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07 お前にワンチャンなんてない
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2時間目の休み時間になると、移動教室でバタバタしていたクラスに落ち着きが戻ってきた。
落ち着きが戻る、というのはどういうことかというと──。
「アッキー、ついに振られたか。ずっと応援してたのにな」
少し席が離れているアホの日本代表、滝川壮一に絡まれる。
それが、落ち着いた俺の休み時間。
「振られたと言っておきながら、アッキーに振られた感がないんだ。おかしいとは思わないか?」
後ろの席の真一は絶対ここで乱入してくる。
ちなみに、真一と壮一の名前は最後の部分が同じなので、壮一の方が基本的にタッキーと呼ばれている。でもそうなると、俺のあだ名のアッキーとタッキーが似ていることになるが、それにはまだ誰も気づいていない。
「んー、そこなんだよな。さっき千冬ちゃんの様子を見てたらさ、なんか結構落ち込んでたっていうか、なんていうか……」
「どう見ても様子が違った。アッキー、貴様もしや、長谷部と一線を越えた上で別れたのか? それはつまり……キス以上のことをしたのか?」
──ガタッ。
隣の早坂さんが大袈裟に反応する。
休み時間の彼女はしっかり覚醒していて、そこに眠気は一切感じない。その質力を維持したまま授業を受ければいいのに、と毎回思う。
「そんなわけないだろ。キスだってしてないんだぞ」
「「――え?」」
壮一の声と真一の声が重なった。
早坂さんはよくわからないがとりあえず首を傾げている。
「俺は健全なお付き合いをしてただけだし、少なくとも昨日言われたのは俺の愛が少ないとか、そんな感じのことだ」
「愛が少ない? どゆこと? 愛って量とかあるんだ」
「多分だけど、新しく好きな人ができたんだと思う。なんとなく、そんな気がする」
証拠もないわけじゃない。
とはいえ、美少年と歩いていた一件はただの疑いで、確信ではないのだ。
「あのさ、アッキー」
壮一が真剣な表情で見つめてきた。
「?」
「おれ、千冬ちゃんのこと狙っていい? ワンチャンあると思うんだけど」
「貴様にワンチャンなんてあるか」
すぐさま反応したのは真一だ。
「いやぁ、でもさ、おれ別にモテないわけじゃないんだよ。中学ん時は卓球やり過ぎて告白断ったりしてただけで」
「へぇ」
思わぬ壮一のモテ話。
確かに、顔も悪くないし、卓球に打ち込んでいるところも、面白いところも魅力的なのかもしれない。
今になって気づいた。
「アッキー、それで、千冬ちゃん狙っていい?」
「え、ああ、別にいいけど。だってもう俺の彼女じゃないし、壮一もそんな許可を取る必要はないだろ」
「やっぱアッキー、ほんとに別れたんだ。それなのに、なんか全然落ち込んでない感じ」
「落ち込んではいる、一応。でも後悔はしてない」
「いいじゃん、そのモットー」
壮一は満面の笑みで俺を見ている。
もしかして、ずっと千冬を狙ってたんだろうか。だとしたら俺は親友にして恋敵だったとか、そういう複雑な感情を抱かれていた可能性がある。
「いやー今大事だよね。彼氏と別れたばかりの女の子って、結構簡単に落とせそうじゃん」
違った。
ただのクズだった。
隣で盗み聞き──みたいなことをしている早坂さんの冷めた表情が視界に入る。
「えっと……どうしたの?」
さっきからやたらと気になる様子だったので、ここは聞いてみるしかない。
俺は隣の席の生徒とはある程度仲良くなっておきたいと考えている。
早坂さんはちらっと視線を逸らした後、もう一度俺を見て、また恥ずかしそうに視線を逸らした。
「秋空くん、チュー、したことないんだね……」
え、そこですか?
というか、今久しぶりに下の名前で呼ばれた。
実は早坂さんは席替えで隣の席になって数日は下の名前で呼んでくれていたのだが、ある時を境に、いきなり名字で呼んでくるようになったのだ。
バスで出会う超絶ブラコンの姉にドン引きした、という説が最も有力である。
「まだ付き合って2週間くらいだったし、そんなガツガツ行くものでもないかなと思って」
「おれだったら行ってるなぁ。もうイケるとこまで」
「余計な口を挟むなよ」
壮一の品のない乱入には呆れる。
早坂さんが首を傾げた。
「行けるとこまで?」
「それは気にしなくて──」
「そうそう、日菜美ちゃんは経験あるっしょ?」
「私、チューしたことないよ」
なんだろう。
そのエロい容姿で「キス」を「チュー」とか言わないでほしい。
「へぇ。日菜美ちゃん処女なんだ~」
「ショジョ?」
壮一の頭をぶん殴ろうかと思ったが、もう遅い。
そして、処女をジョジョみたいに言わないでほしい。
「もしかして知らない? 処女っていうのは──」
「やめろって。今かなりヤバいことしてる自覚ある?」
「いいじゃん。知らないことを教えてあげることって、学校で凄く大事なことっしょ?」
なんでそんなに誇らしげなんだ。
アホの日本代表は格が違う。
彼はアホであることに加え、デリカシーの欠片もない。
その最たる例を挙げるならば、平然と女子に生理中かどうか聞くところだろう。あれには全世界がドン引きだ。全日本が泣く。
今こうして話している間にも、壮一アンチの女子達は氷点下の眼差しを向けてきていた。
人気者はアンチも多い。
「ショジョについて教えて」
早坂さん?
居眠りし放題の授業中とは打って変わって、真剣な眼差し。
「早坂さん、別に教えたら駄目なことってわけじゃないけど、こいつの口から言わせたくないから女子の友達にでも聞いといて」
「それなら、秋空くんの口から聞きたい」
さっきから俺への態度がグレードアップしていく早坂さん。
俺としては困る。
「なんていうか、やっぱりそれは女子の友達に──」
「私、女の子の友達いないよ」
地雷踏んだ。
「あー、いや……」
チャイムが鳴った。
相変わらず、タイミングのいい救世主だ。学校に秩序をもたらすチャイムには感謝してもしきれない。
「早く席に戻れ。松丸先生が来る」
「はいはーい」
真一の軽蔑のこもった言葉で、壮一が渋々退場していく。
俺の席は前から2番目、窓側から2番目。
その左側に早坂さんがいる。
壮一の席は前から5番目、廊下側から2番目なので結構遠い。ちなみに、その斜め前、前から4番目で1番廊下側の席が元カノである千冬の席だ。
なんとか早坂さんとの攻防は乗り切った。
ちらっと隣の早坂さんを確認すると──。
──居眠りの準備に入っていた。
《次回8話 担任がしつこく当ててくる》
落ち着きが戻る、というのはどういうことかというと──。
「アッキー、ついに振られたか。ずっと応援してたのにな」
少し席が離れているアホの日本代表、滝川壮一に絡まれる。
それが、落ち着いた俺の休み時間。
「振られたと言っておきながら、アッキーに振られた感がないんだ。おかしいとは思わないか?」
後ろの席の真一は絶対ここで乱入してくる。
ちなみに、真一と壮一の名前は最後の部分が同じなので、壮一の方が基本的にタッキーと呼ばれている。でもそうなると、俺のあだ名のアッキーとタッキーが似ていることになるが、それにはまだ誰も気づいていない。
「んー、そこなんだよな。さっき千冬ちゃんの様子を見てたらさ、なんか結構落ち込んでたっていうか、なんていうか……」
「どう見ても様子が違った。アッキー、貴様もしや、長谷部と一線を越えた上で別れたのか? それはつまり……キス以上のことをしたのか?」
──ガタッ。
隣の早坂さんが大袈裟に反応する。
休み時間の彼女はしっかり覚醒していて、そこに眠気は一切感じない。その質力を維持したまま授業を受ければいいのに、と毎回思う。
「そんなわけないだろ。キスだってしてないんだぞ」
「「――え?」」
壮一の声と真一の声が重なった。
早坂さんはよくわからないがとりあえず首を傾げている。
「俺は健全なお付き合いをしてただけだし、少なくとも昨日言われたのは俺の愛が少ないとか、そんな感じのことだ」
「愛が少ない? どゆこと? 愛って量とかあるんだ」
「多分だけど、新しく好きな人ができたんだと思う。なんとなく、そんな気がする」
証拠もないわけじゃない。
とはいえ、美少年と歩いていた一件はただの疑いで、確信ではないのだ。
「あのさ、アッキー」
壮一が真剣な表情で見つめてきた。
「?」
「おれ、千冬ちゃんのこと狙っていい? ワンチャンあると思うんだけど」
「貴様にワンチャンなんてあるか」
すぐさま反応したのは真一だ。
「いやぁ、でもさ、おれ別にモテないわけじゃないんだよ。中学ん時は卓球やり過ぎて告白断ったりしてただけで」
「へぇ」
思わぬ壮一のモテ話。
確かに、顔も悪くないし、卓球に打ち込んでいるところも、面白いところも魅力的なのかもしれない。
今になって気づいた。
「アッキー、それで、千冬ちゃん狙っていい?」
「え、ああ、別にいいけど。だってもう俺の彼女じゃないし、壮一もそんな許可を取る必要はないだろ」
「やっぱアッキー、ほんとに別れたんだ。それなのに、なんか全然落ち込んでない感じ」
「落ち込んではいる、一応。でも後悔はしてない」
「いいじゃん、そのモットー」
壮一は満面の笑みで俺を見ている。
もしかして、ずっと千冬を狙ってたんだろうか。だとしたら俺は親友にして恋敵だったとか、そういう複雑な感情を抱かれていた可能性がある。
「いやー今大事だよね。彼氏と別れたばかりの女の子って、結構簡単に落とせそうじゃん」
違った。
ただのクズだった。
隣で盗み聞き──みたいなことをしている早坂さんの冷めた表情が視界に入る。
「えっと……どうしたの?」
さっきからやたらと気になる様子だったので、ここは聞いてみるしかない。
俺は隣の席の生徒とはある程度仲良くなっておきたいと考えている。
早坂さんはちらっと視線を逸らした後、もう一度俺を見て、また恥ずかしそうに視線を逸らした。
「秋空くん、チュー、したことないんだね……」
え、そこですか?
というか、今久しぶりに下の名前で呼ばれた。
実は早坂さんは席替えで隣の席になって数日は下の名前で呼んでくれていたのだが、ある時を境に、いきなり名字で呼んでくるようになったのだ。
バスで出会う超絶ブラコンの姉にドン引きした、という説が最も有力である。
「まだ付き合って2週間くらいだったし、そんなガツガツ行くものでもないかなと思って」
「おれだったら行ってるなぁ。もうイケるとこまで」
「余計な口を挟むなよ」
壮一の品のない乱入には呆れる。
早坂さんが首を傾げた。
「行けるとこまで?」
「それは気にしなくて──」
「そうそう、日菜美ちゃんは経験あるっしょ?」
「私、チューしたことないよ」
なんだろう。
そのエロい容姿で「キス」を「チュー」とか言わないでほしい。
「へぇ。日菜美ちゃん処女なんだ~」
「ショジョ?」
壮一の頭をぶん殴ろうかと思ったが、もう遅い。
そして、処女をジョジョみたいに言わないでほしい。
「もしかして知らない? 処女っていうのは──」
「やめろって。今かなりヤバいことしてる自覚ある?」
「いいじゃん。知らないことを教えてあげることって、学校で凄く大事なことっしょ?」
なんでそんなに誇らしげなんだ。
アホの日本代表は格が違う。
彼はアホであることに加え、デリカシーの欠片もない。
その最たる例を挙げるならば、平然と女子に生理中かどうか聞くところだろう。あれには全世界がドン引きだ。全日本が泣く。
今こうして話している間にも、壮一アンチの女子達は氷点下の眼差しを向けてきていた。
人気者はアンチも多い。
「ショジョについて教えて」
早坂さん?
居眠りし放題の授業中とは打って変わって、真剣な眼差し。
「早坂さん、別に教えたら駄目なことってわけじゃないけど、こいつの口から言わせたくないから女子の友達にでも聞いといて」
「それなら、秋空くんの口から聞きたい」
さっきから俺への態度がグレードアップしていく早坂さん。
俺としては困る。
「なんていうか、やっぱりそれは女子の友達に──」
「私、女の子の友達いないよ」
地雷踏んだ。
「あー、いや……」
チャイムが鳴った。
相変わらず、タイミングのいい救世主だ。学校に秩序をもたらすチャイムには感謝してもしきれない。
「早く席に戻れ。松丸先生が来る」
「はいはーい」
真一の軽蔑のこもった言葉で、壮一が渋々退場していく。
俺の席は前から2番目、窓側から2番目。
その左側に早坂さんがいる。
壮一の席は前から5番目、廊下側から2番目なので結構遠い。ちなみに、その斜め前、前から4番目で1番廊下側の席が元カノである千冬の席だ。
なんとか早坂さんとの攻防は乗り切った。
ちらっと隣の早坂さんを確認すると──。
──居眠りの準備に入っていた。
《次回8話 担任がしつこく当ててくる》
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