と存在感を放っている。

 7人で住むには大き過ぎるので、勿論メイドも10人ほど雇っていた。そうでもしないと掃除から何からやるべき仕事が増えてしまう。

「オーウェン、そいつ風呂に入れてやって」

 俺はアルの世話係じゃないんだが。
 そういうのはメイドの誰かに頼めばいいのに。

 ハルは結局双子の弟のことが心配なんだろう。

 そういうところ、俺は嫌いじゃない。

「わかった」

 溜め息を漏らしながらそう返事をし、アルを背負ったまま大浴場へ向かう。
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