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06 美人教師は遅刻の常習犯
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千冬が教室に入ってきた瞬間、主に男子生徒のいやらしい視線が彼女を襲った。
下心満載の、獲物を狙う野獣の目。
それだけ千冬は可愛いとされている存在だ。
1年1組は美女揃いだと噂されている通り、学年トップクラスの美少女が集まる学級であることは間違いない。
そして、その中でも上位に位置するのが千冬だ。
男子諸君の格付けでは、可愛い系女子の枠内だとトップ3に食い込んでこれる実力がある。
ちなみに、このクラス内では七海風香と並んで1位。
美人ランキングはぶっちぎりで早坂さんが優勝だ。
『山吹くんを振った千冬だ』
『アッキーどんまい』
『ふふふ、俺の彼女候補……』
さっきの情報がぼそぼそと小声で呟かれる。
だからアッキーどんまい野郎は誰だよ。
千冬は明らかに元気がなく、周囲からの声にも無反応だった。昨日のことも関係しているんだろうが、もう元カノでしかないので俺の気にすることじゃない。
ちらっと千冬の視線が俺に投げられた。
俺は知らんぷりをして目の前の小説に集中する。
今読んでいるのは昨日買ったラノベだが、本屋のブックカバーを付けないというこだわりを持つ俺は、堂々とそのイラストの表紙を見せびらかしながら読んでいる。
この勇気に満ちた行為のおかげで、多くの友達ができた。
「貴様、振られたはずでは? この様子だと、長谷部が振られたようにしか見えな──」
「わざわざ振られたって嘘つくと思う?」
「それは……確かに」
真一の表情はわからないが、大袈裟に顎に手を当てているに違いない。
彼の口調や行動は、あるアニメに登場するキャラクターに寄せてある。いろいろと影響されやすいのも真一の特徴だ。
隣から熱い視線を感じたので、早坂さんの方を確認してみる。
まだ俺のことをじっと見ている早坂さん。
目が合うと、顔を紅潮させてさりげなく逸らしてきた。
可愛い。
こんな早坂さんは基本見られないので、思わず見惚れてしまう。
すると──。
「秋空くんの、馬鹿」
視界の反対側から、聞き慣れた千冬の声がした。
音を大袈裟に立てながら、乱暴に席に着く。
別れた次の日に罵倒されるのか。
付き合ってる時も付き合う前も、罵倒されることなんてなかったのに。元カノって実は結構面倒な存在なんだ、と俺は生まれて初めて知った。
10分間の読書が終われば、担任が教室に入ってきて朝のホームルームだ。
でもここで問題発生。
担任が遅刻する。
5分という朝の貴重な時間を使って遅刻したのは、1年1組担任の松丸天だ。
ほとんどの生徒からは松丸先生ではなく天ちゃん先生と呼ばれ親しまれている。
男子高校生の妄想を具現化したような美人教師で、まだ25歳と若さも兼ね備えている。
松丸先生が朝の時にだけかけているオシャレな伊達メガネは、レンズがないのでもはやメガネと呼べるのかどうかもわからない。
何のためにかけているのかと問われると、可愛いからと答えていた。
「私はこうして遅刻しましたが、みんなは遅刻しないように。自分のことを棚に上げて周囲を注意することも、絶対にしてはいけませんよ」
まさに今、あなたがしたことです。
「あれ? 今日はみんなソワソワしてない? 大丈夫かしら?」
松丸先生はこの教室の異様な空気間にようやく気づいたらしい。
全員が落ち着かない様子で、どこかふわふわしている。
例外がいるとすれば、ハーバードを目指す佐世保のホープ、桜ヶ丘龍治くらいだろう。
「松丸先生、1時間目の授業は移動教室なので、早くしてください」
「あら、スパルタ。お姉さん嫌いじゃないわ。もっと攻めてちょうだい」
教師がそういうこと言うのはやめてほしい。
「今日は真一が朝から大声を出してクラスを動揺させただけです。先生が気にすることではありません」
これでも龍治は本気で言っている。
周囲の反応を気にせずに自分の言いたいことを言いたいだけ言える性格はともかく、そこに俺を巻き込むのはやめてほしい。
真一が大声を出したくだりを話してしまえば、松丸先生が興味を持つのも当然のことで……。
「真一君が大声? 何を叫んだの?」
「秋空が昨日彼女に振られた、という事実です。その事実は周囲の生徒の心を激しく乱し、ゴシップ好きの間で大いに盛り上がった様子でした」
なんで言っちゃうかな。
俺、龍治のこと友達だと思ってるよ。裏切り行為?
「あら、そっかそっかぁ。秋空君、振られちゃったんだね。先生が慰めてあげるから、放課後第3会議室に来ようね」
犯罪の雰囲気を感じる。
「いや、結構です」
「遠慮しなくていいのよ? なんでも相談に乗ってあげるから。でも、ちょっと私の愚痴、聞いてもらうことになるかもしれないわね」
「どんな愚痴ですか~?」
ここで余計な一言を発したのは、アホの日本代表である滝川壮一だ。
1年生にして卓球部のエースで、毎日放課後は卓球の練習に打ち込んでいる。
卓球へのプロフェッショナルなこだわりは尊敬に値するが、それ以外はとにかくアホだ。
でもそのアホさのおかげで話しやすく、俺や真一、龍治とも仲がいい。
明るいクラスのムードメーカーという感じ。
そんでまあ、こうして後先考えずに余計なことを口走る系男子でもある。
「実は私も、秋空君と同じで振られちゃってね。だから振られた者同士、秋空君とは話が盛り上がると思うの」
「あの、放課後はすぐ家に帰りますから」
「緊張しなくていいのよ。話が盛り上がって、そのまま私を持ち帰ってくれても──」
「流石にそれ以上言ったら訴えますよ」
「もう、秋空君ったらエッチ」
よし、早急に訴えよう。
明日から松丸先生は生徒に手を出そうとした犯罪者だ。
先生がこんなことを話している間、女子生徒はというと、時折出てくる下ネタに興味津々の人もいれば、本気で軽蔑していそうな人もいたりいなかったり。
早坂さんはクールな瞳で松丸先生を見つめている。
「松丸先生、あと3分57秒で家庭科です。この教室から家庭科室までは1分24秒かかると仮定すると、もう話を終えるべきかと思いますが」
龍治が独特な発言で先生の暴走を止めた。
「もうそんな時間に──わかりました。とりあえず、秋空君は放課後第3会議室に来ること。みんなは振られたばかりの秋空君には優しくしてあげること。いいですか?」
「いつも通り普通に接してもらえれば──」
「いいの秋空君。放課後私が甘えさせてあげるから。とにかく、みんなは絶対に振られた秋空君のことを悪く言ったりしないようにね」
いちいち「振られた」とか付けないでください。
「松丸先生、残り2分55秒です」
「よし、完璧じゃない。流石は私の時間感覚ね。ここぞ、という時が来ると、自然と体が熱くなるの。内側から熱くなってきて、そして──」
「残り2分20秒です」
「もう、そういうスパルタなところ、嫌いじゃないわ。学級委員は号令をかけてね」
「起立!」
もちろん、学級委員は龍治だ。
ハーバード大学はただ頭がいいだけでは受からないから、いろんな活動をして経歴を増やすことを頑張っているらしい。
知らんけど。
龍治の号令でホームルームが終わると、みんなバタバタとした様子で家庭科室に駆けていった。
《次回7話 お前にワンチャンなんてない》
下心満載の、獲物を狙う野獣の目。
それだけ千冬は可愛いとされている存在だ。
1年1組は美女揃いだと噂されている通り、学年トップクラスの美少女が集まる学級であることは間違いない。
そして、その中でも上位に位置するのが千冬だ。
男子諸君の格付けでは、可愛い系女子の枠内だとトップ3に食い込んでこれる実力がある。
ちなみに、このクラス内では七海風香と並んで1位。
美人ランキングはぶっちぎりで早坂さんが優勝だ。
『山吹くんを振った千冬だ』
『アッキーどんまい』
『ふふふ、俺の彼女候補……』
さっきの情報がぼそぼそと小声で呟かれる。
だからアッキーどんまい野郎は誰だよ。
千冬は明らかに元気がなく、周囲からの声にも無反応だった。昨日のことも関係しているんだろうが、もう元カノでしかないので俺の気にすることじゃない。
ちらっと千冬の視線が俺に投げられた。
俺は知らんぷりをして目の前の小説に集中する。
今読んでいるのは昨日買ったラノベだが、本屋のブックカバーを付けないというこだわりを持つ俺は、堂々とそのイラストの表紙を見せびらかしながら読んでいる。
この勇気に満ちた行為のおかげで、多くの友達ができた。
「貴様、振られたはずでは? この様子だと、長谷部が振られたようにしか見えな──」
「わざわざ振られたって嘘つくと思う?」
「それは……確かに」
真一の表情はわからないが、大袈裟に顎に手を当てているに違いない。
彼の口調や行動は、あるアニメに登場するキャラクターに寄せてある。いろいろと影響されやすいのも真一の特徴だ。
隣から熱い視線を感じたので、早坂さんの方を確認してみる。
まだ俺のことをじっと見ている早坂さん。
目が合うと、顔を紅潮させてさりげなく逸らしてきた。
可愛い。
こんな早坂さんは基本見られないので、思わず見惚れてしまう。
すると──。
「秋空くんの、馬鹿」
視界の反対側から、聞き慣れた千冬の声がした。
音を大袈裟に立てながら、乱暴に席に着く。
別れた次の日に罵倒されるのか。
付き合ってる時も付き合う前も、罵倒されることなんてなかったのに。元カノって実は結構面倒な存在なんだ、と俺は生まれて初めて知った。
10分間の読書が終われば、担任が教室に入ってきて朝のホームルームだ。
でもここで問題発生。
担任が遅刻する。
5分という朝の貴重な時間を使って遅刻したのは、1年1組担任の松丸天だ。
ほとんどの生徒からは松丸先生ではなく天ちゃん先生と呼ばれ親しまれている。
男子高校生の妄想を具現化したような美人教師で、まだ25歳と若さも兼ね備えている。
松丸先生が朝の時にだけかけているオシャレな伊達メガネは、レンズがないのでもはやメガネと呼べるのかどうかもわからない。
何のためにかけているのかと問われると、可愛いからと答えていた。
「私はこうして遅刻しましたが、みんなは遅刻しないように。自分のことを棚に上げて周囲を注意することも、絶対にしてはいけませんよ」
まさに今、あなたがしたことです。
「あれ? 今日はみんなソワソワしてない? 大丈夫かしら?」
松丸先生はこの教室の異様な空気間にようやく気づいたらしい。
全員が落ち着かない様子で、どこかふわふわしている。
例外がいるとすれば、ハーバードを目指す佐世保のホープ、桜ヶ丘龍治くらいだろう。
「松丸先生、1時間目の授業は移動教室なので、早くしてください」
「あら、スパルタ。お姉さん嫌いじゃないわ。もっと攻めてちょうだい」
教師がそういうこと言うのはやめてほしい。
「今日は真一が朝から大声を出してクラスを動揺させただけです。先生が気にすることではありません」
これでも龍治は本気で言っている。
周囲の反応を気にせずに自分の言いたいことを言いたいだけ言える性格はともかく、そこに俺を巻き込むのはやめてほしい。
真一が大声を出したくだりを話してしまえば、松丸先生が興味を持つのも当然のことで……。
「真一君が大声? 何を叫んだの?」
「秋空が昨日彼女に振られた、という事実です。その事実は周囲の生徒の心を激しく乱し、ゴシップ好きの間で大いに盛り上がった様子でした」
なんで言っちゃうかな。
俺、龍治のこと友達だと思ってるよ。裏切り行為?
「あら、そっかそっかぁ。秋空君、振られちゃったんだね。先生が慰めてあげるから、放課後第3会議室に来ようね」
犯罪の雰囲気を感じる。
「いや、結構です」
「遠慮しなくていいのよ? なんでも相談に乗ってあげるから。でも、ちょっと私の愚痴、聞いてもらうことになるかもしれないわね」
「どんな愚痴ですか~?」
ここで余計な一言を発したのは、アホの日本代表である滝川壮一だ。
1年生にして卓球部のエースで、毎日放課後は卓球の練習に打ち込んでいる。
卓球へのプロフェッショナルなこだわりは尊敬に値するが、それ以外はとにかくアホだ。
でもそのアホさのおかげで話しやすく、俺や真一、龍治とも仲がいい。
明るいクラスのムードメーカーという感じ。
そんでまあ、こうして後先考えずに余計なことを口走る系男子でもある。
「実は私も、秋空君と同じで振られちゃってね。だから振られた者同士、秋空君とは話が盛り上がると思うの」
「あの、放課後はすぐ家に帰りますから」
「緊張しなくていいのよ。話が盛り上がって、そのまま私を持ち帰ってくれても──」
「流石にそれ以上言ったら訴えますよ」
「もう、秋空君ったらエッチ」
よし、早急に訴えよう。
明日から松丸先生は生徒に手を出そうとした犯罪者だ。
先生がこんなことを話している間、女子生徒はというと、時折出てくる下ネタに興味津々の人もいれば、本気で軽蔑していそうな人もいたりいなかったり。
早坂さんはクールな瞳で松丸先生を見つめている。
「松丸先生、あと3分57秒で家庭科です。この教室から家庭科室までは1分24秒かかると仮定すると、もう話を終えるべきかと思いますが」
龍治が独特な発言で先生の暴走を止めた。
「もうそんな時間に──わかりました。とりあえず、秋空君は放課後第3会議室に来ること。みんなは振られたばかりの秋空君には優しくしてあげること。いいですか?」
「いつも通り普通に接してもらえれば──」
「いいの秋空君。放課後私が甘えさせてあげるから。とにかく、みんなは絶対に振られた秋空君のことを悪く言ったりしないようにね」
いちいち「振られた」とか付けないでください。
「松丸先生、残り2分55秒です」
「よし、完璧じゃない。流石は私の時間感覚ね。ここぞ、という時が来ると、自然と体が熱くなるの。内側から熱くなってきて、そして──」
「残り2分20秒です」
「もう、そういうスパルタなところ、嫌いじゃないわ。学級委員は号令をかけてね」
「起立!」
もちろん、学級委員は龍治だ。
ハーバード大学はただ頭がいいだけでは受からないから、いろんな活動をして経歴を増やすことを頑張っているらしい。
知らんけど。
龍治の号令でホームルームが終わると、みんなバタバタとした様子で家庭科室に駆けていった。
《次回7話 お前にワンチャンなんてない》
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